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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

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紙切れの縁

・2018/10/17くらいに書いたの
・スクカ
・勘違いから始まる系ベルジャン(AOT)
・みんなと仲いいジャン君






 全ての学業を終えた帰宅前の時刻。
 一人の女生徒から手招きをされたから何かと思えば白い封筒を一枚を渡された。訝し気に裏や表を眺めれば宛名が書いてあり、手紙だと知れる。
「この人に渡して欲しいって事でいいのかな?」
 訊けば女生徒は頷く。
 宛名はジャン・キルシュタイン。
 交流はないに等しいが、何くれとなく目立つ存在であるため顔は知っていた。
「彼とは特に仲良くはないんだけど……」
 確かに僕は学園のジョックであるライナーのメッセンジャーだとか言われてはいるが、伝書鳩になったつもりはない。僕が困ったように眉を下げると、渡してくれるだけでいいから。と、言って女生徒は逃げてしまった。
 僕は重々しい溜息を吐き、やや硬めの文字で丁寧に綴られた名前を見る。

 見た目は軽薄なバッドボーイらしいのに何故か成績優秀。
 ブレインやギークに属する人間達と仲が良く、果てはライナーにも気安く声をかける。かと思えば素行が悪い連中ともつるみ、時に殴り合いの喧嘩もしているのか怪我をしていたりもする。良く解らない人間だ。来るもの拒まず。が主義なのかも知れない。
 手紙の内容は解らないが、ありがちな好意を告げる物であれば上手く行くだろう。遊ばれて終わりだとしても伝書鳩の僕には関係ない。
 女生徒が出て行った校門と手紙を見比べ、気の重さからまた溜息を吐く。面倒だ。

 未だ校内に居るかどうかも解らない人間を探し、残っている人達に訊いて回り、三十分ほどかけて所在を突き止め、一つの未使用教室の扉を開けた。
「うわっ、何だよ。ノックくらいしろよお前!」
 何の挨拶もなく入ってきた僕に驚いたのか件の探し人であるジャンが僕を咎めるように叫ぶ。彼は行儀悪く机に座り、手前に座っているアルミンのパソコンの画面を見て楽しんでいたようだ。
「ジャン……さん?君に用があるんだ」
 余り面識のない人間をどう呼ぶべきか、迷ったものの指を差して呼ぶのも怒られそうで名指しする事にした。
「渡したい物があるから、こっちに来て貰っていいかな?」
「はぁ?ここで渡せねぇようなもん?」
 ジャンは眉を顰め、如何にも僕を怪しんでいた。まぁ、当然だろう。
「そうだね、人前ではちょっと……」
 恋文だとすれば人前に晒すようなものではないとは思う。よしんば違っても個人の範囲で済むならそちらの方が良い。
「いいとこだったのに……」
 長い脚をぶらつかせていた机から飛び降り、アルミンにまだ進めるなよ。と、釘を刺してからジャンは僕の元へと来た。何やらパソコンで出来るゲームでもしていたようだ。
「じゃあ、これ」
「なんだこれ?」
「見たまま手紙」
 通路に出て扉を閉めると手紙を渡し、簡潔な会話を終えて用は済んだとばかりに背を向けようとしたらジャンがその場で封を切っている。家に持ち帰れ。とは思ったが、せっかちなのか。
 中身を見て、ジャンがふぅん。と、鼻を鳴らす。
「要するに俺と仲良くなりたいんだな?こんな真似しないで直接言えばいいだろ」
 紙をひらつかせ、尤もな事を言う。
 僕も同意だ。人を使って好意を告げて成就するほど感情は容易くない。
「そうだね」
「よし、じゃあ交流を深めるって事で一緒にゲームでもするか」
「えっ?」
 僕が頷くと思いの外丁寧な動作で手紙を封筒に戻し、アルミンとゲームをしていた教室へとジャンが僕の腕を取って引き摺って行く。
 アルミンがしていたゲームは彼の自作らしく、動作確認やシナリオの確認を兼ねてジャンに見せながらプレイをしているようだった。2D仕様でドットも作りが細かく凝っており、内容はファンタジーにありがちではあれど細部に拘りがあるようで中々に面白い。
「出来上がったのはここまでかな」
 アルミンが疲れた様子で背伸びをして終わりを告げる。
「おう、またマップ作らせろよ」
「うん、頼むよ。ジャンの作ったマップって迷わせ方が絶妙と言うか、隅々まで探索したくなる感じで楽しいんだよね」
 机に乗っていたジャンが楽しさを表すように足を揺らし、アルミンが絶賛している。二人で協力しながら作っているらしい。これならジャンはシナリオにも一枚噛んでそうだ。
 見た目こそ地味ではあるが、ジャンと良く一緒に居るマルコもアルミンも成績は上位をほぼ独占している。アルミンに至っては成績だけなら飛び級しても良いと聞いているが本人が嫌がっているとの噂を聞いた事もある。
 それを踏まえて考えれば、二人の会話について行けるだけの知識や教養がジャンにはあると言う事だ。そんな子が何故、バッドボーイを気取っているのだろう。何らかの理由が?やはり人間とは接してみなければ解らないものだ。
 ジャンが僕の手を引いた理由は解らないけど、付き合ってみるのも面白いかもなんて思い始めた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「よう、はよー」
 眠そうな声に振り返れば先日、知人から友人に昇格したジャンが気怠そうに歩いていた。
 身なりはいつものファラオジャケットに襟ぐりが広いTシャツと、デニムパンツにブーツ。髪もきちんと整えているが、どう見てもこれから学業に臨む態勢ではない。
 うん。と、曖昧な返事をしてからジャンの背中を視線で追って行けば、向かっているのはどう見ても教室棟とは逆方向。やはり素行は宜しくないのか。僕にしたのと同じように適当に知り合いに挨拶をしながら歩いている様子は律儀だ。何が本当の彼の顔なのか良く解らない。

 授業が始まれば直ぐに集中してジャンの事は忘れさり、時間が過ぎていく。
 お昼前に歴史の授業が終わり、さて食堂に行こうかと思って立ち上がると、力がありそうだから。との理由で大きな地図が転写されたスクロールを倉庫に戻してくるよう言われてしまった。
 約一メートル。僕の身長の半分ほどとは言え、分厚いスクロールは中々重たく、何度も抱え直しながら階段下の倉庫へ行くと、想像もしないものが中にあったため、僕は目を剥いて固まる。

 物が詰め込まれた箱の上にブランケットを敷き、人が横になっていたのだ。
 入口に背は向けているが、体にかけているファラオジャケットには見覚えがあった。
 スクロールを音を立てないように床に置き、そうっと近づいて顔を覗き込めば、果たしてジャンが眠っていたのだ。すぅすぅ。と、小さく寝息が聞こえ、人が来た事にも気づかず熟睡している。
 具合でも悪いのかと額に手を当てて見るが特別、体温は高くない。寧ろ冷たくて、こんな日も差さないような埃臭く、不潔な場所で寝ているから体を冷やしたのではと心配になってくるほどだ。

 僕が触ったからかジャンが瞼を上げ、細めた眼で僕を見た。
「だれ……」
 寝起きの掠れた声や、口調はどこか幼く感じられ、良く見かける快活な彼とは似ても似つかない。
「僕。ベルトルト」
「そう……」
 寝惚けたまま、ジャンは体を縮こませ、僕の手で暖を取ろうとする。寒いんだ。この階段下の倉庫はコンクリート造りで他の場所よりも気温が幾分低い。夏場なら兎も角、まだ秋の冷え込む前とは言え、このまま寝ていては風邪を引いてしまいそうだ。
「ジャン、起きて、さぼるにしても、せめてもう少し温かい所を選んだ方がいい」
「どこ……」
「どこって……、そうだな……」
 僕の知っている所。
 中庭。
 人が居そうだ。
 屋上は封鎖されている。
 思いついたのはライナーが所属するアメリカンフットボール部の部室だった。
 少々汗臭いけど、寒いよりは余程いいか。
「起きれる?」
「ん……」
 促せばジャンはジャケットを羽織り、白地に黒と茶色のまだら模様が入ったブランケットを手に持って覚束ない足取りで僕について来る。ただのさぼりにしては、顔色も悪く、酷く疲れているように見え、僕は酷い違和感を覚えた。
 それに、ジャンは昨日今日、友人になった相手にここまで隙を見せるような人間だっただろうか。疑問は山ほどあったけれど、答えに辿り着く前に部室についてしまった。
「鍵かかってんじゃねぇの?」
 先程よりは頭が動いているのか、目を擦りながらジャンが僕に訊く。
「大丈夫、合い鍵預かってるから」
 ズボンのポケットから鍵束を出し、部室を開ける。
 家や自転車の鍵がついた鍵束の中に在る一つが部室の鍵だ。
 恐らく、誰かが部室を溜まり場にし易くするために勝手に作った鍵だろう。元々、代々のジョックが持っていたらしいが、ライナーが面倒がって僕に渡してきた。
 ライナーと一緒に居る事が多い僕は忘れ物だったり、管理だったりで部室に入る機会も多いため、一応ながら無駄にはなってない。部とは関係ない用事で開けるのは初めてだったけれど、あんな場所で眠っていた上に、調子が優れない姿を見たせいか、不思議と部外者を入れる罪悪感はなかった。
「なる……、流石、ジョック様のぱしりだな」
「その言い方止めてよ。ライナーは大事な幼馴染だし、出来る手助けをして上げたいだけで、ぱしりになったつもりなんてないんだ」
「そっか、友達なんだな。嫌な事言ってすまねぇな」
 感心したような声をジャンが吐き、一言謝罪を口にした。
 案外素直だ。
「いいけど……、窓際にベンチを寄せたらいいよ」
 青いプラスチック製の長椅子を日に当たるよう窓際に寄せてやれば、いそいそとブランケットを敷きジャンは横になって安堵したような吐息を吐いた。相当、体が辛いようだ。
「徹夜でゲームでもしてたの?」
「あー、うん、そうそう」
 背を向けた状態での適当な返事。
 少し体を丸めて眠る様子は猫のようだ。
「ご飯は?」
「だいじょーぶ」
 ジャンの側にしゃがみ込み様子を見る。
 温かさもあって兎に角、眠いようで、横になって直ぐ睡魔が襲って来たようだ。
「じゃあ、僕行くね?番号置いとくから、起きたら連絡して、君が出て行った後で閉めないといけないから」
「ん……」
 既に夢の世界に体の大半を沈み込ませてしまっている。
 今の言葉を覚えているかどうかも怪しい。肩掛けの鞄に入れていたノートの紙を破り、同じ文言と番号を書いて手の中に握らせておく。程なくして穏やかな寝息が聞こえだし、放っておいてやった方が良さそうだと判断して部室を出て行った。
 何をしてあんなに疲れてるんだろうか。

 僕は廊下を歩きながら、手の甲を鼻に当てて鼻腔に残っていた匂いを嗅ぐ。
 ジャンから漂っていた甘い花のような香り。香水だろうか。悪くはないが、男性向けのものではない。人の趣味をとやかく言うつもりはないが、何となしに首を傾げてしまう。
 あぁ見えてアロマやお香が趣味とか。僕はあまり他人に興味を持てない種の人間ではあるけれど、ジャンは解り易そうで解らないせいか、詮無い想像を巡らせてしまう。
 考えた所で答え合わせは出来ないため、想像の範疇を超えはしないが。

 ふと足を止めて来た道を戻り、部室の鍵を閉める。
 誰かが勝手に入ってもいけないし、あれほど熟睡をしているのに起こされるのも可哀想だ。
 昼休みが終わる前に一度見にくればいい。そんな算段を立てながら鍵をポケットに仕舞い込み僕は食堂に向かう。もうほとんど食べ物は残ってないだろうけど。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 ジャンと縁が出来てから一週間ほどが過ぎた。
 僕はライナーと一緒に居て後ろで、ぼぅ。と、している事が大半だから、ジャンとの会話はそう多くもない。

 今日も昼食の後、仲間内で中庭にたむろし、ライナーは相変わらずヒストリアに邪険にされつつも、でれでれしてるな。なんて思いながらゲームアプリの通知だらけのスマートフォンを開き、何となくメール画面を起動すれば、そこには短く『起きた』とだけ記されたものが映っていた。
 部室を貸し出したあの日、昼休みが終わる前に様子見に行ってもジャンはまだ寝ていたため、再度、鍵を閉めて授業に向かった。その終わり頃に入って来たものと今日の午前中にきたものが並んでいる。本当に見た目にそぐわず律儀と言おうか真面目だ。
 ほぼ寝っぱなしで何をしに学校に来ているんだろうとも思うし、良く成績が維持出来るなぁ。と、思う。実は天才型か。
「おい、ベルトルト、どうしたぼーっとして?」
「え、何でもないよ。通知が煩いアプリ消してただけ」
 メールを終了させ、フレンド登録がどうと付き合いでインストールした後、起動すらしなくなったものを片っ端から消していたらライナーがずっと背を向けたまま無言で居た僕に気付いたようで気にかけてくれた。
「そうか?最近、良く上の空になってるようだったから、どうかしたのかと思ってな」
 流石に、一番近くに居るだけあって僕の変化に気付いていたらしい。
 その細やかさが普段から発揮されればいいのに。若干、デリカシーのない親友に、愛想笑いをしながら、大丈夫。そう言って視線をスマートフォンに戻す。
「誰か好きな人でも出来たのか?ん?」
 ヒストリアが取り巻きと共に女性だけが入れる場所に移動してしまったため、暇になったらしいライナーが執拗に僕に絡んでくる。
「そんなんじゃないよ」
「本当か?想い焦がれてるんじゃねぇのか?」
 肩を抱き、にやついた顔を寄せながらライナーが揶揄ってくる。
 もしもそうだとしても放っておいて欲しい。僕が君を嫌だなって思う時は、そう言う所だよライナー。
「じゃなかったら、悩み事か?お前が性質の悪そうなのと一緒に居るのを見た。って奴が居るんだが」
「性質の……、あ、あぁ、最近、ジャンとちょっと縁が出来て……」
 今日の朝、また眠そうにふらついているジャンに腕を引かれ、部室を開けてくれるよう頼まれて開けた。温かい場所で眠り易く、少し眠っただけですっきりしたのか昼休みには食堂に居たので一緒にご飯を食べた。それだけだ。
「あぁ、なんだ。ならいい」
「いいんだ?」
 名前を出すと、あっさり引いたライナーに驚き、僕は思わず訊いてしまった。
「あぁ、ジャンの奴は、見た目こそあぁだが、根っ子は真面目で煙草も吸わねぇし、耳のもカフスだからな。後は……、頭の回転が速いって奴か?受け答えもはっきりしてて、笑うと可愛いし、捻てるかと思えば素直?いや、純情……?兎に角、あいつほど見た目と中身があってない奴も珍しいぜ?」
「へぇ、そうなんだ?」
 僕の知らないジャンを語り、彼に抱いていた違和感の正体の回答をあっさりと出したライナーが少しだけ羨ましく感じた。一緒に遊びに行ったりしていたからだろうか。僕も断らずに参加していれば。
 そこまで考えて、阿保臭いと思考を打ち切る。
「素行の悪い連中とも付き合っちゃいるが、薬なんかはやってねぇし、いつもふらっと来て、ふらっと居なくなる野良猫みたいな奴だな」
「野良猫、あぁ、確かに……」
 気紛れに寄って来て、気紛れに離れ、何を考えているかも解り辛く、自分を中々見せない様は確かに気ままに暮らす野良猫のようでジャンの印象にぴったりだ。
「後は?」
「お前が他人の話に食いつくの珍しいな?なんなら今度一緒に遊ぶか?」
「え、いいの?」
「いいのも何も、友達になりたいんだろ?別に悪い奴じゃねぇからな」
 言いながら、ライナーはスマートフォンを弄り出し、メールを打っている。今の流れからして相手はジャンだろう。
「明日の夕方なら空てるらしいぞ。夕飯でも一緒に食うか?」
「う、うん」
 あっさりとジャンに渡りをつけ、明日の約束を取り付けたライナーが笑う。
 何て言って誘ったんだろう。ちらりスマートフォンの画面を覗けば、ライナーが『遊びに行く時間あるか?』で、ジャンが『明日の夕方。飯食うくらい』。挨拶もなく交わす会話は二人して簡潔過ぎて、多くを言わずとも通じる気の置けない仲でもあるかのようだ。
「仲いいんだね?」
「普通だぞ」
 ライナーの送ってくるメールは簡潔過ぎて言葉足らずも多い。僕にだけじゃなかったんだと良く解った。同じように返すジャンとは相性がいいのかも知れない。普通か。普通なのか。
 良く解らないもやもやを抱えて明日に臨む事になってしまい、見た事をほんの少し後悔した。

 しかし、次の日、待ち合わせに指定された場所にライナーはおらず、ジャンと僕の二人きり。どうしたらいいのか僕はおろおろともたつくばかりだった。
「あの馬鹿、ヒストリアに誘われてのこのこついて行っちまった。お前と仲良くしてやってくれってさ」
 僕が来る前に起こった、たった数分前の出来事らしい。
「あの、僕、遊ぶ所や美味しいお店とか良く知らないけど……」
「お前はあんまり遊び好きじゃないって聞いてるから安心しろ、安くて美味い所を知ってるからそこ行くぞ」
 そう言ってジャンが先導し、迷う事無く個人でやっているらしい小ぢんまりとした店に入って行った。お洒落なカフェにでも行くのかと考えていたため、予想外過ぎて一々周りを見渡してしまう。
「こう言う所に来た事ねぇの?珍しい?」
「あんまり外食自体しないから……」
 店内はそれなりに掃除が行き届いており清潔で、狭いながらも四人がけのテーブルが二つほどあった。夕飯の時間より早いとあって他のお客さんは居ない。
「ジャンボいらっしゃい、何食べる?」
 厨房には顔に皺が深く刻まれた店主らしい男性が立っており、奥から同じくらいの年頃の女性が出てきてジャンに話しかける。
「人前でそのあだ名止めろって」
「ジャンボ?」
「お前も食いつくな」
 不機嫌な面持ちにより、それ以上の詮索は止められて、ここは老夫婦でやっている何でも美味しい外れなしのお店だとジャンが説明してくれた。
「サービスするからどんどん食べなさいね。あんた体おっきいから食べるでしょ」
「あ、ありがとうございます……」
 ジャンは、『ジャンボ』と呼ばれるのが嫌なようで顔を逸らしていたが、耳が赤いため恥ずかしいのだろうと察しがついた。訊くに身内ではなく子供の頃からの知り合いらしいが、老女がジャンを見る眼差しは優しかった。
 注文した後も暇だったせいか頼んでもいないものまで何品も出て来た。厨房に籠ったままの店主が黙々と作っていたため、どうも彼からの好意らしい。
「じじい、こんなに食えねぇし払えねぇよ」
「育ちざかりが生意気言うな。出したもんは引っ込めないからな」
 ジャンが文句をつければ、あっさりといなされ僕と一緒に懸命に胃袋に詰めていき、支払いの段階になってもちゃんとした金額を教えろと揉めていた。伝票に記された金額は、どう見ても最初に僕等が頼んだメニューのみだったからだ。
 ジャンも僕も、金額が解らずとも多めに払おうとしたらお釣りを渡され店の外に追い出された。
「いつもあんな感じなの?」
「いやぁ?マルコと来た時はなんか一品つけてくれたりするけど、ここまでじゃ……」
 ジャンも首を傾げている。 
 何があの老夫婦の琴線に触れたんだろうか。
「まぁいいや、じゃあ俺バイトあっから、またなー」
 店に他のお客さんが入り出した所を見て言及は諦めたらしく、ジャンは手を振りながら去って行った。
 ジャンの姿が見えなくなってから考える。食べるのに忙しくて話も碌に出来なかったから『つまらない奴』と、呆れられた可能性が頭を過り、気分が落ち込んだ。ライナーに会話のコツでも教えて貰っておけば良かった。
 自分の不甲斐なさに情けなさを覚えつつ、夕日が差し込んできた町中を眺めながら帰宅する事になってしまった。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 翌日の朝、また眠そうな顔で甘い香りを漂わせているジャンに背中を叩かれ、僕は挙動不審になった。
「あ、えっと、ごめん」
「何が?」
 ジャンが小首を傾げ、頭一つ分高い位置にある僕を不思議そうに見上げる。
「え、僕と居てもつまんなかったんじゃないかと思って……」
 色素が薄いジャンと違い、黒くて硬い自分の髪を触りながら焦ったように理由を告げる。
 ライナーが誘ったから了承したんだろうに、僕と二人になってしまい、無駄な時間を過ごしたと思われていたら。否定的な思考に頭を占拠されて咄嗟に謝ってしまったのだが、ジャンは意味が解っていないようだ。
「んー、立ち話もなんだし場所変えるか」
 ジャンが長めに伸ばした髪を気怠く掻き上げ、息を吐く。
 それに何故か僕の鼓動がどくりと跳ねた。奇妙な感覚に胸押さえていると、急かされてしまい、ジャンの後ろを歩きながら部室の前に着くと開けるように言われて素直に従った。
「別にお前と居てつまんねぇとか思ってないから安心しろ」
 それだけを僕に伝えてジャンは長椅子を窓際に移動させ、ブランケットを敷くと寝る体制に入る。あのブランケットはお気に入りなんだろうか。
「バイト、大変なの?」
 ジャンの足元が空いていたため腰を落ち着け、詮索するような質問をしてしまった。
「んー、夜遅くまでだからな」
「そんなに働いてるの?どんな仕事?」
 甘い香りが体につくようなアルバイトとはなんだろう。移り香であればアロマを取り扱うようなサロン。ないし、利用する女性客からのもの。香水を作る調香師。後は、芳香剤を作る工場?思いつく限りではこれくらいだ。
 僕は勉強と家の事でアルバイトをする余裕はなく、あまり外の事を知らないと言ってもいい。だから些細な好奇心が刺激され気になった。
「お前って、他人の噂話とか好きな訳?」
 僕が煩く話しかけるせいで眠れないのか、ジャンが起き上がって僕を見ながら言った。
「いや、その、今はまだ室内なら温かいからいいけど、冬になったらどうするんだろうと思って……」
「心配してくれてんだ、やっさしー」
 仕様もない思い付きの言い訳を茶化すような言動をしながら、ジャンが僕の頬を撫でる表情がなんだか婀娜っぽくて妙に照れてしまう。ジャンは男の子なのに、時々妙にどきりとする表情をする。不思議だ。
「気にすんなよ。今までもそれなりに上手くやって来てんだから自分でどうにかするさ」
 へら。と、笑った後、ジャンは横になって目を閉じてしまった。
 偶々、僕がここの鍵を持っていて提供したため、使えるから使うだけで、彼がこの学校に来てからの数か月間、春も夏も、もっと以前から工夫をこなし、こうして授業をさぼっていたのだとすれば、余計なお節介だったのかも。
 考え込んでいればいつの間にか既に授業開始時刻になっており、途中から教室に入る気にもなれず、そのまま僕も部室でさぼってしまった。

「昨日は悪かった。上手く行ったか?」
 食堂に行くとライナーが待ち構えていたようで、入れば声をかける共に直ぐ傍の席に座るよう手招かれた。
 既に机上には僕の好物類が紙のトレイに入れて並べてあり、勧められるままに食べながら昨日の詳細を正直に話すとライナーは表情を暗くした。
「じゃあ、碌に話も出来なかったのか」
「うん、ジャンは気にしてないみたいだけど……、いや、逆に良かったのかも、何を話したらいいのかも解んないし……」
 アルミンとジャンがゲームに興じている時ですら、黙って横で見ている程度で、ほぼ発言をしていない。自分なりに楽しんではいても表現する術を持たないと言えばいいのか。ライナーとは七、八歳の頃からの付き合いだから、会話がなくとも気兼ねしないのだけど。
「交流って、本当に苦手だ……」
「そうか……」
 頬杖をついてぼやけば、ライナーが細かく切り分けたチキンを食べながら悩んでくれている。
「随分、気にかけてくれるね?」
「お前が自分から他人に興味持つのは珍しいしな。ジャンも色々と噂はあるが、話せば悪い奴じゃねぇし」
「噂?」
 僕が気になった科白を繰り返せば、ライナーは解り易く動揺したようでフォークを咥えたまま目が泳いだ。
「ただの噂だ。気にすんな」
「そう、良くない方の噂なんだね」
 そうやってはぐらかせば悪い噂なのだとは察しがつく。
 相変わらず嘘が下手だ。
「んー、まぁ……」
「君は交流が広いからね、良くも悪くも色々聞くんだろうし」
 それが事実かどうかの真偽は置いておくとして。
「ジャンも遠くから見てるだけなら軽薄そうだし、授業もさぼってるのに成績いいからね、口さがない人の標的にはなるのは解るよ」
 事実がどうであれ、人間は自分の妄想をさも正当であるかのように振り翳し、他者を貶め、詰る事が出来る生き物だ。
「本人は肯定も否定もしてないんだがな、少なくとも俺はいい奴だと思ってるぜ」
「そっか」
 僕の人嫌いを知っているライナーは苦笑し、噂の内容は言わないまでもジャンを認める発言をする。だから安心して友達になれ。とでも言いたいのかな。
「あいつ、自分からは色々言わねぇが、可愛い物好きだな。確実に」
「可愛い物って?可愛い女の子って事?」
 ライナーがごつい手を左右に振り、声を潜めて話し出す。
「一緒に遊びに行った時にな、移動中に急に動かなくなったと思ったらその辺で寝てる野良猫や散歩中の犬をじーっと見てたり、ゲーセンでも仲間がクレーンでとった大き目のぬいぐるみをずっと抱っこしてたりな。本人は荷物持ちしてやってるだけとか言ってたが、こっそり頬ずりしたり撫でてるのを見た」
 ここぞと悪そうな顔をしながら情報のリークをするライナーだが、内容が可愛過ぎて顔と一致していない。それでカーストから外れる行動をとるジャンを純真だとか、可愛い後輩扱いをしているのか。と、納得する。
「良く見てるねぇ……」
「前も言ったが、いつの間にか消えてるからな、つい探しちまうんだよな。偶にはバイトだから。って挨拶してくれるんだが」
 ライナーにとって、ジャンは大分、庇護欲をくすぐられてしまう存在らしい。
 まだ幼い頃、何をやっても空回りして上手く行かず、悔しさで良く泣いていたライナーだからこその優しさだろう。そんな子供が才能を開花させて今や学園の王様だ。ずっと近くで見ていた僕としては謎の感慨深さまで感じてしまう。
 ただ、友人としてずっと一緒に居た僕が、ライナーのお零れに預かろうとする手下扱いは未だに納得していないけれど、訂正も面倒でほったらかしなのも悪いのかな。
「まぁ、人となりが上手く見えないけど、何となくいい子だってのは解ってるよ」
 身内でもない知り合いにあだ名で可愛がられ、愛されているような子が、性根から腐っている人間とは考え辛い。
「そうそう、こないだの外泊日に仲間の一人が酒持って来て盛り上がったんだが、一滴も口にしなかったしな」
「それは君が注意しなきゃ駄目だろ。関与の上に容認したなんてばれたら部が丸ごと出場停止だ」
 突然、もたらされた声を潜めての苦言に耳が痛かったようで、ライナーは笑って誤魔化した。
 どうも、寮生活で厳しい親から解放された反動が度々出ているようで、いつかやらかさないか僕はライナーが心配だ。時には遊びに付き合って、しでかしそうになったら殴って引き摺って帰るくらいの荒療治も必要だろうか。
「まぁ、俺はジャンとお前が仲良くなるのは歓迎だから、じゃあな」
 僕の視線が相当、居心地が悪かったようで、ライナーは食事を終えた紙トレイを捨てて食堂を出て行った。
 ライナーが去ってから五分もかからず食事を終え、特別予定もない僕は部室に戻ってジャンの様子見に行くと、怠そうに椅子に腰かけて項垂れて頭を抱えていた。
「あー、直ぐ出てくから待って……」
「別に追い出しに来たんじゃないよ。頭痛いの?」
 辛そうに眉根を寄せて、こめかみを揉み解している様子から訊けば無言で頷いた。
「保健室行こうか。我慢しないで薬貰おう」
「いい。ほっときゃ治る……」
「駄目だよ。もし大変な病気だったりしたらどうするんだ」
「病気ならそれこそほっとくしかねぇだろ。病院に払えるだけの金なんか……」
 ごねるジャンを強引に抱きかかえ、部室を出て保健室に向かう。
 子供のように抱えられているのが嫌なのか、ジャンは下ろせと暴れているが、ならこのまま落とすよ。と、言うと大人しくなった。ちらちらと行きかう人が見てくるが、特別何かを言われる事はない。
「あら、どうしたの?怪我?」
「頭が痛いらしいんですけど、薬が嫌だってごねるんで連れてきました」
 在中の女性保険医へ説明すれば、悪ぶった格好の子供が抱えられてきた挙句、薬を嫌がる様が面白かったのか、口元が薄笑いを浮かべていた。
「ほら、ちゃんと診て貰いなよ」
「別に頼んでねぇ……」
 ジャンを下ろし、保険医に差し出せば舌打ちと共に悪態を吐かれた。
「口は元気だけど顔色は真っ青ねー。さっさと座りなさい」
 保険医は有無を言わせず小さな丸椅子に座らせ、薬品棚の引き出しから体温計を出しジャンに渡し、脇に挟むよう言っている。個性的な人間が集まる学園に在中するだけあって、この人も中々に強い人だ。
「はい、お口あーんして」
 保険医は小さなペンライトで照らしながらジャンの咥内、瞼の裏や、目を診て首に触り、更には測り終えた体温計を見て表情を曇らせていた。
 薬品棚の鍵を開け、不機嫌丸出しのジャンへ錠剤と水を渡してくる。
「貴方、ちゃんと寝てる?喉はそれほど荒れてないけど、くまも酷いし、頭痛に、微熱、首のリンパの腫れも酷い、何してるか知らないけど、若いからって無茶してたら倒れて取り返しつかなくなる事もあるのよ」
「ちゃんと寝てる……」
 若干、十六歳の少年に起こる症状ではない。と、言い切ってからの保険医の言葉。ジャンの反論も確実に信じていない。確かに寝ては居るんだろうけれど、倉庫の中や、硬い椅子の上で寝て睡眠欲は解消されても、疲労まで完全に取れてるのかは疑問だ。
「もう治ったから……」
 まだ、何か言いたそうな保険医から逃げるようにジャンが立ち上がり、早足に保健室を出て行った。授業に向かったのか、また寝に行ったのか。
「あの子の友達?」
「はぁ……、まぁ……」
「頼りない返事ね。何か知ってる?」
 はっきりしない僕に不信の目を向けながら尋ねられたが、アルバイトが忙しいのではないでしょうか。などと、全く解決の糸口にならない事しか言えなかった。 
「友達なら無茶してるのを止めて上げてね。あのくらいの子って、大人が言うと余計に意固地になり易いからね」
「解りました。ありがとうございます」
 頭を下げてから僕も保健室を出て、ジャンの姿を探すが目の届く範囲には見当たらない。本当に気配を隠すのが上手い野良猫だ。
 午後休憩の終了間際の予冷が鳴り、僕は迷う。
 次の授業は必修科目ではなく、選択科目だったはずだ。

 まさか倒れたりはしてないだろうとは思いつつも、姿を隠した野良猫の影を探す。
 部室にも戻っていない、静かな図書室も確認したが居ない、まばらに居る人達に一応ながら訊いてみても見ていないと言う。
 もしやとライナーにも連絡してみたが知らないらしい。

『ジャン、どこに居るの?体調は?』
『内緒』

 『起きた』しか送って来ない宛名のない相手へ初めてメールを送れば、五分ほどして返って来た文言に落胆する。
 内緒って何だよ。こっちは本気で心配しているのに。

『学校の中?』
『内緒』
『探し出されたくなかったら素直に場所を教えて』
『何だその脅しは』
『心配してる』
『大丈夫』
『強引に抱えられても碌に抵抗出来ない状態なのに?』
 短いメールの応酬が続き、数分だけ間が空いた。
『ほっとけ。また今度遊んでやるから』
『見たからには無理かな』
『お前、大人しい振りしてめんどくさいな。本当に大丈夫だから』
『本当に?』
『うん。また明日な』
『来れる?』
『大丈夫だって』
『わかった。また明日』
 そこでメールは途切れて返ってこなかった。
 とうとう居場所は言わなかったけれど、明日は学校に来るらしい。来れるのか。とは思うけれど。

 一先ず、宛名をつけていなかった相手に、スマートフォンを操作して、『ジャン』と、名前を付けて置いた。

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