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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

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最悪の連鎖=その四=

【揺れる情愛】

・ぐだぐだしてます
・フロ誕
・一進一退の関係
・ちゅーすらしてないけどフロジャン






「なぁ、粥飽きた」
 怪我のため、ジャンが見張っている間は出来うる限りの安静生活を強制されているフロックがソファーに座りながらも不満気に睨み上げ、小さな座卓に乗せられた食事へと文句を零す。
「我が儘言うな。味にバリエーションつけてるんだからいいだろ」
 
 ふらつきながらも帰ってきた初日は卵雑炊。
 次の朝は茸と鶏肉の白湯春雨スープ。学校へ行く昼は保温マグに入れて昼頃に食べられるようにしておいた梅粥。夜は野菜を軟らかく煮た鍋焼きうどん等々。今日は夕食はおじやと、ここ二週間ほど工夫をしながら消化に良い物を調べてせっせと作り、痛みで腕が上げられないと言うので風呂場では頭や背中を洗ってやり、体を拭った後は湿布や包帯、肋を固定する器具を変える介護生活。

 自分でも、何故ここまで甲斐甲斐しくしなければならないのかと思うが、ここを出て行ったとしても帰る場所はなく、実家に帰ったとしても、フロックが追いかけてきてしまうような気がして行動には移せていない。
「唐揚げとか食いたい」
「ささみ千切った野菜スープ作ってやるよ」
「唐揚げ」
「怪我が治るまでは負担にならないように、栄養のある消化にいいもん食わせろって言われてるから油もんは駄目」
 フロックは骨が折れて発熱までしていたのにも関わらず、自分の口に美味しい物ばかりを寄越せと文句を垂れ、ジャンは溜息を吐きながら医者、ジークの言葉を理由に撥ね付ける。
 不機嫌は不機嫌ではある。ただ、いつか見せたような暴力性は感じない。自分なりに反省をしたのか、ただそれをするだけの体力が無いだけなのかはジャンには判断のしようがない。
「ほら食えって、栄養つけないと治るもんも治らねぇしさ、俺だって同じの食うんだからいいだろ」
 食事をして貰わなければ風呂に行けず、フロックが『仕事』に赴く以外は大学でも私生活でも常に付き添う生活になったためジャンも中々に疲労が溜まっていた。言葉自体はきつくならないよう気をつけていても、早く休ませて欲しい気持ちが先行して急かしてしまう。
 しかし、フロックは匙すら握らず、ジャンを見るばかり。
「んー……、じゃあ明日は鰯ハンバーグでも作ってやるから、今日はそれ食ってくれ」
 油物や肉類は消化吸収に悪い。と、インターネットで調べた際に書いてあったため、極力避けていたが、骨ごと擂り潰した鰯バーグならカルシウムとタンパク質が一度に取れ、柔らかいから消化の妨げにもならなさそうで、ジャンは自分の譲歩案に満足する。
「なぁ……」
「なんだよ。鰯バーグ、結構気に入ってただろ?」
「愛してる」
 また食事に不満を言われるのかと先手を打ったジャンだったが、予想外の言葉がフロックからもたらされ、フロックと顔を合わせたまま固まってしまう。
「ジャン……」
 つい今し方まで、たらたらたらたら文句を零していた相手から愛の告白がもたらされるとは想像出来るはずもなく、縋るような瞳で見詰めてくるフロックが遠慮がちに指を掴む様子にも困惑を隠せず動揺する。
「あー、えっと……」
「お前は俺が嫌いか?」
 逆に、あれだけやっておいて嫌われていないと信じたい神経が凄い。とは感じたが、嫌いや憎いかと問われれば言葉に詰まってしまう。
 ただ、あのしでかしを赦そうとは思えずとも、どこかフロックを放って置けない感情になる自分を否定出来ないでいた。
「あのさ、いつも思うんだけど、お前は俺のどこがそんなに気に入ってんだ?」
 質問をはぐらかして質問で返す。
 人によっては感情を逆撫でされて激怒してくる行動だが、フロックはあからさまに気落ちをしたように表情を崩し、むにむにと唇を動かして黙っていたのは数秒間。言葉がまとまったフロックが訥々と語り出す。
「大学の試験の時、駅で具合悪くなってた奴は覚えてるか?」
「試験日……?」
「そいつに付き添って会場まで連れて行っただろ、それが俺……」
 試験日と言われ、もやっと浮かんだ記憶を確定的に思い出し、まじまじとジャンはフロックの顔を眺めるが、人を介抱した出来事は思い出しても、その人物の顔や特徴までは上手く引き出せずに居た。
「碌に飯も食わずに徹夜で仕事して、試験に行ったら駅で貧血起こしたみたいで動けなくなってな、ほとんどの奴が無視してんのにお前は俺に声かけて、持ってた携帯食だのスポドリだのわざわざ俺にくれて、試験があるつったら同じ会場だから一緒に行こう。って手を引いてくれた」
 果たして、自分はそこまで献身的に対応しただろうか。ジャンは懸命に記憶をひねり出そうと試みるが、フロックが語る自分の行動には疑問しか出てこない。試験日であれば試験の事で頭がいっぱいかつ、相応に緊張はしていたはずで、その証拠に言われるまで思い出しもしなかった。

「思い出を美化し過ぎじゃねぇか?」
「お前にはその程度でも、俺にとっては忘れられないほど大事件だったんだよ。大学受かってからも、ずっとお前の事探してて、そしたらあんな馬鹿見てぇな奴に引っ張られてうちのシノギの片棒担いでるわ、挙げ句にゴミ野郎に犯られるわ、馬鹿じゃねぇのか……」
 苛立ちを隠そうともしない溜息を吐かれ、ジャンは実が縮こまるような思いだった。
 フロックの言い分は乱暴だが、我が身に起こった出来事は事実でしかなく、何も言い返せない。暴力を生業とする相手に対する恐怖や無駄な責任感で逃げられず、様子の可笑しい客からとて苦情などは捨て置いて、違和感を覚えた時点で説得など考えずに逃げて車へ閉じこもってしまえば何もされなかった。

 相手に非があるのは前提にしても、こうすれば、あぁすればあんな目に遭わずに済んだ。との後悔はいつでも頭を過っていた。が、それに関してフロックが気にかけていたなどとは驚きでしかなかった。
「お前は……、俺を助けようとしてくれたって事か?」
 運転手をしている事は知ってはいたが危険が無い間は様子見、トラブルが発生したと聞いた瞬間に駆けつけてくれたのだとしたら。

 今までの行動を鑑みるに、フロックは苛々や不安が募ると煙草の量が増えるのだと推測できた。ぼろぼろの状態で事務所に帰った際も、灰皿の中までは見ていないが室内は煙く、煙草を咥えていた記憶している。

 叱責しようとしてくる人間を制止しながら直ぐにあの場から連れ出し、自分のものだと主張して害しようとする者を遠ざけ、次の日も迎えに来てくれた。強引な引っ越しなども一人にさせないためだとすれば、不器用過ぎる庇護を受けていたと考えざるを得ない。もしも、フロックが居なければ、あのまま私刑を受けて脅迫されていたか、私刑を受けずとも奴隷奉仕の待遇になってた可能性は否めない。

 非道い目に遭わされたのは事実だが、救われたのもまた事実である。
 なればこそ、告白も付き合いも飛び越えて、愛してる。とは飛躍しているようにも聞こえるが、フロックにとってはいきなりどころか、既に自分の気持ちは十分に伝えているつもりだった訳で、今正にジャンの反応の鈍さに腹立たしさすら感じだしていた。
「あ、おい、飯……」
「肋痛むから寝る」
 腹立たしくはあれど、フロックとて頭は悪くはないのだ。
 どれほど強く想っていようが一方的でしかなく、ジャンにとってのフロックは事務所で再会するまで見知らぬ他人でしかなかった。半ば解っていた事でもあり、怒りを露わにする事も無く、若干の気落ちと不貞腐れた様子を見せただけで自室に籠もり、ジャンは湯気を立てる二人分のおじやとフロックが閉めた扉を交互に眺める羽目になってしまった。

「あー、腹減ったら言えよ。作ってやっから……」
 短い付き合いだが、こうなるともう出てこないと確信したジャンは扉越しにフロックに話しかけ、二人前のおじやを一人で食す。やや温くなったおじやでも、食べ進めていけば体は温まっていくが、頭の芯は妙に冷えていて、聞いた話と自身の記憶をじっくりと振り返る。

 ジャンの視点では、言われてみればあったな。そんな程度の事。
 しかし、親や他者から当たり前に与えられ、差し出される優しさや愛情を与えられなかったフロックには、ジャンの行動は求めて止まない物を当然の如く渡されたも同然で、その存在が心に居座ってしまうのも致し方ない。
 たらればを考えても意味は無いが、朝の駅は様々な理由でうんざりするほど人が居る。決してジャンだけがフロックを気にかけた訳でもなかっただろう。ジャンが声をかけなくても誰かしらが手を差し伸べていたはずである。

 偶然、ただの偶然でしかないのだ。
 偶々具合が悪そうな人間が目に入った。
 幾許かでも手を差し伸べる時間と心の余裕があり、疲労と貧血を落ち着かせるための携行食や飲み物を持っていた。些細な事でしかないが、直接行動を起こしたか起こしてないか、小さな違いが大きな違いでもある。
「バタフライエフェクトだっけ?」
 おじやを食べ終わり、匙を置きながらジャンが独りごちる。
 それは誰も知覚しないような小さな切っ掛けが大きな流れを作る事象の名称である。
 ジャンの身に起こった出来事は本人にとっての大事でしかなく、世間的にはそよ風、砂埃すら巻き上げられるかどうかも解らない程の影響だが、声をかけたか否かの選択で現状が決定されたとなると、運命や神の悪戯も馬鹿に出来たものではないのか空笑いが漏れた。
「人生、わかんねぇもんだな」
 ジャンの未来予想図は、市役所勤めの公務員になるに有利な学部へ行き、単位を落とさないように勉強や課題をこなしつつも知り合いを増やしながら、より良い将来を選ぶための選択肢を増やしていく予定だった。
 弱っている人間に思わず手を差し伸べたまではいいとしても、安易な気持ちで知り合ったばかりの人間から紹介された仕事を請け負った結果がこの様。大学生になり、未来への希望に満ちあふれていた引っ越し日を思い返せば、こんな筈ではなかった。と、嘆きたくなってくる。
『あんたは責任感が強いから、自分を追い込むんじゃないか心配だよ……』
 と、母親に言われた言葉まで思い出す始末。

『何言ってんだ。嫌な事は嫌って言うし、俺はそんな馬鹿じゃねぇよ』
 調子に乗って母親に反発した自分の間抜けな科白まで思い出し、
『俺は自分が思っている以上に馬鹿でした』
 なんて、反省しながら手で目元を覆う。母親は本当に良く見てくれてたんだ。と、ジャンは高校までの記憶をぼんやりと思い返し、懐かしくも切ない心境になる。

 悩んでも苦しんでも時間は戻りようがないのだから、今後どうしていくかが課題になるが、先ず第一に、フロックの良く言えば愛情、悪く言えば執着をどう解消させるかが問題だった。
 譬えは悪いが、初めて貰った贈り物が嬉しすぎて、物がどうあれ握り締めて手放せない状態であるとジャンは推測する。あの事務所から助けて貰った事実はありがたいが、このまま一緒に居れば泥船に乗っているような物だ。
 ジャンの一挙手一投足に心を乱されるフロックの状態は正常な関係とは言えず、遠くない未来、共に溺れかねない。だが、ならばどうするか。などと若輩者のジャンには思いつかず、フロックときちんと向き合って話す以外の結論は出なかった。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「まだ痛い~?」
「えっと、咳したりとか、急に動くと痛いみたいです……」
 フロックが煙草を咥えたまま、ジークから顔を背けているため仕方なくジャンが受け答えをし、症状を説明する。本人の事は本人にしか解らないのだから、説明は自分でして欲しいのだが、フロックは茶化してくるジークが嫌なようで口を噤んだままだ。
「もう一ヶ月くらい経つし、レントゲンも問題なさそうだから肋はほぼ治ってると思うんだよね。あとは痛み止めくらいでいいかなー。ご飯も普通に戻していいよ。骨と苛々抑えるためにもカルシウムとマグネシウム一杯とってね」
 ジークは無遠慮に患部を突き、へらへらと笑う。
 フロックはこの人のこんな所が嫌いなんだろうな。そうは思うが、ここ以外に診て貰える場所がないのだから我慢して貰うしかない。
「じゃあ、処方箋出しとくからイェレナから受け取っといてね」
「解りました」
 病院内で診察と薬の受け取りが完結するのはありがたく、フロックの背中を二度叩いて待合室へ戻る。二人以外に患者は居らず、カウンターの奥で忙しそうにしている背の高い看護師にも咎められなかったため、フロックの煙草は放っておいた。この医院では良くある事なのだろう。

 薬を受け取って外に出れば夕闇が迫っており、どこからか漂ってくる金木犀の香りが鼻腔をくすぐりながら秋の訪れを告げているものの、直ぐ隣でジャンに渡された携帯灰皿に煙草を入れ、新しい煙草に火を点けるフロックが居るため、甘く繊細な香りは苦い臭いにかき消されてしまった。
 季節を楽しむ情緒も何もなく、ジャンが黙って代わりに運転し、自宅の地下駐車場に帰り着くなりフロックが口を開いた。
「なぁ、俺さ、誕生日が十月八日なんだよ」
「は?もう直ぐじゃねぇか」
 今は九月の半ばを過ぎた頃で、十月八日はあと一ヶ月もない。
 自ら主張したからには祝って欲しいのだろう。
 食事の好みは子供が好むようなもの、ではケーキの好みは何なのか。
 ジャンが暫し悩んでいれば、
「苺のケーキがいい」
 と、自らの希望を宣う。
「あの普通つったらなんだけど、コンビニにも売ってあるようなの?最近はシャインマスカットだピスタチオだ色々あるぞ?」
「普通のでいい」
 十月の苺は酸味が強く、フロックは酸いものを嫌う場合が多い。
 時期物ならば滑らかな栗のクリームが乗ったケーキ、見た目にも鮮やかで爽やかな風味の無花果ケーキが良さそうに思えたが、本人が望む物を優先させるべきか、車から降り、派手な車体が収納されていく様子を眺めながらジャンは考え込んでいた。
「おい、ぼーっと突っ立ってんなよ」
「はいはい……」
 どこで予約しようか、あるいは自分の母親と同じように作ってみるべきか、頭の中をぐるぐる回っている。
「あのさ、どっか美味いケーキ屋とか知ってるか?」
「さぁ?ケーキ屋は行った事ねぇし」
「不味くても良けりゃ手作りできるけど……」
「お前作れるのか?」
「餓鬼の頃だけど、作った事がある。あ、でもオーブンねぇか」
「買っとく」
 エレベーターの中での短い問答。
 フロックは言うと同時にデニムのポケットからスマートフォンを出して通販サイトを開くと、ボタンがやたらとついた多機能品を選んで手早く購入ボタンを押していた。ジャンの目に値段までは見えなかったが、目眩がするような値段だと簡単に予測がついてしまう。

 ジャンの心の中は後悔で満たされた。
 オーブンは直ぐに来るだろう。
 何故、下らない見栄を張ってみたのか自分を罵倒しても後の祭りで、作れるのか?と、訊くフロックの目は驚きと共に輝いているようにも見えたせいだ。なんて心の中で言い訳をする。
 家庭的なケーキに憧れでもあるのか、そこまでは追求せず、介護から解放されたら次はケーキ作成の練習をせねばならない事態を課してしまった自分を恨むばかり。

 目の前の扉が左右に開き、フロックが足早に移動して家の鍵を開ける。
 やはり、浮かれているようだ。
 肋の痛みも忘れるくらい。
「オーブンは明日の十八時くらいに来るぞ」
「あー、受け取っとく……」
 どこに置くかも今から考えなければならない。
「何食いたい~?」
「唐揚げ-」
 諦めを胸に、ジャンが台所に立ちながら声をかけると、フロックが振り返りもせずに答えて風呂に入っていく。
「早速か……」
 そんなジャンの呟きは聞こえていない。
 聞こえてきたシャワーの音。
 とっくに痛みを気にせず自分で洗えるようになってたんじゃないか。なんて苦情を言っても開き直られるだけで無意味でしかなく、それよりも子供の頃に母親と共に作っただけのケーキレシピの記憶など、砂漠で砂金一粒を探すにも等しい労力だ。
 ジャンは、墓穴を掘りまくる己に向かって溜息を吐き、鍋に油を注いでいた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 翌日、フロックに告げられた時刻にオーブンと菓子作り用の道具一式が届けられ、ジャン自身が台所の邪魔にならない隅に設置し、説明書を見ながらケーキ生地の作成を試みた。が、機能の多さに悪戦苦闘。
 どうにか出来た物体は膨らまず、小さな型枠の中でがちがちに固まったホットケーキのようになってしまった。
 生クリームはまだ開封していないため無事である。

「くっそ……、フロックは居ねぇし、ケーキは出来ねぇし!」
 今日は休日で学校もなく、フロックの怪我も完治までは行かずとも元通りの日常生活に戻って良い。との許可も貰った。ずるずると先延ばしにしていた話し合いを今日こそは。と、意気込んで就寝したが、朝になるとフロックの姿は既に無く、電話やメッセージを送っても返事なし。
 その失望感と脱力感を誤魔化すように朝は掃除、昼は食事の仕込み、夕刻にはオーブンが届いたためケーキ生地に八つ当たりをしている。
 時刻は十時を既に回り、生地が上手くいかなかった疲労もあってジャンはすこぶる不機嫌になっていた。

 くさくさした気分のまま適当に一人の食事を済ませて風呂に入って即ベッドへ潜り込んで寝入ったが、顔に触れてくる感触で目を覚ましてジャンは薄く目を開ける。
「悪い、起こしたか?」
「おかえり……」
「おう……」
 家に入ってくるのは泥棒でなければフロックしか居ない。
 ジャンは寝惚けた頭でもフロックの声を知覚し、帰宅の挨拶を交わすが眠気に支配された脳はそれ以上の言葉を紡がない。
「俺、ちゃんと帰ってくるし、まじでお前が好きだから、どこも行くなよ?」
「うえ?」
 ジャンが寝惚けた返事をすると、フロックが部屋から出て扉が閉まる音と、程なくしてシャワーの音が聞こえた。
 うとうとしながら話をしなければ。と、自らを叱咤しても睡魔には勝てず、水中に沈んでいくようにジャンの意識は溶けていき、朝にはまたフロックの姿がなかった。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「どうしたもんかね……」
 ジャンは冷蔵庫の中身を確認しながらぼやいた。
 フロックは、怪我をしている間も仕事には行っていたはず。それでも溜まった分があったか、もしくは治ったとみるや上の方から過激な仕事を投げられたか。どちらにせよ、ここへは風呂のために帰っただけらしく、冷蔵庫の作り置きには手をつけていなかった。

 昨晩のぼんやりした記憶によれば、きちんと帰って来るとの約束は交わしたようだったが、夢か現か、寝惚けすぎて判断が出来ず、『ちゃんと作っとくから、せめて飯は食えよ』とだけ、メッセージを送っておいた。
 見るかどうかは解らないが。
「てめぇがケーキ作れつっといて居なくなんなよなー……」
 ぼやきつつ大学の課題を済ませ、手慰みがてら初心者にも作り易い小さなロールケーキを作るため粉をふるい、卵を割ってメレンゲを立て、砂糖などの材料を混ぜていく。
 今度こそ。緊張しながら定期的にオーブンを覗き込み、焼けたらレシピ通りに天板ごと台に落としてそのまま冷やす。今度こそ、それなりの見た目にはなったが膨らみが今一に見え、試しにクリームを撒いていけば生地が割れてなんともみすぼらしいケーキが出来上がってしまった。

「あー、母ちゃん?ケーキって昔良く作ってくれただろ?スポンジ作るのってコツとかあんの?」
 たった二回の失敗だが、一人でケーキを食べ続ける事を想像すれば闇雲な練習は無意味。恥を忍んで母親に連絡し、茶化されながらも母直伝のしっとりスポンジケーキの作り方をノートに記入する。
「メレンゲと他の材料って混ぜんの難しくねぇ?」
『やり方はあるけど、そこはもう作って慣れるしかないわよー』
 膨らまない原因と思われる部分を愚痴れば電話越しに笑い飛ばされてしまい、幾分か苛立ちを覚えつつも礼を言って通話を切った。
 失敗ロールケーキはフロックの食事とは別に、自分の朝ご飯として冷蔵庫にしまっておく。

 フロックの誕生日まで日数があまりない。
 この調子で上手く出来るのか、いっそ買ってきた物を作ったと誤魔化すかの選択が頭を過るが、浅はかな嘘は出来具合を見れば直ぐに解るだろう。ならば、下手でも一生懸命作りました。と、主張する方が余程健全である。

 今日もジャンが就寝するまでフロックは帰っては来なかったが、朝に食べようと冷蔵庫に入れておいた失敗ロールケーキが消えていた。
『美味かった?』
 犯人とおぼしき相手に一言だけメッセージを送ると、ジャンが食パンと茹で卵の朝食を食べ終わる頃に、
『美味かった』
 とだけ返信が帰って来た。
 やはり、妙な誤魔化しは止めておいた方がいいと確信し、大学が終わった頃に新しい材料を買い込んでノートを見ながら作った丸いスポンジ。綺麗に膨らんでくれた姿に、ジャンの心は感動と達成感に満たされるが、中身がしっとりとはほど遠く、目の粗いカステラのような食感でなんとも言えない呻り声が漏れた。
 スーパーのパック詰めにされた安いショートケーキ一つでも、職人の技術が光っているのだと思い知らされる。
「あー、まっじもう……」
 やはり、安請け合いした数日前の自分が憎い。
 美味しいケーキを探して買っておくと何故言わなかったのか。
 味は悪くないが、食感が今一のスポンジを前にしてジャンは頭を抱え、夕食のお供として一切れだけ食べて冷蔵庫へとしまっておくと、朝には作り置きの料理と共に消えていた。とりあえず生きてるようだ。
「変な妖怪見てぇだな……」
 夜中に現れて油を舐めて出て行く猫又のような、可笑しな想像をしながら冷蔵庫を閉め、簡単な焼き飯とメモを残して家を出た。

 フロックが帰宅しない日々が続く中、訪れた誕生日の前日、日付が変わろうかとする夜にやっと姿を見せた時にジャンは既にベッドの中であり、強引に揺り起こされ、両の頬を掌で包みながら顔を潰された。
「起きろ」
「おひた、おひたからひゃめろ……!」
 顔を揉みしだかれ、懸命にフロックの肩を叩きジャンは制止する。
「おかえり……」
 しょぼつく目でフロックを見やり、久しぶりの顔を見ると怪我が増えて痛々しかった。
 腫れ後、擦り傷、殴られて切れたのだろう唇。手当も碌にしていないようで、絆創膏すら貼っていない。
「ただいま」
「湿布くらい貼っとこうぜ」
 我ながら、図太くなった。
 ジャンはリビングのソファーにてフロックの傷を手当てしながら心の中で独り言つ。
 以前ならば怪我に動揺し、病院へと引っ張って行っただろうに、碌に帰れもしない宜しくない仕事。その前提があれば、怪我も予測がついてしまう。
「ケーキ……、食いたい……」
 晴れた頬や体に湿布を貼り、切れた口元や擦り傷の消毒を終えると、フロックが覇気なく呟くように言った。
「用意はしてあるぜ。珈琲と紅茶どっちがいい?」
「紅茶」
「おう」
 短い遣り取りでジャンは台所に行き、電気ケトルをセットして冷蔵庫からやや不格好な小振りの苺ケーキを取り出してフロックの前に差し出す。結局の所、工夫と練習を重ねても中々要領が掴めないまま、スポンジに目を見張るような上達はなく、味は悪くないややパサついた素人の手作り感満載の代物となった。
 それでも、生クリームが塗られ、苺で飾り付けられたケーキが鎮座する皿をフロックは両手で持ち、唇を半開きにしたまま右から左から眺めている。

「味はそれなりだからな」
 紅茶が入ったマグカップと切り分け用の包丁を持ち、台所から戻ったジャンが苺ケーキを凝視しているフロックに期待しないよう注意するが、全く聞いていないようだ。
「一人で全部食うか?」
「あ、いや、分ける」
 ケーキの皿を座卓に戻し、ジャンが半分に切り分けて二つの皿に寄せる様子を見詰めているフロックは真顔ではあるものの、どこか呆けて遠くを見ているようだった。
 雰囲気から、これが初めて祝われる誕生日なのだろうと察せざるを得ず、ジャンは深く踏み込みはしないまでも、
「お前が今日のメインだし、苺多めにやるよ」
 言いながら、鮮やかな赤さを持った苺を多めに分けてやる。
「お、おぉ……」
 フロックの受け答えはぎこちない。
 どう反応していいか解らないようだ。

 ジャンもソファーに座り、紅茶を一口含みながらフロックの様子を横目で窺う。
 フロックはまるで貴重な宝石のようにケーキの乗った皿を見詰め、恐る恐る口に入れて噛み締めていた。
「美味い?」
「世界で一番美味い」
「言い過ぎ」
 苦笑しつつジャンもケーキをフォークで削って食べる。
 決して飛び抜けて美味しくはないが、手作り特有の素朴な味で悪くはない。
「うまい……」
 フロックの声に水気が混じり、瞳が揺らぐ。
「満足戴けたようで何よりだ」
「うん……」
 いつもの皮肉気だったり、全てがどうでも良さげで厭世的な態度は微塵もなく、一口を皮切りに、フロックがケーキを掻き込んでいく。
「茶飲んどけ……」
 口いっぱいにケーキを詰め込み、ハムスターのような頬になったフロックから空の皿を奪い、換わりに紅茶の入ったマグカップを握らせてジャンは背中を擦る。
 口に詰め込みすぎて喋れないのか、フロックは数分ほど咀嚼し、紅茶の助けを借りて全部を飲み下す。
「フロック、誕生日おめでとう」
 ジャンもケーキを食べ終わり、粗末なケーキに満足してくれたフロックへ一言だけ告げれば、勢い良く抱き締められ、息苦しくなる。多少なりとは体が強張り、心臓が強く跳ねたが行動自体は嬉しいだけで他意は無いのだ。
「ジャン……結婚しよう。まじで愛してる」
 べそべそと子供のように泣きながらフロックはジャンを求めるが、ジャン自身は直ぐに答えず、肩に乗せられた頭を撫でるに止めた。
「なんだよ、嫌なのか……?俺じゃ駄目か?」
「それはまた今度話し合おうぜ。勢いだけで決める事じゃねぇから」
 でも。と、感情が高ぶっているフロックは追い縋るが、ジャンはひたすら宥めるに終始する。
「明日からは普通に学校とか行けるのか?」
「あ、あぁ……」
 フロックが頷き、今にも泣きそうな表情でジャンを見詰める。
「お前だってさ、このままでいいとは思ってないんだろ?」
「それは……」
「だから、ちゃんと話そう。お互い冷静にな」
 フロックはまだもの言いたげではあれど、ジャンの提言に頷き、背中を押されるままに風呂へと移動する。
 冷静に。何度も言い含めはしたが、果たしてお互いに自分の気持ちを整理して言語化が出来るのか疑問でしかなく、問題は山積みで解決の糸口は未だ見えない暗闇である。

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