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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

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最悪の連鎖=その二=

・フロックが情緒不安定
・ジャン君がDVを受ける描写あり
・ライナーやジーク友情出演
・フロックの家庭環境が最悪
・2019/10/06






【怖いの怖いの】

 フロックによる強制引っ越しから一日が経った。
 どうにか説得して元の部屋に戻れないかジャンが悩んでいれば、スーツを着て帰宅してきたフロックからとんでもない報告がもたらされ、唖然としたのは夕方の六時ごろ。
「お前の部屋、解約してきたから」
 そう告げるフロックは、相変わらず感情の読めない無表情であり、リビングのソファーにどか。と、座るとスマートフォンを弄って出前を頼もうとしている。
「あの、飯なら……、ちょっとだけ作ってるけど……」
「お前料理出来んの?」
 如何にも意外と言いたげにフロックが振り返り、手を洗う以外はほとんど未使用の台所に置かれた料理を不思議そうに眺めていた。男の手料理がそんなに珍しいのか。
「まぁ、家帰っても誰も居ないから、必然的に……」
 母子家庭であるジャンは、忙しい母親に変わって家事をする事もあり、腹を満たすための料理は真っ先に覚えたのだ。汚いのは嫌にしても、家が多少散らかっていても死にはしない。しかし、空腹は精神的にも肉体的にも影響が出るものだ。

 ジャンがフロックの前に差し出した物は、野菜がたっぷり入ったハンバーグに、鶏の塩唐揚げ。引っ越しの際に、冷凍庫から出されてしまい、半端に解凍されてしまった肉類を使用したものだ。
「食っていいのか?」
「どうせ一人じゃ食べ切れねぇし……、話はゆっくり聞く」
 フロックとの付き合いは短いが、そう簡単に自分の意見を覆す種の人間ではなさそうだった。引っ越しの時と同様、部屋の解約も強引な手を使ったに違いなく、疾うに後手に回っているのだから、焦った所で無駄な事。
 先ずはしっかりと現状を把握し、どうするべきか考える事をジャンは優先した。
「それで、部屋を解約してきたって何……」
「そのまんま」
 ジャンの作った唐揚げを行儀悪く手で摘んで頬張り、咀嚼して飲み込むとフロックが短く告げる。
「なんで……」
「お前が昨日のうちに行かなかったから」
 本当に、この男は何を考えているのか、ジャンには全く思考が及ばない。強制的に引っ越しをさせただけでなく解約までしてくるとは。
「いや、でも、本人じゃないと」
「まぁ、やり方があるってこった」
 本人確認の上、承諾なしに解約など出来るものなのか。『やり方』とは、暴力組織の『やり方』であれば、碌な方法ではないのだろう。頭が痛くなってくる。ジャンは頭を抱え、食事を大量に作っておきながら食欲も湧かない。フロックは目の前に居る人間の様子など意に介さずに黙々と食事を口に詰め込んでいる。
「お前は食べねぇの?」
「あー、うん」
 自分の部屋から持ち込んだ座卓をリビングに設置しており、そこを食卓にして作った食事を並べ、ジャンはソファーに座るとハンバーグにフォークを突き立て、小さく削って口へ運んでいく。
 増々、母親にはとても言えない状況になってしまった。デリバリーヘルスの運転手から客に強姦され、危なそうな男に拉致された挙句に、その相手と共に住む羽目に。全てを正直に話せば、卒倒してしまいかねない。
「俺、ちょっと一仕事してくるから……、どっか行くなよ?」
「あぁ……」
 どこへも行くなと言いつつ、どこへ行けばいいのか。
 頭に、母親の住む実家が思い浮かんだが、そうなると学校に通えなくなってしまう。なにより、女手一つで育ててくれた母親に心配させたくなかった。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 ジャンがフロックと一緒に住み始めて分かった事。
 それは、あまり自己評価が高くないらしい。と、言うものだった。

 学業の成績も決して悪くはなく、大学へも真面目に通い単位もきちんと獲得出来ている。運動神経も鈍くはない。それでも何故か、どこか卑屈な言い回しをしたり、言動の節々に劣等感が垣間見えた。
 やたらと強引な行動も、束縛気質も、まるで、『離れないで』『置いて行かないで』と、泣き喚く子供のように見え、良くも悪くもフロックに振り回されて悩む余裕も暇もなかったのは幸いと言えた。
 独りで居れば、悍ましい記憶に精神を蝕まれてしまいかねなかったからだ。
「フロック、何喰いたい?」
「唐揚げ」
「また?」
「美味いから」
 ジャンの荷物が増えた事で、多少雑多とはなったが相も変わらず殺風景なリビングのソファーに座りながら、お茶を飲みつつの会話。
 他に解かった事と言えば、フロックはあまり食に興味がないらしく偏食が酷かった。連れて行かれた外食でも、自分で頼んでいながら嫌いな物が少しでも入っていれば一切口にしようとはしない。
 勿体ない。と、咎めれば不機嫌になって余計食べなくなる癖も困りものでもあった。体を心配すれば、ジャンの想像通り、体を鍛えるためにジムに通っているそうで、そこで推奨されているプロテインや、ビタミンサプリメントを飲んではいるから良いのだ。などと嘯く。
 悩んだ末に、あまり使われていない台所を有効活用するべく自炊を開始すれば、比較的食べてくれるようにはなったのはいいが、偏食は相変わらず。ただ、材料を買う金は渡してくれるため、お陰で生活費に金はかからなくなった。が、ジャンは毎食、献立に頭を悩ませるようになった。
「んー、唐揚げと、そうだな……、ハンバーグでもするか」
「それでいい。野菜は要らないからな」
「馬鹿言え、ごっそり入れてやる」
 仕様もない言い合いをしてから一人買い物へ行き、肉のコーナーを通り過ぎてジャンは鰯のすり身を購入した。
 いつも苛々しているのは、カルシウム不足だろう。と、算段をつけ、骨ごとミキサーにかけたすり身と野菜をたっぷり混ぜ込んだ魚肉ハンバーグを作れば最初こそ嫌そうにして口に入れようとしなかったが、ジャンがフォークで一口分を削り、ソースをつけて差し出せば思いの外素直に口にした。
 口には合ってくれたようで、作り置きの分まで食べた事には驚いたが、食べてくれた事に安心して出来るだけ作るようにしていれば、ある日、封筒を渡され、中身が札束だった事に驚いて思わず投げ返した。
「なんだよ……!」
「何の金だ⁉」
「飯代?」
 食材費の支給は珍しくはなく、端的に告げた科白には幾分納得しかけたが、それにしても多過ぎた。
「こんなにかからねぇよ……」
 投げた金を投げつけ返され、冷静になった頭で『家事代行業務の給料と思えば』そうは思えど、金額にしり込みするのも事実。
「いいから貰っとけよ」
「だから多過ぎるからさ……」
 ざっと運転手をやっていた時の三倍はあるだろうか。
 生活費と家賃、それを賄うためのアルバイト。以前と比べれば睡眠不足は解消され、金を得られるのはありがたいが、貰い過ぎると後が怖い気がする。
「俺がいいって言ってんだろ……、何が不満だ?」
「多過ぎって言ってるじゃねぇか……」
 微妙に通じない会話にうんざりしつつ、封筒を返せばやはり押し返される。強情さはいつも通りである。
「貰えるもんは貰っとけよ。金が要るからうちで嫌々働いてたんだろ?」
「ん……、まぁ……」
 個人的に、金と経験と知識は幾らあっても困らないものだと考えている。母子家庭だったが故に金銭面での苦労もジャンは良く知っていた。しかし、だからと言って碌に働きもせずにのうのうと受け取るほど頭が軽いつもりもない。
「貰い過ぎって、何と比較して貰い過ぎなんだ?」
「それは……、今まで貰ってたバイト代とか、かかってる生活費……?」
 フロックはつまらなさそうに鼻を鳴らし、分厚い封筒を揺らした。
「じゃあ、ここ入れとくから必要な時に勝手に抜け」
 台所に行ったかと思えば、冷蔵庫に札束の入った封筒を放り込むフロックに、ジャンは唖然とする。
「冷蔵庫?なんで⁉」
「お前がいつも使うし、一番使い勝手いいだろ。それに、冷蔵庫にへそくり隠してる奴多いらしいぜ?」
 握っただけでも解るほどの厚みを感じられる大金を金庫ではなく、雑に冷蔵庫に放り投げられる神経が解らず、ジャンはフロックの思考回路が本気で理解出来ないでいた。
「もういいだろ、腹減った」
 フロックが面倒そうに言い放ち、暗に飯を作れと要求してきた。
 強引な話の転換に嫌気が刺しつつも材料を確認するべく冷蔵庫を開けば、目に入る封筒に頭が痛くなり、何を作ろうか悩みながら日は暮れて行った。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「カレー?」
「うん、嫌だったか?」
「別に……」
 学校から帰って来てから食事の支度をしていれば、帰宅してきたフロックが後ろから覗き込んでくる。子供舌なら甘めのカレーは好物かと思ったのだが、あまり嬉しそうには見えない。
「今ならシチューに出来るけど?」
 まだ具材を煮込んでいる段階で、ルウは入れていない。
 シチューの素は買っていないが、コンソメ、スキムミルクと小麦粉を入れればそれっぽくはなるだろう。
「いや、カレーでいい。シチューはもっと具がごろごろしてるのが好きかな」
 フロックが鍋の中身を見て要望を伝えて来たため、そのままルウを投入した。ジャンの家ではカレーの具は小さく、シチューの具は大きく切って作る。フロックの家でも同じなのか。そんな親近感を持ちつつルウを溶かし、カレーとポテトサラダを用意しておいた。
 完全なるお子様メニューだ。
「もう食うか?ちょっと馴染ませた方が美味いと思うけど」
「じゃあ、後で食う」
 焜炉についているタイマーを五分ほどに設定し、弱火にしているとフロックに手を引かれてリビングへ連れて行かれる。今日、フロックは親に呼ばれている。そう言って学校前で別れたのだが、帰って来た姿は元気がないように見えた。
「なにか遭ったのか?」
「別に」
 フロックは多くを言わず、ジャンをソファーに座らせ、自分は膝を枕にしてべったりとくっついてくる。どうやら嫌な事でも言われたらしいと察せられ、ジャンが頭を黙って撫でてやっていればフロックは体を縮こませてジャンの腹に顔を埋める。
 程なくしてぐす。と、鼻を啜る音が聞こえ、ジャンの表情は曇っていく。フロックの家庭の事情は知れないが、あまり良い扱いは受けていないように思えた。
 暫くそうして居れば、焜炉のタイマーが時間を告げ、ジャンが立ち上がろうとしたがフロックに止められてしまう。
「どうした?飯食うだろ?」
「あとで……」
 顔を上げたフロックの表情は険しく、手の甲で目元を擦り、目は不機嫌そうに座っていた。
 焜炉の火自体はタイマーで勝手に止まるが、放置していると延々と『スイッチが入ったままになっている』と、告げる音が鳴り響く。せめて、それを止めに行きたいのだが、フロックが許してくれず、あまつさえ手を引かれて寝室へ向かう背中に頭の中は疑問符だらけである。
「なに?もう寝んの?」
 不機嫌になったフロックが黙って寝室に行くのは良くある事。
 時に、人寂しさからか、ジャンのベッドに潜り込んでくる日もあった。いつもの情緒不安定が爆発したのだろう。と、考え、特に抵抗もなく引き摺られて行き、予想通り、フロックはジャンをベッドに押し付けると、直ぐに抱き着いて人を抱き枕にして着替えもせずに寝入ってしまった。
 寝るなら歯を磨け。そんな小言も言いたくなったが、ただでさえ神経が削れるような嫌な仕事をさせられているのだ。ジャンは憐憫を抱き、フロックの背中を撫でていた。すると、熟睡して体が弛緩したのか腕の力が緩み、ジャンはそろ。と、フロックの腕の中から起こさないように気を付けながら抜け出す。
「……待っとくか」
 台所に立ち、スイッチを切れと煩く警告する焜炉を消して呟いた。
 先に食べても怒りはしないだろうが、それほどお腹が空いている訳でもなく、食事は一緒に食べた方が美味しく感じられるものなのだ。

 ジャンは一つ息を吐き、カレーが入った鍋に蓋を被せると、フロックが目を覚ますまでのんびり待つ事にした。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 大学からの帰り道、ジャンは偶然旧友と出会い話は盛り上がった。
 若者らしくジャンと、旧友であるライナーは連れたってハンバーガーショップへ。
「大学生活、頑張ってるみたいだな」
「まーな、そっちはどう?もう刑事か?」
「ふふ、まぁな。と、言いたいが、まだまだ交番勤務のお巡りさんだ」
 ライナーはジャンと同じく母子家庭で、真面目な努力家の優等生だった。
 二つ上ではあるが、幼い頃は学童保育で一緒に遊び、良き相談相手でもあった先輩になる。
「色々勉強も居るしな、交番も楽しいっちゃ楽しいが……」
 そう言ってライナーは肩を竦めて見せた。
 筋骨隆々の鍛え上げられた体格に、しっかりした鼻筋、彫り深い顔立ちはその仕草はとても似合う。
「なんかあった時は頼るから宜しくな」
「あぁ、他でもないお前の頼みならどこに居たって駆け付けてやるよ」
 兄弟の居ないライナーはジャンを弟のように、同じく兄弟の居ないジャンにとって、ライナーは兄のように信頼を寄せる相手である。だが、今、我が身に起こっている事件は口にし難く、また、良くも悪くも状況に慣れてしまい相談するほどでもない気がしてジャンは話さなかった。
「非番の日っていつも何してんだ?」
「そうだな……、動物の動画漁り……?」
「なんだそりゃ」
 ライナーの厳つい見た目にそぐわない愛らしい趣味にジャンは目を瞬かせた。曰く、こうやってのんびりする時間を作るか緊急連絡に備えていると言う。
「駅前の交番だから、毎晩酔っ払いも多いし、帰ったら兎に角癒されたくて動物の動画ばっかり流してるわ、こう、変なアテレコが入ってない奴」
「あー、なんか変な足音とか、変にかわい子ぶった声で科白入るの?」
「そうそう、あれ嫌いなんだよ。動物はそれだけで可愛いのに……」
 ライナーの発言にジャンは大いに頷き、好きな人を否定する訳ではないが。を、前提にして動物のみを映す方がどれだけ良いかで盛り上がっていく。

「あ、やべ、もう行かないと……」
 ぴぴ。と、スマートフォンに設定しておいたアラームが鳴り、ジャンは慌てて立ち上がる。もう、フロックの家に帰らなければならない。
「バイトか?」
「うん、今……、なんつーか、住み込みで人の世話するバイトしてんだよ。結構忙しいみたいで、いつも絶対帰ってくるかは判んないんだけどさ、今日は帰宅時間と食いたい物連絡してきたから、帰って仕込んどかないとな」
 材料は買い溜めしておいた物で間に合うため問題ないが、腹を空かせて帰ってくる前に作っておいた方が無難には違いない。
「住み込み?あのアパートは引き払ったのか?わざわざ?」
 ジャンが大学に合格し、引っ越す際にライナーも手伝ってくれたため、『住み込み』の言葉に大層驚いたらしく、強めに食いついてくる。
「あ、うん……、その、浮かせられる金は浮かせといた方がいいだろ?居ない間は好きにしていいって言われてるし、家賃も光熱費もかからない上に給料貰えるし、な?」
 ライナーの疑わし気な視線を受けながら、ジャンは懸命に言い訳をする。が、全く得心が行った様子はなく、寧ろ疑いを深めていた。
「なにか……、可笑しな事に巻き込まれたりしてるんじゃないのか?雇い主は本当に信頼出来る人間か?どうやってその仕事を見つけたんだ?」
 警察官としての嗅覚なのか、あるいは妙な言動でもしてしまったのかジャンは内心冷や汗を流す。今までの朗らかな兄貴分の表情は消え失せ、眼光鋭く見詰めてくる様子は、獲物を見定める猟犬のようだった。
「心配性だな。大学の友達の伝手だよ。別に変な仕事じゃないって……、じゃ!」
 ジャンは自分の性格を把握している。
 正直故に、誤魔化そうとすればするほど襤褸が出ると判断し、強引に切り上げて食べたごみも片付けずに店外へ逃げ出した。ライナーが追いかけようとはしてきたが、生真面目な性格からごみを放置出来るとは思えなかったため、走る事にだけ集中する。
 ある程度走ってから後ろを顧みれば、やはりライナーは追いかけてきておらず、ほっと胸を撫で下ろし、時に周囲を確認しながら家に帰れば、予定の時間より早くフロックが帰宅しておりジャンは驚く。
「あれ?まだ帰って来ないんじゃ……?」
「なんだよ、俺が早く帰ってきたら不都合でもあんのか?」
 フロックはソファーで横柄にも足を広げながら座っているが背中は丸めており、両手を組んで床を見詰めたまま顔を上げもしない。異様な雰囲気を感じつつも、ジャンはフロックに近づき、声をかけた。
「不都合っつーか、ご飯まだ作ってないし……、先に風呂入ってきたらどうだ?その間に作っとく」
「俺が風呂入ってる間に金持って逃げるんだろ……」
 ジャンの言葉を遮り、フロックが妙な因縁をつけだした。
 はぁ?と、ジャンが戸惑いをそのまま声に出せば、緩慢な動きでフロックは立ち上がると、突然ジャンの服を掴んで引き倒し、床に叩きつける。
 背中を強く打ちつけられた衝撃で肺からそのまま空気が漏れたような音が鳴り、呼吸が一瞬止まった。そして、息が上手く吸えない状態で強く頬を張られ、抵抗もままならずに暴力を受け続けて体に受ける痛み、酸欠によって開いているはずの目が光を拾わなくなり、意識が遠退いて全てが真っ黒に染まった。

 どれくらいの時間が経ったか、光のない場所でジャンは眼を覚まし、体の痛みに呻きながら寝返りを打つ。
 よもや、殴られた衝撃で目が見えなくなったのでは。意味の解らない状況に混乱しつつも手探りで周囲を探れば感触からベッドの上と知れる。嗅覚はあった。やたらと鉄臭い匂いと、煙草の匂が混じって吐きそうになりながら壁を伝い、指が電気のスイッチに触れたため押し込めば視界が開けた。
 次第に光に目が慣れ、見えた場所は白で統一された知らない部屋である。
「なんだ……」
 入り口側に設置してある簡易の手洗い場。
 視線を上に移動させれば鏡があり、映った姿にジャンは形の良い眉を顰めた。打たれた頬、殴られた体には湿布が貼られて手当をされている。
 出入り口の扉は引き戸。手をかけて、そう。と、引けば難なく開き、入って来た煙草の煙を吸って盛大に噎せてしまった。咳き込みながら、腹部や、胸部を痛めているのか振動で鈍痛が走る。
「あ……」
 扉の直ぐ側に置かれていたスツールに腰かけていたフロックが顔を上げ、噎せて涙目になったジャンと目が合い、気不味そうに逸らす。
「フロック……」
 ジャンが目を覚ますまで、フロックはここにずっと座っていたのだろう。
 脇に置かれた円筒形の灰皿には煙草が山のように突き刺さり、煙臭さから鑑みても随分な量を吸ってはねじり潰していたようだった。
「なんで俺、殴られたんだ……?」
 唐突に受けた暴力に怒り、衝動のままフロックを殴り飛ばしても良かったが、それでは同類になってしまう。先ずは如何を問うべきだと考え、痛む体を壁に支えて貰いながらジャンはフロックを見下ろした。
「お前が……、居なくなると、思って……」
「なんで?」
「外で、おっさんみたいなのと一緒に居たから……」
「それが殴る理由になるのか?」
 問う言葉に返ってきたのは沈黙。
 外で一緒に居た人物。帰宅前ならジャンの友人であるライナーの事になる。彼は実年齢よりも、老けてみられるのは常であるが、だから何なのかは理解が及ばない。いつ、どこから一緒に居る姿を見たのかも。
「俺は、お前意外の誰かと一緒に居たら駄目なのか?」
 ライナーと一緒に居たから殴られた。幾ら因果関係を考えても、全く繋がらない。
「だ……って、かぁ、さ……も、それで、居なくなった、し……」
 手に持っていた火の点いていない煙草を手折りながら、フロックはぼそぼそ不明瞭に呟いている。ジャンは酷く疲れた心地になりながら床にへたり込んだ。兎にも角にも体が痛く、眩暈までする。
「じ、ジークっ……!」
 握り締めた煙草を床に捨て、蹲ったジャンの体を支えながらフロックが叫ぶ。
「なにー?起きた?」
 短い廊下の先にあった引き戸が開き、そこから髭を蓄えた丸眼鏡の男が入ってくる。白衣を着ているからには、何らかの研究者、あるいは医者か。
「うわ、煙い……、良いとは言ったけど吸い過ぎでしょ」
 男はわざとらしく手を振り、忌々しそうに舌を出して煙を払いながらジャンの側に寄よって顔を覗き込んで初めまして。そんな空々しい挨拶を笑顔でしてきた。詳細は解からないが直感的に『胡散臭い』風体だ。
「そんなに睨まないでよ。怖いなぁ、検査したり手当てして上げたの俺だよ?感謝されこそすれ睨まれるいわれはないな」
 フロックに支えられつつも床に蹲るジャンに対し、男は膝をついて飄々とした様子で馴れ馴れしくジャンに話しかけてくる。
「何ですか貴方……」
「お医者さんだよ。小さい病院の院長やってる」
 フロックとの付き合いがある以上、真っ当な医者ではない気もしたが、治療を施してくれたのは事実のようだった。
「骨は折れてないけど、安静にはしといた方がいいから、寝てなさいね」
 言葉の調子は優しいが、感じる雰囲気は薄らと恐怖を湧き立たせる。如何にもな暴力組織御用達の医師。とはフィクション映画の見過ぎだろうか。
 脇の下に手を差し込まれながら子供のように立たせられたジャンはベッドへと連れて行かれ、休むように言われる。噎せ返るような煙草の匂いはフロックが吸った煙がこちらまで入って来た物、鉄臭さは、殴られて出た鼻血が鼻腔の奥に溜まっているせいのようだ。
「君もちょっとカウンセリングが要る感じ?」
「要らねぇよ……!」
 医師がフロックを顧みて茶化すように言えば、喉の奥から絞り出したようなか細い怒声を放ってフロックは廊下から姿を消す。解り易く苛ついて床を踏みつけている足音が次第に遠ざかり、激しい扉の開閉音を院内に響かせながら出て行った。
「あ、治療費はあっちに請求しとくから、君は気にしなくていいからね」
「そうですか……」
 煙たく煙草臭い空気。
 窓のない倉庫を改造したような病室。
 エアコンや換気扇は設置されているようだが、やはり真っ当な印象は持てなかった。
「あの子も可哀想なんだよねー。ボスの愛人の子共なんだけど、もっと小さい頃にお母さんが他に男作って逃げちゃってさぁ、誰も帰って来ない部屋でずっと待ってたんだろうね?餓死寸前の状態でうちに運び込まれて来たの、昨日の事みたいに覚えてるよ」
 何年前の話だろう。
 ベッドに横たわったままジャンは考える。
 対人関係に難がありそうだとは感じていたが、薄らと原因が垣間見えた気がしてジャンは何もない天井を見詰め、
「それは、フロックの行動を許してやれ。との弁明でしょうか?」
 視覚による情報を入れないようにしながら訊く。
 突然の理解出来ない理不尽過ぎる暴力。幾ら過去が悲惨だったとしても、人として許されていいものなのか。自分でも驚くほど冷たい声色になっていた。
「いやー、弁明って言うか忠告?」
 ちら。と、横目で医師を見やれば、そこにあったのは同情的で沈痛な面持ちはなくへらへら笑っている。
 曰く、過去のトラウマを刺激されると大分、感情的になってしまうようだから、付き合うなら彼をきちんと知って、気を付けられる事は気を付けた方がいい。と。
「まぁ、あそこお金だけは持ってるから、可愛がって貰えれば不自由はしないと思うし、いい玉の輿だと思うよ?」
 何言ってんだこいつ。
 ジャンは話し疲れ、不躾に背を向けて会話を終わらせる。
 帰宅した時からフロックの様子は可笑しく、何かに苛ついて、否、怯えていた。自分が知らない男と一緒に出て行った母親と、知らない男と談笑していたジャンを重ねたが故に、幼い頃に母親が消え失せ、突然独りぼっちになった孤独を、置いていかれた恐怖を、誰も助けてくれずに死にかけた絶望を思い出したのか。
 冗談ではない。と、ジャンは内心独り言つ。強引に住居を移動させられ、帰る場所もなくなったため仕方なく身の回りの世話をやってはいるものの、自分はフロックの母親ではない。
「ま、お大事にね。仲良くしなよ」
 男は扉を閉め、フロックとは対照的な小さい足音を立てて去って行く。

 これから、フロックの機嫌を窺ないながら暮らさなければならないのか。
 きちんと話さなければ。
「いってぇ……」
 痛む頬、軋む体。
 ジャンは体を丸めながら溜息を吐いた。
 どちらにせよ、ジャンの身の回りの物はフロックの住居に置かれている。どうあれ帰らなければならないのだ。
 冷静になれば、話が通じない相手ではない。『はず』であると考える。感情的にさえならなければ。

 どうしてこうなったんだ。
 何が気に入られてこんな目に遭って居るのか。
 全てが解らない。解らないまま、ジャンは自らの体を癒すべく目を閉じ、ひたすらに眠る事にした。

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