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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

最悪の連鎖=その三=

・2021/05/30
・フロックによるジャン、レ未遂
・情緒不安定過ぎる二人






【恐怖に強張る】

 数日間の静養でジャンの体も回復し、ジークからも退院して良いとの許可を貰ってジャンはフロックの部屋へと帰る。
 鍵を差し込み、回そうとすれば止まってしまい、鍵が締まっていない事実を教える。

「ただいま……?」
 恐る恐る扉を開け、顔だけを隙間から覗かせて中の様子を伺えば、漂ってくる甘ったるい煙草の匂い。
「フロック……、居るのか?」
 声をかけても返事はなく、カーテンを閉め切っているのか部屋も暗いままだ。だが、ぎ。と、ソファーのスプリングが軋む音を立てたため、誰かしらは居る気配はある。
「入るぞ」
 一向に返事はない。
 そ。っと、静かに室内へと入り、出来うる限り足音を立てないようにリビングへと入れば、フロックが吸っている煙草が薄闇の中でぽつりと光っていた。
「ただいま……」
 小さな声で話しかければ、フロックの影が重い動作で動き、無言の視線が突き刺さるようだった。
「ジャン……」
「ただいま」
「……お帰り」
 同じ科白を繰り返していれば、煙草の吸い過ぎなのか掠れ切った声が返ってくる。
「飯、食ってねぇの?」
「サプリは飲んでる」
 要するに、きちんとした食事はとっていないようだ。
 煙食って生きてるなんて、仙人か何かか。と、ジャンは眉根を寄せ、フロックの側を通り過ぎてカーテンと硝子戸を開き、外の陽光と空気を取り入れる。
 明るくなった室内見れば、フロックは少々やつれたように見えた。目の下には隈が出来、目元も落ちくぼんで肌に艶もない。禄に睡眠をとっていないように見えた。
 フロックが胡乱な眼差しでジャンを眺め、ソファーに置いていた灰皿に銜えていた煙草をねじり潰すと大儀そうに立ち上がる。
「飯、作るか?」
 フロックは無言で首を横に振り、ジャンの手を掴んで自らの寝室へと向かう。
「眠いのか?」
 相変わらず応えはない。
 会話がないままフロックはジャンを寝室に連れ込み、ベッドへと体を追いやる。
 またいつもの添い寝か。どうやら眠れていない様子を鑑みて、毎度の事と覆い被さってくるフロックの背中に手を回し、柔らかく背中を叩いてやった。しかし、フロックに寝入る様子はない。
 ジャンの首元に顔を埋め、あろうことか服の中に手を潜り込ませ肌を撫で回す。
「フロック……!?」
 明らかに常と違う行動にジャンは驚いてフロックの体の下から抜け出そうと試みるが、しかと腰に手を回され身じろぎ程度の移動しか出来ない。
 呼びかけてもフロックは無心でジャンの体をまさぐり、次第に呼吸が荒くなり始めた。
 ジャンは生唾を飲み込み、渾身の力でフロックを押し退けようとするが、病み上がりな上にたった数日とは言え、寝っぱなしで鈍った体、不利な体勢では抗うにも体力が持たず、力負けしてしまう。
 全身に鳥肌が立つ。じわ。と、目に涙が浮かび、触れてくる熱に体が凍り付くような心地になっていた。
「フロック、っやめてくれ……」
 力で適わない以上、懇願しか方法がない。だが、フロックは息を荒げるばかりで聞き入れてくれはせず、抵抗空しく服を剥かれていく。
 体への暴力か、心への暴力か、こいつはこの二つしかないのか。
 ジャンは恐怖に目を潤ませながらも怒りが募っていき、フロックが上体を起こした隙を狙って頬を張る。
「いい加減にしろよ……!」
 これで不興を買い、更なる暴力に発展する可能性もあったが、これで正気に戻ってくれれば儲けものでもあった。叩かれたフロックは何度も目を瞬かせたかと思えば、ぎゅ。と、唇を噛み締め、ぼろぼろ涙を流し始める。
 驚いて肩に触れれば手も、体も強張り、小さく震えながら大粒の涙を流すフロックをジャンは凝視していた。
「お前、本当に情緒不安定過ぎるだろ……」
 自分の何が良くてフロックがここまで執着しているのか、ジャンには全く意味が解らなかった。
 ぐず。と、フロックが鼻を啜り、ジャンに口付ければ唇の隙間から涙が流れ込み、しょっぱい味が口の中に広がっていく。
「俺を拒むな」
 唇が離れた瞬間、呟かれた言葉。
 ジャンは、なんだかフロックがどうにも哀れで、戸惑いながらも髪に指を通して撫でてやる。以前に受けた理不尽や暴力を忘れた訳ではないが。
「お前がどうしたいのか、俺にはちっとも解んねぇよ……」
「俺の側に居ろ」
 戸惑いに対する明確な応え。
 ジャンは病院にベッドにて、あまりに暇すぎたためフロックの事ばかり考えていた。でも良く解らなかった。話した記憶などは全く出てこず、見た目が好みなだけにしても、こうも支配的なのは何故か。意味不明過ぎた。
 ただ、そんな中でも解った事はある。医師のジークが暇潰しなのかお喋りに来る事もあって、フロックの情報が無駄に得られてしまったためだ。

 曰く。
 父親に引き取られた後、部下によって食事やある程度の世話はされていたが、所詮は庶子として誰からも愛情などは一切注がれていない事。
 父親、親分の役に立てなければただの不要品と言われながら育った事。
 だからこそ勉強も運動も頑張ったが、どれも一番になれるほどの突出した物はなく、出来損ないと罵られていた事。
 学校などの外の世界でも、暴力組織の子供として敬遠されながら育った事。
 故に、早々他人には心を開かないのだが、何故かジャンが大好きな事。

 ジャンには想像もつかない世界だった。
 家に帰れば優しい母親が『お帰り』と、声をかけてくれ、頑張れば努力を褒めてくれた。達成出来れば喜んでくれた。ただ生きている事を祝ってくれた。辛い事があれば共に悲しんでくれた。いつでも寄り添ってくれた。
 思春期には過保護でやや過干渉とも言える親に辟易する事もあったが、こうして健やかに生き、将来のために勉強だって出来ている。
 苦労をかけた母親には、安定した良い会社に勤め、楽をさせて上げたいといつだって思っていた。
「フロック……、あのさ、もうちょっとお前が考えてる事とか、どうしたいか教えて欲しいんだけど……」
 相互理解なくして共存はあり得ない。
 一方的に与えられる物に諦めの心地で受け入れていたが、好転させるためには歩み寄りも必要だろう。そう考えて絞り出した言葉だったが、フロックはジャンを暗い目で見つめてくる。
「抱かせろ」
「え、いや、そういうのじゃ……」
「いいから」
 何がいいんだ。
 嫌だと拒否して再び頬を張ろうとすると止められ、『拒むな』と、きつく言われる。自分がそうされてきたから命令でしか他人との交流が出来ないのか。
 どうするか考えている内に、フロックの手が首に掛かり、下腹部にほんのりと嫌な感触がした。瞬間、ジャンの脳裏には悍ましい記憶が蘇り、例の中年がまるで目の前に居るかのような錯覚を起こす。
 一気に嫌な汗が毛穴という毛穴から溢れて全身の筋肉が硬直し、喉の奥に何かが詰められたように呼吸が出来なくなり、ジャンは息を吸おうとしても吸えずに喉を掻き毟る。
 苦しい。怖い。気持ち悪い。それだけに支配され、突然、火がついたように暴れ出したジャンに驚いたフロックが思わず飛び退き、ジャンは藻掻いてベッドの隅へ這い逃げて自身を守るように体を丸めて腕に短く整えられた爪を立てた。
 あまりにも強く握られた腕は爪が皮膚を破り、血を滲ませ、体は勝手にがくがくと震えてジャンの思考をまともに動かそうとしない。
「やだ……、やだ……」
 目からは涙が止めどなく溢れ、口からはか細い声が滴を垂らすように零れ出す。
「ジャン……?」
 フロックは、ジャンが何故こうなったのか解らず、狼狽えるばかり。
 ただただ、そこまで怯えるほど自分が完全に拒絶されたかのようにしか感じず、フロックまでくしゃ。と、表情を歪ませ目を潤ませていた。
 この場に誰かが居れば、事態はまだ改善の余地があったかも知れないが、当然ながらこの室内には二人しかおらず、フロックはジャンが極度の心労から意識を失うまで、見ている他がなかった。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 ジャンが意識を取り戻したのは三十分もたった頃だったか。
 室内にはジャン以外の人間はおらず、ひっそりとしたものだった。
「ふろっく……?」
 この部屋に居るべき人間の名前を呼んでも返事はない。
 ジャンが覚束ない足取りで部屋を出て、リビングを見回しても人の気配は感じられなかった。外はもう夕刻。茜が開いた窓から差し込んでいるのみ。
「どこに……」
 呼吸が苦しい。
 頭がぼんやりと霞む。
 爪によって破かれた皮膚が痛みを訴え、じりじりと焼け付いた。

 スマートフォンに連絡なりと入っていないかジャンは探し回り、果たしてフロックのベッドの上に転がっていた物を見つけたが、着信やメッセージは一切入っていなかった。
 欲の解消にすら役に立たない道具に呆れ、仕事に行ったものか。

 触れられて体が強張る、怖気が走る。
 これらは我慢出来ていたのに、直球な性欲をぶつけられれば、途端に激しい悍ましさや恐怖に駆られて自制が効かなくなった。

 このまま逃げるか。
 いや、逃げてどうする?
 帰る場所はなくもない。しかし、学校や不要な心配事を増やす要素は極力避けたい。
 やはり、フロックと話をしなければとは考えるが、あの暗くも欲情した眼と表情を思い出すと、全身にぞ。と、寒気がほとばしり、体を震えさせた。
『フロック、どこに居る?飯どうする?』
 深呼吸をして極力、平静を装い、簡素な質問で終わらせる。
 フロックと対面して、今まで通りの態度が取れるのか、また狂乱して暴力に物を言わせてくるのではないか、心臓が不穏に脈打ち、ジャンは胸を押さえて苦しげに呻いた。

 食事の要望を問いはしたが、作る気にはなれず、帰ってきた際にフロックが座っていたソファーに身を沈め、山のような吸い殻と、煙草の空箱を眺めながら吸いかけの箱を手に取る。
 こんなもの、一体なにが美味いのか。

 鼻に寄せれば仄かな甘い、バニラの香り。
 一本箱から取り出して唇に咥え、厳ついZippoライターで火を点けてみるが上手く着火しない。
「湿気てんのか?」
 先端が焦げただけで終わった煙草を見つめながら呟くと、スマートフォンからメッセージの通知音が鳴った。視線をやれば、
『フロック君は病院に居るよ。ご飯は要らないって。ジーク』
 予想外の人物からのメッセージに心の毒気が抜かれ、食事不要と言う事は、今夜は帰ってこないのか。と、ジャンは安堵を覚えた自分に自己嫌悪する。

 先行きが不透明で、心が重い。
 どうしたらいいのか。そればかりが頭に浮かぶ。

[[newpage]]

【母親代わり?】

 フロックが帰ってきたのは深夜も回った頃。
 髪を撫でられる感触で目を覚ましたジャンが、目の前で座り込んでいたフロックに驚いて完全に覚醒してしまった。
「ふろっ……」
「一緒に寝ていいか?」
「あ、えっと……」
 ジャンが迷っていると、答えは必要ないとばかりにフロックは布団の中へと潜り込み、胸元に潜り込んで抱きついたまま動かなくなってしまう。
 毛量の多い頭からはシャンプーの香りがして、風呂に入った後だと言う事だけは解った。病院、ジークとどんな話をして、どうしてこんな行動をするのかはさっぱり理解は出来ていない。
「心臓がばくばくしてんな」
「まぁ……」
 緊張からの鼓動の激しさを指摘され、顔にまで熱が集まってくる。
 怖いから。と、返したらどんな反応が返ってくるのだろうか。ジャンが考えれば考えるほど緊張は高まっていく。今はただ抱きついているだけだが、それだけで済むのかは不明だ。
 フロックが求めるのなら、どうせ一度は犯された身なのだから、惜しむような体ではない。とも考えたが、心が伴ってないのに関係を持つのは不誠実ではないのか。根が生真面目なジャンが頭を悩ませていれば、胸元から聞こえてきた安らかな寝息。
「なんなんだよ、もう……」
 緊張はまだ落ち着かないが、胸元に感じる温もりに害意は感じられない。
 ぽんぽん。と、ジャンはフロックの背中を叩き重々しい溜息を吐いて目を閉じた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 朝になれば、フロックは既にベッドの中におらず、リビングから漂ってくるコーヒーの香りで目を覚ます。
 そろ。と、リビングを覗きながら扉を開ければ、白いスーツに身を包み、普段と変わらない様子で煙草を吹かしているフロックが居て、逆に違和感を抱いたほどだった。
「おはよう……」
「おは」
 無愛想だが返事は返してくれる。
 きっと、昨日は酔ってたか、疲れすぎてたんだろう。
 そう、ジャンは自己完結し、台所に置かれたコーヒーメーカーから、まだ暖かい黒い液体をカップに注ぎ、行儀悪く立ったままで一口含めば苦みが寝惚けている脳を起こしてくれる。
「フロック、飯……」
 朝ご飯をどうするか。そう訊こうとしたジャンがフロックを顧みれば、足音も立てずに背後に立っており、ジャンは思わず息を呑む。
「行ってくる」
 一言だけ告げ、ジャンに顔を寄せるとフロックは口付けて家から出て行った。
 唖然としたまま出て行く背中を見守り、はっと学校へ行く時間に気付く。
 慌てて準備を済ませ、大学へとジャンは走った。

「ジャン、はよ……」
 目的の講義室へと辿り着き、端の席へ腰を落ち着けると例の知人、ジャンに例の仕事を紹介した男が話しかけてきた。
「お前、あの……、最近どう……?」
 随分と可笑しな訊き方である。
「どう?」
「いや、なんか怪我とか……、やばくねぇかお前」
「あ、あー、うん……」
 昨夜つけたばかりの首の傷や、治りかけとは言え、未だ残る殴られた痣は湿布や絆創膏で隠しはしているが、隠している姿も実に痛々しい物である。
「あの……さぁ、もうお前、まじで運転手しねぇの?あの白スーツ何?まじおっかなかったんだけど……」
「白スーツ……、の、人は……」
 同窓生だよ。
 とはとても言えず、今日は服装から考えても学校には来ていない事に安堵する。
「えっと、お前が運転手してんの?今……」
 まだ教授が来ていない事を確認し、こそこそと会話を続ける。
 訊くに、部下を引き連れた白スーツの男が突然、知人の家にやってきて、欠員が出たから暫くお前がやれ。と。拒絶しても取り付く島もなく、強制で運転手に戻らされたそうだった。
「そうだったんだな……」
 一度は辞めさせた人間を何故。
 本当にフロックは何を考えているかジャンには解らなかった。
 彼が自身の事を語らないから余計に。
 外部から得られた情報だけで構成すれば、幼い頃は餓死寸前までいった放置子であり、引き取られた後も碌な愛情を受けないまま、暴力沙汰に関する教育だけはしっかり受けてきた人間。
 多くは開かない口、人間味が薄い性格、それは立派なのに生活感のない住居にも如実に表れている。故に、爬虫類のように受け取れる感情が希薄で、ジャンはフロックの人間性を何一つ知る事が出来ない。

 解らない。
 解らない。
 そればかりが募っていく。

 何が好きなのか。
 何が嫌いなのか。

 何も知らない。
 今日、帰ってきたらちゃんと話そうかな。
 また殴られたら嫌だけど、しっかり向き合えばどうにかなるか。
 希望的観測も踏まえながら定刻となり、教鞭を取り出した教授の講義にジャンは耳を傾ける。
 真面目に勉学に励みつつも頭の片隅では夕飯に何を作ろうか悩む。もしかすれば、今日は帰ってこない可能性もあったが、連絡をすれば返してくれるだろう。そう思っていた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 『今日、飯何がいい?』
 ジャンがフロックへ、メッセージを送ったのは二時間前。
 必要そうな買い物は既に済ませてある。
 後は返事が返ってくるか、本人が帰ってくれば良いだけなのだが、メッセージには既読すらつかず、外に出て辺りを見回してもフロックの影は一向に現れない。
 外はもう暗く、夕飯に丁度いい時刻になっている。

 『鳥腿の唐揚げとポテサラ作っておくから、食べられるなら食べておいてくれ』

 とりあえず、今まで作った中で比較的、受けの良かった物を作ってラップをかけて冷蔵庫に入れて置いた。帰ってくるかどうかも解らないが、何も用意せずにサプリだのプロテインなどで済ませるよりはマシであろう。
「なにやってんだろ……」
 風呂に入り、鏡をじっと眺めて吐露する。
 あの最悪の夜から然程経っていないはずが、もう数年分は老け込んだような気がしてしまう。
 何故もっと話し合いの機会を早く持たなかったのか。やろうと思えば機会は幾らでもあったはず。ただ惰性でなんとなくで過ごしてしまい最悪の繰り返しになってしまっている。
 ジャンは自己反省をしながら自室に入り、無為な呻り声を上げながらベッドへと転がり、うだうだと考えながら、手で目元を覆い暗闇に身を委ねる。

 果たして、朝になってもフロックは帰宅しておらず、作った料理はジャンが朝ご飯に食べる羽目になり、念のために昼食を作ってから学校に行った。
 この日も連絡もなければ、メッセージに既読すらつかなかったため、このままフロックが帰ってこなかった場合、どうしたらいいのか。との思考に移行する。
『帰ってこないのか?ご飯どうする?』
 無駄かとも思いつつ、毎日の連絡はする。
 そうして一週間、ジャンが作り飽きた鶏の唐揚げを作っている最中に玄関の扉が開き、酷く憔悴しきった様子のフロックが入ってきた。
 フロックの姿を認めると、ジャンは焜炉の火を止め、慌てて側へと駆け寄る。
「お前、今までどこに……!」
「別に……」
 ジャンの伸ばした手を一瞥したのみで、フロックは壁に手をつきながら自室を目指して歩いて行くが、脚に力が入らないようで引き摺るように歩いていた。
「怪我でもしてんのか?」
「ほっとけ……」
 腕を掴んで引き留めようとしても、にべもなくフロックは部屋へと戻ろうとする。明らかに顔色が悪く、脂汗が滲み、肌に触れれば熱を持っていた。
「フロック……」
 ジャンが痛ましい面持ちでフロックを見つめ、手首を掴んでいれば観念したのか眼の険が取れて大人しくなり肩を借りながらベッドへと運ばれるが、動きによってはフロックが痛みに呻き、胸を押さえる。
「あの、ジークさんのとこに……」
「行くか、そっから帰ってきたんだよ……」
 フロックを寝かしつけながらも職業から鑑みて、碌でもない理由での怪我であろう事は間違いなく、かと言って真っ当な病院には行けない。故に思いついた名前を挙げてみたが、思わぬ発言にジャンの眉根を寄せる。
「病院で安静にしないと駄目だろ」
「あんな所で休んでられるか」
 ジャンの苦言もフロックは不機嫌にいなし、歯を食いしばりながら胸に手を当てる。
「ここじゃ何の治療も出来ないだろ?ほら、大人しく病院に帰ろう。俺も一緒に謝ってやっからさ」
「悪戯した餓鬼じゃねぇんだぞ。馬鹿か……」
 仕様もない押し問答。 
 頑としてフロックは病院に戻る気はないようで、ジャンは困り果ててしまう。
 医学には詳しくないが、一時的に回復したように見えても、突然容態が悪化したりするとも聞く。少しでも安心を得るのならば入院が最善である事は間違いない。
「病院行こう、俺で出来る事なら何でもするから……」
 フロックがふん。と、鼻を鳴らし、
「ほんとそういうとこあるよなお前」
 とだけ言うと、目を閉じてそれ以降、幾ら呼びかけても無視されてしまう。
 むやみやたらと構い過ぎても良くない気がして、番号を調べ、ジークの経営する病院へと部屋を移動して電話をかける。
「はい、イェーガー医院です」
「あのう、フロックの……」
 ワンコールで出たはきはきとした女性の声は、フロックの名前を出すと直ぐさま『せめて薬持って行って下さい』との冷たい声色に変わった。
「は、はい……」
「言う事を聞かないでジーク様のお手を煩わせないで下さいませんか」
 冷たい、否、怒っているとも取れるような突き放した声色。
 治療の途中で逃げ出した患者にしても、言葉がきつい。
「すみません、俺が取りに行きます……」
 火元と、フロックがぐっすり眠っている事を確認し、ジャンがイェーガー医院へと足を運ぶ。
 対応した背の高い看護師に再び嫌味を言われ、ジークからは『あの坊ちゃん、お家帰りたいってずっとぐずってたからねぇ、しっかりあやして上げてね』などと皮肉なのか冗談なのか解らない言葉をぶつけられる始末。

 症状を聞けば、肋が折れていて絶対安静だとか。
 それで良くもまぁ一人で帰ってきたものだといっそ感心してしまう。
「薬は中に説明書入ってるけど、解熱剤とか、抗生物質ね。解熱剤は熱でたらでいいんだけど、感染症予防に抗生物質は絶対飲ませる事。いいね?そもそも大人しく入院してくれてれば注射や点滴で済んで楽だったんだけどさ」
「は、はい……、お手数おかけしました……」
 ジャンがジークへと何度も頭を下げ、母親でもあるまいし、何故フロックのためにこんな目に。と、一気に疲れが増す。

 病院から出れば狙い澄ましたかのように『腹減った』と、フロックからの催促が連続して入る。
 流石に怪我人に油物は重いだろう。
 夕食は作り直しである。

 ジャンは貰った薬袋を持ちながら、消化に優しく栄養価のある物を探しながら帰宅するのだった。

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