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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

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甘い匂いに誘われる=その二=

・2014/10/30
・巨人中学5巻のネタばれあります
・しょーもねぇ小ネタです
・エレジャン
・捏造、無理矢理な改変
・短い
・R15~18?






   ◆ ◇ ◆ ◇
【三】

 その日の下校から、リヴァイはジャンと共に帰る事になった。
 リヴァイは寮生活のため門限があり遅くは帰れない。そうジャンに伝えたのだが、良かったら少しお茶でも。そう誘われ現在ジャン宅の居間に居た。
「両親は共働きで遅いですし、気兼ねなく寛いで下さい」
 普段の生意気な後輩の姿はどこへやら、何とも甲斐甲斐しい。
 カウンターキッチンからは、お湯を沸かしているらしい音とお茶菓子でも探しているのか物を漁る音。暫くすればお湯が沸き、紅茶の良い香りが漂ってくる。

 リヴァイとしてはあまり他人の家をじろじろ見ると失礼かとは思ったが、気不味さ故に視線をうろうろさせてしまう。

 かなりいい家である。
 庭付きの一軒家で部屋数もそれなりにあり、居間も広くテレビも家族で見るためか大きな液晶のテレビ、三、四人腰かけても余裕がありそうな白いソファー。掃除も行き届き、棚の上に飾ってある小物も綺麗に整理整頓されている辺り、親がまめな性格なのだろうと知れる。

 生意気で、やたら無防備なのはそれなりの家庭で育ったからか。
 きちんと両親に愛されて危険な事には近づけさせなかった。
 我が儘も、はいはい。と、受け入れてくれた両親なのだろう。
 危機意識が低いのは幼少時にそういう目に遭わず、他人が危険なものなどと考えた事もないのだろう。優しい人に囲まれて育ったんだな。

 リヴァイがジャンの人となりに思い馳せていれば、瀟洒なデザインのティーポットとソーサーに乗ったカップ、硝子の砂糖とミルク入が纏められた容器が纏められたお盆が机に置かれた。
 来客の多い家なのか、両親どちらかの趣味なのか、何とも品の良い事だ。
 慣れているのか、ジャンのカップにお茶を注ぐ姿も様になっている。
「どうぞ、何もないですけど寛いで下さいね」
 家に居る安堵感からか、空き教室で見せたような柔らかい笑み。
 学校で見せる気取った姿とは全く違う。手際良く砂糖とミルクの瓶をリヴァイが手に取り易い位置に置き、ジャン自身はリヴァイと対面になる位置に座って自分用のお茶を淹れている。

 良い。
 紅茶の良い香りもさる事ながら、落ち着く雰囲気だ。
 菓子も手作りなのか、小さな食べ易い大きさのカップケーキ。
 目が合えば照れ臭そうにはにかんで目を伏せた。普段との差異に驚かされる。
 学校の、気取った皮肉屋のジャンしか知らずに嫌っている奴は大分損をしている。アルミンが言うには意外に面倒見も良いとの事だ。エレンが執着するのもリヴァイは理解できてしまった。

 カップケーキに口をつけると、ジャンが見詰めてくる。
「悪くない」
 それだけしか言っていないのにジャンの周囲にぱっと花が咲いたと錯覚しそうなほど嬉しそうに表情が華やいで、綻んでいく様は中々くるものがある。
 リヴァイは『ふざけるな』と、出そうになった言葉を紅茶と共に飲み込む。
 ジャンはふざけていない。それは解った。これは無意識に野郎を落とす種の人間だ。
 性質の悪い。いや、そうでなければ暴走したエレンを引き留めるだけの力はあるまい。
 無意識故に確実に自覚は皆無だろう。

 次々に言葉が浮かんで消えていく。
 全く、厄介な案件を引き受けてしまったものだ。蹴散らすのはエレンだけで済むのか。
 密やかに虎視眈々と機会を窺っている奴も居るのではないか。
 一抹の不安を胸に抱えながらジャンの家をリヴァイは後にした。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 朝、迎えに行くと弁当を渡された。
 帰りに返してくれれば良いとの事だ。

 共に登下校を一か月も繰り返すとジャンと共に居る事、リヴァイが弁当を持参するようになった事が次第に知れ渡る。
 そう言えば期限を設けてなかったが、アルミンからは何も打診はない。
 まだ頼むという事か。
「お、今日もジャン君の愛妻弁当?」
 悩みつつ教室で弁当を広げて食べていればハンジがからかうように、にやつきながら言う。
「近寄んな糞眼鏡。狙ってくんじゃねぇ」
 鬱陶しいので蹴りを入れようとしたが、素早い動きで避けた上に怯むどころか高速で床を這って近づき、弁当からおかずを一品奪い取って距離を取る。
 こいつはどこの奇行種だ。
「んー!やっぱこの出汁巻き卵は絶品だねぇ!」
 リヴァイは一旦口に入れた物を吐き出せとは言えず、舌打ちだけをする。
 ジャンの作ってくれる弁当は飛び抜けて美味い。と、言う訳ではない。だが、素朴と言おうか、いわゆる母親に習ったジャンの家庭の味なのだろう。

 登下校を共にするようになってから、件のエレンはアルミンが何とか抑えているのか大人しい。名目は護衛でも、後輩の自宅まで遠回りをして帰る。現在はそれだけの意味の無い行動でしかない。
 特に災禍に見舞われるような事件もなく、何事もなく過ぎていくばかり。エレンもいい加減頭は冷えたのではないかと思うのだが、残念ながらリヴァイからは中々打ち切りを言い出せずにいる。

 何故なら、弁当が美味い。

 リヴァイはすっかりジャンの弁当に餌付けされてしまっていた。
 ジャンは一人っ子で長男として可愛がられつつも様々な事をしっかり仕込まれていた。
 母親が凝り性で何でも自分でやってしまうから子供の頃から出来る事は自分でやるものだ。との認識があり、実際、疑問なくやっていたそうだ。だが、少し成長してくると、どうしても性差による偏見が出てくる。家で料理をする男などほぼ居らず、寧ろ、そう言ったものは女の趣味。そんな認識が広まってくると恥ずかしくなってきたとかで、外では決して見せないようになってしまったそうだ。
 
「すみません、男の俺の手作りなんかで……」
 初め、ジャンは気恥ずかしそうに手作りの弁当を渡してきた。
 しかし、今時、料理をする男なぞ珍しくもない。
「男の料理がみっともないと言うのなら調理部に属しているゲルガーやミケはどうなる?みっともないか?男子厨房に入らず。など古くさい考えだ。お前はお前らしく、好きにやれ」
「……はいっ!」
 嬉しそうに笑う表情は良い。
 気立ては決して悪くないと思うのだが変に意地っ張りであったり、他人に素直になれないなど、ジャン自身も損な性格だ。
 さりげない気遣いが出来る良い奴なのだが。

 忙しく、疲れている両親のために台所に立って食事を作ったりもジャンはしているそうで、弁当は夕飯の余り物を詰めているだけなので気にしないで下さい。とも言っていた。
 菓子なども小さい頃は両親が喜んで褒めてくれたから良く作っていたらしいのだが、最近は母親が食べたいとねだってくる時だけ仕方なく作ってやる体でやっているとの事だ。
 母親も理由がないと気恥ずかしくて出来ないジャンの気持ちは何となく察しているのだろう。
 『美味しい』そのたった一言で、この間のように花の硬い蕾が開花するが如く、表情は華やぎ、綻ぶのだろう。きっと、ジャンの両親もその表情を見たくてねだるのだ。今は気持ちが良く解る。

 デザートにつけられたクッキーを咀嚼しながらリヴァイは考える。
 登下校中、ジャンからの話題は学校に対する愚痴であったり、勉強に関する質問も多いが全体的にマルコマルコと煩い。

 幼馴染で大親友だそうで、学校では毎日のように一緒に居るらしい。
 マルコとやらは一緒に帰らないのか訊くと寮暮らしで方向が真逆らしく、生徒会の役員を務めているため、ただでさえ忙しいようだ。そう言うジャンは寂しそうだった。
 休みの度に遊びに行っているらしいが、今回の件は一切伝えていないそうで、アルミンが言っていたが『マルコに言えば心配し過ぎるからと、親友にこんな事を知られたくない気持ちが強いのでしょう。黙っていた方がジャンも心を開いてくれると思います』だとか。
 あの、お布団野郎は可愛い面して中々小賢しい。マルコか。ジャンが言うには、優しく大らかで頭も良く、人望もある。あんないい奴は世界中探してもそうはいない。べた褒めも、べた褒めだ。ジャンの口からマルコの悪口など一度も漏れた事はない。一度会って話をしてみたいものだ。実際はどんな奴なのか。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 帰りにお茶を戴いて帰るのが恒例になってしまった。
 今日はチョコレートがかかった小ぶりのケーキだ。
 これも手作りなのだろうか。
 味も悪くはない。

 ケーキは難しいと聞くが、器用な奴だ。
 ジャンも同じものを食べているが取り方が悪かったのか落としてしまい、思わず片手で受け止めて握り潰してしまっていた。失敗を恥じるように眉を下げて苦々しくジャンが笑う。
 視線を巡らせて机の下にあったティッシュを数枚、引き抜いた。
「どうすんだ?」
「ティッシュに包んで捨てようかと……」
 やはり良く躾けられている。
 手に落ちたくらいならば舐めて食べる。などと言う発想は浮かびもしないのだろう。
 ハンジなら床に落としても、そのまま摘み上げて食べてしまうだろうに。
「要らねぇのか……」
 片手に握り潰したケーキの欠片、片手にはティッシュ。
 ケーキを持った手を引いて、掌に付着したチョコレートごと舐め取る。
 表面の甘過ぎず、やや苦みの強いチョコレートと甘いシロップが染み込んだしっとりしたスポンジ、鼻腔をくすぐるラム酒の香りが調和した美味いケーキだ。
 固まっているジャンを余所に紅茶を飲み干し、ケーキの残りも一口で平らげて礼を言って家を後にする。

 アルミンよ。
 人選を間違えたな。
 ミイラ盗りがミイラになりそうだ。

   ◆ ◇ ◆ ◇
【四】

「おい、ジャン、何故そんなに距離を取る」
 早朝、迎えに来て弁当を渡された後に、す。と、一メートルほどジャンが離れる。
 一歩近づけば一歩下がる。目を合わせようとしない。
 嫌われたか。

 一旦は諦めて学校に向かう。
 ジャンも一定の距離を保って後ろを着いてくる。
 やらかしてしまったか。

 学校の前まで行くとにわかにリヴァイは立ち止まった。
 ジャンはリヴァイよりも背が高いため服を引いて頭を強制的に下げさせると、髪をぐしゃりと撫でる。
「そう、警戒してくれるな。寂しいだろうが。疾しい気持ちはない」
 少なくとも今の所は。取り敢えず言い繕ってから、背を向けて自分の教室に向かう。
 飯も相変わらず美味い。おかずを狙ってくるハンジを躱しながら食べていると、昨日のケーキと似たような物が小さなタッパーに入れられていた。
 少し頭を悩ませる。一口サイズに切ってあるケーキを摘み、口に入れてみれば、やはり昨日と同じケーキだ。苦めのチョコレートに甘いスポンジ。仄かに香るラム酒の香り。
 よもや、人の手に落ちた物まで食べたいと思うほど気に入ったと解釈されたのだろうか。今朝、距離を取られていたのは警戒されていたのではなく、単に言葉だけではなく行動で示された事が気恥ずかしかっただけだろうか。

 だとすれば。何だあいつは。
 糞可愛いじゃねぇか。
「リヴァーイ。エレンが呼んでるよー」
「あ?何の用事だ?」
「知らないよ、自分で訊きなよ」
 リヴァイが身悶えていると無粋にもハンジが声をかけてくる。
 しかも、呼び出し主はエレンらしい。アルミンはどうしたのか気になりつつも渋々席を立ち、エレンの元へと赴いて不機嫌も露わに睨みつければ弱々しい呻き声を漏らし、一歩後退る。

 ふん、犬っころめ。
「あ、あの、ジャンの事なんですけど……!」
 何となく要件を察して首根っこを掴み、引き摺りながら人気のない場所へ移動する。
「ジャンがどうした?」
「きょ、今日様子が可笑しくて、何かしたんですか!?」
「ほう、可笑しいとはどう言う具合にだ?」
 質問を質問で返されるのは想定外だったのか、エレンが戸惑いの声を上げ、それは、と続ける。
「落ち着かねぇってか、そわそわしてて、ぼーっとしてたかと思えば急に顔真っ赤になって。熱でもあんじゃねぇかって、さっき帰ってったんです」
「あ?帰った?俺に何も言わずにか?」
 エレンがここに居ると言う事は、エレンの脅威はない。
 だが、熱っぽい顔で、あんなのがふらふら歩いてたらどうなるか。
「分かった。報告ご苦労。お前はもう帰っていいぞ」
 腕を組み、睥睨するが如く見据えて背を向ける。
 うーうー唸って威嚇をしているようだが、そんな小さい牙で俺がどうにかなるものか。
「おい、ハンジ、俺は具合が悪くて早退だ。先生に言っといてくれ」
「え、さっきまでご飯モリモリ食べて元気だったじゃないか、どうしたの!?」
「うるせぇ。俺だって早退する時くらいある」
 風邪すら引いた事がないが、適当に腹痛とでも言っておけばいい。
 そこまで考えて、自信の思考を否定する。そうするとジャンの弁当が原因になってしまうからだ。やはり、急に風邪を引いた辺りが妥当だろう。
「急に風邪引いたみたいでな、頭が痛い。空咳も出る。熱もこれから出るだろう。大事を取って俺は帰る」
「……元気じゃないか」
 自分の病状をはきはきと答える病人が居て堪るか。
 ハンジの目はそう語っているが、この際気にしない事にする。
 鞄に荷物を詰め込み、廊下を小走りに玄関まで向かう。
 尻目に、エレンがアルミンとミカサに捕まっている姿が見えた。

 よしよし、あっちは問題ない。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 ジャンの家路を辿って探すが見当たらない。
 どこかで追い抜いてしまったのか、懸命に姿を探していれば、目があった主婦らしい人物が小さく悲鳴を上げて逃げる。

 今のリヴァイはそれほど人相が悪い。
 ふと、思い立って、ジャンが良く利用しているスーパーに向かった。
 店内をざっと見たが、ジャンらしい姿はない。平日昼間に学生服は目立つ。居れば直ぐに判るはずで、当てが外れた。と、もう一度、ジャンの家へと向かう。
「ねー、お前お金持ちじゃん?俺等お金ないから恵んでくんない?」
「てめぇ等みてぇのに、やる訳ねぇだろ!金が欲しけりゃバイトでもしろよ!」
 性質の悪い、良くあるカツアゲの文句と威勢良く吠える声。
 最近、聞き慣れた声に足を止めて店と店に挟まれた狭い路地を覗けば、地面に今し方、買い物したのであろう袋を落としたまま、財布が入っていると思われる鞄を背中に庇い、自分より大きな男三人相手に牙を剥いて必死で威嚇しているジャンが居た。

 頑張ってはいるが、如何せん多勢に無勢。
 相手も所詮中学生と侮ってか余裕を崩さず、ジャンの頭を鷲掴みにしてコンクリートの壁に押し付けて、自分等が望む物を出させようと強要している。
「お前、あの中学校だろ?人類に対しては厳しいんだろ、あそこ。平日にこんな所でサボってたってチクられたら嫌だよな?」
「俺はちゃんと許可取って早退してんだよ!お前等みたいな屑と一緒にすんな!」
 この科白が男共の逆鱗に触れたらしい。
 屑は屑なりに矜持があるようだ。

 男の一人が、激昂して拳を振り被る。
 そいつらが居る場所は、そう奥ではない。
 リヴァイが拳を振り上げた男に横合いから蹴りを入れると、気持ちがいいほど吹っ飛んだ。思わぬ所からの攻撃に動揺が走り、他の二人は状況が把握出来ずにいるようである。
「俺の後輩と遊んでくれてるみてぇだな?礼に俺もお前らと遊んでやるよ」
 拳をごきりと鳴らし、仲間内からも人の一人や二人は殺傷してそうだと言われる人相の悪さを最大限に生かし、声にはドスを効かせて威圧する。
 高校生達は一人が威勢がいいだけで、後の二人はそいつが食い散らかした食事のお零れを啄む、烏のような屑だったようだ。
 リーダー格がやられれば、倒れたそいつを助けもせずにさっさと逃げてしまった。
 屑なりの矜持はどうしたのか。
「大丈夫か?」
「うえ、はい……っ」
 ジャンに声をかけると顔を歪めて唇を噛みながら、ぼろぼろ泣き出してしまった。
 緊張の糸が切れたようだ。
「おう、怖かったな。もう大丈夫だ。家まで送ってやるからな」
 俯いて顔を擦るジャンの頭を慰めるように撫でてやると頷いて見せる。
 ジャンの買い物袋、肩にかけられるショルダータイプの布袋を肩にかけ、鞄も自分の物とジャンの物と二つ持ち、もう片方の手は泣いているジャンの手を引いている。大層な荷物である。

 路地から出ればカツアゲ現場を見ていたのであろう人間が、携帯を片手に持って、安堵の表情でジャンを見ていた。
 警察に電話でもしようとしていたのか、それとも他の事かは判らない。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「ほら、着いたぞ、玄関開けろ。荷物は持っといてやるから」
 ジャンはやっと涙も落ち着いてきたらしく、学生服のポケットから鍵を出して玄関を開けて貰えば、リヴァイは直ぐに荷物を玄関の上がり口に置く。
「あの、ありがとうございました……。俺、その……」
 またじわりと目に涙が浮いている。
 案外泣き虫のようだ。
「ん、礼は美味い飯でいいぞ」
 そう言うと、一気に笑顔になって元気よく返事などをしたからいけない。
 目元は赤く、少し赤らんだ頬、更には瞳を潤ませて笑みを浮かべるなど反則ではなかろうか。
 じわじわと浸食はされていたが、これはいけない。理性の壁は一気に瓦解してしまった。アルミンよ、やはりお前は人選を間違えた。

 なりそうだ。ではなく、ミイラになってしまった。
 時間は、まだ昼過ぎ。ジャンを独り占めするには余裕があり過ぎる時間だ。

   ◆ ◇ ◆ ◇
【五】

 好いた相手に無体を働くなど愚か者のする事だ。などと思っていた思考が覆りそうになり、リヴァイは必死で耐えた。
 理性の壁が崩れる落ちる幻聴を聞きながら腹に力を込め、手を伸ばさないように腕を組む。
「ジャン、顔、洗ってこい。放っておいたら、痛くなってくるぞ」
 一応、笑顔を作ってみたつもりだが、引き攣っていたかも知れない。
 だが、そんなリヴァイの様子は気が付かなかったのか、素直にジャンは洗面所へと向かう。
 家人は留守。今までも大体、誰も居なかったがリヴァイも寮の門限があり、長居はした事がなかった。

 今は昼過ぎ。
 門限も、ジャンの両親が帰ってくるのも何時間も後だ。
 タオルで顔を拭きながらジャンが戻ってくる。
「あれ、居間に居て貰っても良かったのに。先にお茶出せば良かったですね」
 少し困ったように笑う顔も良い。
「い、や、お前も具合が悪くて帰ったんだろう?長居するのもどうかと思ってな、迷っていたんだ」
 言葉の出だしが少々掠れたが問題ない。
 リヴァイも急な風邪だ。
「いえ、具合が悪いって言うか……、何か気分がふわふわして落ち着かなくて。マルコ以外、あんなに褒めてくれたり、俺が作ったの喜んでくれる奴居なくて……」
 恥ずかしそうにタオルで顔を隠しながら話しているが、短く刈り込んだ髪から覗く耳は真っ赤。カッターシャツも顔を洗う際に濡れないように襟元を広げたようで、若干見える胸元、首もほんのり染まっていた。
 食いつきたい。その衝動を瀬戸際で食い止める。

 自分で自分の腕を握り締め、なけなしの理性を総動員する。
 エレンが何をしたか詳しくは聞いていない。が、察してはいる。
 外傷を伴わない暴力。体も心も同時に傷つける行為。それは限定されてくる。
 エレンと同じ轍を踏んで堪るか。
「マルコとやらは、俺は良く知らんが、お前の飯は好きだぞ。毎日、ずっと食べたいと思うような、優しい味だ」
 どうやらジャンはあまり、他人から褒められ慣れていないようで、たったこれだけで、更に顔を真っ赤にさせて照れている。
「やだなぁ……、それ、俺以外にはあんま言ったら駄目ですよ?女とか絶対勘違いしますよ……?」
 そう言うと扉を開けて、ばたばた居間へと入り、台所へと直行したようだ。
 勘違い、とは?自分が発した言葉を反芻してみる。
「ジャン、勘違いしてもいいぞ!」
 自分が何を言った科白を何度か反芻して、やっと気付いた。
 使い古された、べたべたなプロポーズの科白ではないか。
 それであんなに照れるとは、脈ありか。

 台所へと入り、お湯を沸かそうとしていたらしいジャンの手を取る。
 こう言う時に身長が足りないと言うのは中々切ないものが込み上げてくるが、男は身長じゃない、男は度胸と包容力。
 ジャンは真っ直ぐに好意を伝えられると慣れないせいか過剰なほど照れてしまっている。

 本当に、良くもエレン以外に襲われずに済んでいたものだ。
 ジャンと言う人間は、知れば知るほど可愛く思えてしまうのだから。

 強い目が良い。
 それが涙を浮かべ、揺れる様は加虐趣味がない人間でもどこか煽られる。
 良く通り、張りのある声も良い。これが甘えたように自分の名前を呼ぶと高揚する。
 短いながらも触れれば柔らかい髪、肌は焼けないのか白く滑らかで、その中で、薄ら色付く薄い唇は、きっと柔らかいのだろう。
 猫科の猛獣のように、しなやかで、すらりとした肢体も一旦、そういう目で見てしまえば、淫靡さを醸し出し、触れればどのように啼くのか妄想を掻き立てる。無論、それだけではない。男を落とすなら胃袋を掴め。とは良く言ったものだ。
「飯だけじゃねぇ。お前が淹れてくれる茶も、菓子も好きだ。いや、お前のこの手から作られたものなら、俺は何でも美味いと思える」
 だから嫁に来い。そう言いたかったのだが、無粋なインターホンのベルが邪魔をした。
「あ、ちょ、ちょっと、俺、出てきます……!」
 リヴァイを押し退けて、ぱたぱたとジャンが玄関から外に出て言葉が続けられなくなってしまった。

 宅配か、それとも勧誘か。
 空気を読め。
 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬんだぞ。

 リヴァイは有らん限りの怒気と殺気を込めて、玄関の方向を睨みつける。
 こんな時間に誰なのか。壁に掛けられた時計を見れば、まだ二時ほどだ。学校の友人が見舞いに来るような時間には、まだ早い。しかし、話し込んでいるのか五分ほど経ってもジャンは戻って来ない。玄関扉は少しだけ空いている。

 みっともないと思いつつも側まで寄って聞き耳を立てた。
 マルコ。とジャンの声が聞こえる。他はぼそぼそとして聞き取り辛い。
 例のジャンの親友とやらだ。何故こんな時間に?

 疑問に思えば即行動。

 遅いから倒れていないか気になった。
 言い訳はこれでいい。
「ジャン、本当に大丈夫か?」
「何回も言わせんなよ、大丈夫だって」
 何でもない会話。
 だが、扉を開けてみると信じ難い光景が在った。
 玄関先に居たのは、見た目は頬にそばかすが散った純朴そうな顔をした少年だ。
 そいつは、あろう事かジャンを抱き寄せ、腰に腕を回し、髪や頬を撫でていた。
 ジャンも嫌がるどころか、嬉しそうにしているではないか。

 どう言う事だ。
 二人はリヴァイに気づきもせずじゃれ合っている。
 そばかすの少年、マルコが、こちらに気づいて怪訝な表情を浮かべるまで。

 視線がかち合った瞬間、ちり、とうなじが逆立つような悪寒がした。
「ジャン、お客様が居るなら、そう言ってくれよ。すみません」
 マルコがジャンから体を離すと微笑みかけてくる。
 こいつ、絶対に猫100匹くらい被ってやがる。
「あ、知ってると思うけど、リヴァイ先輩な」
「うん、ジャンが最近お世話になってるようで」
「あぁ、そうだな、最近、良く相談を受けている」
 ふふふ、とマルコは笑って目を細めているが、その奥の瞳は絶対に笑っていない。
 成程、今までジャンが良く無事だったと疑問に思っていたが、こいつか。と、リヴァイは合点がいった。

 人の良さそうな面をして、良い根性をしている奴と見た。
 ふふふ、はははと笑い合いながらも互いに距離を測り、値踏みをしている。
 お陰で沸いていた頭が随分と冷静になった。
「お前も菓子食ってけよ。お前が美味しそうだ。って言ってたケーキ、結構上手く出来たんだぜ」
 あの花が咲くような愛らしい笑顔をマルコに向けてジャンが言う。
 瞬間、リヴァイは雷に撃たれたような衝撃を受けた。

 俺の為じゃなかった。
 
 準備をするために、ジャンが脇を通り抜けて台所へと再度向かう。
 その背中を見送り、マルコを見ると少し笑った。

 こいつ絶対、勝ち誇りやがった。
 勝者の笑みか。余裕たっぷりか、この野郎。

 黙って笑みを浮かべているマルコは、リヴァイが額に青筋が浮きそうなのを抑えている事も恐らくは気付いているだろう。
「おい、二人共、早くこっち来いよ。そこ、暑いだろ」
「ありがとう、ジャン、お言葉に甘えようかな」
 甘えんな、帰れ。
 俺とジャンの蜜月邪魔すんじゃねぇ。

 無論、そんな事は言えるはずもなく、リヴァイも渋々と居間へと入り、定位置になり始めたソファーに腰を下ろせばカウンター越しにお茶の準備をしているジャンの横顔、背中が見えて和む。
「先輩は、進路の事で相談を受けていると聞きましたが。ジャンに悩みが?僕には何も言ってくれなくて」
 ジャンが良く座る対面のソファーにマルコが座ると、膝の上で手を組み、悲しげな顔を作って質問を投げかけてくる。
「あいつは何でもはっきり言うし、親友のお前に言わないんなら、お前には知られたくないんだろう。俺の口からは言う事じゃないな」
 先程、勝ち誇られた意趣返しのように、跳ね付けてみせる。
 嘘は言っていない。ざまぁみろ、悔しがれ。
 生徒会だか何だか知らんが、誰もが威光に屈すると思うなよ。
「そうですね、ジャンが言い辛そうだったので、訊くに訊けなかったのですが……」
 マルコが顔は動かさず、視線だけを机に落とす。
 猫を被って何を考えているのやら。
 ほどなくしてジャンがお茶をお盆に入れて持ってきた。
 三脚のカップを並べ、一旦引っ込んで今度は例のチョコレートケーキを持ってくる。
「わぁ、凄いな、テレビで見た通りだ。流石だな」
「そうだろ、そうだろ、味も結構いけるんだぜ。先輩もスゲー気に入ってくれたし。ねぇ?」
 ケーキを机の中央に置き、お茶を淹れながら無邪気に笑いかけてくる。
 確かに気に入った。お前ごと。
「そうだな。そこらの既製品にも負けないくらい、いや、店に出してもいいレベルだ」
 そう言うと、落ち着いていた顔色をまた赤らめ、お茶を淹れ終るとジャンは当たり前のようにマルコの隣に座る。
 距離は限りなく近い。少し動けば肩と肩が触れ合うくらい近い。まるで、恋人同士のような距離感ではないか。ジャンが誰かと付き合っていると言う情報は伝えられていない。
 アルミンの伝え忘れか。いやそれはないはず。ミカサを好いているようだとは聞いたが。折角取り分けてくれたケーキを口に入れても味がしない。
 しっとり甘く、良い香りがするスポンジも、ねっとりとした泥を食べているような感覚だ。
 目の前では、ジャンがマルコにフォークに刺したケーキを食べさせていた。

 てめぇで食え。と、言う意思を込めて睨むが効いていない。
「うん、美味しいよ。やっぱりお前は何でも出来て凄いな」
「何でもは出来ねぇよ……。気に入ってくれたんなら、また作るぜ」
 ジャンがはにかんで、柔らかくマルコに笑いかける。
「そう?嬉しいな、ジャンの作る物は何でも美味しいから、嬉しいよ」
「へへ、寮も狭っ苦しくて大変だろうしさ、偶には泊りに来いよ。ババアも喜ぶしよ。俺、頑張って飯作るぜ」
「じゃあ、今度の休みに来ようかな。いいかな?」
「いいに決まってんだろ。一緒にゲームとかしような」
 リヴァイやエレンには貴重なジャンの笑顔はマルコへは常に大安売りのバーゲンセールのようだ。そして、果てしなく素直に甘える。
 普段の生意気なジャンは欠片も出てこない。

 何だこの敗北感は。
 そして見せつけられている感は。
 いや、実際見せつけられているに違いない。
 偶にマルコがちらりと視線を寄越してくるのが証拠だろう。
 お泊りの催促をされた時など、頭を撫でながら抱き寄せ、ジャンに見えないようにしてから、にんまりと目を細めて見せたのだから。

 ジャンの中に、お前の入る余地などないと言いたいのか。
 どんな奴かとは思っていたがジャンを得たいと思うならばマルコは最大の障壁だ。
 ものに出来る時に捕まえてしまわないとマルコという、難攻不落の要塞に阻まれて攻略は不可能だと思い知らされる羽目になる。

 どうやらリヴァイは最大の好機を逃してしまったらしいと知る。
 得ようと焦って暴走したエレンの気持ちが解ってしまった自分にもげんなりだ。
「あー、何だ、まだ学校が終わるには早いと思うが、どうしたんだ?」
「ジャンが凄く具合が悪そうにして帰ったって人伝に聞いたもので。最近、悩みがあるようだったから、心配になって。僕じゃ力になれない?寂しいなぁ……」
「いや、お前が駄目って訳じゃ……」
 ジャンが言い辛そうに俯いてしまう。
 学校内の情報収集もお手の物であるらしい。
 リヴァイがした質問をそのままジャンへと流し、秘密にしたい事を吐かせようとするやり口も小賢しい。
 下手に出ているように見えて妙な強制力を持っている。何をしても、後手に回ってしまうもどかしさ。譬えるならば知将と言う奴だ。戦闘力が劣っていても、それを有り余る智謀で補ってしまう。
 リヴァイは逆だ。謀略と言った物とはとんと縁がない。やりあうには相性が悪過ぎる。ジャンの懐き具合からしても、あからさまにマルコと敵対関係になれば、ジャンは必ずマルコの味方になるのだろう。何という分の悪い勝負か。
 やり合う前から、敗北の色が濃く浮き出ている。

 しかし、決して勝算がないとは言えない。
 マルコがどう言う目でジャンを見ているのかは解らないが、少なくとも手は出していないだろう。
 ジャンはませているが恋愛に夢を見過ぎと言おうか、性的な事柄に関してはどうも疎い感じがするからだ。
 だからこそ余計に、どこか色香を感じさせる体と未成熟な精神との不安定さがそそられて、躾けてやりたいと思わせるのだが。

 じっくりとお茶を啜りながら二人を観察しているとマルコと目が合う。
 微笑んでいるが、やはり笑っていない。明らかに牽制されている。
 俺は引かんし、負けねぇぞ。そんな意思を込めて、にやりと極悪に笑い返す。

 さて、この要塞を落とすに、どんな手段を講じるべきか。
 将を射んとすれば、と言う言葉もあるが、真っ先に将を狙っても良い。
 口説いて口説いて口説き捲れば、今の状態ならば落とせる自信もないでもない。
 知恵を借りるならば、参謀タイプであればアルミンか、それとも、徹底して生徒の前では猫を被り、裏で画策するようなエルヴィンか。さてはて。それぞれ思惑を隠しながら、見た目上は、和やかなお茶会は緩やかに続けられた。

拍手

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