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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

その後の話

【その後の話】
・往生際の悪いリヴァイ
・ぐいぐい行くジャン君
・2021/09/12





 俺は今、非常に危機に陥っている。
「リヴァイさん……」
 甘ったるく鼓膜を打つ声、強烈な芳香。
 自分の押さえるためにも気を張っていないと直ぐにでも頭が溶けて理性が吹っ飛びそうだ。
「待て、頼むから待て……!」
 制止をかけるが愛おしそうに名を呼ぶ声を振り切れない。
 どうしたらいい。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 あの後、もう婚約者ではない。
 ジャンは自由なんだと、どれだけ懸命に説得しただろう。
 俺はあまり口が得意な方では無い。それで納得して貰ったかどうかは不明だが、這々の体で帰宅し、常時緊張と疲労に苛まれる厳しい任務の後のように、風呂にすら入らず倒れ込むように眠ってしまった事だけは覚えている。

 ジャンが新聞屋の社長の息子になってからは、時に入る連絡は美味しそうな朝ご飯が送られてきたり、アルバイト、今は家業の手伝いになるが、それも時間が短縮され、家事も手伝い程度になったため時間に余裕が出来たそうで、学校の友達とも遊べるようになったとも言っていた。実に良い事だ。
 ジャンが自分の人生を取り戻せた事に嬉しさを感じ、連絡がなくともなんとなしにメッセージ画面を眺めたりしていればハンジやエルヴィンに茶化されたりもしたが、忙しいながらも相応に平和な日々を送っていた。
 そんなある日だ。

 今日、家に行ってもいいですか?
 旅行のお土産があるので。
 ご飯も持っていきます。

 ジャンからの連絡に目を細め、いいぞ。台所も勝手に使え。と、簡潔な返信をしていれば、性懲りもなく背後から勝手に画面を覗き込んできたハンジに『顔か緩んでるよ』などと揶揄られたりもした。久しぶりに顔が見れるとあって実際浮かれていたかも知れない。
 茹だるような暑さの中、帰宅すれば室内は涼しく、カレーのいい匂いがしていた。
「お帰りなさい」
 玄関を開ければ、直ぐに私服のジャンが出迎えてくれ、胸の内が暖かくなるような心地になる。
「いい匂いだな」
「家から持ってきたんですけど、その……、スパイスから作ってみた奴で、父さんや母さんには美味しいって言って貰えました」
 父さん。
 母さん。
 照れながら言葉にする様子は今が幸せであると如実に語っており、実に心が和んだ。
 婚約者ではなくなったが、今のような程好い距離感で、良き相談役、見守り役としていい関係が築けていけばそれが一番。ジャンが将来、見染める相手はどんな奴だろう。万が一、碌でもない輩であった場合、親族張りに口を出してしまいそうな自分を想像し、せっせと食事を用意してくれているジャンの背中を眺めながら苦笑いする。
「どうぞ。お口に合えばいいんですが……」
「大丈夫だ。腐ってなきゃ食える」
「腐ったものなんて出しませんよ……」
 多少の好みはあれど好き嫌いはない。との意味で言ったのだが、言い方を間違えたようだ。あぁ、うん。との曖昧な返事をしてからジャンが席に着いた所でスプーンを手に取り、カレーを口に運ぶ。
「美味い……!」
 俺を険しい表情で見つめていたジャンが、ほ。と、顔を綻ばせる。
「良かったです」
 俺が感想を呟いてから、ジャンもやっと口に運ぶ。
 一口食べて、満足そうに頷きながら平らげていく。
「作ったならお前は二日目か?」
「はい」
「飽きないか?」
「あんまり?」
 ジャンは好きなものは毎日でもいい種の人間なのか、連日同じ食事でも気にならない様子に見えた。俺も大して気にはしないが、ジャンに関しては今までの背景を考えると食えるだけ良し。な感覚がありそうだった。
 俺の半分しか生きていない餓鬼だ。これから色んな経験をして思考も成長していくだろう。
「お前は将来やりたい事とかあるのか?」
 あの、奴隷のように扱う家族から解放されたばかりで、先の事は中々考えづらいか。そう思いはしたが、俺は雑談が得意ではないためこんな話題しか思いつかなかった。
「そうですね。父さんの仕事継ごうかとも思ったんですけど、自分がしたい事を探しなさい。って言ってくれて……」
 そう言うジャンの表情は穏やかで、薄らと笑みを浮かべる様子は今が幸せなのだと物語っている。俺が満足げに、そうか。と、返事をすれば、ジャンが思考に耽るように数秒ほど顔を俯かせ、上目遣いに俺を見やる。
「どうした?」
「いえ……、別に……」
 どう考えても別に。ではない。
 先を促してみたが、自らの手を組むように指を弄ってもじもじするばかりで言葉は出てこなかった。次第に夜も遅くなり、車でジャンの実家となった家に送り、両親に挨拶をしてから帰宅する。

 誰も居ない部屋に残るカレーの香り。
 先程まで存在していた人間の残滓に無意識に口元が綻んでおり、自分の気色悪い笑い声で気がついたため、誰に取り憑く労でもなく手で口元を擦り、顔を引き締めてから風呂に行った。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 時折、俺が休みの日に合わせてジャンが家を訪ねてくれるようになった。
 大体は夕食を共にしながらだったが、ジャンが買ってきたと言う携帯機にも据え置き機にもなるゲーム機をテレビに繋ぎ、興じる事もあった。ゲームは然程興味も無くてやった経験がなかったが、やってみれば中々面白く、同じ初心者のジャンに教えて貰いながら対戦型の格闘ゲームで勝ったり負けたり。現実での負けは自身や誰かの死に直結するが、こうした気軽な勝負も悪くなく、ジャンの年相応の笑顔を見れる楽しさもあって意外に嵌まってしまい、自分でもゲーム機やソフトを購入し、ジャンと会えない非番の日は練習がてらハンジやエルヴィンを付き合わせたりもした。
「あっはっはっは、リヴァイに勝てるってさいこー!」
「くそ……」
「お前でも負ける事があるんだな」
 ハンジが、狂喜乱舞する勢いで喜び、それを傍観していたエルヴィンがしみじみと呟く。
「まじで身体能力が化け物レベルのチートキャラをこんなにぼこぼこに出来る機会があるなんて考えもしなかったよ」
「なんだ、そのチートキャラとか……」
「だって、貴方の普段の動きとか本当に同じ人間かな?って思うんだもの」
 だからチートとはなんだ。訊いても浮かれているハンジはほとんど俺の言葉を聞いておらず、エルヴィンを見ても肩を竦めたため、スマートフォンでチートの意味を調べると、詳しくは理解出来なかったが不正である事は解った。
「俺は不正など働いてはいない」
「そんなの解ってるよ。チート使ってるのか。ってくらい能力や技術がある人をチートキャラって言ったりもするの-」
 だから、なんなんだそれは。
 負け続けた上に、良く解らない単語を連呼されて疲れてしまった俺は、コントローラーを投げ出し、キャラクターの選択画面を眺めている。
「負けてばっかじゃつまんないだろうし、飲もう!」
 切り替えの早いハンジらしく、不貞腐れた俺を見てスマートフォンで摘まみを注文し、冷蔵庫に入れておいたビールを持ってくる。
「じゃあ、今度は別のゲームにするか。これが中々、操作が面倒でな」
「それは格闘ゲームじゃないのか?」
 俺が画面を切り替え、のっぺらぼうの棒人間に肉付けをしたようなふにゃふにゃしたキャラクターがテレビ画面に映る。
「ジャンが言うにはパズル的なアクション協力ゲームだそうだ」
 何度かジャンともやってみたが操作が中々難解で、教えられてばかりだった。
 疲れるが嵌まると中々面白い。ハンジやエルヴィンもそれは気に入ったようで、三人で深夜近くまで盛り上がってしまった。
「はー、貴方のうちでゲームってのも新鮮だった-」
「そうだな。中々楽しかった。俺も買ってみようかな」
 毎日は無理にしろ、偶にやる分には面白い。
 またジャンが来るのが楽しみになった。
「じゃー、また飲みながらやろうねー」
 機嫌良く二人が帰っていき、部屋が一気に静かになる。
 ゲーム機の電源を落とし、次にジャンが来る日を思い浮かべる。ハンジやエルヴィンが練習台になってくれたお陰でそれなりに上達したと思から、楽しんでくれれば嬉しい。

 はずだったが、ジャンに会った日、一緒にゲームをしたら無言で凝視されてしまった。
「リヴァイさん……、自分から落ちないで下さい」
 格闘ゲームを一緒に楽しむどころか、秒殺だ。上手く操作出来ない俺の方が。
「なんかすまん……」
「いえ、一緒に練習しましょう!」
 きらきらした眼でジャンが俺を見る。
 一緒に何かをするのが楽しいのか、俺に教える事があるのが楽しいのか。どちらでもいいくらいいい笑顔だ。
「指の動きとかかなー?」
「む……」
 とりあえず操作を頭に叩き込み、ひたすら練習。と、一通りプレイしながらジャンが教えてくれるが、手早く画面に映るキャラクターを動かすのは難しい。画面ではなく、つい手元を見てしまい、上手く出来ない俺に対しても怒りもせずにジャンが懸命に終えてくれる。
「とにかく、ボタンの位置を覚えましょう!」
 コントローラーを持ったジャンの手と、俺の手が並ぶ。訓練で分厚くなっている手の皮、短くごつごつしていて不格好。ジャンの長く綺麗な細い指とは如何にも不釣り合いだ。
「リヴァイさんの手って、格好良いですね。なんか強い人の手みたいな……」
 ジャンが俺を見ながら柔らかく微笑んだ。
 俺が人と比べてみっともなく感じていた手を、ジャンが褒めてくれる。面映ゆい気持ちになりながら指を動かしてみせる。しかし、一朝一夕で上手くなれば世話がない。
 結局、格闘ゲームからふにゃふにゃ人間のゲームに切り替え、二人であぁでもないこうでもないと頭をひねりながら攻略していく。これはこれで楽しい。

 一通り遊び終わり、ジャンを自宅に車で送れば笑顔で手を振りながら帰って行った。
 また会える日が楽しみだ。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「疲れてるね」
「おう……」
 エルヴィンが自分のデスクで眠っていた俺に声をかけてくる。
 出動かと思ったが、報告書の修正をしろとの事だった。
「あー、あぁ……」
「嫌そうだな」
「机仕事は苦手だ……、体を動かしてる方が性に合ってる」
 報告書をせっせとノートパソコンで書いてると、眼も頭も疲れてぼんやりしてきてしまう。日頃の疲れも手伝って、いつの間にか転た寝をしてしまっていたようだ。
「例の子とは上手くいっているのかい?十六になったら入籍するんだろ?」
 寝惚けた目を手の甲で擦り、自分でも大分柄が悪いだろうと解る目つきでエルヴィンを睨め上げる。
「やっと色んなしがらみから解放されたんだ。強制的に婚約させられたからって、解放された今になっても未来のある餓鬼がこんなおっさんなんかに嫁ぐ必要ないだろ」
「惚れてるんだろ?」
 それを言われるとぐうの音も出ない。
「俺の感情とあいつがどうするかは別だ」
「向こうだってお前を憎からず思ってるんだろう?子供に選択を丸投げするなんて、お前は非道い奴だな」
 エルヴィンがにやにやと表情を崩しながら痛い所を突いてくる。
 確かに、俺は好意を持って懐いてくれるジャンを突き放しも出来ず、諾々と任せてしまっている。もう来るなと言うべきか。このままジャンが運命の相手と出会った時、俺が障害になってしまってはいけない。
「そうだな……、もう家に来ないように……」
「馬鹿だなお前」
 エルヴィンがはっきりと俺を罵倒し、大いに呆れた様子でわざとらしい溜息と共に去って行く。他に隊員が居なくて良かった。きっと、今の俺は酷い顔をしているはずだ。

 俺はジャンをどうしたいのか。

 考え込んでいると出動命令が入る。
 一も二もなく飛び出し、悩みを頭の隅に追いやって仕事に没頭する。
 あっという間に時間が過ぎ、家に帰った頃には一ヶ月が優に立っており、家具にうっすらと埃が積もっている箇所があった。潔癖の気があるせいでそのまま眠る事は出来ず、疲れ果てている中で洗濯と掃除をする。
 ベッドに新しいシーツを張り終わり、終わった頃には深夜。風呂で汚れを落とし、ベッドに倒れ込めば、ぼんやりとジャンの顔が頭に浮かんだ。帰宅時に「お帰り」と、言ってくれる時間はなんと穏やかな幸せだっただろう。
 自宅の鍵を開け、真っ暗な部屋、埃が積もった家具を見た際、異様なほどがっくりした。ほんの少し一緒に居ただけなのに、随分と感化されてしまっていたようだ。最近は、あまり長期に家を空けなかったから気づけなかったのもあったか。あのたった一言と、迎えてくれる笑顔がどれだけ心の救いになっていたか。
 昔は知らなかったが故に気にならなかったが、一度味わってしまえば欲さずにはいられない。なんとも人間とは強欲で、度しがたいものだ。

 ジャンに側に居て欲しい。
 しかし、これは俺の我が儘でしかない。
 まだ十五歳だ。倍近くの年齢のおっさんに求婚されても困るだけだろう。
 オメガとアルファには運命のつがいとやらも存在するそうで、出会ったら直ぐにそれを理解するのだと聞く。だから俺とジャンは運命じゃない。俺があいつの純真さや健気さに勝手に惚れただけだ。俺にあいつの未来を奪う権利はない。

 充電器に繋いだスマートフォンを手に取り、ジャンから送られてきたメッセージを眺める。
 内容は他愛ないものだ。新しくてできた友人と撮ったもの、俺の体調を気遣うもの、これらを見ているだけで癒やされる。
「はぁ?」
 つとうとしていると、エルヴィンからのメッセージが入り、その内容に思わず声が出てしまった。
 『独りで考えずに、相手の意思もきちんと確認するように』なんてきたもんだ。苛つきの声もでよう。慕ってくれているのは嫌でも解る。だがよく考えた方が良いのはエルヴィンの方だ。あれくらいの年齢は恋愛感情と憧れを混同しがちで、そこに付け込んで手中に堕とそうなんて下衆の手口過ぎる。
「おい、なんだあのメールは」
「なんだ、疲れて休んでるだろうからメールにしたのに。ま、メールはそのままの意味だよ」
 電話をかけ、直接苦情を言えば飄々とした声が返ってくる。
 考えていた事をそのまま言えば、エルヴィンはまたあのうざったい溜息を吐いた。
「解ってないな。お前が考えているほどその子は子供では無いと思うよ?」
「会った事もない癖に何を言ってやがる。大体な、自分が十五程度の時、どれだけ糞餓鬼だったか思い出せば解るだろうが。聞きかじった物事だけで世界を知ったように感じて小賢しい知恵はあっても狡知とまでは言えないし、結局、熟達した大人の考えにはほど遠い」
「そうそう、お前の言う通り子供は小賢しいんだよ。若いから行動力だってある。足下をすくわれるなよ」
 薄笑いを浮かべたような声色でエルヴィンが俺を諭す。
 何を言いたいのかが全く解らず俺の苛々は募っていくばかり。
「子供だからって子供扱いをしてたら、その内、しっぺ返しを食らってしまうよ」
 俺の苛つきを感じ取ったか、言いたい事だけを言ってエルヴィンは通話を切ってしまった。何がしたいんだこいつは。
「あー、ったく……」
 苛々で目が冴えてしまい、帰宅中に買ってきた牛乳を温めて飲む事にした。
 ダイニングで肌寒さを感じながら飲む牛乳はなんとなく鼻に残る。時間は深夜の一時。もうジャンは眠っている頃だろう。
 ジャンは素直で従順で在るよう強制的に躾けられていた。だから請われれば叶えなければならない。そんな強迫観念に襲われる可能性だってある。幾ら今が精神的に落ち着いていても、助けたいと願う俺自身が余計な事をしでかす訳にはいかない。

 もやもやと考え込みながら横になれば、牛乳のお陰もあってか睡魔は直ぐに俺を眠りの底へと引きずり込んだ。眠る間際にエルヴィンに対する文句をぶつくさ言っていた気がするが、なんと言ったかは覚えていない。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「や、不機嫌だね」
 調練後、エルヴィンがへらへらしながら話しかけてきた。
 不機嫌も不機嫌だ。ゆっくり何も考えずに眠るはずが、お前のせいで余計な事ばかりを考え、苛つきながら眠る羽目になったのだから。
「ちょっと来てくれ」
 周囲が何事かと聞き耳を立てているのも鬱陶しく感じられ、エルヴィンを捕まえて廊下まで移動し、無駄に高い位置にある顔を睨む。
「あのな、無駄に身体能力ばかりが高くて暴れるしか能の無い俺を拾ってくれたお前には感謝しているが、人の個人的な事にまで口を出すな」
 獣であれば唸りを上げて牙を見せている所で手を出さないのは恩がある事と、上官だからとの理由でしかない。
「私なりの心配なんだけどねぇ」
 エルヴィンは腕を組み、唇を歪めて顎を擦っている。
 こいつはいつでも真意を出さない。頭の足りない俺には計り知れないような事ばかりを考えているんだろう。が、それは仕事に使うべきで、部下の個人的な物事にどかどかと土足で踏み込むような真似をするためじゃないはずだ。
「お前はもう少し話し合いをした方がいいと思うんだけどねぇ。話をしないのは相手を見くびっているからだよ?どうせ言っても通じない、こっちの考えなんて理解しない、何故ならあぁだからこうだから。そんな自分なりの理由を探してちゃんと伝えない」
「そんな事は……」
「本当に?子供だからって庇護対象にして、相手の気持ちも軽く考えてるんじゃないか?」
 二の句が継げない。
 俺がエルヴィンに口喧嘩で勝てるはずがないんだ。
「例の子は君を慕ってくれている。それが最悪の状況から救ってくれた感謝から来るものでも、憧れからくるものでも、恋愛感情にしても。それをお前はきちんと向き合っているかい?」
 ぎりぎりと奥歯を噛み締め、睨み付けるしか出来ない事が堪らなく悔しい。

 向き合っているか。
 果たして俺は。

「ま、頑張りなさい。お前が愚直なほど誠実で良い奴だって私は知ってるしね」
 繰り返すようだけど、子供だと侮っている子に足下をすくわれないように。
 エルヴィンは俺の肩を軽く叩いて朗らかな笑みを浮かべながら室内戻っていく。文句を言ってやりたかったのに、やり替えされてしまっただけで終わってしまった。

 結局の所、苛々が増すばかりで訓練で発散する羽目になった。
 無駄に怯えさせてしまった部下には申し訳ないと思う。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 ジャンが春休みに入り、俺の休日と久々に合ったため、遊びに来てくれた今日。
 数ヶ月ぶりにジャンの顔を見て、俺はもの凄く気を抜いている。
 何というか、仏像のような顔になっているに違いない。
 ジャンが居るだけで心が穏やかになる。
 マイナスイオンとやらが出ているのだろうか。
「疲れてますね?」
「おー、まぁな……」
「大変な案件でもあったんですか?」
 俺達の仕事は基本的に表には出ない。
 他部署の応援をしても賞賛される事はない。
「それなりに……」
 国外の来賓者の護衛、殺害予告をされた議員の警備だ、どこぞの制圧だの。上げようと思えば幾らでもあったが業務上の話は外では出来ない。適当に濁し、ジャンが淹れてくれた紅茶を口に含む。
「膝枕でもします?癒やされるらしいですよ」
 夕食を用意してくれているジャンが自らの腿を叩きながら提案するが、俺は首を横に振る。
「そういうのは将来の恋人にしてやれ」
 む。と、ジャンが不満げに眉を顰め、焜炉に向き直って小さく溜息を突く音が聞こえた。
 相手にされていないと理解していても諦めきれない気持ちは、若さ故か。
「夕飯にしましょうか」
 無下にあしらわれたと言うのに、気を取り直したように俺に笑顔を向け、美味しそうな卵の膜が被せられたオムライスが目の前に置かれた。止めてくれ、そういうのは俺にとても良く効いてしまう。

 夕食後、紅茶を淹れてからジャンにしっかりと向き直る。
 エルヴィンに従うのは癪ではあるが、俺が悪者になりたくないから。嫌われたくないから。ジャンとの繋がりを切りたくないから。そんな下らない感傷で今の状況を放置しておく方が酷だと答えを出した。
「ジャン、話がある」
「俺も話があります」
 柔らかく微笑みながら、ジャンが予想もしない科白を吐いた。
「あぁ、じゃあ先に言え」
 俺の後では最悪の場合、話すどころではなくなっている可能性がある。うぬぼれすぎだろうか。

「では、お言葉に甘えて……」
 ジャンが勿体ぶった様子で咳払いをし、穏やかな口調で続ける。
「リヴァイさんと出会って、一年経ちました。明日でもう十六歳です」
「お、もうそんなになるか……、誕生日祝いをしてやらないとな」
 そうか。
 見合いをしたのが高校入学時の春休み。
 なんと一年が早い事か。今回は偶然、休日が貰えたが、やはり忙しすぎて誕生日すらまともに祝ってやれない男よりも、安全で安定した職で定時で帰り、側に居てくれる人間の方がいいはずだ。
 俺が勝手に納得していれば、ジャンが真っ直ぐに見詰めてくる。
「リヴァイさんが、俺を子供だからと優しくしてくれてるのは解ってます。でも、俺はそれだけじゃ嫌です。オメガで十六なら、もう結婚も出来ます」
「親の承諾が要るがな……」
 雲行きが怪しいな。
 牽制をしておかねばならないか。
「ジャン、俺はお前を大事にしたいと考えている」
「えぇ、それは解ってます」
 食い気味に、ジャンが言葉を被せてきた。
 顔が赤らんで、目を潤ませている。
「もう一度言います。俺は、それだけじゃ嫌です」
「嫌だと言ってもだな、お前にはもっと相応しい奴が……」
 椅子から腰を浮かせて俺に迫るジャンを宥めようと立ち上がろうとした足に力が入らず、みっともなく床に尻餅をついてしまった。なんだ。この気怠い感じがするのに、体温が上がっていく感覚は。
「あ、もう出てたんだ。やっぱ好きな人と居るからかな……」
 ジャンが表情を綻ばせ、カッターシャツの釦を幾つか外す。
「は?」
「俺、ちょっと前から抑制剤飲んでるんです」
 抑制剤。
 発情期による誘惑フェロモンを抑える薬しかそうは呼ばない。待て待て待て待て待て、不味いぞこれは。
「今日は、朝食の後と、昼前に飲みました」
「い、今すぐ飲め!」
「嫌です」
 動揺から声が震え、心臓の鼓動が早くなり、不味い。ばかりが頭を回る。
 アルファ用の抑制剤が冷蔵庫に保管してあったはずだ。薬の位置を思い返しながら、立ち上がろうとしたが、ジャンの抱擁に止められる。
 常ならば、こんな拘束などものともしないはずが。
「リヴァイさん、知ってます?アルファが唯一弱い物……」
 アルファでも弱点なんぞ幾らでもある。なんて言った所で、ジャンが指摘したい部分は違うと本能的に理解出来てしまった。
「止めろ……」
 正面から肌が触れるほど密着すれば、厭が応にも感じる甘い香りに心臓がどくどくと激しく脈打ち、全身に血液を送り込んでいく。
「どんなに優秀で強くても、アルファはオメガの出すフェロモンには絶対逆らえないんですよね?可愛いですね」
 一体、どこでそんな知識を得たか。と、思いつく物は一つしか無い。スマートフォンだ。
 若さ故の柔軟さで、ジャンは直ぐに使い方を覚えた。自分の事も、俺の事も沢山調べたのだろう。しかし、だからと言って、こんな行動はあまりにも軽率ではないか。
「リヴァイさん……、俺、もう結婚出来ます」
 耳元で甘ったるく鳴く声。
 思考がぼやけ、脳味噌がぐらぐら揺さぶられてしまう。
「駄目だ。お前にはもっと……」
「俺は貴方がいいんです」
 ジャンの俺を抱きしめる腕に力がこもった。
 目の前にはジャンの首筋があり、うなじも見える。
 噛みつきたくなる衝動に両手で口を押さえ、自身を抑え込む。
「俺、リヴァイさんが良いです……」
 ジャンの声に水っぽさが混じる。
 泣かせたい訳じゃない、傷つけたくないんだ。
「お、れは、お前の倍くらいだな……」
「俺は貴方がいいんです!」
 目を閉じ、口を塞ぎ、ジャンの説得を試みようとはしても、手を掴まれ目元に柔らかい感触が触れる。脳味噌の神経が焼き切れそうだ。
 
 もっと相応しい奴が。
 運命の相手が。

 どう言葉を繰り出してもジャンの答えは同じ。『貴方がいいんです』。
 甘く切なく名を呼ぶ声、全身を高ぶらせ、思考を乱す芳醇な香。
 こんな餓鬼に追い詰められるなんて。『だから言っただろう』とでも言いたげな、エルヴィンのしたり顔が一瞬浮かび、頭を振って追いやる。

「リヴァイさん、俺は貴方が好きです」
「憧れや感謝を恋と勘違いしている……」
「違います!」
 ちがいます。
 とうとうジャンの目から涙が落ちた。
 ぎち。と鎖で締め付けられたように心臓が痛む。
 どうして解ってくれないんですか。嘆く声が耳の奥に木霊し、残響がいつまでも消えない。
「発情期が来たって事は、子供が産めるようになったって事です。なんなら独りでも育てます……。俺は、貴方以外の人は嫌です」
 この餓鬼は、自分が何を言っているのか解っているのか。
 怒りを含めた勢いで肩を掴めば、力が入りすぎていたのかジャンを床に押し倒してしまい、正面からフェロモンと、泣き顔を浴びてしまう。
「くそ……っ」
 ぎ。と、歯がみし、自身の顔を片手で覆った。
 その程度で防げるようなものなら苦労しないが、そうせずには居れなかった。
「リヴァイさん、俺、貴方が好きです……」
 ジャンが俺の体の下から手を伸ばし、頬を包んでくる。ジャンは、憧れや感謝を勘違いしかねない歳でも、俺はそうじゃない。ジャンが愛おしいと感じるし、庇護してやりたい。の底には下劣な欲求もあった。
「くそがっ……!」
 拳をジャンの頭の横に打ち付け、そのまま身をかがめて口付ける。
 児戯のようなものではなく舌で唇を割り、奥の粘膜までを舐り蹂躙していく。ジャンは、こんな経験は無いだろう。唇を放せば目を白黒させて大粒の涙を零しているのだから、怖いのだろうとは察せられた。が、察するだけの理性はあっても、行動を抑制するほどの容量は既に無かった。
 うなじではなく首筋に噛みつき、衣服を剥いで直に肌に触れる。
 上等な酒で酔ったような心地好い酩酊感。

 半ば強引にスラックスを下ろし、細い太腿を掴んで秘部に触れる。
 ジャンは短い悲鳴を上げたが、発情期、子を作る行為が可能な体になったと示すようにそこは濡れそぼって、男を迎える準備をしていた。

 流石に俺も三十路。
 別に女やオメガを抱くのは初めてじゃない。
 だが、これほど心が掻き乱され、酔ってしまったのは初めてだった。
 思い返せば、恋人関係とは名ばかり。決して嫌いはせずともそれは求められたから一緒に居ただけだった。その上で碌に会う事も出来ず、愛情表現も希薄な人間が他人との関係を良好に保てるはずもなく、誰もが直ぐに愛想を尽かして離れていった。一生、俺はそうなのだろうと考えていた。
 なのに今は、俺が求める側であるからか異様なほどに昂ぶり、ジャンが欲しくて欲しくて堪らない欲求に脳内が支配されていた。一度、箍が外れた動物的な本能は抑え込む事が出来ず、目の前にある細い体を舐り、噛みつき、貫いて揺さぶる。
 冷静な俺が目の前に立っていたならば、蹴り飛ばして首の骨を折り、元の顔が解らなくなるまで殴り続けていただろう愚行。

 落ち着きを取り戻した頃には、ジャンは気を飛ばしており、ぐったりと床に伏していた。
 所々の白い肌には薄らと血の滲んだ噛み跡、下半身には陵辱の痕跡がありありと残り、香に酔っていたとは別の意味で目眩がした。

 ジャンをそっと横抱きにすると浴室に入り、お湯で手を濡らして泣きはらした顔を拭い、傷を消毒し、注ぎ込んだ欲望の証を洗い流していく。いっそ死んでしまいたい程の慚愧に堪えず、自分のベッドにジャンを寝かせてバスタオルで丁寧に拭いて髪を撫でた。
 俺も体をざっと流し、ジャンの側で呆然自失となっていた。

 何て事をしたんだこのゴミ屑め。
 自身を罵倒する言葉は幾らでも浮かぶ。
 俺は、女性やオメガ関係の性犯罪はそれこそ蛇蝎の如く嫌い、憎んでいた。
 弱い立場の者を搾取し、乱暴を働いた者は真実はどうあれ合意だった、フェロモンのせいとすれば大した罪にもならず、執行猶予付きで放免された。まだ俺が警察官に成り立ての交番勤務時代にも、そんな事件があった。
 被害者は自分がオメガなせいだからと俯き、加害者はへらへらとフェロモンのせいにして自己正当化する。警察官の立場でなければ殴り殺していただろう。無論、被害者を護ろうとする存在もあったが力は弱く、『○○だった被害者が悪い』『オメガだから仕方ない』の世論に押され、泣き寝入りするばかりだった。

 俺が、そんな屑と同じになってしまった。
 フェロモンに中てられたから?そんな言い訳、赦されるはずもない。
 屑共との決定的な違いを挙げれば、俺はジャンに惚れており、求められていたのは確実だった。だが、どうにか出来たんじゃないか。強引にでも振りほどいて抑制剤を飲み、冷静にジャンを諭すべきだった。
 それが出来なかったのは、やはり俺に下心があったから。
 ジャンを手放すのが惜しかったから。
「あぁ、くそが……」
 春になったとは言え、まだ肌寒い深夜。
 パンツ一丁で頭を抱えて自責に耽る男のなんと滑稽な様か。

 小さなくしゃみが聞こえ、はっとなって暖房のスイッチを入れる。
「ジャン、大丈夫か」
「あ、はい……、なんか思ってたより凄くて……」
 こいつなりの予習はしていたのだろうが、経験がない者の想像と、現実はそう合致しないものだ。
「うなじ、噛んでくれました……?」
「すまん……、覚えていない」
 餓鬼の体にどれだけ夢中になっていたんだ、このけだものめが。
 自分で自分に唾を吐きつけたくなりながらも声を絞り出す。
「まぁ、それでもリヴァイさんは、責任感強いから無かった事にはしませんよね?」
「は?」
 俺がぽかんと間抜けに口を開けて顔を上げれば、ジャンがベッドから足を降ろす形で座り、俺を覗き込んでいた。
「子供扱い、もう出来ませんね?」
「う……」
「責任とって結婚して下さい」
「あ、あぁ……」
 俺は首の折れた人形のように、がく。と首を縦に振った。
 気圧される俺の懐にジャンが滑り込み、胸元に頬を寄せてくる。
「俺、発情期来ちゃったんで、早くつがいにしてくれないと誰かに乱暴させちゃうかも知れません」
 乱暴させちゃう。とは、要するにフェロモンに中てられた人間を被害者と捉えての。と言う事は、ジャンにとって、今の俺は襲わされた哀れな被害者の立場なのか。
「お前、お前……」
「はい?」
 散々に否定的な言葉を植え付けられ続けたための自己肯定感の低さからか、身を投げ出す事に慣れてしまったが故か、自分が被害者であると認識出来ない哀れな餓鬼だ。
「解った。お前がそうしたいなら、俺が被害者になってやる……」
「そうして下さい」
 そう言い、ジャンがうなじを差し出し、俺がそれに齧り付く。
「あっ……」
 噛みついた瞬間、電気が走ったような衝撃を受け、ジャンは甘ったるい声を零した。散々やった後であるのに、下半身がぞわぞわと落ち着かない。
「服を着ろ……」
「えー」
「着るんだ」
 顔を赤らめ、やや呆けたような表情のジャンを促し、俺はもう一度シャワーを浴びに浴室に入った。今度はお湯ではなく頭から冷水を浴びる。

 どれくらい入っていただろうか、頭も体も芯から冷え切った状態で出ると、トーストと目玉焼きが皿に置かれた簡素な朝食が目に入る。
「今、牛乳温めるので服着てきて下さい」
 先程とは立場が逆になり、水滴を床に落としながらタオルを出し、寝室へと服をとりに行く。

「もう一度言っときますね。俺、貴方がいいんです。どんな手を使っててでも欲しいくらい」
 朝食を食べながら、ジャンは俺に向かって幸せそうに微笑みながら宣言をする。
 完全に逃げ道は塞がれた。お前は餓鬼だから、俺が大人だからの言い訳ももう効果は微塵もない。
「飯、食い終わったらご両親に挨拶に行かせて貰う」
 熱めに湧かされた牛乳を飲んで体を温め、俺は観念すると共に、この状況を悪くないと感じてしまっている自分の頭の具合が心配になってしまった。

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