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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

不良少年の憂鬱その2

・R18
・ちょっとだけモブジャンがあります(未遂)
・山奥が相当、下衆な方向です
・薬を盛っての強姦表現が少しあります
・3Pエロは短いです
・チョロシュタイン
・山奥のカプ要素は一切ありません
・口が悪過ぎるジャン君



 何度目の溜息か。時計がないため、何分経ったのかも判らない。授業終了の鐘が鳴り、休憩時間の終わりを告げる鐘がもう一度鳴った。ついでに腹の虫も鳴った。目先のただ飯に目が眩み、あんなゲームに乗らなければ、今頃、お腹一杯食べて満足感を得た後、のんびり授業を受けていたはずだった。諸悪の根源。糞ジョックとパシリのメッセンジャーめ。
 ふつふつと湧いてくる怒り。取り巻き共に、お前等の大好きなジョック様は男に女装させてケツを揉む変態を拗らせたゲイだ。と、話して評判を下げてやろうか。駄目だ。信用がない俺の方が、変な噂を流す変態としてあげつらわれるだけだ。
 考えては打ち消し、溜息を吐く。
 大体、バッドボーイを気取っている人間が、人望もあり、能力も高いが故に君臨する王様をどうにかしようなど出来るはずもない。余程、理不尽を強いる人物であれば、まだ味方も増やし易いのだが、情に厚く、誰にでも平等に接する人格者。そんな評判で統一されているライナー相手ではそれは無理だ。偽善者と、妬みで嫌っている奴も居るだろうが、そんな輩とは手を組みたくはない。
 このまま、密かに鬱憤を晴らすためのサンドバッグになるしかないのか。そんなの嫌だ。程よくやんちゃしつつ、将来に響かない程度に成績は維持。恋もして、楽しい青春を送って、卒業したら安定している商社にでも勤め、安泰の人生を送るはずだったのに、ジョックとメッセンジャーが憎い。特に二人に迷惑をかけた覚えはないし、こんな事をされる謂れが理解できない。
 ゲイの戯れは仲間内でやれってんだ。あぁ、糞。パシリ野郎が撮っていた動画は、きっとネットの動画サイトにでも上げられて、俺は明日にでも、早ければ今日にでも学校中の笑いものになるんだ。嫌いだ、嫌いだあんな奴等。
 独りで居るとネガティブな思考に支配されて、嫌な考えが次から次へと湧いてくる。
 剥き出しになった肌を摩りながら、ひたすら早く人の気配がなくなる事を祈り、待っていた。
「ジャン、居るかい?」
 足音に怯えていると、聞き覚えのある声が問いかけてくる。
 ノックをされた音に一瞬、身の毛がよだったが、呼びかける声は幼い頃からの親友であるマルコ。探しに来てくれたのか。
「居る!今開ける」
 飛び降りる勢いで段ボールから立ち上がり、ぺたぺたと足音をさせ、扉の取っ手に飛びついて鍵を外して開いた。しかして、その先には親友であるマルコの姿。歓喜に打ち震えて涙ぐんだとしても仕方ないと言い訳しておく。
「お前が、あの二人に連れて行かれたって聞いて、ずっと探してたんだよ。何事もなくて良かった」
 何事かは十分に遭っている。マルコにはこのチアガールの衣装が目に入らないのか。
「もしかしたら必要かもと思って、ほら、上から羽織るといい」
 肩にかけていた、大きめのトートバッグの中から出てきて、手渡されたものは学校指定のマルコのジャージ。俺は目を瞬かせてジャージを凝視する。なんて気の利く奴だ。ゲームの話を聞いて、こんな用意が出来るなんて、俺の親友。いや、大親友は神か、探しに来てくれるだけでなく、察しまで良く頭も良く、優しく、本当にいい奴だ。
「俺、マルコ大好き……」
 マルコのジャージを抱き締めながら、感動や喜び、感謝など、色んなものをひっくるめたら『大好き』しか浮かばず、抱き締めたい衝動に駆られたが、とりあえず着替えろと促されたため、抱き着くには至らなかった。
 気恥ずかしさから背を向けて、少しばかり大きめのジャージを羽織り、ズボンを履くために屈むと、小さく呻く声がした。振り返ればマルコは顔を背けて、口元を手で覆っている。
「わ、悪い……、気持ち悪いもん見せて……」
「いや、えっと、気にするな。見てごめん」
 下着をつけていない事を忘れて、屈んだ拍子に尻が丸見えになってしまったらしい。段ボールの陰に隠れ、腰紐でずり下がらないように、しっかりと固定する。不格好のなのはこの際諦めるしかない。チアガール衣装で歩き回るより、余程ましで、一枚、羽織るだけでも温かさも、安心感も全く違う違う。先程までの絶望的な溜息とは全く違う種類、一先ずは窮地から脱した安堵から、ほっと息を吐き、脱いだスカートはここに捨てていく事にした。
「食堂に行ったら、お前がライナーとのゲームに負けて罰ゲームを受けるって聞いて驚いたよ。昼飯に釣られて馬鹿な賭けをして……。今後は賭け事なんてするんじゃないぞ。反省しろよ」
「あー、うーっと……」
 俺はもう帰るために、マルコは教室に戻るために廊下を歩いていると、お小言が始まってしまい、俺は委縮するしかなくなってしまった。
「あ、あの、どうしてここに居るって解ったんだ?」
「先ず二人を探して、そしたら、ジャンはチア衣装のまま、恥ずかしがって逃げたって言うから、隠れられそうな所を手当たり次第に探しただけだよ」
 恥ずかしがったんじゃねぇよ、嫌がったんだよ。大変不本意な科白に噛み付くのは止めた。マルコは何も悪くない。それよりも、説教を止めたくて、探し当てた経緯を聞けば、ジャージを用意していた理由も納得した。歩きながら廊下に掛けられていた時計を見ると、食堂に行った時間から一時間半は経っている。マルコが何時頃、食堂に行って話を聞いたのかは不明にしろ、今の今まで探してくれていたのだ。話し声に交じって二人分の腹の音が重なり、思わず笑いが漏れた。
「マルコ、食ってないのか?」
「お前に何か遭ったらって考えたら、食事なんて喉を通らないよ」
「そっか、じゃあ、俺も腹減ってるし、遅い昼飯……」
 無意識に手が上着のポケットを探ってから気が付いた。財布を入れたロッカーの鍵は、糞ジョックと、パシリ野郎の居る更衣室。
 行くか?どうしよう。そうだ、もう既に飽きて居ない可能性もある。待ち構えているかも。は、俺の勝手な想像だ。逃げられて興を削がれ、飽きてそのまま別の場所に移動したか。いや、それはどうだろう、あれがゲイのプレイの一環だとしたら、俺が消えて二人で盛り上がってる可能性はないか。今、服を取りに行って、あの巨漢二人が懇ろにしている光景など、見てしまったら目が潰れる。想像すらしたくない。
「いいよ。もう食堂も閉まってるしさ、何なら明日奢ってくれよ」
 俺が服を取り返しに行く勇気を振り絞ろうとしていると、不意にマルコが、くしゃりと髪に指を差し込み、梳くように撫でつける。常々、マルコはわざと俺の髪を下ろそうとしてくる。下ろしてる方が似合うからとの事らしいが、餓鬼臭くなってしまうから、俺は嫌いだ。
「奢るだけじゃなくてさ、真面目なお前が、飯抜きで授業さぼってまで探してくれたんだろ?他にも何かさせろよ」
「そ、そうだな、えっと、考えとくよ、ちょっと今……、は、あの二人に感化されたのかな……、変な事しか考えられなくて……」
 二人から何かを聞いたのか、顔を少しばかり赤らめて、顔を背けるマルコの、意外する発言に、俺は動揺して、ひっくり返った声で、そうか。としか言えなかった。
「じゃあ、俺帰るから……」
「う……ん、あの、家まで送ろうか?」
「いいよ、お前の成績が落ちたらどうすんだよ。多分、明日も授業でねぇから、勉強教えてくれよ」
 マルコの申し出を断り、調子のいい事を言いながら、一秒でも早く帰りたい。ジャージの上着の下はチアガール衣装、ズボンの下は何もつけていない。このまま学校に居れば、あいつ等のように、面白がって脱がしにかかるような奴が居ないとも限らない。いささか、人間不信になりながら、職員玄関の端っこ、段ボールに詰めてある来客用のスリッパを拝借し、俺は家に帰った。明日が憂鬱だ。
「またな」
 マルコへ手を振りながら、玄関を出て肌寒い街中を歩いた。
 俺の服は明日まで置いてあるだろうか。証拠隠滅を図ろうとするなら、頑張ってバイトして買った服や靴、スマートフォンは今頃、焼却炉の中。気分が落ち込む。そこまではしない一縷の希望にかけて、連中が朝練をしている間にこっそり忍び込んで、探ってみる事にした。
 すきっ腹だから気分も沈む。
 とりあえず、家に帰ってご飯が食べたい。
   ◆ ◇ ◆ ◇
 ババアこと、母親から昼飯用の小遣いを少々前借し、家を出る姿は下した髪に、白のキャスケット、黒縁眼鏡をかけ、タンクトップの上には手の甲まで隠れる生成りの長袖Tシャツ。体より一回り大きい灰色のカーディガン。薄めの緑色をした緩めの紐止めズボン、白いスニーカー。どこぞのサブカル女のようなゆるゆるの出で立ちなのは自覚している。学校の奴と休みの日まで会いたくない。変なのに絡まれたくもない。だから、悪ぶった格好はしないようにして、バッドボーイとは全く逆の姿をしている。
 出来たら今日も目立ちたくない。まだ朝靄が残る時間帯に学校へと急ぎ気味に足を走らせた。
 学校の校庭では、運動部が朝からご苦労な事に汗を流している。アメリカンフットボール部も言わずもがな。鍵が開いてるといいけれど。こそこそ人目を避けながら、嫌な記憶が残る更衣室へ続く扉の取っ手を回せば、気が抜けるほど簡単に侵入を許してくれた。
 不用心だとは思いつつも僥倖だと、音を立てないように、そうっと扉を開けると、昨日のまま、俺の服はベンチの上に畳んだ状態で置いてあった。さっさと戴いて、着替えてしまおう。気が逸り、更衣室へ飛び込んだ瞬間、急に体が浮いた。
 帽子の鍔に隠れて見え辛かった誰かの顔を見ようと喉を反らすと、天井とベルトルトの顔が同時に見え、息を呑み、体が一気に強張った。驚愕に痛くなる心臓を抑えるように両手を胸に置き、強く押さえ、か細く吐く息すら震える。
「待ってたよ。お帰り」
 軽々と俺を横抱きにしたベルトルトは、女だったらうっかり見惚れてしまいそうな、如何にも無害そうな微笑みを向けている。軽々と抱えられてしまった事実にも衝撃を受けたが、待ってた。昨日から。そんな馬鹿な。
「鍵かけてれば入れないから、少し君より早く来ただけだよ。どうせライナーも早いからね。扉の脇に座って本読んでたんだけど、服に気を取られて気づかなかった?」
 昨日から?小さく漏れた呟きを耳聡く聞き取り、解説して見せるベルトルトの声。
「今日の格好も可愛いね」
 顔が近づいて唇に触れ、小さく音を立てて離れていく。
 今、何された。
 固まっている俺を他所に、ベルトルトはベンチに腰掛け、俺を足の間に座らせると、体を包み込むように腕で檻を作り、寄りかかりながら寛いでいるようだった。
「ライナーは今、汗を流しに行ってるから、あと少ししたら戻ってくるよ」
 俺を捉えたまま、頭頂部に顎を載せて、呑気に喋るこいつは、いつも困り顔で笑っていたり、能力の割に物静かな印象を受けるベルトルトと同一人物なのだろうか。ライナーの命令があればこんな事をするのか。狩猟犬や軍用犬を脳裏に浮かべながらも、何とか抜け出せないかと身じろげば、拘束する力が強まった。
「駄目だよ。大人しく待っておいで。昨日、あのまま可愛がって上げるつもりだったのに、ジャンが逃げちゃったから、僕もちょっと機嫌が悪いんだ」
 まるで、俺が悪いとでも言いたげな科白。あんな真似をされて、逃げる好機があれば逃げない奴はただの馬鹿だろう。嬲られて喜ぶ趣味なんかない。
 俺が何をしたってんだ。
 そりゃあ、見た目はあれだし?多少絡んできた奴と喧嘩をしたりもしていたが、ジョックの制裁対象になるほどのやんちゃはしていないはずで、ゲイには興味もない。俺のどんな部分が琴線に触れたのか、理解出来ないしたくもない。何が可愛がるだ。ふざけんな。
「そんなに怖がらなくても、痛い事なんかしないよ。あー……、最初はちょっと痛いかもだけど」
 何の話だ。体を傷つけはしないが、昨日のように首を絞めた上で、精神的には痛めつけます宣言か。性質悪い。
 扉の開く無機質な音に肩を跳ねさせ、視線をやればタオルで頭を拭きながら入ってくるライナーの姿。ライナーが何かをする度に、女は格好いいだのきゃあきゃあ喚いているが、中身はとんだ下衆野郎だ。頭空っぽの女共が黄色い悲鳴を上げ、ライナーがそれを当然のように受け取る様は、学校に来ていれば一日一回は見る光景。以前は羨ましいとも思っていたが、今は嫌悪の象徴のようにすら感じる。
「可愛いかっこして、随分、噛みつきたそうな面してんな。直ぐ学校に来たお前に気づいて、練習抜けてきた俺の愛にいい加減、気づいちゃくれねぇもんかね」
 何が愛だ。ストレス発散の玩具だろ。頬を突こうとした指に噛みつこうとしたが、敢え無く空振りに終わり、がちりと歯がぶつかる音が鳴っただけだ。俺を通り過ぎる視線。ベルトルトと目を合わせて肩を竦めるライナーと、苦笑しているらしいベルトルトの密やかな笑い声。
「随分な嫌われようだな」
「当たり前だろ、あんな真似されて誰が好きになるか!」
 居たら精神異常者か、嬲られて悦ぶマゾヒストくらいだ。
「僕は君が好きだよ。ねぇ、覚えてる?僕にコーヒーくれたの?」
「急に何の話……」
 話題の転換についていけず背後にから抱き締めて離さないベルトルトを顔を歪めて顧みる。
 深く被っていた帽子をライナーに奪われ、手を伸ばすも空振り。ジュニアスクールの糞餓鬼みたいな真似をする。
「帽子なんか被ってたらちゃんと話出来ないだろ?」
 手を帽子に突っ込んで、回しながらライナーは傍観者として面白がっているようだ。
「自販機の近くで、これやる。って僕にくれたんだけど、覚えてないの?ライナーが居るのに、僕の方に手渡してくれたの」
 切ない声で訴えてくるが、さっぱり覚えていない。いつの話だ。
「ちょっと強引だったのは認めるけど、あれから全然近寄ってもくれないし、無視するし、気に入ったらブレインやギークとも付き合うのにさ。だからちょっと意地悪もしたけど……」
 何の話か全く要領を得ない。昨日の奇行と今の会話。一体、何の関連性があるのか。そして、あれはこいつらにとって『ちょっとした悪戯』だったらしい。殺すぞ。
「野良猫みたいだよな。遠巻きに眺めてても、こっちから近寄ったらするっと逃げちまう。きっかけ作ろうとパーティーに呼んでも、いつの間にか居なくなりやがって……」
 人の帽子を持ち変えたり引っ繰り返したり、回したり、手遊びをしながら俺を評するライナーの言葉に眉を顰める。確かにパーティーなどの集まりに呼ばれた記憶はあるが、顔を出し、挨拶、参加費を払う義理だけ果たしたら十分そこらで抜け出していた。ライナーの取り巻き連中は俺なんか気にもしてないから最後まで居なくても問題はないと判断し、元々、何故呼ばれたのかも見当がつかなかったから居る意味も見いだせなかった。直ぐに表に出てしまう俺の正直すぎる性格上、意にそぐわない相手に頭を下げて誰かを持ち上げるような言葉は、先ず吐けない。
 音楽祭などの全体で楽しむようなお祭りは好きだが、個人が開くパーティーは、要するに、仲間内で褒め合って、腹の探り合いをして、場合によっては好みの相手を探すお見合い、あわよくば一夜の相手、更に印象悪く言ってしまえば、主催者が持て囃されて気持ち良くなるための催しだろう。俺には合わない。
「学校では悪ぶってる癖に、休みになるとそうやって普通の格好になるのも可愛いと思ってな」
 猫のようだとの言そのままに、顎の下をくりくりと撫でて見せるライナーの手がくすぐったくて、顔を背けようとするが、体は拘束されて動けない、顏が動く範囲などたかが知れていて、一方的に弄ばれる。腹立たしい。大体、休みの日の姿など、どこで見てたのか。手のしつこさにライナーのすねを蹴り、舌を打ってやった。
「俺が行くような所なんざ、ジョック様は用ねぇだろ、ストーカーかよ。気色悪い」
 マルコと遊びに行く時は学校に居る時の服は着用せず、カジュアルな服装で出かけているが、いつどこで。
 マルコと行くのは主に図書館や、映画館、偶にライブハウス。外食もするが、食事は金がない学生故にどっちかの家で作るか、親が用意してくれたものを食べるのが当たり前だった。常に誰かに囲まれて、華やかな場所を闊歩するジョックが来るような場所ではない。
「常に誰かと一緒だと息が詰まる。適当に映画見に行ったり、ぷらぷらするのも俺は好きなんだよ。これで納得するか?何度もお前を見かけたぞ」
「あぁ……?女にも男にも不足しねぇようなジョック様が何で雑踏の中で俺を見つけるんだよ」
 何故、が何度も頭の中で繰り返される。規律を乱す存在としての制裁でないなら、苛めか、糞のようなゲイのプレイの一環以外何がある。格好だけのバッドボーイ。非道な目に遭わされても、泣き寝入りをして、抵抗もしないだろうと踏んだのか。人間として糞だな。
「何でねぇ……、理由つければ納得するんだな?」
 決してそうではないが、理由もなしにあの行動。せめて目をつけられた理由なり、いい訳でも聞かねば、納得が出来ない。赦してやるやらないは、それとは別問題だ。
「俺がアメフト部のリーダーになってから、わざわざ反抗して来たり、俺に取り入ろうって奴は多かったが、全く興味も示さず、打算なくベルトルトの方に目を向ける奴が珍しかったからだな。最初は」
 その、ベルトルトに。と言う記憶が未だに思い出せない。本当にそんな事を俺はしたのか。誰かと間違えてないか。口を挟む間もなく、ライナーは滔々と語る。
 曰く、バッドボーイの癖に同じような仲間とはつるまず孤立気味。しかし、ブレインや、それと仲のいいギークとも混ざって笑っている。かと思えば、一丁前に喧嘩もする。
 休日に見かけたら今日のようなカジュアルな服装でふらふら町をうろつくような一貫しない姿。俺が側に居たら退屈しなさそうだ。様々な顔を見せる人間の中見は如何なるものか。そう感じて興味が湧き、側に置こうと思考錯誤しても、ライナーに興味を持とうとせず、捕まえたと確信した瞬間、いつの間にか逃げている。それで、どんな汚い手段を使ってでも手に入れてやると火がついたらしい。
 ライナーの取り巻きや、憧れを抱く女であれば涙を流して喜ぶだろう。
 だが、俺の頭に浮かんだのは『迷惑』の一言。俺が求めてるのは可も不可もなくな学校生活で、ちょっと刺激があったらいいな。程度のもの。ジョック様にちょっかいをかけられるような過激な生活は求めていない。小さく舌打ちと溜息を吐くと、それを見咎められた。
「ねぇ、本当に解ってないの?」
「俺もベルトルトも、お前に大分、声かけたりしてたよな?」
 直接、声をかけられた記憶はほぼない。ライナー名義の手紙を貰った気はするが、また面倒なパーティーの招待状かと思って、中身も読まずに欲しがる奴にやっていた。どうせ、参加費の回収をしたくて取り巻きがばらまいてる奴だろうと。後は、アクセサリーか何か貰ったような。やっぱり、相手を間違えてるとか、取り巻きを喜ばせるためのばらまき用だと思って、欲しがる奴にやったような気がする。
 懸命に記憶を掘ってみれば、俺みたいなはみ出し者にも目をかけようとするなんて、奇特な奴だなぁ。と、幾らかも判らない小さな宝石の付いたピアスや、銀細工が施された指輪や腕輪、革紐を組んで作られた装飾品を眺めていた。気がする。
 掘り返した記憶を、ぽつぽつ伝えてみれば、一見笑顔に見えるが、目を見開いた、驚愕と困惑が入り混じった表情と言えばいいだろうか。ライナーは一歩後ろによろめいて、背中にロッカーが当たるとそのまま頭を抱えてしゃがみ込んだ。あれはブランド物の。などとぶつぶつ聞こえる。
「って事は、僕との事も無意識で、本当に覚えてないんだ」
「悪いがさっぱりだ」
 そもそも、ベルトルトとまともな会話をした記憶がない。掘り返した記憶の中でも、随分と背が高く、愛想のいい取り巻きだな。程度だ。
「自販機の前でライナーが皆と一緒に居てさ、僕も近くに居たんだけど、皆ライナー目当てだから、当然だけど僕には目もくれないし、暇だなー。帰ろっかな。って考えてたら、ジャンが僕に……、『これやる』って迷わず手に持ってたコーヒーを『僕に』くれて、あれ結構感動したんだけど……、覚えてないんだ……」
 ベルトルトの思い出話に引っかかる記憶が一つだけあった。ライナーと取り巻きが邪魔くせぇな。と、思いながらカフェオレを買おうとしたら、出てきたのは何故かブラックコーヒーで、ブラックが飲めない俺は、偶々一番近くに居た奴に、そのコーヒーを押し付けて、別の飲料を買った。特に意識してやった訳でもない。今回は思い出せたが、言われても思い出せるかどうか怪しいほどの些細なものだ。
「お前、それで俺にあんな事をしたってのか?その程度で?」
「切っ掛けなんて単純なものじゃないかな」
「それは解るけど……」
 誰かを気になりだすきっかけは確かに些細なものばかりだ。
 俺だって、ゴスファッションが目立つミカサが気になりだしたのも、可愛いなとか、自分を貫いてて凄い。から、少しずつ彼女を知って、芯の強いいい女だ。可愛い所も沢山ある。そうやって惹かれていった。つい最近、完全に失恋したが。
 理由は納得はしないまでも、理解はした。『一応』、一応だ。俺を好んでいるらしい。昨日のものは様々な試行錯誤でアピールしても、見いだせない成果からの焦りと、欲望が暴走した結果。背中に在るベルトルトの体温に居心地の悪さを感じながら、二人を見比べる。ライナーは人の帽子を被ってしゃがみ込んだまま顔を覆って、恐らくだが、考えていた以上に伝わっていない想い、俺への贈り物のつもりが、どことも知れない誰かに渡っていた失望感に苛まれているんだろう。それに関しては素直に申し訳ないと思った。鑑みるに、ライナーは意外に繊細で、ベルトルトは意外に逞しい。変な気分だ。
「お前らの気持ちは分かった、分かったから服返して、俺自身も帰らせてくれねぇかな。関わりたくない」
「駄目だよ」
「駄目だな」
「お前らは失恋したんだよ。諦めろ、解散だ、解散」
 考えるのが嫌になってきた。こっちが嫌だと言ってるんだ。ゲイである事は、どうこうと言うつもりはない、流布すれば自分の恥を晒すだけ、しでかした事は全部、忘れてやるから俺を平穏な日常に返してくれ。
「お前を、俺等のもんにしたい」
 落ち着いて、少し気分が盛り返したのか、未だ半裸のライナーが俺の頭を撫でながら言う。帽子返せ。
「はぁ?ふざけんなよ。俺は物じゃねぇよ」
「そう言う事じゃない。使われるだけの消耗品とか、所有物になれって意味じゃなくて、互いに受け入れる存在になって欲しいって事だよ」
 だから昨日のあれも受け入れろと。ぶっ飛び過ぎだ。待てよ。そりゃもう楽しそうに笑ってたなそういや。
 どやどやと、遠くから足音や人の声。
 ライナーが扉に顔を向け、やっと帽子を返してくれて、ついでの如く唇を奪われた。
「なっ……!」
「おぉ、いい反応だな」
 にやつくライナーに、飛び掛かろうとしたが、緩く抱きかかえていただけのベルトルトが羽交い絞めにしてきた。
「離せよ!」
「駄目だって。そう言う初心な反応も可愛いけどさ」
「ふざけんな、俺で遊ぶのもいい加減にしろよ!」
「伝わらねぇなぁ……」
 俺が吠えるとライナーが苦笑し、ベルトルトの抱き締める力が強くなる。解こうとしてみるが、びくともしない。アメフト部の連中が戻ってきて、汗臭い。
「お、ライナー、やっと野良猫捕まえたのか?」
「ベルトルトが専用の捕獲機みてぇだな」
 仲間が口々に告げる言葉に、ライナーが俺にアピールしていたのは周知の事実だったらしい事を知る。
「今日はピアスもしてないし、随分と大人しい格好だな。もう調教済みか?」
 汗臭い筋肉ダルマが俺に触ろうとすると、やんわりとベルトルトが手を払いのけた。ライナーの時は一切、妨害する様子はなかったにもかかわらず。
「触っちゃ駄目だよ」
「はは、野良猫に番犬つきとは、厳重な警備だな」
「当然だろ?他人に奪われたくないものは大事に囲って保護しておくもんだ」
 言葉短く、ベルトルトが告げ、当然とばかりに持論を口にするライナー。筋肉ダルマはこめかみを掻きながら空笑いをして自分のロッカーへ向かっていった。
「今日は帰してあげる、でも、これからは僕等の事、無視しないでくれると嬉しいな」
 こそりと小さくベルトルトが告げる。上からなのが腹が立つが、従っておく方が得策だろう。
 もう状況を一度整理してみよう。
 ライナーと、ベルトルトは、どうやら俺に興味があるらしい。
 ベルトルトは、ライナーが俺に手を出しても、妨害しない。寧ろ許容している。
 ライナーも、ベルトルトが俺に抱き着いてようが、気にしていない。寧ろ許容している。
 『僕等』『俺等』と言ったか?何故に複数形?清い男女交際を思い浮かべて見ろ、恋人とは、二人で仲睦まじく、情を育んでいくものではなかろうか。人気のある人間。例えば目の前のジョックであるライナーであれば、複数の人間から好感を持たれ、同時に愛の告白を受ける事もあるだろう。その際は、どちらとも断るか、片方を受け入れるか。俺の知ってる恋愛はそれだ。だが、二人の科白を反芻し、導き出される答えは、どう考えても、不道徳な結果がもたらされる。
 思い返してみろ、昨日も、今日も、どちらかを選べと言われたか?同時にアピールして、そしてお互いの存在を許容している。
「ほら、服と靴。紙袋に入れておいたから持って帰っていいぞ」
 いつの間にか着替えを終えたライナーに、紙袋を渡され、思考が纏まらない内に背中を押されながら汗臭いロッカールームから出ていく。
「バッドボーイの格好もいいが、出来れば学校に来る時もそういう格好にしないか?」
「僕はどっちでも好きだよ。どっちも可愛いもの」
「そりゃ同意だがな、あぁいう格好だとやっぱり悪目立ちするし、わざわざ他の奴に取られるような要素は残したくねぇな」
「俺は、ゲームの景品じゃねぇんだよ。取るの取られるの……」
 話にならない会話。疲れる。本当に一個の人間として俺が気に入ってるのか?ただの玩具の間違いだろ?他人に好かれるのが当たり前だと、ここまで無神経になるのか?精神的疲労が本当に酷い。マルコに会って癒されたい。昨日だって、マルコが来て、二人は来なかった。好きなら、多分、探して誤解を必死で解こうとするだろう?だから、きっとその程度の気持ちなんだ。遊び半分なんだ。言葉に誤魔化されてはいけない。騙されてはいけない。こいつ等は糞だ。流されるな、忘れるな俺。
 両脇を巨漢に固められ、肩や腰に回された手に不快感を覚えながら、俺はいつまでも、逃げる機会を窺っていた。
 余談にはなるが、昨日、賭けに負けた事、俺への罰ゲームの話を聞いたマルコが、食堂を出る際には鬼の形相であり、怒りも露わに語気を強めて怒っていたため、あまりにも恐ろしくて誰も止められず、ライナーやベルトルト、及び俺の安否が気遣われていた。とマルコと共通の友人である、パソコンオタクのアルミンから伝え聞いてたまげた。普段は穏やで、優し過ぎて心配になるほどの奴なんだけどな。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 糞みたいな最悪な目に遭った。
 一日を振り返り、盛大に溜息を吐く。
 アルバイトを終えて自宅に帰り、ライナー達に渡された紙袋の中身をベッドに広げると、あれ?と、俺は首を傾げた。
 ロッカーの鍵は早々にポケットから出したものの、馬鹿二人のお陰で着替える時間も無くなって不必要なものは仕舞い込んだままのはず。アルバイト先でも開きはせず、家に持ち帰ったのだから中身を落とすような事はなかったはずだった。
 スマートフォンが見当たらない。
 ポケットの中、靴の中、袋の中をひっくり返しても出てこない。出て来たのはズボンのポケットから一枚の紙切れのみ。
 『スマートフォンを返して欲しかったら明日俺の家に来い。ライナー』
 一発くらい、いや、半殺しにするくらい殴っても赦されるよなこれ。出来る気がしないけど。
「ジャン、お母さん明日ちょっと早く出ないといけないから、朝ご飯自分でして欲しいんだけど」
「ババア!ノックくらいしろよ……!」
 唐突な母親の襲撃に驚いて、心臓がばくばく鳴って煩く、咄嗟に悪態を吐いてしまった。
「はいはい、大丈夫なの?大丈夫じゃないの?」
 苦情はさらりといなされ、確認をとられる。
「別に朝飯くらい自分でするよ。つーか、今からサンドイッチでも作っといてやるから明日はそれ食ってけば」
「おや、そうかい?」
 紙をぐしゃぐしゃに丸め、ゴミ箱に抛ると台所に行き、母親と自分の分の朝食を作る。母子家庭だからこんなものは慣れたものだ。
「明日はバイトねぇけど……。もしかしたら遅くなるかもだから飯要らない」
「そう?マルコ君と映画でも行くの?」
「うん、まぁ……、決定じゃないんだけど」
 ふぅん。と、母親は鼻を鳴らし、納得したのかしていないのか解り辛い返事をして自分の部屋に入って行った。それと見届けてから、俺は茹で上がった玉子を玉子サンドにして、もう一つはパンにバターを塗ってハムレタスサンドにしておいた。
 明日が憂鬱でならないが、嫌な事は早く終わらせた方がいい。
 意気込みながら風呂に入り、髪をしっかり乾かしてからベッドに入る。
 最悪、股間を蹴り上げてやれば懲りるかな。
 あれやこれやと問答や行動の予測を何種類も立て、頭の中で考えながら明日を待ち構えた。
   ◆ ◇ ◆ ◇
 学校は平穏そのもの。
 余計なちょっかいをかけられる事はなく、授業も滞りなく進み、放課後になった。俺の居る教室にデカブツが二体が襲来するまで、本当に平和だった。
「ようジャン、行こうか」
 教室がざわざわ煩い。
 俺がジョックの機嫌を損ねて、制裁を食らうんだ。なんて言ってるのが聞こえる。寧ろ俺の機嫌を損ねたのはこいつ等の方だ。
「ちゃんと返せよ」
「勿論」
 今度はベルトルトが返事をする。
 二人は問題なく意思疎通を図っているが、俺は蚊帳の外。
 早急に解放されたい。一緒に行きたくない。しかし、学費や雑費で母親に負担をかけないように懸命にアルバイトをして少しずつ溜めた金で買った物を奪われたままにしておきたくはなかった。
 ライナーの自宅はそれなりに大きく、良い家庭に思えた。
 両親は共働きで不在がちらしく、ライナーの取り巻きの溜まり場にもなっているようだった。親からすれば迷惑な話だろうな。と、感じた。
「ほら、来たんだから返せよ」
 玄関先で手を出し、スマートフォンの返還を要求する。
「そう急ぐなよ。コーヒーの一杯でも飲んでいくといい」
 飽くまでライナーは飄々として、廊下を通り、ダイニングのソファーに俺を座らせると台所に入って行った。
「今日はいつも通りの格好なんだね?」
「うるせぇな、俺がどんな格好しようと俺の自由だろ」
 当然のように隣に座ったベルトルトから顔を背け、あからさまな嫌味を言った。早く帰りたい。俺の頭にはそれしかなかった。
「ほらコーヒーが入ったぞ。苛々しないで落ち着け」
「お前等が居る所で落ち着けるか⁉確かに、アクセとか、招待状の件は俺が悪かったよ!それは認める。けどな、あんな事する前に話し合いとかあるだろ⁉何でそう極端なんだお前等!」
 二人に犬のように噛みつき、唸り立てる。受け入れて貰えなかったから苛めてやろう。なんてどんな最低な思考回路をしていれば出来るのか。
「お茶なんていいからスマホ返せよ。安もんだけど自分て買った大事なもんなんだから」
 玄関先でやったように、手を出せば、そこに皿に乗ったコーヒー入りのティーカップを渡された。そうじゃねぇ。
「いや、スマホ……」
 渡されたものは香ばしい匂いを鼻腔に届けてくるが、俺はブラックは飲めない。だから、学校内の自販機でカフェオレを買ったのに、何故かブラックが出て落胆した記憶が残っていたからベルトルトに渡した事も思い出せた。
 恐らく、業者が入れ間違えたんだろうが、ブラックでなければ偶々、近くに居たベルトルトに渡していないし、あんな目にも遭わなかったんだと考えれば、少々業者が憎らしい。あるいは、そもそも俺がブラックを愛飲していれば良かった。
 渡されたコーヒーを恨めし気に眺めていれば、ライナーが牛乳とスティックシュガーを持って来て目の前のローテーブルに置いてくれた。
「ありがと」
「ブラック駄目なのか?」
「そうだよ。あのな、別に好意で渡した訳じゃなくて、嫌いなもんを処分したかっただけ。お前等がどんだけ俺を美化してんのか知らねぇけどさ」
 事実と考えを二人に、はっきりと告げてやる。
 今回の事は、俺が要らないときちんと言わずに貰い物を他人に渡したり、無視していた意識の軽さが遠因でもあるからだ。やった事は赦せないにしろ、全てが二人のせいには出来なかった。
 わざわざ俺のために選んでくれた物を無下に扱った事。パーティで話もせずに抜けて悪かったと謝罪する。
「そうだったんだ。まぁ、切っ掛けは飽くまで切っ掛けに過ぎないから、好きになった気持ちとは関係ないんじゃないかな?」
「んー……、好きで居てくれるのは嬉しいぜ?嬉しいけどさ、何で素直に友達になろうとか言わねぇで回りくどい真似したんだよ……」
 ベルトルトに切っ掛けは勘違いでも、抱いた気持ちは関係ないと言い切られてしまった。
 言い分は確かにそうなんだが、パーティにしても、贈り物にしても人を使わず、友人になって好意として渡されれば行動はもっと違ったものになっていた可能性も否めない。好いてくれていたなら何故。との疑問はあった。
「今でこそ共同戦線だけど、最初は同じ人に興味持ったから。って事で、お互いに妨害し合ってたんだよね。先にジャンに気に入られた方が勝ちみたいな感じで」
「は?馬鹿じゃねぇのお前等。勝手に人を景品にすんじゃねぇよ」
「耳が痛いね」
「コーヒーが冷めるから飲んだらどうだ?」
 ベルトルトが俺の嫌味を躱し、向かい側にある一人掛け用のソファーに座りながらライナーがコーヒーを勧めてくる。直ぐには帰してくれなさそうな気配を感じて砂糖を入れ、溢れない程度にカップに牛乳を注いで苦みを柔らかくしてから口をつける。
「美味いな」
「気に入ってくれて何よりだ」
 熱かったコーヒーは牛乳で程好く冷え、口当たりも良くなったため飲み易い。コーヒーで口を十分に潤してから、
「言っとくけど、殊勝な事言っても俺は誤魔化されねぇからな。揃って嫌がらせとか、頭湧いてんじゃねぇのか」
「嫌がらせじゃないよ」
「嫌がらせじゃねぇ」
 異口同音の科白が同時にもたらされ、圧に身を反らす。
「二人して振り向いて貰えなくて、強引にでもものにしようと酷い事したのは認める」
「そして反省しろ。馬鹿野郎」
 自分の行いを棚に上げ、ライナーに対して傲岸不遜と言ってもいいほどの態度を取り、鼻を鳴らして踏ん反り返った。反省された所で、どちらにしろ好感度は地に落ちるどころか、マントルまで達している。多少の揺れはあれどプラスに転じる事は今後ないだろう。
「お前等の言い分は解ったから、いい加減、スマホ返せっつの。言い訳も聞いたし、コーヒーも飲んでやっただろ」
 空になったカップをテーブルに置き、ベルトルトとライナーへ要求する。こいつらは、はっきり言わないと駄目なんだと学習したばかりだ。弱みを見せたら碌でもない方向へ調子づくとも。
「どうしても俺等を受け入れてはくれないか?」
「何で受け入れて貰えると思ったか逆に訊きてぇよ」
「そう……」
 落胆したようなベルトルトの声、俯くライナー。これは俺が悪者なのか。
 無駄にちくりと胸が疼いたが、この件に関しては俺は弱気になるつもりはなく、絶対にならない。無視された意趣返しとは言え、罰ゲームにかこつけて、人に何をしたのか忘れたのか。思い出すのも悍ましい行為だ。
「仕方ないな」
「最初から素直に出せよ」
 俺のスマートフォンはライナーではなく、ベルトルトの鞄から出て来た。
 黒い簡素なケースに灰色のラインストーンを砕き、牡丹と言う花の装飾を自分で施してレジンで表面をコーティングしたものだ。マルコと一緒に制作した御揃いの物だから大事。と、言う理由もあったが、二人に教える義理はない。
 スマートフォンを受け取り、傷や汚れがない事を確認し、自分の鞄に直し込む。
「じゃ、もう二度と関わらないでくれ。俺もお前等には今後、一切関わらない。お互い残り少ない学校生活を平和に過ごそうぜ?」
 俺は手をひらつかせ、顧みる事なく真っ直ぐに玄関に向かおうとした。したはずが、ソファーから立ち上がった瞬間、かくん。と、膝が落ちてソファーに逆戻りした上に、再度立ち上がろうとしても力が上手く入らなかった。視界も妙に揺れている。
「残念だな」
「想定の範囲内でしょ」
「まぁな」
 徐々に目の前が揺らめきが酷くなり、耳が詰まったようで二人の声が上手く聞き取れなかった。
「な、あ……」
 舌も痺れたように上手く動かない。
 ライナーに横抱きにされ、揺れながら移動する。なんだこれ。
「入れたの?」
「ダウン系の奴とあとちょっとな」
「依存とか大丈夫?」
「軽いのだし、大して入れてねぇから問題ないだろ。悪ぶってる割に耐性なさそうだから、少しでも良く効いたみたいだ」
 わんわんと響く声が、碌でもない会話をしている事だけは理解した。
 どこまで最低な連中なんだこいつらは。
 そこからは良く覚えていない。
 朦朧とする意識の中で、二人がかりで碌でもない事をされたとだけ認識した。
   ◆ ◇ ◆ ◇
「よぉ、ジャン、今日俺んち来ないか?」
「バイトあるから無理」
「じゃあ、明日は?」
「バイト」
「毎日休まず働いてるのか?」
 学校を終えた放課後、人気のない敷地内の一角でライナーとベルトルトに捕まってしまい、忌々し気に表情を歪めた。あの最悪に最悪が重なった日以降、二人を避け、誘いはアルバイトを理由に何度も断り続けていた。
 行けば碌でもない事になるのは明白だ。誰が行くもんか。
「今忙しい時期だから……」
 ふい。と、馴れ馴れしく肩を組んでくるライナーの腕の中から逃げ、前方に立つベルトルトと視線を合わせないように俯く。
「そう?忙しいんだ。じゃあ元気になるいいもの上げる」
 ベルトルトが渡してきたのは掌ほどの一枚の封筒。
 手紙などを入れる、ごく普通の白い便箋入れだ。
 訝しみながらも、開けて中身を確認すれば唇が戦慄き、嫌な汗が肌に浮き上がる。
「ずっとアルバイトなら仕方ないけど、無理しないようにね」
 封筒ごと中身を握り潰し、歯噛みして穏やかに笑いかけるベルトルトを睨め上げた。
「来なきゃ、ばらまくとでも……」
「さぁ、どうかな?」
 意味深な言い回しで笑うベルトルトの頬を張ってやろうとしたが、後ろから伸びて来たライナーの手に掴まれた。
「で、実際、バイトの予定は?」
 ベルトルトがライナーと同じ質問をする。
 口調も表情も至って穏やかで、一見すれば今正に、他人を脅しているなどとは一切、思えないだろう。
 自分は母子家庭で、アルバイトを妨害されると本当に困ってしまう。との事実を交えた説得に耳を傾けてくれた時は逃れられるかとの淡い期待も抱いたが、二人のしつこさは尋常ではなく、挙句の果てに俺が犯されている姿を撮った写真で脅迫をしてくる始末だ。
 封筒を持った手を更に強く握り締め潰していく。
「今日は本当、明日は休み……」
「じゃあ、明日な」
 ライナーがにや。と、笑い、頭を一撫でしてから、ベルトルトを伴いグラウンドに向かって行く。こそこそと帰る俺を目敏く見つけ、追いかけてきたようだ。訳の解らない執着ぶりで、頭が痛い。
 学園の王様、その側近である自分達を無視した存在がそんなに腹立たしかったのか。三年であるライナーが卒業しても、まだベルトルトが居る。独りになったからとて、ちょっかいを止めるとは思えない。吐きそうだ。
 ぴぴ。と、スマートフォンのアラームが鳴り、アルバイトへ行く時間を示していた。重い体を引き摺りながら目的地へ足を進めていく。明日には、二人の気が変わってターゲットから外れない物かと願いながら。

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