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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

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不良少年の憂鬱

・2017年06月29日くらいに書いたの
・21~22巻のスクールカーストの奴
・尋常じゃなく口が悪いジャン
・マイナス思考強め
・山奥が大っ嫌い
・でも、山奥ジャン
・山奥は伝え方を大間違いしているし、ジャンが山奥に興味なさ過ぎて総スルー
・糖度1%も無いです。ラブラブせっせも無いです。強引せっせも無いです。
好感度+10(まぁ、何となく知ってるよくらいの認識
好感度-80(二度と面見せるな、あわよくばどっか行け
好感度-50(寄るな、触るな、近寄るな
な、ジャン君です。

 最悪。
 その二文字しか頭には浮かばない。
 嵌められた。とも思った。
 昼食を取りに、学園内の食堂に行くと、やたら騒がしい一角があり、人の山が出来ていた。
 小洒落たカフェテラスではなく、長方形の机と、簡素なパイプ椅子が並べられただけの食堂で、騒いでいるのは珍しい。机を挟み、左右に分かれて立ち並ぶ人の群れの中心にはアメリカンフットボール部のリーダーであり、学園のキングでもあるジョック様、並びにその取り巻き達がゲームをやっていた。コインを積むだけの、どこでも出来る簡単なゲームだ。何となく遠巻きに眺めていた俺に気づいたらしいジョック様こと、ライナーに声をかけられ、手招かれた。
 ゲームに勝てばジョック様が直々に昼飯を奢ってくれる。そんな謳い文句に釣られて乗ったのがいけなかった。結果は、『最悪』だ。最初は順調だった。神経を研ぎ澄まし一ミリ以上のずれなく重ねられていくコイン。皆が固唾を呑んで見守る中、まだ安定感のある二十枚を超えた辺りから、不穏な空気が漂ってきた。
 ライナーが、わざとコインをずらしながら重ね始めたのだ。
 早く決着をつけるため、かつ先手を打つことで動揺を誘う作戦だろう。そのまま重ねて行けば崩れるのは明白。バランスをとるために、俺もずらしながら置き始めた。次第に不安定になっていくコインの塔。取り巻きも静かなものだ、コインが触れ合う音と、自らの息遣いだけが耳に届く。
 積み上げられていくコインは四十枚を超え、最早、指先が触れただけでも崩れそうになるほど安定を欠いていた。ライナーがコインを置けば微かに揺れて、ささやかなざわめく声、揺れが収まって止まれば俺の心臓の鼓動が早くなる。息をするのすら躊躇われる緊張。四十二枚目。息を止め、テーブルを抑え付けるように手をつき、神経を指先に集中して重ねようとした。
 瞬間、微かにテーブルが揺れた。
 本当に微かにだ。俺の手がテーブルを抑えるように、張り付いてなければ感じ取れなかったかも知れないほど微弱な振動。勝算はあった。不安定ながらもコインの塔は均衡を保ち、あと一枚くらいは確実に置けた。そうして、俺の勝利が確定するはずだったのだ。だが、その微弱な振動と、俺が触れる瞬間が重なった事で、塔は脆く崩れ去ってしまった。コインの群れは、テーブルに、お互いにぶつかり合いながら激しい金属音を立てて転がり落ちていく。
 摘まんでいたコインを握り込み、対戦者の様子を伺えば、ライナーは腕を組んで見守っていた。長机には触れていない。長机の脚を蹴れば音がする。ならば取り巻きの誰か。周囲を探るように睨みつける。勝負に水を差しやがったのは誰だ。
「ジャン、周りを睨んだってお前の負けは決定したんだぜ。さて、罰ゲーム何にするかな」
 にや、と勝ち誇った笑みを浮かべるライナーの科白に、犯人探しをしていた俺は、弾かれたように向き直った。
「は……、罰ゲーム何て聞いてねぇぞ!?」
 俺が焦った声を出すと、取り巻きがどっと笑いだす。
 揺らした犯人を見つけるどころではなくなってしまった。
「ただ勝負するだけで、飯のタダ券が手に入ると思ったのかよ。バッドボーイなんざ気取ってる割りに甘いな、ジャン」
 ライナーが何かを言えば、取り巻き共が笑い、同意し、肯定の科白を吐く。全く、実に教育が行き届いていて胸糞が悪い。
「……あぁ、解ったよ。負けたのは事実だからな、で、何すりゃいいんですかねジョック様。逆に飯でも奢ればいいのかよ?」
 犯人は解らず、また、故意に妨害、負けを誘った証拠もない。そもそも、感じ取った振動が気のせいの可能性だってある。ここでいかさまだと喚いて有耶無耶にするのは簡単だが、自身の大して良くない評判でも、それこそ地に落ち、取り巻き連中の反感を買い、面倒ごとに発展する可能性もあるため、ここは従った方が得策と俺の頭は算段をつけた。
「そうだなぁ。実はあまり考えていなかったんだが……」
「じゃあ、あんたの分の飯を奢る。それでいいだろ。面倒なのは止めてくれよ」
 こめかみを指先で掻きつつ、考え込んでいるライナーを藪睨みしながら、手を翻すようにひらつかせ、変な要求は止めてくれと願いを含ませる。それがどこまで通じたかは不明だが、ふむ。と一つ呻って、何かを思いついたようだった。
「そうだ。お前、チアの衣装来てみろよ」
「はっ⁉」
 あまりにも露骨で予想外な嫌がらせに、反射的に、大きな声で噛みつくような声が漏れた。
 軽く唇を噛み、今更口を塞いだって遅い。わざとらしく舌を打つ音を響かせ、鼻で笑って見せる。
「なんてっこった、野郎に女装させるような高尚な御趣味があったとは、流石はジョック様だよな?ははっ、とんだ変態だ」
 胸を、顔を反らし、これでもかと嘲りを含んだ科白を発すると、ひそひそとざわめく声が耳に障る。本当に、何て要求をしてくれてるんだ。流石に、取り巻き連中も引いている奴が居るようだった。
「本人にとって嫌なものでないと罰にならないだろう?お前にとって、何が一番いい嫌がらせかってのを考えてみたんだが、どうだ?お前、結構『男らしい』ってのに拘ってるよな?」
 ライナーが理由を述べれば、称賛の声がが上がる。確かにそうだ。いい嫌がらせだ。鬱陶しい声に睨みを利かせてみても、ジョック様の後ろ盾があるとあって、誰もが俺の視線などものともせず、寧ろ嫌がれば嫌がるほど嘲笑の対象になるだろう。
 ライナーに視線をやり、がり。と、歯噛みする。その余裕ぶった面をぶん殴ってやりたい。女も男も媚びを売るように、素晴らしい発案だと持ち上げ、更にライナーを調子づかせている。
「そうと決まれば、来いよ」
 ライナーが椅子から立ち上がれば人の群れが左右に割れていく。
 指を動かし、犬を呼ぶように俺を呼ぶ横柄な姿。何ともジョック様『らしい』振る舞いだ。大儀そうに立ち上がり、不満だと示すように椅子を蹴り転がしてから後ろを歩く。本当に何考えてんだこいつ。野郎に女装をさせて取り巻きに嗤わせるような悪趣味があったとは。
「おい、お前、本気かよ」
「本気だぞ。ま、別にそれで学校中をうろつけとは言わねぇよ」
 からからと実に機嫌良く笑う。俺の後ろにはライナーのパシリであるメッセンジャーのベルトルトまで居るため、反故にして逃げようとしても無駄だ。ジョックの権力を笠に着て、苛めや、理不尽な真似をするような噂もなく、また見た事もない。デリカシーは少々足りないようだが、珍しく人間の出来た奴がジョックになったものだと感じていただけに、どこか裏切られたような気分にもなり、ファラオジャケットのポケットに手突っ込んだまま、不機嫌も露わにだらだら歩いて着いていく。
 前後を巨漢に挟まれ、人の視線を感じながら廊下を歩いていると、チアリーディング部のリーダーであり、学園のクイーンビーであるクリスタがライナーに話しかけ、紙袋を手渡した。会話は短く挨拶と、これ。ありがとう。たったそれだけ。
「何かクリスタに頼んでたのか?」
 誰かが気を利かせて、クリスタに用意してくれるよう頼みに走ったのか。余計な事をする駄犬が居るものだ。
「気にすんな」
 また、舌打ちをしたい気分になったが、小さく溜息を吐くだけに留めた。本気で嫌だ。逃げ出したい。幼い頃に苛められた記憶が蘇ってきて吐きそうだ。
「ほら、早く入れよ」
 入るように促されたのはアメリカンフットボールの部員が入り浸っている汗臭い更衣室だ。廊下側に開く扉を解放し、手招いているライナーを無視するように入るのを渋っていると、背中をそっとベルトルトの手が触る。押したりはしていない。ただ、逃がさないという意志を持った手だと言う事だけは判断出来た。拒んで踵を返した瞬間、背中にある大きな手は俺を掴みに来るんだろう。
「どうした?びびったか?」
 ベルトルトの背中を支える手、ライナーによる子供のような挑発。傍目には逃げられそうであるのに、逃げないのは挑発されたから。そんな言い訳を残してくれるのは優しさかと感じてしまう辺り、言われた通り、俺は随分と甘いらしい。ともすれば、周囲に屈辱的な罰ゲームを宣告しはしたが、ライナーが思い描く罰は、更衣室に入るまでで、女装に関しては自分が確認して無事終了した。と周囲に伝達してくれるかも知れない。
 希望的観測は膨れ上がり、そうっと部室内に足を踏み入れる。三歩ほど歩けば、後ろから扉の締まる音。続いて聞こえたかちりと小さな金属音は鍵をかけたのか。
 更衣室の中は、明り取りや、換気のための曇り硝子の窓があるのみで、薄暗い。
「女装しろって言っときながら、汗くせぇ更衣室に連れてきて一体何すんだよ。それとも、もう罰ゲームは終了で帰してくれんのか?いい加減、腹も空いてんだけど」
 ライナーとのゲームに興じていたお陰で、俺は昼食を取り損ねている。終わりならさっさと解放して欲しい。こんな部屋にチアの衣装なんてないだろう。『あぁ、罰ゲームは終わりだ、良く我慢したな』と、言って欲しくて、俺はライナーに問いかけた。
 しかし、望んだ返答はなく、伸びてくる無骨な手、セットしていた髪をばらし、上げていた髪が下される。
「何すんだよ……!」
「心配しなくても、ちゃんとあるから安心しろ」
 そもそも心配などしていないし、どこに安心する要素があるのか。
 眉を顰め、訝しむとライナーの手が紙袋の中へと突っ込まれ、中からピンク色のチアの衣装が出てきて俺は目を丸くした。ゲームが終了してから直ぐに移動して、誰かに持ってくるように伝えていた様子はなかった。やはり、ジョック様を喜ばせようと、誰かが余計な気を利かせたのか。最悪。
「ほら、さっさと脱いで着替えろ」
 チアの衣装が入った紙袋ごと渡され、死刑宣告をされた気分だ。
 後ろにはベルトルトが門番宜しく、出入り口の前に立ち、聞き間違いでなければ鍵も締まっている。
「ほ、んとうに……悪趣味が過ぎねぇか……。ほら、俺、お前らと並んだら判りづれぇとはだろうがよ、流石に女よりはがたいはいいぜ?入らない……んじゃ、ねぇかな、と……」
 本気か。声は掠れ、笑おうとして口元が引き攣って失敗した。
「サイズは大丈夫だ。自分で脱ぐのが恥ずかしいんなら、俺が脱がしてやろうか?」
 冷汗を流し、生唾を呑み込む俺とは違って、楽しそうな声色。忌々し気に見やっても、それは変わらない。
「そういう怯えた表情も可愛いな」
 セットが崩れ、耳に掛かった髪を手櫛で梳いた。可愛いとか頭可笑しいんじゃねぇか。毒吐く内なる声は止まらない。先程の言葉を信用するなら、この更衣室内で着替えたら終わり。何のために。
「何で、こんなの着なきゃいけねぇんだよ!」
「罰ゲーム」
「それが納得出来ねぇっつってんだよ。罰ゲームって要するに人に恥をかかせるためにやるもんだろうが、ここで着替えて終わりならやる意味ねぇだろ」
 二人が暴力に訴えてきたら終わりだが、今の所、そんな雰囲気はない。ならば。と、真意を問い質すべく、懸命に頭も口も回して、回避方法も考える。
「そうだなぁ、第一に、俺が見たいってのがあるな」
「はぁ?」
「聞こえなかったか?俺が見たい。着方が解らないなら手伝ってやろうか?」
 違う、理解が追い付かなかったんだ。同じ科白を繰り返して笑うライナーの顔を、まじまじと見詰める。着替えを急かす行動を見るに、性質の悪い冗談。でも、なさそうだ。
「着ればいいんだろ……」
 観衆が見守る食堂での出来事だ、万が一、外に出なくていいは嘘で、着た状態で外に放り出されたとしても、チアの格好をしている俺を見て、揶揄る奴は居ても不思議がる者は居ないだろう。ジョック様の気紛れの罰ゲーム。ただそれだけだ。それだけで終わる『はず』。
 二人が見守る、いや、見張る中、更衣室の中に設置された青いプラスチックの安っぽいベンチにファラオジャケット、下に着ていた緩めのタンクトップを適当に畳んで置くと、紙袋に入っているチアの衣装を汚いものを摘まむような手つきで持った。衣装は上下に分かれており、上が肩紐にくっついた胸部から背中を囲む伸縮性の高い生地で出来たインナー。筒状になった衣装を着れば、ぴったりと胸の部分は密着しつつも動きの邪魔にならないようにするためか、腰回りには余裕がある。胸元に挟まった細い鎖で出来たネックレス。それに通した小ぶりの指輪を服の中から引きずり出し、それも外すべきか悩んで、ちらりとライナーを顧みる。
「その指輪……、違うな。誰かから貰ったのか?」
「あ?俺が自分で真っ当に稼いで買ったんだよ、文句あんのか」
 如何を問う前に、誰かから金を巻き上げて買ったアクセサリーとでも思われたのか、鎖が千切れるほどではないにしろ、ライナーが指輪を摘まんで裏や表の細工を見て呻っている。自分で買った装飾品を身に着けて何が悪い。知り合いの所とは言え、アルバイトをして働いて手に入れた金で買ったのだから疚しい所は一つもない。
 ライナーの手が耳に触れ、耳につけたピアスやカフスを見ている。
「持ってるのはこれだけか?」
「全部、自分で買った奴だって言ってんだろうが」
 如何なる罪を咎められているのか、意味が解らない事ばかりだ。苛々する。ライナーの手を払いのけ、むすりと口元を歪ませて睨め上げた。
「盗んだと疑ってるんじゃない。今持っているアクセサリー以外、本当に持ってないのか?と、訊いているんだ」
「ねぇよ。気に入ったから寄越せとでも言いてぇのか?」
「そうじゃねぇ……!」
 互いに荒っぽい口調になり、言い争いになりかけたものの、ライナーが口を噤み、怪訝な表情で考え込む素振りを見せ、ベルトルトの側に行ってひそひそ話している。もしや、逃げる好機か。
 更衣室を見回し、窓を注視した。鍵は簡単な引き寄せ錠。男が簡単に通れる程度には大きい。二人の気が逸れている間に逃げられない事もない。足音を忍ばせ、窓の方へ寄ろうとすれば、
「どこ行くの?」
 ベルトルトの声に引き留められ、驚き、大仰に体が跳ねた。
 ライナーと話しているように見えて、しっかりとこちらにも注意を払っていたようで、振り返るとばっちりと視線が絡み合い、俺はたじろいだ。黒い、垂れ眼勝ちの大きな眼。緩やかに目を細め、俺に微笑みかけてくるが、嬉しくもなんともない。寧ろ怖い。あいつは、本当に噂に聞くような、ただライナーの後ろをついて回るしか能のない男か?下手したら、ライナーよりも敵に回したら危ないのでは。
 ベルトルトの一見柔らかそうでいて、ねちっこく絡みつくような視線に硬直していると、ライナーが近づいてくる。一瞬、息が詰まり、冷汗が噴出したが、俺の横を素通りし、紙袋の中に手を突っ込んでスカートを渡してきた。
 一歩離れ、窓の側へと移動すると腰の所で何かを止める動作。
 逃げ道を塞ぎ。さっさとスカートを履けと言いたいのか。まだ、こんな茶番をやるつもりか。野郎の着替えを見て何が楽しいんだ。スカートに皺が寄るほど握り締め、心の中で毒吐きながら、さっさと帰るためだと自分を無理矢理納得させ、スカートを着けた。もう一度、ライナーを見る。視線は俺の足に注がれており、一言だけ口を開いた。
「紙袋の中に靴も入ってるぞ」
 解っていたが、本当に俺に女装をさせたいらしい。何考えてんだ、この王様は。
 袋を覗けば、箱が入っており、開けると中には足首を固定するストラップが付いたハイヒールが詰まっていた。ヒールの高さは五センチほど。じっと見詰めて自分の記憶を探ってみる。可笑しい。クリスタ達が履いていたのはピンクのスニーカーだった気がする。
「間違えてねぇかこれ?」
 片方だけハイヒールを持って揺らすと、間違えていない。との事だった。どう考えても可笑しい。動きが激しいチアの衣装でハイヒール、脚を挫きそうだ。中を見るに箱以外は靴下らしいものもない、素足で履けと。
 何にせよ、完全に着てしまわないと終わらない。観念するしかない。
 ベンチに腰を下ろし、ブーツを脱ぐと一気に足元が頼りなくなった。打ちっぱなしのコンクリートの床はひんやりと冷たく足裏から体温を吸い取り、血の気が引いてくるような感覚。今後、今以上に最悪な気分になる状況は早々来ないだろう。本当に、尋常ではないほど最悪の気分だ。胃がじくじくと痛み出したような気さえする。
 靴下をブーツの中へ突っ込み、ベルトはバックルだけを外して、ズボンごと脱ぎ去った。床に転がるハイヒールを藪睨みした後、渋々と足を突っ込んでから、俺は眉を顰めた。足先の窮屈さはあるが、サイズは合っている。服のサイズもそうだ。違和感がない事が違和感だ。俺の身長は一七五センチ。俺よりも身長が高く、体格もいいライナーやベルトルトと並ぶと小さく見えるが、二人が大きすぎるだけであって、決して低くはなく、当然ながら女よりは体も、足も相応のサイズだ。ブーツのサイズを見てみれば二七・五センチ。足を通していないハイヒールのサイズを見ると、記載が無い。サイズ記載のない既製品があるか?いや、それ以前に、俺の足に合うようなサイズのハイヒールが売ってあるのか?全く無いとは言わないが、何だこれ。
 靴を眺めながら、俺の頭は混乱しだしていて、当然のように紙袋を渡したクリスタと、受け取るライナー。誰もが一度は行くであろう、食堂で、これ見よがしに行われていたゲーム。もしや、俺は見え見えの罠に飛び込んだ獲物だったのか。
「早く見せてくれよ。お前が来てくれるまで、結構な散財してたんだぜ」
 横柄そうに腕を組んだまま、窓を背に立つライナーは、困惑している俺を面白そうに眺めている。今の言葉は、俺の想像への肯定と判断していいのか。
 一体、何のために。ターゲットを回避するために、かねてより憧れを持っていたバッドボーイになったのに、こんなに遠回しな苛めをされるとは、想像も出来なかった。横柄で尊大な独裁者になりがちなジョックでありながら、人格者にも見えたライナーに、少しばかりとは言え憧れていたのに。
「おい……、ベルトルト、何してんだそれっ!?」
 気持ちの悪い想像、この状況から逃げ出したい思いから、無意識に出入り口を見た。そうして俺は目を瞠る。ライナーばかりに注意が行って、完全に意識の外に置いていたベルトルトの手に、スマートフォンが握られているのに気が付いた。俺は、それを奪い取ろうと動いたが、片足には慣れないハイヒールを履いていたため、上手く踏み込めず、それどころか体勢を崩し、たたらを踏んでベルトルトに受け止められてしまった。ベルトルトの腕は意外に太く、力強い。体に回された腕は、引いても叩いても外れない。
「ちょ、離せよ!」
「足、挫いてない?」
「いいから離せ!」
 ベルトルトの腕を外そうともがいていると、尻に嫌な感触が触れる。
「離してもいいが、出来たらこれも脱がないか?」
 体を捩って、嫌な感触の正体を見れば、いつの間にか近寄っていたライナーがスカートを捲り、下に履いているボクサーパンツに指を引っ掛け、引っ張っていた。
「ふざけんな、どこまで嬲る気だよ、お前!」
「嬲る。あぁ、いいな。ベルトルト」
 短くライナーがベルトルトの名前を呼ぶと、真っ直ぐ立たせた上で、腕は簡単に外された。しかし、その代わりとばかりに、背後から腕が伸び、そのまま羽交い絞めにして、俺を持ち上げてくるものだから、自然と背が反り、ライナーに寄りかかるような形になってしまった。脇から通された腕は体温が高いのか、熱い掌が、がちりと首を掴み、心臓が縮み上がる。俺の首程度なら、簡単に折ってしまえそうな手。恐怖、息苦しさを感じた。
「ほら、下着も脱ごうな」
 耳元で聞こえるライナーの声。下げられていく行く下着と、ベルトルトが構えているスマートフォン。嫌な予感しかしない。
「やっ、だ……ぁ……」
 ひくりと喉が引き攣り、しゃくり上げるような声。じわりと眼に水の膜が張って景色がぼやけて滲んだ。
「なーに、安心しろ。俺達が自分用に楽しむだけだ」
 自分達用だとかも意味が解らない。何度でも、言いたい。どこに安心できる要素があるんだ。と、俺の苛立ちを他所に、耳に口付けて、歯を立ててきた。ちり、と走った痛みに息を呑み、体を跳ねさせ、歯の根が噛み合わない。耳を食い千切られるかと思った。
 膝の近くまで下ろされた下着。膝を擦り合わせて止めようと試みるが、あまり意味はなさそうだ。
 ライナーの腕を掴んで耐えてはいるが、つま先立ちで首を掴まれ半ば宙吊りの状態。息苦しい上に、これから何をされるか判らない恐怖に、今にも意識が飛びそうで、目の前が揺れているような感覚がしてきた。
「ねぇ、苦しそうだから持ち上げるか、降ろして上げたら?」
 今まで無言で俺を撮り続けていたベルトルトが、ライナーへと話しかけ、どちらにしても嫌な予感しかしない二択を促した。よりみっともない姿を撮られ続けるか、あるいは押さえ付けられて蹴られるか。
「あぁ、そうだな、悪い悪い」
 そう言いつつも、ライナーの声色は全く悪びれていない。
「俺が抱えるから下着取ってくれ」
 首に食い込む指、右足を抱えられて床から足が浮いた。ベルトルトの手が伸びて、俺の不安定な体制のせいで伸びた下着を奪おうとしてくる。冗談じゃない。足を振り上げ、蹴ろうとしても空振り、最悪に最悪は続いて終わらないのか、蹴り上げた足首を掴まれた。
「ちょっと録画止めていい?」
「あー、止めずにそこ置いとけ、下着脱がすくらい直ぐ終わるだろ」
 ベルトルトは小さく頷くと、ベンチにスマートフォンを置き、ライナーの補助をするように両足を掴んで、俺の下着を奪い取った。暴れたからチアガールの衣装なんて捲れ上がって、股間も尻も丸出しになり、足を閉じようにも二人の足を掴む手が邪魔をする。
「じゃじゃ馬だなぁ」
 俺の下着を床に投げ出し一言。馬面だのと常々言われ、蹴ろうとした俺を皮肉ってか、ベルトルトが弾むような声で仕様もない感想を漏らし、スマートフォンを拾うと、録画を再開した。
 こんな姿を録画して、ずっと脅されるのか。どこまで最低なんだこいつ等。悔しくて堪らなかったが、首を掴まれているせいか息苦しくて、頭が朦朧とする。ライナーの腕に捕まって、少しでも呼吸を楽にしようと引っ張るが、力が入っていないのか爪が皮膚を引っ掻くだけ。足を撫でたり、尻を揉むように動かす手の感触に鳥肌が立ちっぱなしで、瞬くと、ぽろりと涙が零れた。
「ライナーが苛めるから、ジャン泣いちゃったじゃないか」
「俺だけか?まぁいいや、可愛いもんで調子に乗ってやり過ぎた。苛めるつもりはなかったんだがな、悪い悪い」
 咎めるようなベルトルトの口調に、軽い調子で合わせるライナー。首、尻、足首と、順番に手が離れ、冷たい床の上に降ろされた。今のが苛めでなかったら何だ、降ろされた事実はありがたいが、酸欠で朦朧としていた俺はとても動けず、首を抑えて何度か咳き込みながら、肺へと必死で空気を取り込んでいた。
 その間、二人は手を出さず、じっと俺の呼吸が落ち着くのを待っていたようだったが、きっと慈悲なのではない。次はどんな風に苛めようか考えてでもいるんだろう。唇を震わせながら、呼吸を深く吸い込み、ゆっくり吐き出す。力を込めても、無様な涙は止まらない。泣いたって相手を調子づかせるだけだと言うのに。手の甲で目を擦っても擦っても止まる気配はなく、負けたくない。との意思と体はすっかり乖離している。怯え切って固まったままの自らの体が悔しくて、きり、と唇を噛んだ。
 俯いて、強く目を閉じ、腕で拭うと、交互に二人を見た。声に出さないだけで、どうせ、せせら笑っているんだろう。
「もう、着たから……、いいだろ。それとも、これで校内練り歩いて、後ろ指さされながら学校生活送れってのかよ……、動画も、もう……」
 正面と背中側を挟まれているというのは生きた心地がしない。二人との対格、膂力、体力差を考えれば俺なんか簡単に屈服させられてしまう。敵うとするなら恐らく口くらい。怒らせないように、言葉を選び、捲れないようにスカートを押さえながらロッカーに背を預け、終わりを懇願すると、『駄目』と、ライナーではなくベルトルトの方が答えた。
「そんな勿体ない事する訳ないじゃないか」
 勿体ない。とは。相変わらずスマートフォンを構えているし、遥か遠くにある顔を見上げてみても、何を考えているのか判らない。ライナーよりも先に発言する事自体が珍しいが、一体何を主張したいのやら理解の範疇を肥えている。
「十分だろ……、もう、これ以上、何しようってんだよ」
「あるだろ、色々」
 色々。腹癒せの私刑までやって、やっとこの戯れは終了するのか。
「そろそろ休憩時間も終わりだし、もう、先公もこねぇだろ、やるか」
 壁にかけてある時計を見て、ライナーが答えているようで、答えていない科白を独りごち、ベルトルトが頷く。精神的に痛めつけた上で、更に私刑。この衣装も、ライナーが俺を連れてくる前に言っていた『男らしい』に拘る俺が私刑の途中で逃げないように、あるいは逃げても嘲笑の対象になるように着替えさせたのか。下着まで取り上げてしまえば、罰ゲームを知ってる奴からでさえ、変態の烙印を押されるだろう。無駄金かけてまでの用意周到さと、どこまでも嬲り尽くし、サンドバッグにしてやろうって魂胆に寒気も眩暈もする。
 逃げても逃げなくても、俺の人生は終わったんじゃないか。学校に行かなくなったら、母ちゃんはきっと心配する。でも、こんなの相談出来る訳ない。もう、わかんねぇ。眠って起きたら、これは夢でしたってならねぇかな。
 私刑の合図のように昼休みの終了の鐘が鳴り、床の斑な色彩を眺めながら、絶望的な状況に、現実逃避を始めてしまうが、尻も足も、床に密着するように座っているせいで体温を奪われ、妙な感じに冷えてしまっている。その感覚が、これは夢ではなく現実なのだと思い知らせてきて、絶望感は際限なく増していく。ちょっとした痣くらいで済めばいいが、骨折でもしたら、母親にどう言い訳しようか。万が一、こんな格好でぼろぼろにされて、外に転がされでもしたら、絶対耳に入る。
「何泣いてんだ。お前」
 ライナーがしゃがみ込んで、俺と視線を合わせてくる。本気で俺がどうして泣いているのか解らない。と、顏に書いてあり、無遠慮に掌で顔の涙を拭ってくる。無神経なのか、優しいのかさっぱり理解出来ない。
「泣いてる顔もそそるな」
 垣間見えた人間味に、一瞬でも話が通じるかと期待した俺が馬鹿だった。ライナーの手は首、鎖骨を辿り、腰へ、服を捲り、中へと手を突っ込むと、胸元を両手で鷲掴みにしてきた。小さく悲鳴が漏れたが、全く気にしていないようで、手の動きがすさまじく気持ち悪い。ぐにぐにと、揉みながら、口元はにやついている。
「薄っぺただが、手触りは悪くねぇな。肌が綺麗だからかね」
「ライナーばっかり狡いなぁ。いい加減、撮るの変わってよ」
「もう少し後でな」
「ライナー……」
 手の感触に、全身に鳥肌が立ち、眼だけを動かして二人の動向を確認する。ベルトルトは不満らしいものを口にし、ライナーはそれをさらりといなす。男の尻や足、胸を触って楽しそうにしている悍ましい行為の何が羨ましいのか見当もつかない。いや、待て。ライナーの玩具になってる俺に嫉妬か?
 常に二人で行動するからか、あいつ等は出来てる。そんな下品な冗談を口にして笑ってる奴は居たが、もしや事実で、俺で遊びつつ、恋人の嫉妬を煽りながらいちゃつくための、マンネリ解消道具にでも選ばれたのか?道理で苛めではないと主張する訳だ。苛めでも、ゲイの一時的な戯れでも、『最悪・最低』には変わりないが。
 早く終わる事ばかりを願い、強く目を閉じていると、スマートフォンから軽快な音が一瞬鳴り、ベルトルトが落胆交じりの声を上げた。
「何だ、録画止まったのか?」
「もう直ぐ電池が切れるって警告。ライナーのスマホ出してよ」
「俺のか?仕方ねぇな」
 ライナーが俺から手と視線を外し、自分のポケットを探って、次はどうのと押し問答。二人の視線も意識も、お互いや、スマートフォンに注がれており、ベルトルトに至っては扉の前からも離れ、注意が散漫になっている。
 生唾を呑み込む。今が逃げる好機なのでは。考える間もなく背を向けているライナーに体当たりを食らわすと、攻撃に備えていなかったために簡単に体勢を崩して、ベルトルトを押し潰しながら倒れた。気を抜いてるからだ。馬鹿野郎。
 伸ばされてきた手を避け、片方だけのハイヒールに足を取られそうになったものの、回すだけの鍵を開けて勢いよく廊下に飛び出した。普通の生徒は既に教室へ集合済み。不良達は更衣室にジョックが居るからと、避けているのか幸い周囲に人気はない。邪魔なハイヒールのストラップを引き千切って靴を脱ぎ、追いかけて来ようとした二人へと投げつけて懸命に走った。遠くから名前と制止を叫ぶ声がしたが、誰が止まるか。
   ◆ ◇ ◆ ◇
 埃っぽい倉庫の中に逃げ込み、念のために鍵を閉め、外の音に耳を澄ますが、二人がこちらへと向かってくる音や声は聞こえない。安堵の吐息を吐き、倉庫内を見渡す。
 窓もない倉庫内は暗く、スイッチを入れても、電球自体が切れてしまっているのか、明かりは点かない。滅多に使用されていないのだろう証拠に、埃が各所に積もり、床には足跡が付いた。極度の潔癖症ではないが、鼻がむずむずして、肌が何となく痒く、足も何となく洗いたい気分になってくる。冷静に考えなくても、洗いに行くなど出来はしないが。
 こんな格好で、どこをうろつける。せめてジャケットを掴んで来れば良かったと後悔をしても後の祭り。服は変態共が居る更衣室の中。荷物は私物入れの個人ロッカーの中。更に言ってしまえば、連絡手段のスマートフォンと、私物入れの個人ロッカーの鍵も服の中だ。恐らく、服を取りに戻ってくるだろうと考えて途中で追いかけるのを止め、待ち構える算段だとすれば、完全に詰んでしまった。二人が俺を探している隙を見て、更衣室に戻って服を奪取する方法もあったが、相手が待ちの一手を構えてしまってはどうする事も出来ない。
 埃が舞い上がらないように気を付けながら、そうっと手で払い、中身の詰まっている段ボールの上に腰を落ち着けて考える。このまま夜になるのを待って、人気がなくなった頃を見計らい、家に帰って着替えるのが最善か。何とか裏道を通って、いや、裏道の方が変なのが居るな。それに硝子が割れてたりしていて素足では危ない。
 適当にそこらの空き教室のカーテンでもかっぱらって被って歩くか?
 下手を打てば、警察に事情聴取をされて、恥を晒す羽目になるが、これが一番安全な気もする。
「はー、マジやってらんねぇ」
 季節柄、春先の気温はそう寒くはないとは言え、肩を出した状態に、脚は剥き出し。膝を抱いて、体を小さく畳んで、少しでも体温が下がらないようにする。ずっとここに居たら、流石に風邪を引いてしまうか。それはそれで困るが、今は耐えるしかない。
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