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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

寒い日の闖入者=その六=

・ほのぼの?回
・ジャンがほぼ猫姿
・フロックがカミングアウトしたり、リヴァイとちょっと中良さそうにしたり
・案外、いいパパやってる感じ





 大学に行けば、目的の講義が教授不在で休講。
 連絡は来ていたが今日もジャンとじゃれ合っていたため時間がない。と、焦り、確認を怠っていた。
 ジャンは猫カフェにアルバイトへ行き、帰っても時間の無駄になるだけで、俺は空き教室を見つけてだらけると言う、なんとも無為な時間を過ごしていた。
「あ、本当に居るし、折角教えてあげたのに」
「悪かったって、寝坊して見てなかったんだよ」
 ヒッチがわざわざ俺を探しに来てくれたらしい。本当に、口は悪いが、やけに面倒見はいい奴だと思う。
 机に頬を押し当てながらスマートフォンを眺めていると言う、明らかに腐っている姿にヒッチは呆れ返り、苦々しく俺を見ている。
「それにさ、猫もいつになったら見せてくれんのよあんた。今、スマホで写真でも見てたの?」
「見てない」
 ヒッチが声をかけてくると同時に、机に画面を伏せ、電源を落としたため俺のスマートフォンはパスワードを入力しないと開けなくなっている。だから奪って覗こうとしても無駄だ。
「これパス解除してよ」
「嫌だ。プライバシーの侵害は止めろ」
 俺から奪ったスマートフォンを突きつけ、ヒッチはパスワード解除を要求してくるが、顔を背けて拒否を示す。ジャンの写真は確かに見ていたが、人間の姿がほとんどだし、猫の姿は寝顔ばかり、わざわざ人に見せるようなものじゃない。嵌め撮りもあるからうっかり見られたら俺が社会的に死ぬ。

 スマートフォンを奪い返し、尻のポケットに仕舞い込むとわざとらしく机に突っ伏したまま、顔を背け、無視を決め込んでおくと『可愛くないわね』と、ヒッチは呟いていた。
 写真で姿を残しておきたい。そんな気持ちは何となく理解した。
 だが、やはり他人に見せびらかそうとは思わない。
 俺だけが知っていればいい。
「もう、サークルにも入らないし、友達居ないと色々大変よ?」
「お前が言う大学の友達って、他人利用して楽しようとする奴の事だろ?普段勉強しない癖にテスト期間になると頼ってきたり、ノート盗ってったり。うざい。それに、友達ならお前が居るからいいよ」
「んもー、そんな人ばっかりじゃないってば、素直なんだか捻くれてんだか……、あ、またね」
 ヒッチは俺を小突いてから講義室を去っていく。
 あいつは軽薄そうに見えて案外しっかりしてる人間だから信頼出来る。他の人間は知らない。少なくても信頼出来る友達と、大事な物だけがあればいいと俺は思う。中々解っては貰えないが。

 学校が終われば真っ直ぐ帰宅。
 暇を持て余しつつジャンが帰ってくるまで寛いでいた。
「ただいま。具合悪いのか?」
「お帰り。大丈夫」
 手に買い物袋を持ち、着替えもせずにファンヒーターを点け、床に伸びている俺を見るジャンを見上げていた。
「なんか、幸せってなんだろなー。とか考えてた」
「生きて美味しいご飯食べれてれば幸せじゃねぇ?」
 単純だな。
 それも一理はあるが。
「人間の小難しい理屈は俺には解んねぇけど、お前と一緒に居れて俺は幸せだぞ」
 買い物袋を床に置き、転がっている俺の傍に腰を下ろしてジャンが俺の頭を撫でてくる。
「お前には感謝もしてるぜ?婆ちゃんが居なくなってから、葬式?が終わると家族の人に知らない場所まで連れて行かれて置いていかれてさ、どう帰っていいかも解んないし、ご飯もないし、寒くてもう死ぬかも。って思ってたらお前が家に置いてくれて助かったし」
「俺が置いたんじゃなくてお前が入り込んできて居付いたんだよ」
 あれだけ震えていたものを、無理矢理追い出すほど薄情になれたかったのは事実だが、そうだっけ?と、ジャンはからから笑っている。解って言ってるのかなんなのか。
 そう言えば、化け猫は年を取るんだろうか。例の店長の見た目は若そうに見えたが三十年以上生きていると聞いた。そもそも人間と人間ではない存在。ずっと一緒に生きられるものなのか。
 俺ばかりが年を取って、いや、それ以前に病気や事故で先に死んだら、こいつはどうするのか。
「お前って死ぬのか?」
「藪から棒になんだよ?」
 今しがた考えた事を話せば、ジャンも腕を組んで悩みだした。
「婆ちゃんが棺の中に居て、全然起きなくて、来てた人みんな泣いててさ、死ぬって寂しくて、辛いんだな。嫌だな。とは思ったよ」
「俺もいつかは死ぬぞ」
 座っているジャンににじり寄り、膝に頭を置く。飼い主が亡くなった時の記憶を思い返しているのか、ジャンの表情は物悲しい。
「あれだな、介護とかはしてやっから安心してよぼよぼになれよ!婆ちゃんと一緒に居た時も、人間になって色々手伝ってたし」
「安心していいのかそれは」
 漠然とした哀愁から現実的な問題になり、乾いた笑いを漏らす。
 ジャンとしては、考え過ぎて落ち込んでいる俺を励ましているつもりなんだろう。少々ずれているが、見捨てられないなら何よりだ。
「やるか」
 ジャンの体によじ登りながら体を起こし、床に押し倒す。ご飯の準備。と、呟いた唇を塞ぎ、舌を潜り込ませれば直ぐに息が上がり出し、眼が潤んでくる。

 生の喜びを感じる瞬間だ。
 少しでも長くこうして居られればいい。
 そう考えながら服の中に手を忍ばせようとすると、滅多に鳴らない呼び鈴の音が室内に響き、心臓が縮み上がった。
 ジャンも同じらしく、驚き過ぎて猫の耳が出てしまっている。
「ちょっと、開けてよー、大荷物持ってんのよ!居るんでしょー?」
 声の主はヒッチで間違いない。
 手が塞がっているからなのか、足で扉を蹴っているのか音が聞こえてくる位置が低く、寝っ転がっていた俺達の耳には良く届いた。
「居るならさっさと開けてよ!」
「わか、解ったから扉蹴るな!」
 耳を抑えて毛を逆立てているジャンの頭を一撫でして玄関に向かい、扉を開けば大きな段ボールを抱えたヒッチと対面する。
「あれ?あんた友達居たの?猫は?」
「別にいいだろ、何の用事だよ」
 ヒッチは嫌そうに表情を歪めて手に持っていた段ボールをそっと床に置く。中からは、にぃにぃ。と、不思議な声がした。
「猫……ですか?」
「そうなのよ……、大学の敷地に捨てられてて、飼ってくれる人が居ないか探し回ってくれるとこ。あんた猫好き?飼わない?」
 きちんと人間の姿に戻ったジャンが恐る恐ると段ボールを覗き込み、中を見ればどう見ても生まれて間もない仔猫が二匹入っていた。大学の構内で偶然発見し、この寒空の中に置いていては死んでしまう。と、判断したヒッチは自分がつけていたストールを箱に入れて保温し、兎に角当てを探し回っては見たが成果は芳しくないようだ。
「なんで俺のとこくんだよ」
「一匹飼ったら二匹も三匹も一緒かと思って」
「お前が飼えよ。猫猫うるせぇ癖に」
 聞くにヒッチは母親が重度の猫アレルギーで飼えないらしい。
 せめて、見つけたのも何かの縁と飼い主を探し回っているようだが、ヒッチの友人達は仔猫を可愛い可愛いと弄り回すばかりで、挙句に自分を飾る写真に利用。飼う気は微塵も見られなかったため、早々に見切りをつけてフロックの家に来たようだった。
「なんか猫好きネットワークみたいなの知らない?」
「そんなの俺が知るか……、あ……、でも、いや……」
 ふと、例の猫カフェ店長の顔が脳裏に浮かんだが、今でも随分な大所帯だ。新たに二匹を受け入れるのは難しい可能性も高い。
「俺、店長に相談してみようか?」
「何?あんた当てがあるの?」
 途方に暮れて玄関に座っていたヒッチはジャンの言葉に身を乗り出し、眼を輝させた。
「俺もそれは考えたけどさ、もう九匹くらい居るだろあそこ……」
「うん……、皆のご飯代と病院代に雑費、まぁ俺のバイト代とか大変らしくて、帳簿と睨み合っていつも溜息吐いてるんだよなぁ……」
 相談すれば見捨てはしないだろうが、悩みどころだ。
 ジャンと一緒に過ごしてみて分かったが、猫の餌代は安い物は安いが、やはりきちんとしたものを食べさせようとすれば高くなり、トイレの消耗品も九匹が使うとなれば決して安くはない。そこに乳飲み仔を増やすとなると相当な負担を強いる事になる。
「うーん……」
「何の話よぉ……」
「あ、俺が働いてる所が猫カフェで、そこの店長に相談してみようかと思ったんですけど、もう九匹も居るもんですから……」
 ジャンの話を聞いてヒッチまで腕を組んで呻り出した。
 希望が見えたかと思えば潰えてしまい、もどかしいようだった。
「あの、差し出がましいかも知れませんけど、店に張り紙をして、引き取ってくれる人が居ないか探すのはどうでしょう?猫との出会いも斡旋してますし、店に来るのは猫好きばっかりですし、この子達も俺等が預かります」
「ほんと?まじ?必要な道具とかは買って来たから使って!もう病院にも連れてってあるから虫も居ないわよ」
 ヒッチはいつも持っている大きな布製のカバンから、仔猫用ミルクや哺乳瓶にペットシートなどをごろごろ出してきた。猫の育て方などをべらべら一方的に説明し、ジャンは一々それに頷いている。
「猫飼ってないのになんでそんなに詳しいんだよ」
「私はアレルギーないし、独り立ちしたら飼おうと思ってて、ネットとか、猫用の飼育の本とかで勉強してたの」
 彼女が猫好きである事は間違いない。
 情報は信頼出来るものだろう。ジャンが言われた通りに哺乳瓶の煮沸消毒をし始め、手の空いている俺はケトルに水を入れて設置し、湯が沸くまでの間、トイレのさせ方も教えて貰った。
「私もちょこちょこ様子見に来るから、ごめんねー……」
 中に入っているストールは汚れた箱の中に入れていたため薄汚くなっているが、『きたなー』と呟いただけでビニール袋に入れて鞄に仕舞い、安心した様子で帰っていった。
「風呂とか入れていいもんか?」
「うーん……、暖めたタオルで拭くくらいがいいかも。俺ミルク用意するから頼んでいいか?」
 俺は頷き、煮沸消毒に使ったお湯で使い古しのタオルを濡らし、程良い温度にしてから絞って仔猫の体を恐る恐る拭いていく。腕が細くて小さくて下手に力を籠めたら折ってしまいそうでかなり怖い。
「はい、ミルク。うつ伏せにして飲ませろって」
 タオルで拭っていると、刺激のせいかおしっこをされてしまい、慌てていた俺違ってジャンは冷静だ。
 二つあった哺乳瓶の一つを受け取り、ゴムで出来た乳首を口元に当てれば頑張って吸い出した。かなり可愛い。温かいミルクを飲んで体が温まったのか、手の上で寝だしたのも可愛い。こんな掌サイズのか弱い生き物を捨てられるような神経が解らん。
「お腹ポッコリしてる」
 汚い段ボールから、俺が使っていたブランケットに仔猫を移し、ジャンと二人で眺める。小さい手足をうにょうにょ動かしながら眠っているようで、見ているだけで和んでくる。
 ぼう。と、仔猫を眺めているとスマートフォンのメッセージアプリの通知が鳴り、開いて見ればヒッチから怒涛の長文による仔猫の飼育方法が書かれたメールが送られていた。
「出来るならあの人が保護したかったんでしょうね」
「あれで世話焼きだからな」
 俺の幼馴染を初めて見ただろうジャンに、嵐のように去って行ったヒッチの説明をしてやれば、仲いいんだな。と、どこか不貞腐れたようだった。やきもちなら可愛いもんだが。
「ただの友達だから、気にすんな。あれでいい奴だし」
「わかった……」
 どことなく不承不承の様子ではあるが、泣き出した仔猫に気を取られ、ジャンが慌てながら二匹を抱える。
「どうしたんだろ、ミルクは飲んだばっかりだし……」
「言葉とか解んねぇの?」
「人間だって赤ちゃんの言葉は解んないだろ」
 それもそうか。
「またしっこしたいんじゃねぇの?腹ぱんぱんだし」
 一匹を受け取り、どうせ汚れたついで。と、冷えたタオルで股間を刺激してやれば、結構な量の排泄物が出てきた。小も大も。ジャンはティッシュでやっているが、これは買い込まないとやばそうだ。
「とりあえず、今日から大変だな」
 ヒッチの説明では、人間のように三時間ごとの授乳と、排泄を促してやらねばいけないようだ。ほぼ一、二ヶ月でウェットフードに移行出来るそうだが、睡眠不足は不可避だろう。

 汚れたタオルとティッシュはビニール袋に入れて始末している間に再び仔猫は寝息を立てだし、それを遮るような腹の音が響いてジャンに笑われた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 ぴゃう。と、響いた甲高い鳴き声に起こされ、暗い中、どんくさい動きで体を起こす。目が乾いてて上手く開けられず、手探りで目薬を探して差し、枕元に置いた小さな鈴蘭の形をした照明のスイッチを入れる。
 メインの電気スイッチが遠いため、夜中のミルクがやり辛い。そうヒッチに零すとその日の内に持ってきてくれたものだ。

 灯りを点ければ猫の姿になっているジャンが、腹を空かせて泣く仔猫の頭を舐めて宥め、あまり大声で泣かないようあやしていた。
「ちょっと待ってろ、直ぐ作る……」
「悪いな」
 ケトルでお湯を沸かし、猫用哺乳瓶を二つ出して粉を入れ、ジャンがあやして仔猫が落ち着いている間に俺がミルクを作り、眠気でふらふらしながらお湯を注いだ哺乳瓶を流水に晒して適温にする。
「おら、飲め」
 哺乳瓶を床に置けば、ジャンが仔猫を誘導し、吸い付いて夢中で飲んでいる。その光景は何度見ても実に可愛く和むのだが、眠過ぎて頭がぐらぐら揺れた。
「ちょっと見といてくれ。トイレ……」
 上手く開かない目を何度も瞬かせ、世話を任せてトイレに。
 仔猫を預かって一週間ほど経ち、断続的に起きては世話をしているが、寝不足が酷い。仔猫も夜泣きをするのか、ミルクをやっても排泄をさせても泣き止まない時があり、抱っこをしていないと大人しくなってくれない。
 母親の体温が恋しいのかどうか。対策に猫になったジャンが一緒に寝る事で多少は落ち着くが、結局、腹を吸っても乳は出ないので、空腹になれば泣き喚く。
 俺が起きて与えたり、排泄させたりはしているが、正直眠い。ジャンといい事する元気も起きない。ジャンも睡眠が上手くとれていないようで、猫カフェに出勤するまで眠っている事が増えた。猫はただでさえ半日は寝てるらしいのに、きついだろうな。
 食事が以前と同じようなパンだのインスタント食品に変わったのは悲しいが、寝不足だと本当に気力が湧かない。
 トイレから戻ると、排泄の始末を終わらせたらしいジャンが丁度猫に戻った所で大欠伸の後に後ろ足で頭を掻いていた。
「今日はいい感じに寝てくれてる」
 猫用ベッドの上ですやすや眠っている仔猫にほっと息を吐き、ジャンが仔猫を包むように丸くなる。
「寒くねぇ?」
「ちょっとなんかかけて欲しい」
 片目だけを開け、既に寝入り始めているジャンにブランケットをかけてやり、俺もベッドに入る。目覚ましが鳴るまではゆっくり寝たい願望を抱きつつ目を閉じた。

 朝起きて、味気ない朝食をとり仔猫の世話をしてから俺は大学、ジャンは猫カフェへ仔猫を連れて仕事に行った。本当は昼からであるが、隣人と鉢合わせしたくないがためにジャンと一緒に家を出た。
「育児お疲れー」
 講義室の長椅子に横になり、コートを被って眠っていた俺にヒッチが声をかけてくる。
「おう、疲れてるぞ。寝れねぇし、管理会社から煩い。規約違反だろ。みたいな苦情が入ってるとか連絡来るし、解ってたけどさぁ」
「なんか、それに関してはごめん……」
 ヒッチが俺の頭の近くに座り、ホットココアを差し入れてくる。出来る援助はしてくれているが、流石に家に泊まって面倒を見てくれとは言い辛い。
「案外でかい声で鳴くんだな、仔猫って」
「目もちゃんと見えてないし、素早く動けないから鳴くしか存在を主張する方法がないからね」
 人間の赤ん坊よりは期間が短いとはいえ、きついものはきつい。中々寝てくれない初日の夜はジャンと二人で難儀したものだ。
 結局は、猫の姿になったジャンが添い寝をする事で解決出来たが、そうなると授乳や排泄の始末が出来なくなる訳で、必然的に毎晩、協力体制になる。最初は、お互いに交互にやって負担にならないようにしよう。などと話し合っていたのだが、計画は速攻で頓挫した。ままならない。
「ココアあったけー。あ、そうだ」
 欠伸をしてココアボトルのキャップを開け、温かい飲料を体に流し込んで一息にココアを半分ほど飲み干すと、スマートフォンを操作してヒッチに写真を送る。
 俺の動作を見て、スマートフォンを握り締めて待ち構えていたヒッチは届いた画像を見て可愛い可愛いと一人で暴れ出した。成長記録として毎日、写真を撮って送っているが、それが楽しみで仕方がないようだ。
「引き取り手見つかりそう?探してはいるんだけど……」
「猫カフェの方でも、見はしても飼おうってほどの奴は居ねぇみたいだ。飼えないから猫カフェに行く、仔猫は欲しいが面倒は見たくない。可愛い仔猫の内だけ欲しい。大きくなったら要らない。みたいな奴も居るらしいから、慎重にやってるらしいが」
 あの猫カフェにも、事情は知れないまでも大きくなってから捨てられた猫が居るそうで、『欲しい』との要望があったからとて易々とは引き渡せないそうだった。
 その辺りは例の強面店長が頼りになるので助かっている。
「ふーん、色々居るのねぇ。小さくても大きくても可愛い生き物なのに、それに飼うんだから面倒見るの当然じゃない?」
「まー、世の中、動物飼ってる自分が可愛い。みたいな連中も居るみたいだしなー」
 俺が皮肉気に言うと、ヒッチは何かを察したようで、短く呻って溜息を吐いた。
「そう言えば、あんたの友達?あの髭の人。かっこいいわよね。彼女居る?」
「あれは俺のだから駄目」
 見目も良く、猫好きで、親身になってくれた男性とあって、ヒッチはジャンに興味を持ったようで、捲し立てるように訊かれたが、はっきりと告げると口を開けて俺を見ていた。
「何だよ」
「あんたの彼氏?」
「そうだよ」
 空になったココアを未練がましく逆さに振っていれば、ヒッチが俺の横顔を凝視してくる。ゲイでもバイでもないと知っているからだろう。
「えぇ、どういう経緯で知り合ったの?他人嫌いのあんたが恋人……、しかも男って、青天の霹靂って感じなんだけど」
「偶然が重なったみたいな……、あいつが家無しになって、偶々俺の家の前で、行き倒れてたみたいな、んで、俺の所に転がり込んで来て、なんつーか……、まぁ……」
 少々脚色を加えたが、概ね間違ってはいないと思う。
「大丈夫なのその人?やばい事に関わってたりしないの?」
 家無しだの、身一つで他人の家に転がり込んだだの、人間で言えば怪しむべき輩だ。ヒッチの言い分も解る。本当は猫であるジャンと暮らし始めた経緯を説明しようとすれば、どうしても齟齬が生じ、可笑しな話になってしまう事も。
「兎に角、俺のだからちょっかいかけるなよ」
「分かった。びっくりしたけど、あの人優しそうだし、めんどくさいあんたと案外合うかもね」
 一言余計だ。
 肘を膝に乗せ、両手で顔を支えながらヒッチは俺を見ている。なんとなく複雑そうな表情だ。俺もヒッチが女と付き合いだした。と、言い出したら同じ顔をするだろうと思った。
「ま、私は何にも言わないけど、頑張って」
 同性愛者の露出が増えた昨今ではあるが、未だ少数派である事は間違いない。別に差別がどうとか活動したりはしないが、ジャンが人ではない事も含めて茨だなぁ。と、感じた事がないとは言わない。俺が死んだ後もジャンは生きてるんだろうな。だとか。そうなると、写真くらい残すか。そんな気分にもなってくる。
「また何かあったら相談してね。恋愛ごとも受け付けるわよ?」
 茶化すように、にまりと笑い、ヒッチは俺を残して講義室から出て行った。
 程良くココアで体が温まったお陰でなんとなく気分が楽になった俺は体を伸ばし、スマートフォンで時間を見て必要な単位を取るために移動する事にした。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 学校帰りに猫カフェを覗き、様子を窺う。人間姿のジャンは見当たらなかったが、猫の姿でどこかに居るのか。
「こそこそ覗いてるつもりだろうが、こっちからは丸見えだぞ。他の客が怖がってるから入るなら入れ」
 俺に気づいたらしい店長に声をかけられ、俺は肩を震わせる。いい人なんだろうが、俺は若干苦手だ。
 会釈だけをして店内に入れば隅に設置されている猫ベッドの上で仔猫を腹に乗せ、猫の癖に大の字で眠っているジャンが居り、仔猫はおしゃぶりのようにジャンの腹を吸っていた。
「この子男の子なのにおっぱい吸われてるー」
「かわいいー」
 二人組の女がはしゃぎながら写真を撮り、話しているが飼い主希望ではないようだ。店内のカウンターには仔猫の家族を募集する張り紙があり、『店長面接アリ』と、赤字で大きく書かれていた。
 この店長の面接と言うだけで、大分ふるいにかけられそうだ。
「面倒かけてすみません」
「相談しろと言ったのは俺だしな」
 カウンターに座ると注文もしていないのに問答無用で紅茶を出され、黙って啜った。
 ほどなくしてジャンと仔猫を見てはしゃいでいた女二人は時間だと退店し、耳元で仔猫が鳴いたため起きたジャンが明らかに寝惚けた眼差しで周囲を見渡し、俺と目が合うとまた寝てしまった。
 仔猫はミルクが欲しいのか泣き喚いている。
「キッチン借りていいですか?」
「ジャンの荷物は裏にある」
 仔猫を両手に持ち、服の中に入れてから『関係者以外立入禁止』の札が貼ってある扉を潜って裏に回ると、見慣れた鞄から哺乳瓶とミルクを出してお湯を貰い授乳の準備をする。
「きちんとやっているようだな」
「やってますから……」
 慣れた手つきに感心されたようで、店長は顎を撫でながら俺の手元を見ていた。非常にやり辛い中、二つの哺乳瓶を適温にしてソファーに座り、腹の中に入れていた仔猫を一匹出してミルクを飲ませ、一匹が飲み終わったらもう一匹。
 排泄も同じように済ませ、ジャンの腹の上に二匹を戻す。店内に居た三人ほどの客が、俺を不思議そうに見ていたが気にしない。
「困った事はないか?」
「うちがペット禁止で仔猫の声が響くんで、苦情入ってるくらいですかね……」
「重大な問題だな」
 店長は腕を組み、考え込んでいる。
 引っ越しも考えたが、引っ越し費用、敷金礼金、何せ金がかかる。手間を踏まえると早急に対処は難しい。ジャンがうちに来なければ、今も平穏にあの部屋で過ごしていたはずなのだが、全く以て人生は解らないものだ。
「ここのオーナーに相談してみるか?アパートやマンション系の不動産も色々持っていたと思うが……」
 自分の力だけではどうにもならないと判断した店長は、他者の介入を提案するが、俺は積極的に受けれる事が出来なかった。ここのオーナーがどんな人間かも知らず、金持ち臭い匂いが気に食わなかった。偏見ではあるが。
「引っ越しするにもちょっと、金とか……、奨学金も貰ってるんで、これ以上借金増やしたくないですし」
 言い訳じみた俺の発言を否定せず、再び店長は頭を悩ませる。
 きちんとしたペット可賃貸に住めば今の問題は完全に解決するが、何事も先立つ金がない。単純に考えても家賃は二倍か三倍になり、二人分のアルバイト代をそこそこ貯めはしていたが、万が一を考えて仔猫の病院代も残しておかねば怖い。
「俺が仔共を預かる事も出来はするが……」
「貴方はここの猫の面倒とか、色々する事があるんでしょう?俺もどうかと思うし、ジャンだって遠慮しますよ」
 俺を頼ってくれたヒッチにも顔を合わせづらくなってしまいそうだ。しかし、このまま苦情を無視していれば強制退去等の憂き目に遭いかねず、不満を抱く他住民から嫌がらせをされる可能性とて楽観は出来ない。
「八方塞がりですねぇ」
 楽をしようとすれば、申し出に甘えて幾らでも出来るものの、俺の中にもあるそこはかとない矜持が邪魔をする。俺だって。何か。
「何か解決方法がないか俺も考えておく」
 店長が優しい言葉と共に、新しい紅茶をカップに注いでくれて遠い目をしていた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 全く起きないジャンと仔猫をリュックの中に隠し、金を払って帰途につく。
 不運な事にアパートの目の前で隣人である男性と鉢合わせてしまい、思い切り睨んだ挙句『糞ホモ野郎が、さっさと出てけよ』と、小さく罵倒して部屋の中に入っていった。猫の声が聞こえるのなら、ジャンと睦み合っていた音も隣室には聞こえていたのだろう。言いたい気持ちも理解するし、悪いとは思う。

 俺自身が借りている部屋に入ると、ジャンがリュックの中から出てきて仔猫の首根っこを咥えながら移動させていた。
 仔猫は起きてはいるが、まだ落ち着いているようで、お互いに手足をじたばた動かしては仔猫同士で遊んでいる。
「フロック、ごめんな、俺……」
「何だ急に」
 先程の罵倒、リュックの中でもジャンの耳には届いていたようだ。
 耳が良過ぎるのも問題だな。
「別に気にしてお前が出て行く必要はねぇぞ」
 ブランケットを被せた猫用ベッドに仔猫を移動させ終わると、ジャンもそこに寝転がり、ふわふわした尻尾を二匹の上に被せて寒くないようにしていた。
「ま、どうにかなる、っつーかするから任せろ」
 慰めにもならない言葉を口にし、猫用ベッドの隣に俺も寝転がり、欠伸をした。
 近々、ここから然程遠くない場所に、ペット専用のアパートだかマンションが出来るとの話を聞いて、感心は寄せていた。店長にあぁは言ったが、今のままでここには住んでいられない。
 ジャンは契約出来ないし、下手を打てば自己犠牲精神旺盛なこいつは、仔猫と共に俺に黙って出て行ってしまうかも知れない。それは嫌だし許さない。

 指を差し出せば、先に吸い付く仔猫を眺め目を細める。
「こいつら、貰い手見つからなかったら、このまま俺等で育ててもいいけどな」
「あぁ……、悪くねぇな……」
 俺がそう言うと、ジャンは仔猫達の頭を頬に摺り寄せ、舐めてから完全に横になった。仔猫を見つつ、瞼が何度も落ちそうになっては、目を瞬かせ、懸命に起きていようとしているようだ。
 眠気を誘発するようにわざとジャンの頭や体を撫でていれば、眠気に抗えなくなったのか目を閉じた。

 どうせ、どれだけ頑張っても子供は出来ないのだから。これくらい。は、甘過ぎる考えだろうか。

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