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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

寒い日の闖入者=その七=

・ちょっぴりやってる描写あり
・仔猫可愛いフロック
・夫婦っぽいフロジャン
・ご都合展開





 口を開けば眠い。
 それしか言葉が出て来ない仔猫を保護して二週間経った頃。

 講義室の一角でペンを握りながら寝落ちした俺をヒッチが揺り起こしてくれ、一冊のノートを差し出してくる。
「ほら、ノート、貸して上げるからコピー取って、きちんと勉強しなさいよ?」
「あんがと……、眠くてノート取る段じゃなくてよ……」
 講義終了の鐘に起こされ、ヒッチと話している間も欠伸が出そうになって噛み殺し、浮き出た涙を手で擦る。
 念のために講義をスマートフォンで録画はしていたが、案の定、ノートなどは取れていないため、ヒッチからの丁寧に要点が纏められたノート提供はありがたかった。
「あんたがそうなってるのって、半分は私のせいだしね。あ、今日の分は?」
「忘れてた」
 スマートフォンを手に、メッセージアプリを使ってヒッチに仔猫の写真を送る。毎日見ていると判り辛いが、写真で見比べると、微かな成長の違いに気づく楽しみを見出して撮る枚数が増えた。
 ヒッチもジャンも、撮れば撮るほど二人共に喜んでいるため悪い気はしない。
「はー、可愛い……」
「少しずつだけど、ちゃんと猫の形になってくるのが面白いよな」
 ヒッチは猫専用フォルダを作っているのか、俺が撮った写真を繰り返しスライドさせて見比べながら頷いている。
「ちょっと目が開き始めてるのが可愛い~」
「音にも反応するようになってきたぞ」
「ほんと?今日暇?見に行っていい?」
 残念ながらアルバイトが入っている。と、言うとヒッチはあからさまにがっかりした様子で仔猫の写真を見返し始めた。
「あ、そうそう、眼の色もね、変化して行くから見てるといいわよ。キトゥンブルーって言ってねぇ、濃い青の時は良く見えてなくて、日が経つごとにどんどん澄んでくんのよ。可愛いんだから」
 未だはっきりしない脳みそでヒッチの猫講座を聞き、適当に返事をする。今日のアルバイト、あんまり忙しくなかったらいいなぁ。なんて考えているとヒッチがタブレット型の清涼菓子をくれた。口に入れると辛くてミントの冷たさが脳に突き抜ける。
 駅前の広告配布キャンペーンで貰った物らしく、そのまま押し付けて俺に手を振りながら同性の友人の元へと走っていった。

 口の中が冷たく感じ、身震いをしてからもう二粒ほど口に入れ、眠気を払おうと尽力する。しかし、すっきりしない脳みそはぼんやりしたままで、長椅子に横になりながら腕を頭上に伸ばすと心地好かった。ジャンはどうしているだろう。人間と猫の姿どっちで働いているものか。俺はこうして育児から離れられるけど、ジャンはずっとつきっきりで、いや、でも仲間も居るから大丈夫か。
 椅子に転がりながらうだうだ悩み、気を抜けば今すぐにでも寝てしまいそうな自分を叱咤する。
「よし、次だ次」
 強引に体を起こし、鞄を担いで教室を移動する。
 サークルには入っていないため、比較的自由ではあるが、だからと言ってやるべき事がなくなる訳でもなく、留年する余裕はない。
 帰ったら、仔猫が寝た隙にジャンといちゃいちゃして癒されよう。

 勝手に今日の予定を立てて鈍い足取りで歩き、大欠伸を一つ。
 後、約二週間ほどの辛抱だ。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 帰宅中もひたすら欠伸が止まらず、帰りの電車でも座っていると寝そうになり、ふらつきながら吊革に捕まって立っていたが、それでも眠ってしまい、膝が落ちる衝撃で目が覚め、吊革を握り締めて驚いていると周りの人からくすくす笑われてしまい恥ずかしかった。
 降りる駅に着くと恥ずかしさから慌ててホームへ走った。お陰で目が覚め、早足にジャンの待つ安アパートへ向かえば、部屋からカレーのいい匂いがしてきて反射的に腹が鳴る。

「ただいま」
「お帰り」
 短い帰宅の挨拶と共に靴を脱ぎ捨てて部屋に上がり、温かい部屋でコートやマフラーを脱ぎ捨てていく。久しぶりにジャンが人間の姿で台所に立っている姿を見た気がする。
 かなり手料理に飢えていた俺は、嫌いな椎茸だろうと、大根だろうとがっついて食べ、ジャンはロイヤルカナンの袋を抱えて皿に移さず食べていた。洗い物を増やすのが嫌らしい。
 同じ理由で猫缶も缶詰に直接匙を刺して食べている。神経質なんだかずぼらなんだか一緒に暮らしていても未だに良く解らない。手が抜ける所は抜く効率的な性格と言えばそうなるか。
「お前風呂入ったか?」
「あぁ、あの仔達も大人しかったし、カレー煮込んでる間に入った」
 腹が満たされ、睡眠欲が再び頭をもたげて来そうな気配を感じてジャンに訊けば、頷いて食器を片付けようとしたため奪い取り、流し台の中に置いて水に浸けておく。
「風呂上がったら俺が片付けとくから、ちび構っててくれ」
「ん、分かった」
 視界の端に、ブランケットの上に転がる子猫達が起きてもぞもぞし出した様子が見えた。洗い物なんか溜めたって死にはしないが、仔猫は目を離したらいつの間にかベッドから落ちて床の上で蠢いていたりするのだから恐ろしい。寝不足の目と脳みそが仔猫を見落とし、踏んづけでもしたら目も当てられない。
「じゃ、頼んだ」
「おう」
 短い会話の間にも俺は服を脱ぎ捨て、風呂に行く。
 食事と風呂で疲れた体も気持ちばかりは回復し、上がったら直ぐに台所に置いてある洗い物を片付けた。ジャンはもう歯磨きも済ませたのか台所にあるコップが濡れており、俺も立ったついでに、仔猫にミルクをやっているジャンを眺めながら終わらせる。
「ミルクを一生懸命飲む姿って可愛いから、これがもう直ぐなくなると思うと、ちょっと寂しいな」
「まー、可愛いよな」
 約三時間おきに起きるのは確かに辛いが、世話をしている間はやはり可愛いし、頑張って飲んでいる姿は癒される。
「店でもやってるとすげぇお客さんが覗き込んでくるんだよな」
 俺がやった時は誰も来なかったが、常から居る店員と、客かどうかも不明な男とは安心感が雲泥の差か。
 歯磨きを終えた後はジャンの隣に座り、ミルクを飲み終わった仔猫の排泄処理。もう一匹が飲み終えたらまた同じように。俺が両方の始末を終わらせると、ジャンも丁度良く哺乳瓶を洗い終わったようで乾燥台に伏せていた。取り敢えず一仕事を終えた感が出てくる。
 また約三時間後には同じ事の繰り返しだが仔猫も確実に成長して行っているようで、多少なりとはゆっくり寝てくれるようになった。
 腹を膨らませてぷすぷす寝息を立てている仔猫にブランケットをかけ手を洗ってから子猫達の傍で体を伸ばしているジャンの背中に抱き着けば、こっちこっちで癒される。
「お前も甘えたくなったのか?」
「まーな」
 仔猫と同列に扱われ、頭を撫でられたが腹が立つより先に気持ちが和む。
「するか?」
 頭を撫でながら俺のこめかみにジャンが口付け、またとない申し出をする。いちゃつきたかった俺には大歓迎の誘惑であるが、途中で寝ないかが心配だ。お互いに。
「寝たらそん時」
「んじゃすっか」
 懸念を口にすれば、あっさりした回答を貰い、俺はいそいそベッドへ向かい、後始末を楽にするためにコンドームをつけ行為に没頭する。口付けすら久しぶりの感覚だ。激しさはないが、こうして確かめ合うようにゆっくりやるのもいい。
 ベッドをあまり揺らさないようにしながら肌を合わせていく。
 幸せだ。
「おっきい赤ちゃんだなー」
 俺が胸を唇で愛撫していたら声を潜めつつジャンが揶揄って来る。
「お前だって好きだろ」
 ぐに。と、弾力のある胸を揉み上げ、乳首を吸ってやれば体が解り易く跳ねてジャンは俺から目を逸らすが、揶揄ったからには反撃される覚悟はあるんだろう。
「あっ、く、ふ……ぅ」
 腰をぐりぐり押し付け、しつこく胸を舐ってやればジャンは眉根を寄せて身悶え、息を弾ませていく。
 こんなやらしい事してくる赤ん坊が居て堪るか。

 コンドームの中に精液を吐き出し、俺が息を吐いていると、ジャンも体を伸ばし、うっとりした表情で胸を上下させていた。
「ねるか……」
「うん」
 出したら出したで急激に眠気が襲ってきて、勝手に瞼が落ちて来そうになる。気怠い体を起こし、コンドームを始末して、ジャンの体も大きな無香料ボディーシートで拭いていおく。
「あ、おれあっちで寝る」
 ジャンも目を閉じた瞬間眠ってしまいそうだったが、ベッドから降りると猫になり、仔猫の傍まで行った。こうしてみると、本当に俺は猫とやってるんだな。と、しみじみ実感する。行為の際は人間の姿とは言え、実情やばい変態だ。
 海外ニュースで見た、馬や山羊とやる奴や、雌エイの性器が人間と似てるからって、オナホール代わりにする奴を馬鹿に出来ないかも。流石に動物には欲情しないが。
「ベッドで寝ろ。風邪引いたらどうすんだ……」
 寂しさ故にベッドから降り、布団を担いでジャンと仔猫の傍に行くと、困惑気味に言われてしまった。ならばと猫用のベッドをジャンと仔猫ごと抱え、自分のベッドに乗せてから俺も横になる。
「じゃ、お休み」
 満足感に満ちた俺の科白を馬鹿にする事無く、ジャンは自分の体で仔猫を包んで目を閉じ、俺も落ち着いた瞬間、意識が落ちて夢も見ない眠りを享受していた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 相変わらず空いている講義室の椅子に仰向けになって転がりつつ体を休め、俺はスマートフォンで猫を飼える賃貸を探していた。
 何度かスマートフォンを顔に落として痛い目を見たが仕方ない。
「中々これって言うのないな」
 誰も居ないために、独り言も欠伸も遠慮する事無く、靴まで脱いで足を延ばし、思いっ切り寛いでいるとメッセージが届き、片眉を上げて開いて見る。知らない相手からだ。
 出会い系ダイレクトメールや、詐欺関係だろうか。だが、開いたメッセージは『いえ どうだ みつかったか』。単語でスペースを開けて送られてきたメッセージ。送信主はアッカーマン。
 アイコンは見慣れた店の外観。話題とアイコンからして思い当たる人物は一人、いや一匹しか居ない。『今探している所です』そう返すと、『じかん あれば みせ よれ』解り易く電子機器の操作が苦手なのだろうと判る使い方。厳めしい風貌に似合わない、硬筆のお手本のような字は書いていたのだから、必要な勉強はしているだろうに、機械は苦手らしい。
 『今日バイトないんで、寄らせて貰います』には、『わかった』。との返信。

 店に出向いてみれば、今日は繁盛しているようで人間姿のジャンが忙しなく客対応をして、仔猫達はどこかに隠されているのか姿が見えない。
「ジャン、ちびは?」
「裏に寝かせてある」
 ジャンに話しかけてから、店長に目配せをすれば頷かれて裏へ入る扉を指差す。
 店内から扉を潜り、餌やおやつの在庫、猫のトイレに寛ぐ用のベッド、事務処理用の書類などがきっちり整理されている棚など、使用者の性格が見えるような部屋へと移動し、猫用の玩具なのか大きい筒状になっている雑貨の中に、ブランケットと共に仔猫が入れられていた。動き回って落ちたりしないようにする対策だろう。
「よう、大人しくしてたかー?」
 目が開き始めて三日ほどで完全に開いた眼は、どちらも不思議な色合いの紺色だった。ヒッチから聞いていたため、大して驚きはしなかったが、これがどんな色に変わっていくのか今から楽しみで仕方がない。
 店長が気を利かせてお湯と、ティッシュにビニール袋を持ってきてくれたお陰で授乳も排泄も滞りなく済ませられ、忙しそうな店内から聞こえてくる声や音を聞きながら、仔猫と戯れていた。
 うちに来て直ぐは本当に小さくて、掌に乗せても半分は余っていたのに、今はもう俺の手と同じ大きさだ。スマートフォンで写真を撮り、俺の膝の上で転がりながら遊んでいる動画も撮る。
 そうしている間に店内から聞こえてくる声が静かになり、裏に顔を覗かせた店長から手招きをされ、猫をブランケットの上に戻すと、ほぼ定位置となっているカウンターに座る。もう客は居ないようで、猫達も各々休んでいた。
「すまん、呼んでおいて待たせたな」
「いえ、客商売なら仕方ないですし」
 店長から紅茶を手渡され、口をつけるとジャンが淹れた物よりも香りが強い気がした。茶葉は同じはずだが、淹れ方の問題か。店長も温くなった紅茶を飲んでいるが、猫が紅茶を飲んでも大丈夫なんだろうか。試飲程度なら問題ないのか、あるいは化け猫には関係ないのか。俺は店長とジャンしか知らないから解らないが。
「ここの近くに新しく建つ猫飼い専用のアパートは知っているか?」
「はい、テレビで見ましたけど、それが何か?」
 カウンターの下から店長がパンフレットを出し、俺の見せてくる。猫のための猫による家設計。だなんて書いてあるが、猫が設計する訳あるか。そこまで考え、じ。と、店長を見ていれば『うん』との判断し辛い返事が返ってきた。
「新しく建てるからにはモデルケースが欲しいらしくて、猫を飼っている人間を先行募集している……」
 パンフレットに目を通していけば、猫がスプレーをしたり引っ掻いても取り換え易いよう上下に分離している壁紙に、傷がつき辛いフローリング、硝子繊維入りの丈夫なロールカーテン、感電防止に高い位置にあるコンセント、部屋にはいたる所に猫が昇るためのステップ、天井には目の細かい網板が橋のように架けられており、天井から日が注ぐよう開閉可能な窓もある。
 本来であればクローゼットなどの人間の荷物置き場になっていそうな場所は、猫の餌や、トイレを置けるようになっており、完全なる猫仕様だった。
「これ、人間用の部屋はあるんですか……?」
「一室用意してある」
 店長がパンフレットを捲り、次のページを見せてくる。確かに人間用の部屋もあるが、ほぼ寝室としての機能しかなさそうだった。
 扉には全て猫用の通行口があり、人間のプライバシーは全く考慮されていないに近い。だが。
「家賃はペット可物件にしては、抑えてある方だ」
「うーん……」
 言葉に嘘はない。しかし、安いとは言い難く、首を捻るばかり。
「モデルケースになって貰えれば家賃は半額で、敷金礼金等も免除でいいそうだ」
「俺はいい話だと思う……」
 ジャンにも勧められたが、美味い話には裏があるもので、どこか落とし穴や欠点があるはずだ。例えば、モデルケースとして住めるのは一ヶ月だけ、期間が終われば家賃が三倍だとか。あまりにも都合が良過ぎて疑わしい。
「気持ちも解るが、態度に出し過ぎだ」
 疑わしい気持ちが如何にもで顔に出ていたのか、店長がただでさえ強面な顔を険しくしてくるものだから、余計に迫力が増す。
「デメリットは何ですか?」
「ケースとして住めるのは一年程度だ。それからは家賃が通常になる。後は、半年間は二週間に一度あるアンケートなどに必ず協力しなければならない。以降は月一だ」
 アンケート程度ならば。とは言え、うんざりするほど大量にあるのかも知れない。だが、家賃が半額の魅力を打ち消すほどでもなさそうだった。
「壁が滅茶苦茶薄いとかは……?」
「活発に走り回ったり、お喋りな猫も居るからな、防音は考慮してある。条件は既に猫を飼っている人間と、確実な支払い能力がある事、猫を虐待したり、無茶な多頭飼いをする人間は強制退去になる」
「相応しくない住人が退去した後、猫はどうするんですか?」
「出て行くのは人間だけだ。猫の対応は……、ここを当てにしているそうだ。言えば俺がどうにかすると思ってやがるんだ、あいつは」
 誰かに対する不服を呟き、不平を言いつつも、結局、受けてしまっているこの人、猫は、見た目からは想像も出来ないほどのお人好しのようだ。人間ならば、詐欺に遭って居ないか心配になってくる。
 このくらいお人好しでなければ、ジャンを雇ったり、こうして俺に提案もしないのだろうが。

 俺は温くなった紅茶を一口飲み、揺れるカップの中の液体を眺めた。後、思いつく欠点は何だろう。
 ジャンはこの店長の提案に乗り気のようだが、引っ越し費用などはどうするか。あの狭い部屋の中にある大物と言えば、ベッド程度で荷物は小さなテレビにゲーム機に棚。
 服や多少の身の回りの物程度で量はない。
「あぁ、あれだ、お前の学校に通うための交通費も浮くだろう?無論ジャンも歩いてうちに通える距離だ」
「あ、そうか……」
 交通費は確かに浮く。学校からここまでは徒歩でも行けて、アルバイト先も電車で一本程度。歩けない距離でもない。
 隙間時間に通帳と睨み合い、ぎりぎり出せる家賃と引っ越し費用の計算はしていた。家賃は半額で今住んでいる部屋よりは多少上がるが出せない金額ではなく、敷金礼金もない。交通費が浮くのならその分を生活費や、今後家賃が上がった時のための貯金に回せる。
「他に参考になりそうなものはありますか?」
「内容は大して変わらないが……」
 配布用のチラシを同じくカウンターの下から出し、店長は俺に渡してくる。大して中身は変わらないどころか情報が少なかったため黙って返却し、パンフレットの細かい文字までじっくりと読んでいくが、誘致を促すための広告だ。耳障り良く聞こえるものばかりで、当然ながら悪い事は書いていない。
 渡りに船ではあるが、これは自分の力ではない。情けなさと不満を感じてしまい、素直に受け入れられないでいると、にぃにぃ。と、大音量の声が聞こえ、眉間に寄っていた皺が緩んだ。

「あ、俺行ってくる」
 ジャンが声に反応してぱたぱた裏へと走っていき、何匹かの猫が後を追っていく。
「今直ぐ答えを寄越せとは言わないが、直ぐ埋まるだろうから……」
「いや、もう決めます。結局他人に頼ってる辺りが嫌ではありますけど、他に選択肢ないんで」
 一言多い。と、店長は俺を窘めた後に電話を取り出し、例の部屋だが。そう言って話を進めていた。
「引っ越しも俺の知り合いの業者を使え。安くて早くて安心だ」
「どっかの業者の謳い文句じゃありませんか。それ引っ越し業者じゃなくて水道業者ですよね?」
 テレビを見ていれば、なんとなく聞き覚えのあるフレーズを店長は口にして、少々照れたように俺から視線を逸らした。この人なりの和ませようとした冗談だろうか。
「腕は確かだ」
 それ以上の会話は打ち切られ、仔猫を抱いて戻ってきたジャンが店長に『お風呂借りていいですか?』などと言っていた。
「どうした?」
「おねしょしてた」
「猫が?つーかしっこもさせたぜ?足りなかったのか?」
 排泄が終わるまで根気良く付き合ったつもりだったが、足りなかったものか、あるいは人間の子供のように、怖い夢でも見たのか。
「解んねぇけど、流してくる」
 人間と同じく、同じ猫でも赤ん坊の言葉は解らず、こちらが悩み考え察するしかない。もどかしいな。
「猫でも間々ある」
 店長は仔猫に話しかけるように言っている。
 恐らくは慰めているようだ。
 解り辛い。

 ともあれ、感謝はしている。
 仕様もない矜持で強がった挙句に何も成せず、思うとこはあれど俺一人じゃないんだ。と、声を聞いて思い出した。
 俺の矜持よりも、安心出来る場所の確保の方が優先だ。あんな安アパートについている引っ掻けるだけの鍵しかない窓など、外から開けようと思えばどうとでも出来る。空き巣や、悪さをする奴が部屋に侵入し、ジャンや仔猫達に危害を加えないとも限らない。
 仔猫を風呂に入れ、丁寧に乾かした後は店を出て空を見上げ、もう直ぐ暖かくなるなぁ。と、思いを馳せた。

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