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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

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紙切れの縁=その三=

・徐々に仲良くなっていくベルさんとジャン
・色々不穏
・ぶち切れベルさんなど
・ベルのお父さんが出張る



 朝日が眩しくて目を開けると直ぐ側で寝息が聞こえた。ライナーが泊まりに来たんだっけ。なんて寝惚け頭のまま目を開けばジャンの寝顔が間近にあって硬直してしまった。
 直ぐにジャンが僕の家に泊ったんだ。と、思い出しはしたけれど、寝起きに隣で人が寝ているのは中々驚くものだ。欠伸を噛み殺し、上体を起こせば寝相が悪い僕にしては珍しくきちんとベッドに収まっている。
 ジャンがストッパーになってくれたのか?ライナーが遊びに来て一緒に寝た時は蹴り落してたから心配だったんだけど。いや、体の体積の問題?狭いわ暑苦しいわでライナーは無意識に蹴ってたけどジャンは細いし、大して圧迫感がなかったのか。
 寝てる自分がどう感じてたかなんて判らないけれど、蹴ったり押しつぶしてないなら多分そうなんだろう。不安が杞憂で済んで良かった。
 窓から差し込む明かりは天気が良い事を示しており、ジャンを見れば気の抜けた幼い寝顔。いつも見ている険しい寝顔とは段違いで、熟睡できたみたいだった。
「あ、おはよう」
「んー、うん」
 ジャンも起きはしたものの、頭はまだ半分眠っているようで、きちんと目が開いてない。
 ゆらゆらして落ちそうだったから肩に触れる。と、ジャンが一気に目を見開いて僕の手を払い除け、その反動でベッドから落ちてしまった。
「驚かせてごめん」
「へーき……」
 ベッドから落ちたジャンは背中や肩を打って痛かっただろうに、それを認識できないほど動揺しているのか床に転がったまま、胸に手を当てて短く速い呼吸を繰り返していた。
「起きて顔でも洗いに行こうか」
「うん……」
 なんとなく察してはいたが、ジャンの受けた虐待の内容が想像できてしまって胸が悪くなった。無垢な子供に自分勝手な欲望をぶつける大人なんて、本当に吐き気がしてくる。
「ごめん、脱衣所解るよね……、先にトイレ行ってくる」
「解った」
 のろのろと立ち上がったジャンは僕の部屋から出て脱衣所に向かった。僕は慌ててトイレに向かい、小を済ませて朝立ちの処理をする。別にただの生理現象ではあるんだけれど、『そういう事』にトラウマを抱えているジャンに、これはとても見せられない。ちょっと空気を読んでくれ僕の体。
 手を洗って脱衣所に行くと、所在なさげにジャンが立っていた。
「どれ使っていい?」
「あ、タオル?歯ブラシも予備あるからそれ使って」
 ライナーは勝手知ったるなんとやらで、いつも予備を適当に使うから忘れていた。
 普通、他人の家で許可なく戸棚開けたり、あれこれ引っ張り出す人は居ないよね。
「あんがと……」
 タオルと歯ブラシを渡せば、ジャンが気恥ずかしそうに上目遣いで見てくる。
 いい子なんだよなぁ。
「うん、気にしないで」
 ジャンが顔を洗っている横で歯を磨き、僕が顔を洗っている横でジャンが歯を磨いている。なんだか新鮮な朝だ。
「じゃあ、ちょっと父さんの様子見てくるから、部屋で勝手に着れそうなの探してて」
 朝は少しだけ忙しい。
 トイレなどの最低限の身の回りは自分でやりたがるからさせてるけれど、ヘルパーさんが来る前に着替えや食事は済ませておかなきゃならないから朝だけは手伝っている。
 父の着替えを手伝いながら、友人が来ている事を伝える。
「ライナー君かい?」
「ううん、父さんが知らない子」
「お前が……⁉」
 僕がライナー以外の友人を連れてきた事実が信じられなかったのか、父さんが謎の感動をしていた。
「その目、止めてよ……」
「すまんすまん、どんな子なんだ?」
「ん、真面目ないい子だよ」
「そうか、お前はただでさえ引っ込み思案だし、私がこうなってからは友達と遊ぶ時間もなくなって……」
「いいって、いつも言ってるだろ?別に嫌々やってる訳じゃないから」
「もっとリハビリ頑張って、お前が安心して友達と過ごせるようにしないとな」
「無理だけはしないでね」
 僕に新しい友達が出来たのが嬉しいのか、こんなに喋る父も久々だ。いつも謝ってばかりで朝から辛気くさい気分に良くなっていたのだけれど、今日は随分と気が軽くなる。
「ごめんね、ジャン、直ぐ朝ご飯作るから」
「あ、キッチン使わせて貰えるなら俺やるよ……」
 父をリビングまで介助し、冷蔵庫の側まで行けばジャンもついてきて、お礼でもしたいのか、意外な申し出があった。
「えぇ、悪いよ。勝手も分からないだろうし、あ、一緒にやる?」
「うん」
 ジャンが頷いたのを確認して、冷蔵庫を開ける。
 正直、大した物は入っていない。食パンに卵、あとは適当な使いかけの半端な野菜屑。
 僕は料理が苦手で、レパートリーも少ないからどうしてもこんな中身になるのが目下の悩みだ。人に見られるのが少しだけ恥ずかしい。
「どれでも使っていいのか?夜の分とか考えてたりする?」
「え、全然?」
 寧ろ、この余らせた物をどうするか頭が痛かったのに、ジャンはてきぱきと食材を選び、半端に残った上にしなびかけの根菜を手際良く切り分け、フライパンで火を入れている間に食パンをトースターに入れて卵とじと、玉葱の入った簡単なコンソメスープを作っていた。調味料類の場所くらいは教えたけれど、僕に全く出番はない。
「ジャンって料理上手なんだね」
「普通だろ?」
「いや、適当にスープにするくらいしか考えてなかった」
 ジャンが作ってくれた卵とじと食パンが載った皿、コンソメスープが入った器を机に並べながら話していれば、随分な謙遜をする。しかも食べてみれば美味しい。作った本人からすれば『こんなの誰でも作れる』そうだが、僕は自分でもどうしてそうなったのか解らない物が出来てしまう事がままあるから、本当に尊敬してしまう。
 料理下手が試行錯誤した結果、大概は冷凍食品、レトルト食品は偉大だとの結論に辿り着くのだから。
「なんかコツってあるの?」
「コツ……、普通に……」
 行儀悪く食べながら訊けば料理上手にとってこれは初歩中の初歩のようで、首を傾げられてしまった。人間、得手不得手は違うから仕方ないと割り切りはしても、自分はともかく父にくらいはちゃんと栄養のある美味しいものを食べて欲しいのも本音で、時々、本気で泣けてくるほど不味いのが出来上がってしまう自分が憎くなる。それで余計に新しい料理に挑戦しなくなるから同じようなものばかりになる悪循環。
「ありがとうね、美味しかったよ」
 父が机を支えによろよろと立ち上がり、洗面所まで歩いて行こうとしたから立ち上がったけれど手で制止され、首を振られてしまった。
「家の中だし大丈夫だよ」
「そう?きつかったら手伝うからね」
「はいはい」
 父は中々おざなりな返事をしてゆるゆると洗面所に向かっていく。
「所で、ジャンは服それでいいの?」
 何でも好きに着て。とは言ったけれど、だぼだぼの黒い無地長袖Tシャツに同じくだぼだぼのデニムパンツを穴が要らないベルトで止めている。靴下だって踵の部分が合っていない。
「まー、ジャケット着るからいいよ」
「ならいいけど」
 ジャンは細いし、もう少し厚着をしてもいいんじゃないか。なんて考えるのは心配のしすぎかな。
「今日は授業どうする?」
「出る、ゆっくり寝れたから気分マシだし」
「そっか、良かった」
 変な事をしてくる人間が居る家で心身共に休めるはずもない。
「別に何もないけど、君さえ良ければ、またうちに来なよ」
「いいのか?」
 僕の提案に、一瞬、ジャンの目が潤んだ気がした。父の許可はとってないけれど、事情を話せば解ってくれるはずだ。
 食事を終え、食器を洗っている横でジャンが拭き上げをしてくれる。
 なんだかいい朝だな。
「ベルトルト、ヘルパーさんが来るまで少し家の周りを散歩してくるよ」
「え、大丈夫?ついて行く?」
「お前は今から学校だろうに、大丈夫だよ」
 父が穏やかに笑い、転ばないようにキャスターがついた歩行補助の器具を持って外に出て行く。少し心配だけど、いい大人にあまり過保護になるのもいけないし、家の周辺なら危険はないと思い直して送り出す。
「お前偉いな」
「なんで?」
 最後のお皿を拭き終え、ジャンが僕を見上げながら言った。
「学校でもちゃんとしてるし、お父さんの面倒までしっかり見てさ」
「仕方ないよ。しなきゃいけない事だから」
「俺、逃げてばっかりだ」
「そんな事ないよ」
 ジャンの両親が亡くなったのはいつかは知らないけれど、あの店に逃げ込んだのが十四くらいだったか。その間、あの男にいいようにされていたのなら、今まで親に保護されていた子供に逃げる以外の何が出来ただろう。
「不良みたいな格好もさ、あぁ言う格好なら学校サボったり、繁華街彷徨いてても不審がられないからって言われて、そっかーって……」
 中身にそぐわない見た目は、あの店長や連れ合いの入れ知恵か。
 確かに、余計な詮索をしてくる人間は格段に減るだろうし、見た目や行動が『そう』であれば学校での行動も、夜遊びも違和感はない。そして、本来のジャンを知れば飲食店の老夫婦の態度、マルコやアルミンと仲がいいのも納得がいく。
「僕じゃ頼りないとは思うけど、逃げ込む場所くらいにはなって上げられるからさ」
 頼ってね。とは言えず、最後は曖昧にする。僕がお金持ちで、なんでもして上げられる立場なら良かったのに。
「あんがと……」
 僕の事をどれほど信頼してくれてるかは解らないけれど、気を抜いた笑顔を見せてくれるのだから、ある程度は信じて貰えたんだろう。
   ◆ ◇ ◆ ◇
「おはようー」
 部室の扉を開け、雑な挨拶と共に汗臭い室内に入ると、朝練を終えたライナーが濡れたタオルで汗を拭っている所だった。
「おう、おはよう」
「なにかする事ある?」
「特には?」
 そ。とだけ言って僕は大きく体を伸ばし、汗臭さを少しでも消そうと窓を少しだけ開けて換気する。
「お前、最近随分とジャンと仲いいらしいな?」
「そうだね。仲良くしてるよ?」
 授業開始前の息抜きとばかりに長椅子に座って足を伸ばし、大あくび。他の部員はまだ戻ってきていないのか、周囲は随分と静かだ。
「随分と気にかけるんだね?」
 ライナーがもごもごしているのが気持ち悪くて僕から話を切り出してみれば、また下衆の勘ぐりのような話が出ているらしい。みんなジャンをなんだと思ってるんだ。
「君だって解ってるだろ?見た目だけで実際は悪さなんてしてない普通のいい子だよ」
「そりゃ俺は解ってるよ……」
 要は、周りの噂好きが問題と言いたいらしい。
 勝手に言わせておけばいいのに、立場上そうもいかないのか。
「噂好きの奴なんて、どうせ直ぐに飽きて他の面白そうな話題に食いつくよ」
「いや、それがな……」
「なに?」
 しつこいライナーに少しばかり苛々して語気が強くなったが、僕が問題じゃなくて、ジャンの方が。そう言われて傍観者では居られなくなる。
「ジャンは今まで、俺の周りの誰かとは深く付き合おうとしてなかっただろ?なのに、急にお前とは仲良くし出した」
「だからなんだよ」
「苛つくな、はっきり言うよ。お前を介して俺に媚び売ってる。なんてご立腹な連中が居るみたいで気になってな」
 は?なんて、声が低くなる。ライナーに八つ当たりをしても仕方がないのに。
 ジャンはライナーとの親交は以前からそれなりにあったはずだ。それが僕と仲良くし出したから急に目をつけられるってなんだ。
「はぁ……、意味解んないよ」
 ぐれた輩の思考回路は本当に解らない。
 今までの経験や状況から鑑みるに、ライナーと直接関わるだけじゃ親交が深まらなかったから、一番近い位置に居る僕を利用しようとした。辺りかな。ジャンは腹を立ててるそいつらの仲間でもないのに?なんて滅茶苦茶な理屈だろう。
「今日はジャンを見たか?」
「一緒に登校したから来てるのは知ってるよ」
 僕は部室に顔を出すからと言って校門の前で別れたから、その後は分からない。
 僕の言葉にライナーは驚いたらしく、素っ頓狂な声を上げたが無視してジャンを探す事にした。道すがら、アメリカンフットボール部の部員とすれ違って声をかけられたけれど、構っている余裕はない。授業開始まであと十分ほど。
 教室の前でアルミンを捕まえ、ジャンの所在を尋ねるが知らないと言う。
 今日、ジャンが教室に居ない筈がない。嫌な予感が強くなり、そういった連中が好きそうな校舎裏へと足を伸ばすが人気はなく、焦りながら周囲を見渡していれば革のジャケットにシルバーアクセサリーをじゃらじゃら身につけた如何にもな輩が三人ほど談笑しながらどこからかやってきて、足早に近づいて声をかける。
「ねぇ、ちょっといい?」
「あ?ジョック様のパシリじゃねぇか、なんかご用ですかねー?」
 にやにやしながら僕を嘲るように顎をしゃくり上げ、ふざけた応答をする。
「ジャンを知らない?」
「はは、聞いたか?パシリはあのビッチにご執心らしいぜ?筆降ろしでもして貰ったかぁ?」
 さっさと答えればいいのに僕の苛立ちは一気に臨界点に達し、目の前に居るそいつの顔を鷲掴みにしてもう一度訊く。
「ジャンは?」
「ざけんなっ、いっ……⁉」
 また答えになっていない言葉を吐こうとしたから指先に力を込め、止めようと掴みかかってきた奴は裏拳で殴り飛ばす。最後の一人を睨みながら同じ質問を投げかければ、やっとまともな返事が返ってきたから掴んでいた汚い頭を放り投げ、指で示された方向へと駆けていく。
 嘘を吐かれていたら直ぐにでも戻って締めてやる。なんて物騒な事を考えながら向かえば、非常階段の踊り場に人影が見えて駆け上がって行くと、ジャンを見つけた。複数の人間に囲まれながら既に私刑を受けたのか、ぐったりと倒れたまま動かない。
「何をしてるんだ」
 先程と似たような輩が四人ほど居ただろうか。
 目の前の連中はせせら笑うばかりで僕の質問には答えようとしない。そればかりか、階段の下段に居た僕の肩に足を置き、蹴り落とそうとするような真似をしてきたから膝裏を掴み、持ち上げてやれば背中を強打して痛みに呻いたけれど、気に何てしてやらない。
「ジャンが何をしたって言うんだ」
 どいつもこいつも、どうして僕から大事なものを奪う。
 母さんを殺し、父さんを不虞者にした車に乗っていたのは薬物で頭がいかれた輩だったと母さんの葬儀で聞いた。どうしてこいつ等は必要もないのに人を傷つけて、他人の大事な存在を奪ってへらへらと笑っていられる。
「返せ、二度とジャンに近づくな」
 自分でも信じられないような、どすの効いた声が出た。
 後ずさりを了承とみて割って入りながらジャンを抱き上げれば意識はあったようで、薄く目を開けて口の動きだけで僕の名前を呼んだから、正常な認識能力はあるようだ。
「お、おい……」
「は?」
 人が安堵しているのに、無粋な奴が声をかけてくるから苛立ちが再発する。
「なに?」
「い、いえ、なんでも……」
「なら呼び止めるな」
 ジャンをあまり揺らさないよう抱き込んで階段を駆け下り、保健室へと連れて行く。
「すみません、急患です」
「え……⁉」
「階段から落ちました……」
 よもや朝から人が運び込まれるなんて想像すらしてなかっただろう保険医は慌てて立ち上がり、駆け寄ってきた彼女に私刑を受けた事を説明しようとすれば、ジャンが遮って嘘を吐く。
 大事にしたくないんだろうけれど、今の状況ですら?あるいは、問題になって保護者である例の男が来るのが怖いのか。
 保険医にベッドに寝かせるように指示され、素直に従う。
 ジャンの考えは尊重したいけれど、したくない気持ちもあって、でもどうにも出来ない自分がもどかしい。
 こんな自分勝手な懊悩を余所に、保険医がジャンの意識の状態を確認し、脈を測ったりしている。僕は見ているだけだ。
「頭打ったりした?吐き気はある?」
 ジャンはどちらの質問に首を振るが、足や腕が痛いと呟いた。
 保険医が謝りながら服を捲れば足や腕に痣が幾つかあり、腹の中で怒りがぐつぐつと煮える。
「触った感じ骨は大丈夫そうだけど……、剥離骨折の場合もあるから痛みが続くようなら病院でレントゲン撮って貰わないと解らないから、ちゃんと行くのよ?」
 私刑をされた際に、咄嗟に頭や腹を庇ったんだろう。的確な判断だけど、だからって良かったとは言えない。
 保険医が痣のある場所に湿布を貼り最低限の手当てをして暫く寝ているように指導する。
「じゃあ、ゆっくり寝ててね。痛みが治まってきたら帰っていいから」
「はい……」
 ジャンは素直に返事をしてから布団の中に潜り込む。
 声をかけるべきか、そっとしておくか悩んでいると保険医に肩を叩かれ、廊下まで連れ出されてしまった。
「あのね、学校の保険医でも一応、知識はあるのよ。転んだ打ち身と殴られた痕くらい区別はつくわ」
「あ、すみません……」
「事情があるんだろうけど、本当にあの子大丈夫なの?」
「大丈夫かは、僕じゃ……」
「そりゃそうか……」
 保険医は困ったように天井を仰ぎ、『保護者は?』と、訊いてきた。ジャンが一番避けようとしたものだ。
「あの子は、ちょっと家庭事情が複雑なもので……、連絡はしないで下さい」
 多くは言わず、連絡は不可。それだけを強調すれば保険医の表情は険しくなるばかりで、長い髪を指先でいじり回している。
「貴方は信用していいのね?」
「はい」
 はっきりと答えると、ならば。と、僕に一旦預ける旨を伝えられ、目に余るようなら保護者連絡も致し方なしの最終通告を受けた。
   ◆ ◇ ◆ ◇
 二限目の予鈴が鳴り、遅れて教室に入ったら、クラスメイトがどこかよそよそしい。
 然程仲良くしてた訳ではないけれど、なんとなしに感じる違和感。
 一応、ジャンは不良に属してるし、僕が不良に染まったとか変な噂が流れてても可笑しくはないように思う。勝手に言ってればいい。どうでもいい事だ。
「ねぇねぇ、ベルトルト君って不良と付き合いあるって本当?」
 授業が終わり、ジャンの様子を見に行こうとしたら案の定な内容で女子に声をかけられる。
「普通の友達しか居ないよ。用事あるからもういい?」
 解り易く面倒臭い事態。
 みんな何故、そんなに他人が気になるんだろう。
「俺は不良を更生させたって聞いたけど?お前すげーな」
 情報が錯綜してるようだ。
 どうでもいいから早くジャンの所に行かせてくれ。
「別に何もしてない」
 言い切ってから直ぐに教室を出て保健室に向かうと、ジャンは十分ほど前に出て行ったそうだった。本当に大丈夫ならいいけれど、直ぐ無理をしてしまう性格みたいだから、今一、あの子の大丈夫は信用成らない。
「ありがとうございました」
「いーえ、危なっかしい子が友達だと大変ね」
 保険医に愛想笑いだけしてスマートフォンを出し、ジャンへと連絡すれば『部室前』とだけ返事が直ぐに来た。時計を見れば休み時間は後六分ほど。慌ててアメリカンフットボール部の部室前に行き、鍵を開ける。
「ちゃんとベッドで寝ればいいのに」
「人の気配がしてると寝にくい」
 救出した時よりは顔色もいいし、精神状態も安定している。
 本来なら授業に出たかったはずなのに、屑のせいで予定が狂ってしまって不憫だ。いや、僕のせいか?
「僕は授業戻るけど、どうする?」
「もうちょっと休んでから俺も出るから、ほっといてくれ……」
 いつも通り、鞄からブランケットを出して横になるジャンに自分のジャケットを脱いでかけてやる。
「いいよ、寒くなるぞ」
「寝てる方が寒いだろ?僕暑がりな方だから大丈夫だよ」
 寒かったら適当にジャージでも着てればいいし、怪我をしている以上、労られるべきはジャンの方だ。
「なんでお前そこまでしてくれんの?そんなに俺が好きな訳?」
「ちょっと似てて放っておけないから、好意は持ってるよ。じゃなきゃ無視してる」
 僕はライナーほど博愛じゃない。
 出来る事が限られていて、手が伸ばせる範囲は無限ではないとも理解している。
 だから、まだ手の届きそうな範囲に居るジャンの手を掴みたい。実際は爪の先ほども届いてないのに、届くと勘違いしているだけかも知れないけれど。
 端的に質問に答え、時間もなかったから直ぐに教室に戻って授業を受け、休み時間になったら直ぐにスマートフォンを確認する。
 特にジャンからの連絡はなく、念のために教室に行くと、机に突っ伏している姿が見えて自分の教室に戻った。あれだけ人が居る場所に乱入して暴れるほどあの連中も愚かではないだろう。
 放課後になればジャンに『家に帰るのが嫌ならうちにおいで』と、送ってから帰宅する。
 昨日出来なかった家事を済ませ、気晴らしに体を動かしてシャワーで汗を流し終わった頃だろうか、インターホンが鳴なったため出てみれば、色んな荷物を抱えたジャンが立っていた。
「いらっしゃい、バイト帰り?」
「あぁ、あいつ居なかったから風呂は入ってきた」
 警察に属する職業上、毎日が定時帰宅とならないのはジャンにとって幸いか。それでも、いつ帰ってくるのか解らない恐怖や、嫌な記憶がこびりついた場所で眠るのは辛いんだろうな。飽くまで僕の想像でしかないけれど。
「ご飯は?」
「適当に食った」
「じゃあ、僕ももうお風呂入ったし寝ちゃおうか」
 時間的にはもう十一時になりかけで、父は就寝した。
 ジャンの事はもしかしたら。程度には話しておいたし、朝になって他人が居ても然程、驚きはしないだろう。
「あのさぁ、……お前って裸族なの?」
「いや、これはちょっと暑くて……」
 部屋に足を伸ばせば背後からもたらされる気不味そうな声色。ジャンが来るかも知れないのに、湯上がりで暑かったからって、下しか履いてない状態でうろうろするのは軽率だったか。
「筋肉もすげぇし」
「本読むか、運動するしか趣味がないからね。家の事があるから部活には入れないけれど、体を動かさないと上手く眠れなくて」
 足早に自室に入り、Tシャツを着ながら話題を逸らすように言えば、あまり興味なさげな返事。恥ずかしさでまくし立てただけで乗って欲しかった訳じゃないけれど、全くの無関心は少しだけ寂しい気もする。
「あ、思ったんだけど、僕リビングで寝ようか?」
「は?なんで?」
 学校で聞いた、人の気配があると寝にくい。との言葉を伝えれば、ジャンの眉間に酷い皺が寄った。
「間借りした挙げ句に部屋の持ち主を追い出すとか、どんだけ図々しいと思われてんだよ……」
「隣だし、気配を感じるどころじゃないかなって……」
「いいよ。あと、これ……!」
 ジャンが持っていた荷物の一部を押しつけられ、良く解らないまま中身を覗くと食パンや、卵、使い易そうなカット野菜なんかが紙袋の中にぎっしり入っていた。
「明日作るから……」
「いいの?」
「ただで間借りも居心地悪いだろ」
「解った。ありがたく拝借するよ」
 好意だし、本人の気が済むなら受け取った方がお互いに気分がいい。
 一旦部屋から出て、預かった食材を冷蔵庫しまっていれば、徐々に寒さを感じ出す。
 秋も中旬。玄関を開けた際も冷たい外気が入り込んできたし、流石にそろそろ冬の準備が要りそうだ。薪は十分にあっただろうか。
 暖炉の前でのんびり三人で過ごすのも悪くない。なんて夢想をしながら自室に戻れば、ジャンは既にベッドの中。今回は壁際に寄って寝ていた。
「あの、僕も寝るね?」
 そろ。と布団を持ち上げ、宣言をしてもジャンは動かない。
 なんにせよ、緊張させないように背中を向けながら横になり、目を閉じる。

 朝になれば、ジャンの方が早く起きて朝食を作ってくれていた。
 美味しそうなコーンポタージュにシーザーサラダ、とろとろのスクランブルエッグ。パンは僕が出てきてからトースターに入れていた。本当に手際がいい。
「ごめんね、作って貰っちゃって」
「いーよ、迷惑かけてんのこっちだし」
「迷惑なんて、寧ろ助かってるよ。あの子は料理が上手かったな。とか昨日ぽろっと言ってたし」
 父さんに悪気はないのだろうけれど、本当に僕が作るものは不味いんだろうな。本当に無意識に漏らしてたようだから。死んだ母さんも料理上手だったし、父さんだって休みの日に作ってくれたりしてたから下手じゃない。なのに何故僕は。
「お父さん連れてくるなり、歯磨いてくるなりして来いよ」
 僕が昔を思い返しながら遠くを見て黄昏ていたからか、ジャンに気を使われてしまった。
「そうする」
 父さんの部屋に行ってジャンが来ている事を教えたら、なんとなく嬉しそう。人が来るのが嬉しいのか、それとも美味しい朝食が嬉しいのか。
「あの子はお前のいい人なのか?」
「付き合いだしてそんなに経ってはないけど、いい子だと思うよ?」
 着替えを手伝っている時に父さんから質問されたけれど、何を今更。と、思いながら適当に返す。それよりも、早く行かないと折角作ってくれたものが冷めてしまう。
 父さんを伴ってリビングに戻れば、コーヒーまで出てきた。インスタントとか言ってたけど、物凄くちゃんとした朝ご飯に感動すら覚えてしまう。
「凄く早起きしたとか?」
「なんで?」
「色々作ってるから、僕こんなに作れないし……」
「コンポタは牛乳温めて粉入れただけだし、サラダは洗ってドレッシングかけるだけだし、卵やパンに至っては焼くだけだぞ?」
 ジャンにとっては二十分程度もあれば出来てしまうものらしい。
 僕には魔法みたいに見える。
「そんなに下手なのか?」
「レシピ通りに作ってるつもりなんだけど、なんか違うって言うか、妙に不味いんだよねぇ……」
「ちゃんと作って不味くなる意味が分かんねぇんだけど……」
 ジャンにはレシピ通りに作って不味くなるものが思い浮かばなかったようで、スクランブルエッグを乗せたパンを齧りつつ、眉間に皺を寄せながら悩んでいた。
「お前は昔から物作りは苦手だったからなぁ」
 父さんが苦笑して暴露する。
 別に苦手なものを得意と言い張って格好をつけるつもりはないけれど、わざわざ指摘されると恥ずかしい。
「ごめん、不味いのばっかり作って……」
「いや、そう言うつもりじゃ……」
 父さんも非難するつもりはなかったのだろうけれど、実際、朝はほぼパンやシリアル系で済ませてしまっているから、これまでの罪悪感がちくちくと突かれてしまう。
「やってりゃ上手くなるだろ、気にすんなよ」
 ジャンの雑な慰めを空笑いで流し、食事を終えれば食器類を片付けて、父さんに見送られつつ学校へ。
 風は少し冷たいけれど空は良く晴れていて、外に出ると気持ち良かった。
 今日は平和だといいな。
「じゃあ、何か遭ったら直ぐ連絡してね。鳴らしっぱなしとかでもいいからさ」
「んー、分かった」
 校門前で別れ、教室に行けばクラスメイトはどこか余所余所しかったが、面倒なので放置して必要な事にだけ打ち込む。休み時間にもジャンからの連絡はなく放課後を迎え、部室に行くと誰も居ない。乱雑に服が脱ぎ散らかされていたり散らかっていた。
 誰が誰のかは解らないから、適当に畳んで邪魔にならないよう椅子の隅に纏めておく。

 スマートフォンを出し、ジャンに『大丈夫?』と、送るが返事はない。
 比較的、早めに返信はする方なのに。

 気になって校内を探し回り、昨日絡んでいた連中を見かけたから訊いてみたけれど、知らないらしい。ご飯を食べてアルバイトにでも行ったんだろうか。にしては時間が早いような気もする。
「あの、本当に知りませんし……、もう……」
「まだ居たの?知らないならいいよ」
 別に捕まえてた訳でもないんだからさっさと行けばいいのに。
 スマートフォンを出して確認をしても、既読すらついていない。
 家に行ってみようか。流石にあんまりか。

 逡巡していると、メッセージに既読がついて『大丈夫』とだけ入ってきた。
 ジャンの大丈夫ほど信用できないものはないけど、あまりしつこくするのもどうかと思い『了解』だけを送って僕も帰る事にした。

 それを翌日、僕は酷く後悔する事になる。

 

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