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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

幸せです=惹かれる香り=その三

【幸せです】
・モブが凄く出張る
・ジャンの悪口言いまくりなモブに切れるフロック
・最初はフロックの独白っぽい感じ
・ややヤンデレ?から良夫?なフロック
・甘えんぼフロック

・二人のモブ赤ん坊が産まれます
・モブさんもそこそこ出ます
・腹開いて血塗れの描写がちょっとある
・なんだかんだ幸せです







 ジャンに最悪の提案をされた時は、残酷な奴だと思った。
 『お前を好いている』そう告げる相手へ、心を伴わない関係になれと言う。好いてはやれないと言いつつ、期待をさせる。人の感情が解らないサイコパスか何かと思ったくらいだ。

 『使う』の発言にしてもそうだが、つがいを持たないオメガは発情を解消させるために、他人を道具にする事が当たり前なのか。などと考えたりもした。以前の恋人はそのための相手だったのかとも。
 ただ、ジャンが情もない相手と抱き合うのは、あまりにも似つかわしくない気もした。それだけ薬で抑え込めない発情期が辛いのだとも受け取れるが。ただ、これ等は後々、冷静になってから考えた事であって、俺がその時一番考えたのは、『利用されるだけの道具に成り下がって堪るか』だった。
 短い付き合いではあるが、ジャンは自己肯定感の低さ故か絆され易い。求められると断れないと言えばいいのか。線引きはある程度しているようだが、そこに付け込もうと思った。

 好意は最早、執念と執着と呼ぶに相応しく、ジャンを手に入れるためなら方法は問わず、多少時間がかかっても構わなかった。
 手始めに発情期の際に抱いた後、放心しているジャンのうなじを噛んでみたが、やはりベータの俺では無意味なようだった。これでつがいになれるのなら一番手っ取り早かったのだが、残念に思いはすれど想定の範囲内。
 なればこそ、ジャンに別れたいなどと思わせないよう、負担になるような行動や行為は控え、我ながら実に献身的だったと思う。その甲斐あってか、ジャンは次第に我儘を言い、俺の前では寛ぐような表情を見せ始めた。単純に俺に慣れたのか、無害な相手との油断か、無言で居ても気負わないようになったらしい。

 そして、次はどうしようか悩み出す。
 このままでは延々と平行線を辿るだけで意味がない。徐々に目的に近づいてはいるものの、ものにするだけの一手が足りないもどかしさに苛つき、止めていた煙草もまた吸いだしてしまった。
 そんなある日、ジャンの部屋に寝泊まりし、寝惚けつつも後ろ姿を目で追っていた際に、発情期でもないのに薬を飲んでいるジャンを不思議に思ったのが切っ掛けだ。
 疑問を疑問で終わらせず、ジャンが風呂に入っている間に薬の詳細を調べればオメガ用の避妊薬。ふと、逃がしたくないのなら、一生傍に置いておきたいのなら、『妊娠させればいいのでは』と、思いつく。最低な発想ではあると理解しつつも、先に人の気持ちを利用して最悪の提案をしたのはジャンなのだから、罪悪感はなかった。
 インターネットで検索をかければ、ただの砂糖の塊である偽薬を避妊薬に似せたシートで包装している物が出てきた。作っている奴曰く、『ジョークアイテム』らしい。
 冗談になっているかどうかは理解不能だが、俺の目的に使用するには有用な物で、少々高かったが、迷う事無く購入し、使用中の物以外は摩り替え、ジャンはコンドームを着けないとさせてくれないから、こっそり穴を開けたりする涙ぐましい努力の日々だった。
 知った時はどんな顔を見せてくれるのか、子供はきっと可愛いだろうだとか、物凄く楽しみになり、浮かれて婚姻届けまで先走って貰ってきてしまった。

 だが、俺の思惑は中々功を奏さず、ジャンは孕んでくれない。
 薬が本当に偽薬なのかすら疑い出し、作った人間に問い合わせたりもしてみたし、自分は子共が出来ない体ではないのか?とも疑った。結果は、どちらも問題なしとの回答。
 となれば、原因はジャンにある訳で、発情期の熱が収まって寝こけているジャンの腹を撫でて首を傾げていた。オメガとしての発育不良だったとは聞いている。しかし発情期はしっかりある。発情期が来るからには子供を作る準備が出来た体だと言う事。
 ならば、性行為を繰り返せば子供が出来るはずではないのか。こそこそやっている手前、検査をして来いとは言えず、まだ元気がある時に、眠るジャンに中出しでもしてやろうか考えてた矢先だった。

 ジャンが体調を崩したのは。

 本人は、微熱がずっと治らない。と、言って部屋へ来ようとする俺を帰そうとする。きっと風邪だと勘違いしたんだろう。
 最初は俺もそう思った。体調不良が続く中、仕事で体力を使い果たし、食事を作る元気もないようで、適当な物を買って持って行ってやるが、自分はあまり食べようとはせず、俺にばかり食べさせ、どうにかすればトイレで吐いている。流石に風邪ではなく、胃腸炎かなにかではないか。と、本人は苦し気に零していたが、もしかしたら。そう考えたら俺はわくわくが止まらなかった。
 次の日に、同僚に病院に行くよう促され、早退したジャンは結果を自ら知らせてくれるか、気がかりでならなかった。

 外で無邪気な子供が居れば目を細めて眺めていたり、じゃれついてくれば優しく対応する辺り、決して子供は嫌いではないようだったが、自分の腹に居る存在はどうするだろう。
 仕事が終わって即、真っ直ぐにジャンの元へと向かい、部屋に入れば膝を抱えて丸くなり、泣いているようだった。
 雰囲気から見ても歓びではなく、絶望の涙のようだった。

 出した婚姻届けにも全く署名してくれないし、俺の子供が嬉しくないのか。と、若干むかっ腹が立ち、堕ろすなんて言うジャンを殴ろうかとも思ったが、俺は親にはなれない。そう話す内容を聞けば、涙の理由も納得せざるを得なかった。
 アルファとオメガの親からベータに生まれたついた子共への虐待。身近ではない、寧ろテレビの中の物語のようにすら感じていたものが、目の前に存在していた事に驚き、更に言えば自分の子供を犯そうなんて思考に吐き気がした。ジャンに『親』は居ない。必要ない。
 親の事までは考えが及ばなかったが、案の定、前の恋人は屑の中の屑だったようだ。だが、子供が死んだ事すらジャンは自分の責任だと感じており、相手を責めるような言葉はなかった。どこまで甘いんだかこいつは。
 話を聞き終わってから、動揺し、混乱し切っているジャンを宥め、寝かせてスマートフォンで必要な情報を検索しつつ次を考えた。

 その翌日。
 妊娠が判明したのに仕事に行こうとする馬鹿を叱ったが、あまり精神的苦痛を与えると流れ易くなる。と、書かれた記事を思い出し、苛ついたが渋々出勤を許し、ジャンの監視に終始する事にした。
 人に言わせれば仕事をしろ。だろうが、それはゲームをして時間を潰すようなごみへ言って欲しい。
 ジャンを監視しながら産休届や、様々な規定が書かれた書類をプリントアウトし、纏めていたらいつの間にか席を立って、給湯室でコーヒーなんぞを飲んでいたため、慌てて社内に置いてあった自動販売機で麦茶を買い、コーヒーは奪っておいた。
 腹に子供がいる間は薬を飲んだり、カフェインは良くない。そう書いてあった。こいつはどれだけ意識がゆるゆるなのか。腹に子供が居る自覚があるのか。
 怒りたい気持ちをぐっと堪え、資料と指輪を渡し、ジャンから奪ったコーヒーを飲みながら机に戻り、また色々調べていた。

 つわり期間はとにかく食べられる物を探した方がいいらしい。との情報を目にしてファミリーレストランに行った。
 胃に負担がかかりそうな物や、匂いがきつい物をなんとなく避けつつ、適当に注文しては模索する。ジャンが食べられなかったものは俺が処理し、最後辺りは食べ過ぎて胃の重さに苦しんでいた。
 俺がトイレに行っている間に、ジャンが支払いを済ませていたのは、なんだか負けた気分になってしまったが、食べれる物の傾向が解ったのは大きい。
 だが、帰ってからもやたら風呂が長くて中で倒れてないか不安になるし、カフェインをとろうとするしで、怖いから俺の目が届く位置に居て欲しい気持ちが強くなるばかり。
 髪だって雫が垂れるほど濡れているのに放っている。風邪を引いたらどうするのか。諸々気を付けて欲しい事ばかりだ。
 俺が怒っててもジャンは困ったように笑うだけで、管理してやらねばならない意識が強くなる。

 やっと手に入れたんだ。
 子供もジャンも、どっちも手から落としてなるものか。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 ジャンは真面目に仕事にはいくものの、つわりがかなり酷い体質らしく、見るからにやつれ、様々な匂いが充満している食堂には近寄れもしない。

 オフィスならばぎりぎり居れるようだったが、人の匂いが気になるのか、常に表情は険しく、どうかすれば吐き気がするようで、慌ててトイレに駆け込んで行く事もしばしば。当然、仕事も進まず、気になった課長が会議室に呼び出して事情を聞いているようだった。
「なんて?」
「……帰れって、後、明日から有休」
「分かった」
 事情を話せば、ジャンがオメガだと知る上司は直ぐに有給手続きと、産休を取得し、体と子供を労われ。と、きつい中でも頑張ろうとしてしまうジャンを諭してくれたようだった。
 俺が休むように言っても『皆に迷惑がかかるから』、そう言って聞かなかったのに、権力って大事だ。

 ジャンから仕事を引き継ぎ、俺が仕事をしていると、例の馬鹿が誰かを捕まえて、ぐだぐだ文句を言っているような声がした。
 相変わらず、自分は何もしない分際で鬱陶しい屑だ。
「よ、キルシュタインさんに仕事押し付けられて可哀想だなー」
 別に来なくていいのに、わざわざ俺の所に来て、揶揄って来る糞な先輩がかなり煩わしい。
「俺、貴方ほど無能じゃないんで、定時には終わるから大丈夫です」
 一応先輩ではあるが、尊敬出来ない人間に払う敬意はない。
 後ろできぃきぃ怒って先輩に対してなんだ。お前はそもそも人としての礼儀が云々。だのと喚いているようだったが無視しておいた。人に言う前に自分が礼儀の勉強をしろ。

 宣言通りに、定時で終わらせ自分の部屋ではなくジャンの部屋に豆腐を持参して帰宅する。あれこれ食べた中で、豆腐が一番、美味しく感じたらしい。今まではそれほど好きでもなかったのに、実に不思議なものだ。腹に居る子共の好みだろうか。
「これ美味いな!」
「んじゃ、また買ってくる」
 塩昆布をかけた豆腐を美味しそうに食べるジャンと共に、俺も適当に食事をする。
 ジャンの有休自体は、発情期に入った日数と、会社が強制的にとらせた日数以外は全くの未消化で、相当残っているようだ。申請のついでに産休のための書類も貰ってきて、夕食の後に書き方を確認しつつ書き込んでいた。
「ついでに書いてみねぇ?」
 皺々になった婚姻届けを座卓の上にそっと出し、冗談めかして言えばジャンは苦笑しつつも署名してくれた。俺が犬だったら嬉ションくらいしていたかも知れない。
「なんだよ、自分が書けっつっといてびっくりするなよ……」
「びっくりっつーか、感動っつーか……」
 伴侶となるための署名が二人分並んでいる。額縁に入れて飾っておきたいくらいの気分だったが、明日、昼休みにでも直ぐ出しに行こう。うきうきの気分で婚姻届けを鞄に仕舞い、自宅から持ってきた簡易ベッドにもなる座椅子を倒して寝る準備をする。
「一緒に寝たら駄目なのか?」
 ただでさえ狭い部屋に荷物が増えた事が嫌らしいジャンが苦言を口にするが、俺は即座に頷いた。
「寝てる間にうっかりお前の腹蹴ったり、体重かけたりしたら嫌だし、俺が知らない間に万が一、体調が悪くなったら怖い」
 いつかのジャンではないが、寝ている間の行動など自分でも把握が出来ないものだ。それなら家に帰れば。とも言われたが、見ておかないと不安になるから仕方ない。
 もしもだ、急に体調が可笑しくなり、周囲には誰も居ない。それで処置が遅れて子供が死んだら、今度こそ立ち直れない可能性があり、ジャン自身も危ない。
「なんかあったら直ぐ動ける人間が要るだろ?リスクの分散って奴」
 仕事中は無理でも、せめて夜だけは。そう説得すると、ジャンは泣きそうな顔で笑う。大事にされる事に慣れていないようだ。
 俺は親に虐待される辛さや恐怖は知らないし、自分とは別の生き物が腹の中で育っている感覚も解らない。親としての自分なんて、未だに想像すらつかない人間ではあるが、
「お前がげーげー吐いてるのも、しんどいのも変わっちゃやれねぇしな。このくらいさせろよ」
 ジャンが唇をきゅ。と、噛み俺から目を逸らして俯く。
「あんま泣くと体に悪いんじゃねぇの?」
 俺が下からジャンの顔を覗き、手で顔を擦ってやれば、じゃあ、泣かせるような事を言うな。なんて笑いながら言われた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 朝になって会社に行くと、何人かで纏まって立ち話をしているグループが幾つかあった。
「なんかあったんですか?」
「あ、キルシュタインさんが妊娠したって知ってる……?」
 どうやら、ジャンが有給申請と共に、産休届の書類を貰っていった事を人事課の人間が漏らし、事情を知る誰かがオメガである事をばらしたため、部署を飛び越えて噂になっているようだ。
 糞野郎が居るもんだ。
 驚いて俺に教えている女子社員にも悪意はないだろうが、ないからこそ性質が悪い。早速、有り得もしない妙な憶測や、文句、偏見交じりの声も聞こえてくる。
「まぁ……、知ってます」
「まじかぁ、俺知らなかったわ、なんか、体調悪そうな様子がさ、うちのが妊娠した時の様子に似てるから、あれ?とは思ったんだけど、いや、まじで随分、しんどそうだったけど、大丈夫なのかね?」
 ジャンと仲良くしている先輩が思い返してみれば。を、語り、話題は発展していく。うちの。『うちの』か、婚姻届けを出したら言ってみたい。いい響きだ。うちのジャン。俺のジャン。いい。
「そのための大事をとっての休暇ですし、大丈夫ですよきっと」
 俺がそう言えば、未だ心配そうな様子を窺わせつつも、そうだな。と、笑って見せる。この人はいい人なんだがな。
 ぶつぶつ遠くで文句を言っている輩と比べれば。
「相手の人ってどんな人かな?赤ちゃんいいなー」
 まだ若い女子社員は結婚や出産に夢を持っているんだろう、本気で羨ましそうにしている辺りは微笑ましい。あの不調具合を見ていたら、全く産みたいとは思えないが、おめでたい事には変わりはないし、俺も楽しみだ。自分の子供と対面したら、どんな感情が湧くんだろう。今から不安と期待が入り混じっている。
「何言ってんだよ。夢見過ぎ。結婚もしてないんだから、ちゃんとした父親が居るかどうかも怪しいのにさ。憧れたら駄目駄目」
「は?」
 俺が皆の話を聞きながら、幸福な未来に思いを馳せていれば、糞野郎が会話に割り込んできた。呼んでもないのにこっちくんな。
「それ、キルシュタインさんに失礼でしょう?」
「失礼なもんかよ。オメガって発情期になったら相手は誰でもいいんだろ?犬みたいに盛ってけつ振ってさ、誰の子共とも知れないもん産んだりなんて良くあるらしいぜ?」
 俺が咎めても、喋るごみは調子に乗って口を動かしている。
「何日も休んでたのは発情期でだろ?薬で抑えられるこのご時世に、わざわざ休みとるって、男漁りでもしてたに決まってんだろ。挙句に妊娠とか、自己管理がなってないんじゃないですかねー?」
「それは先輩の勝手な想像ですよね?それをさも事実のように言い触らすのはいかがなものかと思いますが」
「随分庇うなぁ、お前もあいつに食われた感じ?はは、懐いてたもんなぁ。オメガなんてみんなビッチなんだから、自分が特別とか思ったら駄目だろ、かわいそー」
 俺が反論すれば、そいつは肥溜めのような口を動かして更に言葉を被せてきた。実に不愉快で、不快だ。周囲の人間も、あからさまに眉を顰めている者、顔を引き攣らせている者、笑ってはいても失笑がほとんどで、誰一人として同意する人間は居ないのに、よくもべらべら汚い汚物に塗れた言葉を吐き出せるものだ。
「いい加減にして下さい。ずっと一緒に仕事をしてきた仲間を良くそんな風に言えますね」
「仲間つっても仲良しグループじゃねぇし、そもそも俺、あいつ嫌いだしな。へらへら周りに媚売って、なんも悩み無くて苦労もした事なさそうだし?お前だって、あいつの事を馬鹿だのどうの言ってただろ?なんなの?」
 何も知らない分際で。
 俺もジャンから聞かされるまで知りはしなかったが、だからと言ってここまで軽視したりはしていない。
「あんたみたいな人をいいように使う奴に使われて悔しくないのか、馬鹿か。とは言った覚えありますけどね?」
「おい、フロック、もういいって、ちょっとトイレにでも行って頭冷やしてこい……」
 俺がむきになって反論していると、別の先輩が止めにかかるが、俺の視線は目の前の汚物に固定されたままだ。
「ビッチにいい子いい子されて懐いちゃって可哀想な奴。同じマンションだっけ?あいつのフェロモンにやられて腰振ってたんか?あっはは、きもっ!マンション中の野郎と竿兄弟なんじゃねぇのお前」
 とうとう我慢ならず、肩に置かれた手を振り払い、汚物の胸ぐらを掴んで思い切り殴り飛ばした。あれだけ言っておいて殴られるとは思いもよらなかったのか、目をかっぴらいて汚物が俺を見ている。
「ジャンがどれだけ苦しんでたか、なんも知らねぇ癖にべらべら喋んな。てめぇの口縫い付けんぞ。それとも、歯、全部叩き折るか?」
 俺が再度拳を振り上げると、周囲に居た男達が止めに入り、拘束されてしまった。暴れる俺を複数の腕が捕らえて、宥める言葉を寄越しているが、一切聞こえず、汚物に向かって行く。
「本当の事言われたからって切れてんじゃねぇよ!糞がっ⁉」
「糞はてめぇだろうが!ビッチだのなんだの、意味解んねぇもん言い触らしやがって!」
 噛みつかれれば噛みつき返し、粗野な野良犬の喧嘩の如き様相を呈してくる。この屑め。噛み殺してやりたくて仕方がない。
「俺は間違った事なんか言ってねぇだろうが⁉」
 汚物も殴られて興奮しているのか、自らを擁護し、口汚くジャンを蔑む言葉を掃き散らかして、血管が切れそうなほど体に力が籠る。
「恋人も居ねぇ、結婚もしてねぇのに妊娠とかビッチ以外なんなんだよ!父親が解んねぇからみっともなくて会社に報告も出来なかったんだろ⁉何が違うってんだ!」
「父親は俺だし、恋人の有無なんざ、なんでお前に知らせる必要あんだよ⁉お前、ジャンのなんのつもりだ⁉」
 勢いで言ってしまえば、周囲がしん。と、静まり返り、汚物も口を開けたまま、急に白痴にでもなったかのような表情で俺を見ていた。肩で息をしながら苛立ちを吐き出すように溜息を吐いて、背後を顧みると、俺を捕まえてる数人に、離してくれるよう促す。
「えーっと、お騒がせして申し訳ありませんでした」
 噛みつく相手が居なくなった途端、急激に頭が冷え、髪をがしがし掻き回しながら謝罪をする。苛つき感はまだあるが、はらわたが煮え繰り返っていた先ほどでもない。
「式は予定してませんが、ジャンと俺は入籍します。子供も確実に俺の子です。こいつが言っているような事実はありませんので、下らない言説に惑わされて、妙な噂を撒き散らすのは止めて下さい。はっきり言って俺もジャンも迷惑です」
「あ……、おめで、とう?」
「ありがとうございます?」
 ジャンと仲のいい先輩がぎこちなく祝福の言葉を口にすれば、話題は一気に俺に向かってきて、朝礼の時間も過ぎているのに誰も気に留めない。汚物は誰かが連れ去ったのか、いつの間にかオフィスから居なくなっていた。

「ただいま……」
「お帰り、随分疲れてるな……」
 家に帰ると、エプロンを着けたジャンが大量の豆腐料理を作って待っていてくれた。いつもなら揶揄りもするが、そんな気力もない。
 噂が噂を呼んで入れ代わり立ち代わり、ジャンとの馴れ初めや、求婚はどうしたのか。だとか訊かれ続けて仕事にならず、婚姻届けも出しに行けなかった。人を気にしてないで仕事しろや。と、何度思った事か。ただ、あれだけ大立ち回りをして注目を集めてしまったのは俺で、ある種の自業自得でもある。

 馴れ初めに関しては、『フェロモンにやられて強姦した』『セフレを提案されたから』などとは言えず、押して押して、兎に角、押しまくったらジャンが折れた。そう言うと、『やりそう』。と、納得された。飲み会の場でやたらくっついて回っていた姿を見られていたからなのだが、なんとなく遺憾で、求婚に至っては、名前を書いた婚姻届けを差し出しただけだ。と、伝えたら、女性からも男性からも『浪漫も色気もない』そんな風に怒られてしまった。
 人それぞれでいいだろうに。
「うん、疲れた……」
「飯入るか?」
「食う」
 床に座るジャンの膝に頬ずりをして、子供が入っている腹を撫でる。今でも無性に胸が暖かくなるのに、産まれたらもっと嬉しいんだろうな。前の屑は何故これが解らなかったんだろう。
「なぁ、明日休んでいいかな……?」
「駄目、働け。調べたらやばいくらい金かかるの分かったから」
 俺が帰ってきたら直ぐに見せるつもりだったのか、子育てや学費に幾らかかるのか、とても解り易く作られたプレゼン資料がエプロンのポケットから出てきた。他にも引っ越しや、家を建てた場合と、賃貸で暮らした場合の比較もあった。
 散々、やらされていただけあって、本当に良く出来た資料だ。
 甘えてる場合じゃない。と、強制的に理解させられた。
「親か……、親になるんだなぁ……」
 はっきり見せられると否が応にも頑張らなければいけない自覚は湧いてくる。責任とは『相手の人生を丸ごと背負う』。正にこれだ。
 しかし。
「今だけ、今だけでいいから、撫でろ!俺を誉めろ!」
「はいはい……」
 駄々っ子になった俺の頭をジャンが撫で、呆れたように苦笑している。今日は多少なりとは体調がいいのか夕食前にも関わらず、思いの外、沢山構ってくれた。
 後十か月もすれば、この膝に子供が乗ってるんだな。そんな想像をしてみるが、今は俺の物だとばかりに懐いて堪能し、心地好さを享受していた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 触れば感じるほどに膨らんできたジャンの腹を、後ろから抱き着きながら両手で擦る。
「これ、肉がついてんのか?」
「肉じゃねぇよ」
 ジャンの肩に乗せていた顎を指で弾かれ、痛みを分散するために擦りながら怒っている風に見せつつ微笑んでいる顔を覗き見た。

「会社はどうだ?」
「大丈夫。心配されるような事はない」
 ジャンには言っていないが、俺が社内で起こした暴力事件は汚物が上に直訴をしたらしく、俺は部長に呼び出された。
 ただ、最初こそ穏便に収めようとしていた事と、オメガ性全体を差別するもの、伴侶となる人間を酷く侮辱する言動があった事は大勢の人間が見聞きしていたため、隠匿も誤魔化しも出来なかったようで、それを考慮され、『暴力は良くなかったね』との口頭注意だけで終わり、そればかりか。
「私自身はベータなんだが、連れ合いがオメガでね、謂われない差別を受ける悔しさや怒りは君と共有できるつもりだ。苦労もね。何かあったら直接相談しなさい、いつでも歓迎するよ」
 個人的な電話番号を書かれた名刺を渡され、思わぬ味方が出来た。
 そして俺の悪行を直訴し、報復するつもりが、ジャンの他にもオメガ性を持つ者や、例の言動が気に食わなかった者が別口から苦情を上申したり、あからさまに避けるようになったため孤立したようで、自ら異動願いを上げて転勤して行った。
 存在が不愉快ではあるが、視界に入らなければそれでいい。奴は失敗を恐れて細々と生きるか、人間性は早々変わりようがないのだから、どうせ似たような言動をしでかして勝手に自滅するだろう。

 そんなものよりも大事なのは、手の中にあるものだ。
「豆腐はもういいのか?」
「もう一生分食った気がする」
 子供も順調に成長し、ジャンのつわりも徐々に治まってきたようで、以前のように豆腐ばかりを食べる事はなくなった。とは言え、偏食気味は相変わらず。今はアイスに嵌っているらしく、少しばかり肉付きが良くなった。だから腹肉を揶揄ったら怒られた。

 体を冷やすから棒アイスを一日二本まで。の、約束を違えると俺に叱られるとあって、かなりこそこそ食べているが、多少の目溢しは必要とあって見ない振りをしている。やたら冷凍庫からアイスが減っていたり、大容量アイスボックスがごみ箱に入っていたら首根っこを掴んでやるが、概ね関係も生活も安定している。
「引っ越しも考えないとな」
「あぁ、そうだな。子供もあと少しで安定期らしいから、そしたら荷造りも出来るだろうし……」
「馬鹿かお前、その辺は全部、俺と引っ越し屋がやるから座っとけ」
 確かに話題に出したのは俺だが、安定期に入ったからと重労働をしようとする奴があるか。
「俺が訊きたいのは、どんな間取りとか、要望はねぇのか?って話」
 ジャンのノートパソコンを使い、会社に近い場所でいい部屋がないかを探す。
「あ、ここいいかも」
 ジャンが示したのは3LDKの一室。各々の部屋が確保出来る事と、ダイニングが見渡せるカウンター式の台所が気に入ったようだ。
「歩き出したら相当動き回るらしいし、見とけるように出来るだけ遮蔽物がある所は避けたいな」
 言わずもがな、ジャンは子供が生まれた場合の視点で見ているようだ。俺は自分の部屋もあって、広くて寛げそうだし、会社からも近くていいな。程度だった。まだまだだな。
「今度、内見に行くか」
「そうだな、……関係ないけど胸揉むの止めねぇ?」
 最近、ホルモンの変化かジャンの胸がまた大きくなって、実に触り心地が良くなったので、何かにつけて揉んでいたら張って痛いらしく嫌がられるようになった。今も無意識に揉んでいたが、そっと拒否をされて悲しい。
 俺としては、子供が産まれたら子供に独占されるんだから今の内に堪能しておきたいが上手くいかないものだ。背中に抱き着いたまま、悲嘆に暮れていると、ジャンが小さく声を上げ腹を擦っていた。
「どうした?」
「気のせいかも……、動いたような、ないような……」
 ジャンの言葉を受け、賃貸探しを止めて胎動に関する記事を検索すれば、直ぐに結果が出た。安定期に入ると、元気な子共であれば感じるようになるらしい。
「随分、元気な奴なんだな」
「そうだなぁ……」
 ジャンは実に感慨深そうに呟き、目元を擦っていた。
 以前の経験から、常に不安なんだろう。
「触ってれば解るか?」
「どうかな……」
 暫くほんのり膨れた腹に手を当てていたものの、ジャンは動いているのが解るらしいが、表面までは流石にまだ届かないようだった。
 手に感じられるようになるのはいつの日だろう。
 一日一日が愛おしくて堪らない。
「名前どうすっかなー」
「まだ男も女も解んねぇのに気が早いな」
 候補は多いに越した事はない。
 図書館で借りた命名辞典を読む事が最近の日課になっている。
 俺が煙草の匂いを纏わせていると、吐き気が酷くなるようだったから煙草は完全に止め、新たな趣味とばかりに先走って赤ん坊の玩具や服を買ったりして、置く場所がないのに。と、ジャンに呆れられたりも楽しい日々だ。

 どっちに似るんだろうか。
 無事に産まれてくれればそれでいいが。
「子供に会うのが楽しみだなぁ」
 何気なく俺が呟くと、ジャンも穏やかな表情で同意してくれた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 俺は会社に近ければ後はどうでもいいため、新しい部屋はジャンが気に入るものに決め、引っ越しすれば相当広くなった。
「広過ぎて落ち着かないな」
 引っ越し屋が退散し、ある程度の生活必需品を出し終わった後に部屋のど真ん中で仁王立ちをしながら全体を見渡す。
「ワンルームから3LDKだしな、そら広いだろ」
 ジャンの腹は傍目にはあまり目立たないが、本人は重くて動き辛いらしく、常に腹に手を置いて護るようにして動いている。行動から見て、着実にジャンは子供を意識して動くようになっているが、俺は中々どうして目に見えるものが優先になってしまう。
 産まれたらもっと気を付けられるようになるのか。難しい。
「段差らしい段差はないけど、足元気をつけろよ?部屋じゃなくても外の階段とかさ、何なら通販で買い物していいから外出るなよ?」
「心配性だな。きつかったらそうさせて貰う」
 取り敢えず、今はジャンを護る事が子供を守る事にも繋がると信じているが、二十四時間、一緒に居られる訳でもなく、結局、頑張るのはジャンだけだ。俺は口煩く周りをうろうろするのが精々。
 例の部長にも相談したが、結局、産まない奴が出来る事は頑張って働き、金を稼ぐのが関の山らしい。
 昇進するための単身赴任も止む無しなのだと。今の所、気を使われているのか単身赴任の話は来ていないが、その内考えなければならないだろう。辛い。
「疲れただろ?出前とるか?」
「俺何もしてねぇから疲れてないし、寧ろ疲れてるのはお前だろ?」
 ほら。と、言いながら、ジャンがソファーに座り、膝を叩いてくる。そんな幸せ空間を拒否する訳もなく、膝枕でごろごろしながら疲れを癒す。
 幸福が形になったらこんな形なんだろうな。なんてぼんやり考えていたら、いつの間にか白目を向いて寝ていたらしく、ジャンに写真を撮られて面白がられ、悔しい思いをした。
 今度、ジャンの寝顔写真を盗撮してやろう。そう決意しながら出前を食べていたら、悪だくみが顔に出ていると指摘され、その晩はスマートフォンを没収されてしまった。いつか見てろよ。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 出産予定日が六月の二十三日頃になる。と、告げられ、俺は落ち着けない日々を過ごしていた。
「そわそわするのは解るけど、どんと構えとけよ。そんなんじゃジャンも安心して産めないだろ?」
 先輩から揶揄られる程度には落ち着きがない。
「後、十日もしない内に生まれるんだと思うと……」
「もう大事をとって入院させてんだから大丈夫だって、でっかい背中見せて安心させてやるのも俺等の役割だぜ?」
 父親としても先輩である人間の言葉は重みが違う。
 感心しながら頷いていると、別の先輩が『いつ陣痛開始の連絡が来るか解んないからって、携帯握り締めて仕事にならなかった奴がなんか言ってる』などと爆笑しながら暴露してきた。
「いや、俺は一経験として……」
「あ、大丈夫です」
 何とも言えずに照れ笑いにも似た曖昧な笑顔で言い訳をする先輩の言葉を流し、机に戻って溜息を吐いた。

 男オメガの出産は帝王切開でやるのが通常で、何事もなければ完全に予定日に生まれるそうだった。普通の出産も痛そうなのに、腹を切るなど、ぞっとする。
 やっぱり俺は産む側にはなりたくないと思ったし、それだけ頑張って俺の子を産んでくれるジャンを大事にしなければ。との意識も強くなる。カレンダーと睨み合い、指折り数えて仕事が終われば見舞いに行き、励ましになるか判らないが手を握って雑談をする。検査の結果は男の子で、子供の名前も阿保のように上げた候補の中から、やっと決まった。後は産まれるのを待つばかり。
「フェリクスか、いいんじゃねぇの?」
「まー、俺の名前が碌でもねぇしな」
「そんな……」
「そうなんだよ」
 子供の頃、学校の宿題で親から名前の由来を訊いてくるように言われ、わくわくしながら訊ねれば、まだ作る気がなかったのに、まぐれで出来ちゃったから。だから『まぐれ当たり』や『まぐれで成功』。だなんて意味の名前を付けたのだ。と、母親に言われた。
 それで暫くぐれた経験があるため、せめて俺の子は、まぐれなんかじゃない、『成功』『幸運』の意味がある名前にしたかった。
 『それはそれで思い入れがあるって事かも』。ジャンはそんな風にフォローしてくれたが、悪意はなかろうが子供心にはちょっと傷ついた訳で、これを力説すれば、俺がやたら子供の名前にこだわる理由も分かってくれて嬉しかった。

 待ちに待った六月二十三日。
 俺は病院の廊下のベンチに座り、産声が上がるのをいつかいつかと待っていた。
 産声が聞こえた瞬間に立ち上がり、看護師の静止も聞かずに喜び勇んで手術室を開ければ、血塗れで泣く我が子と、処置をされて真っ青なジャンを見て眼を回し、次に目を覚ませばジャンと同じ病室に寝かされており、子供は新生児室に移動しているようだった。
「お疲れ……」
「お前もな」
 気絶した事を看護師辺りから聞いたのかジャンはにや。と、笑い、喉を鳴らす。が、既に麻酔が切れて傷が痛むのか油汗が凄かった。
「看護師さん呼んでくるか?」
「痛み止めはまだ駄目だって言われた……」
 点滴を受けながら、痛みに耐えるジャンは本当に辛そうで、ティッシュで汗を拭い、一晩中付き添っていた。

 産後の経過自体は良好で、傷は痛むようだが滞りなく退院し、子供、フェリクスを連れて帰宅する。
「お茶淹れてやるから、じっとしとけよ。な?」
 フェリクスをしっかりと抱き締め、動きが鈍いジャンに付き添いながらソファーまで連れて行き、恐る恐るフェリクスを渡して台所へ行く。帰宅するまでが最高の試練だった。ぐにゃぐにゃして怖い。
「お茶淹れるの上手くなったな」
 ジャンよりも俺が疲れ果て、適当に頷いて大きなコップでお茶を飲んでいると、目を覚ましたフェリクスと目が合った。生まれたては血塗れで仰天したが新生児室で寝ていた体は綺麗に洗われており、噂に聞く通り、しわくちゃの猿だったが可愛かった。
 新生児室の窓硝子に張り付き過ぎて看護師さんに怒られた程度には延々と眺めており、今は少しふっくらして、ジャンにあやされている姿も実に可愛い。泣けてきそうなくらい可愛い。
「フロック、ちょっとこっち来い」
 ジャンの正面に座るように言われ、そっとフェリクスを渡されて俄かに緊張が走る。俺が落とすまいと固まっている姿をジャンは楽しそうに撮影し、幸せそうに笑っていた。
「成長したら、双子かってくらいそっくりなんだろうなぁ」
 ジャンがくつくつ喉を鳴らして笑い、スマートフォンで撮った写真を見せてくる。今でも父親である事を疑う余地もないほど良く似ており、余計に『俺の子だ』との実感が湧いて、嬉しさがどこまでも込み上げて堪らない。
「じゃあ、将来いい男になるってこったな」
「それは……、はは……」
 おい、なんで言葉を濁した。俺が見詰めていると、自らの膝に肘をついて寛いでいたジャンはふ。と、目を逸らす。
「何だよ。言いたい事あるなら言えよ」
「……思い込み激しそうなとことか、似ないといいな。みたいな」
 他にも含みがありそうな言い方だったが、俺達が喧嘩をする前にフェリクスが泣き出したため有耶無耶になる。

 結婚したら、産まれたらゴールではなく、これからが大変なのだ。
 他の人にも散々言われ、腕の中で泣き喚く小さな生き物を前に、前途多難な未来を愁いつつも、同じくらいの喜びがあるだろう確信を抱きながら、慣れない手つきでおしめを変えたり、ミルクを作ったりと慌ただしい毎日が開始した。 

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