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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

鈍感な人間

・ブレキスジャンくん
・諸々捏造しかない
・最初はほんのりジャンが嫌いなフロックだけど徐々に……なやつ
・ふたなりジャン君
・2019/11/05





 今日は憑いていないと思った。
 幾ら能力があるからって、嫌われ者のジャンが班長を務める班に入れられるなんて。

 ジャンが特に立体機動装置の訓練を重要視している事は仲が良くなくても知っている。
 本人がはっきりと、得点の高い立体起動装置の訓練以外には興味がないと放言し、上手い事を鼻にかけ、食堂などで得意げに仲間へコツを話している様子は度々見られるからだ。

 まぁ、ジャンと同じ班でも俺がやる事は怪我をしない、死なないように頑張る。それのみだ。憲兵団など端から諦めており、死亡率が高い調査兵団へは入りたくない。程々の点数を獲得しつつ壁の点検や、清掃、偶に大砲などで壁に寄ってくる巨人を掃除するお気楽駐屯兵団へ行くのが目的だ。ただ、超大型や、鎧が怖いので、出来れば南側ではなく、北側へ配属されたらいいな。そんな希望は持っている程度。寒いのは嫌だが、命は大事だ。
 全ての巨人を駆逐するなど大層な目標はなく、絶対に故郷へ帰る。内地へ行くのだ。との決意もない。訓練兵の中でも大半を占める、世論に押され『なんとなく』で、訓練兵になった連中の一人でしかない俺は、訓練もそれなりだ。

 重々しい立体起動装置の装備を腰に身に着け、初期地点へと立って号令を待つ。
 だが、号令がかかっても直ぐには飛ばない。同時に同じ場所へとフックを飛ばし、空中衝突するような事故を防ぐためでもあるが、やる気のある連中に先を譲るためでもある。
 例えば、ジャン、エレン、ライナー、ミカサ、アルミンなどの目的意識が強い人間は一番手に飛び出し、誰よりも先んじて得点を稼ぐ、あるいは対巨人の技術を身に着けようと奮迅している。
 二番手に飛ぶ連中は概ね小賢しい。立体起動装置の扱いが上手く、目敏い奴が発見した訓練用の巨人模型を横取りすれば楽に得点が稼げるとあって、一番手の跡をつけ回すのだ。アニ、ベルトルト、サシャやコニーが特にそんな傾向が強い。ジャンが良く餌食になっているようだ。
 俺が飛ぶのは三番手。点数が減らされない程度の時間内に飛び、上位陣が見落とした巨人模型で点数を稼ぐという寸法だ。大してやる気もないのに、競うような真似をしても効率が落ちるだけで無意味でしかない。
 目的もなく、流されるまま生きている俺みたいな凡人はそれでいいんだ。

 あぁ、今日は天気が悪いな。
 途中で雨が降って事故が起こらなければいいが。
 曇天を見上げながら号令を待ち、なんとなく空から視線を動かし、我が班長様を見やる。
 本当に何気なくだ。今日も頑張って見つけた模型を横取りされるのかな。とか、いつも同じ手でやられてるのに、一番に飛ぶなんて学習しねぇ奴だな。だとか、周囲の噂から、いい印象がなかったため嘲りも含めて横目で様子を窺っただけだ。なのに、心臓が急に内側から殴られたように、どく。と、鳴った。
 号令が叫ばれ、やはりジャンは真っ先に飛び出した。俺はその背中をぼんやりと見送り、二番手が飛び出す。次いで、俺も飛ばなければならないのに心臓が激しく脈動し、息苦しくてトリガーを持つ手が震えた。なんだこれは。
「フォルスター、早く行け!餌になりたいのか!?」
 教官の怒号に肩を震わせ、慌ててフックを飛ばし、ワイヤーを巻き上げて飛んだ。
 不味い。確実に減点になった。と、俺は焦りに焦り、体力の配分を考えず、呼吸が可笑しいまま宙を走った。

 木から木へ、何度か飛んで直ぐに失敗を悟る。
 飛ばしたフックの刺さりが甘く、俺の体重を支え切れなかったため、二本のワイヤーの内、一本が外れて大きく体が振られてしまったのだ。樹木に螺旋を描きながらワイヤーを巻きつき、終着点で体を強く打ち付けられた衝撃から息が出来なくなった。
 飛ぶ直前から上手く息が吸えてなかった俺は一気に酸欠状態に陥り、目の前が一瞬で真っ暗になる。最悪としか言いようがない。

 目を覚ました俺は医務室の天井を見上げ、負傷した右肩を擦る。
 骨は折れてないそうだが、酷い打ち身で皮膚が腫れ上がって熱を持ち、左側の半身を下にしなければ痛くて眠れそうにない。最低の気分だった。自らの失敗に苛ついた。ジャンのせいだと思った。
 怒号を受け、飛ぶ前に見た記憶。ジャンが真剣な面持ちで手に持っていたブレードへ、一瞬だけ目を閉じて祈るような口付けをした姿が瞼の裏に焼き付いて消えなかった。
 冷たい無機質な金属へ触れさせ、聞こえるか聞こえないかの僅かな音を立てて離れた唇。それが繰り返し繰り返し脳内で再生され、鼓動と下腹部を可笑しくした。
 自分で自分の事が解らない。何故、あんな、もので、ジャンなんかで。布団を被り、医務官が出て行った事にも気付かずに、悶々とぐちゃぐちゃになった思考回路を落ち着かせようと尽力していた。
「フロック……、起きてるか?」
「あ、はい!?」
 大して仲のいい人間の居ない俺へ、誰かが見舞いに来てくれるとは思わず、てっきり教官に話しかけられたのだと勘違いして、返事をしてから痛む体を慌てて起こした。が、仕切り用のカーテンを握って所在なさそうに立っていた人間は教官ではなく、意外な人過ぎて俺は見間違いかと何度か目を瞬かせた。
「ジャン……?」
「怪我したって聞いたから、飯持ってきた……」
 パンやスープ、水の入ったコップが乗ったトレイを持って立っていたジャンを、信じられないような眼差しで見詰めた。一時的に班員になっただけの俺を訪ねてくるとは想像すらしていなかったからだ。
「あ、あり、がと……、わざわざ持ってきてくれて……」
「その、俺が置いてったから、慌てて追いかけて怪我したんだろ……?」
 班行動は協力する事を前提に組まされる。
 対巨人戦は、実戦ともなれば、うなじを削ぐだけが役割ではない。
 腕や足の腱を的確に切り離すなど、動きを止めて補助に回る事も重要な役割なのだ。実力に差がある者同士が組まされるのは、お互いにどう助け合うか、能力がある者が指揮官として素質を発揮するかを見られている。点数欲しさに独断専行したジャンは、その点に於いては減点されているだろう。後ろを顧みず、仲間を危険に晒したとして。
 だから自己中心的で嫌な奴。だなんて言われる。だが、そんな男が何故、俺を見舞いになど来たのだろう。
「別に……、早く飛べって急かされたから」
 決して嘘は言っていない。
 ジャンの姿に呆けて動きが鈍くなったのだ。などとは言えなかった。俺にだって、矜持くらいある。
「そっか、腕、動かせるか……?」
 トレイを受け取ろうとして右手を無意識に動かそうとすれば、痛みに顔が歪む。
 ジャンはそんな俺を見て、側に置いてあった丸椅子を引き寄せると、スープを匙ですくい、差し出してきた。
「え……」
「利き手が使えないんじゃ食い辛いだろ?」
「あぁ……」
 曖昧な返事をしてから、差し出された匙を口に含み、芋を咀嚼して呑み込む。決して美味くはないが、腹を満たす程度の役には立つものだ。何度かスープを飲まされ、合間にパンを一口大に千切って唇に押し付けられたため食いつき、自分の左手でコップを持って水で流し込む。
「ごっそさん」
「うん」
 俺が食べ切った事を確認すると、ジャンはトレイを持って医務室を出て行った。
 今日はこのまま医務室で休んでいるように言われているため、ぎこちなく左手だけで自分の世話を済ませると、そのまま夜を過ごし、駐屯兵団にすら入れなくなるのでは。との危機感に溜息を吐いた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「うぅ……」
 昨日よりも痛みが出て、内出血も激しく真っ青になった肩や背中に塗り薬を塗られ、半身を庇いながら歩く。今日は座学と格闘術の訓練ではあるが、まともにやれそうにない。座学は見ているだけでもいいし、格闘術はそこまで点数がないから助かったと言えば助かった。
「おい、今日、俺と組もう」
「あ?あぁ、はいはい、適当に流せばいいんだろ」
 座学の講義室へ向かう際に、ジャンに話しかけられ、俺は直ぐに了承した。
 こいつは格闘術の訓練には熱心でなく、いつも適当にやっている振りをしている。怪我もしているし、不出来な仲間の面倒を見てやっている体で教官の心象も良くなる丁度いい流し相手と判断されたんだろう。
「まぁ、うん……」
 眉を下げ、変な表情をしたジャンを訝しげに俺は見上げる。
「それ持つから貸せよ」
 俺が持っていた座学用の教科書にノートを奪い取り、ジャンが先導して歩く。一体、何なんだ。教官への点数稼ぎにしても過剰なほどに感じる。
 講義室についてもジャンは俺の左隣に座り、利き手側を痛めているためノートが取れない俺に見せるように、お互いの間に置いたノートに要点を上手く纏めながら書き込んでいく。かなり理解力があり、纏め方も上手く、道理で座学の上位には居るだけある。と、納得がいくものだった。休憩時間に入り、解らなかった部分を訊けば下手な教官よりも教え方が上手いかも知れない。そう思えるほど弁も立っている。
 次に格闘術の訓練では、適当に流すにしても、怪我をしている俺に気を使ってか、襲われる側の役をずっとやってくれた。可笑しい。ジャンってこんな奴だったか?昼飯に至っては、昨夜と同じように、また食べさせてくれ、周りの視線がやたら煩く感じて恥ずかしかった。
「フロック、お前、ジャンにいいように使われてんなぁ」
 便所に行くから。そう言ってジャンと別れて用を済ましていれば、俺と同じ駐屯兵を目指すやる気のない連中から絡まれた。
「何が?」
 空恍けて訊き返すと、俺が考えていた事と同じような意味の言葉を口にする。ジャンは点数の高い訓練での失敗を補うため、教官の心象を良くしたいからお前を利用しているのだ。と。
 俺も最初はそう考えていた。だが、他人に言われると、こうも腹が立つのは何故だろう。自分は何もしない分際で、人を詰る、若しくは利用して得意げになる事だけは一人前にこなすお前は一体何様なのか。
「まぁ、実際に助かってるし、便利だし、元々上位に居るジャンが再評価された所で底辺のお前には関係ないし、別に良くないか?」
「はぁ!?可哀想だと思って声かけてやってんのに、調子乗ってんじゃねぇよ!」
 別に同情してくれ。などと頼んではいない。
 調子にも乗っていない。自分が受け入れられなかったからって不機嫌になって俺まで攻撃してくる低能さにもうんざりだ。別に俺も特に有能ではないが、ここまで落魄れたくはないな。なんて馬鹿を無視しながら思った。
「じゃ……」
 馬鹿の横を通り過ぎ、適当に手を洗ってからジャンの所へ戻る。
 午後も座学だ。午前の巨人学とは違い、今度は兵法で至極面倒でしかなかったが、ジャンが解り易く纏めてくれるノートを見ているだけで、試験の点数が上がりそうだった。
 訓練が終われば当番の馬の世話をしたり、持ち回りの清掃業務を終わらせ、夕食の前に風呂へ行く。
「あ……」
「待ってたのか?」
「うん……」
 シャワー室の前で、ジャンが服やタオルを抱えてしゃがみ込んで暇そうにしていた。誰かのと待ち合わせではなく、反応から俺を待っていたのだと知れる。
「一人じゃ風呂も入り辛いかなって……」
「随分、甲斐甲斐しくしてくれるんだな。別に教官は風呂の中までは見ねぇぞ」
 俺の言葉にジャンが視線を落とし、きゅ。と、薄い唇を噛み締めた。
 もしや、昨日は点数稼ぎに焦り過ぎての仲間を顧みない行動をした事を悔いているのだろうか。他人を煽り立てるだけ煽り立て、煽った本人は関知しない。エレンの無責任さにジャンは良く怒り、食堂で喧嘩になっている事は誰もが知っている。
「まー、怪我自体はさ、俺がへましただけで、お前は関係ないんだから気にする必要はねぇよ」
 如何にも意外と言った様子でジャンが俺を凝視して来る。
 確かに、ジャンのせいだ。とは感じていたが、実際問題、ブレードへ口付けていただけのジャンへ原因を求めるには、あまりにも横暴な理屈。理不尽過ぎだとは、俺でも解る。
「風呂でも入って綺麗に水に流そうぜ」
 腕はまだ上げると痛いが、骨自体に異常はない。
 服は脱ぎ辛いがどうとでもなるし、放って置けば徐々に治っていくものだ。俺が気にしていない事を主張するために適当を言えば、
「お、おぉ……」
 ジャンが頷き、一緒にシャワー室へ入る。
 清掃に時間がかかったせいで最後だったようで人は居らず、シャワーは温い。さっさと入ってしまわなければシャワーは水になり、食事も食い損ねるとあって、ざっと体を濡らすと石鹸を泡立て、頭や顔、体を一気に洗っていく。
 あっと言う間に洗い終わり、泡を流すとなんとなしに隣を見る。俺と違ってジャンは丁寧に髪を洗い、一回一回流して顔や体を爪先まで綺麗にしているようだった。なるほど、道理で近くに居ると、いい匂いがすると思った。
「なんだ?」
「いや、丁寧だなと……」
「だって、気にならねぇ?」
「別に潔癖じゃねぇし」
 足の指の間まで手を使って細やかに洗浄した後、脱衣所へ行くと直ぐに濡れた体を拭っている。
 白い肌がほんのりと色づき、風呂上りとあって気を抜いているのか、目つきにもいつもの鋭さがない。じっくり見ると、こいつは綺麗な顔をしていると気づく。
 体も華奢とまでは言わないが全体的に細いし、腰も括れて引き締まって、だから軽やかに飛ぶ立体機動術が得意なのか。そう納得する傍らで、激しい兵站歩行や馬術の後は、まともに動けなくなるほど疲れていた事も思い出す。人間、はやり得手不得手があるものだ。
「なに?」
「んー、良かったら服着るの手伝って貰えたらありがたいな。と……」
 誤魔化し気味に言ったが、実際、脱ぐまでは良かったが肌が湿っているせいか、服が着辛かった。ズボンは片手でもどうにかなったが、上着がどうにも難しい。
「服貸せよ」
 ジャンが嫌がる事無く了承し、右腕から袖を通し、そっと痛まないように着る作業を手伝ってくれた。皆が言うほどジャンは自己中心や、冷淡な奴ではないのでは?一度、疑問に思えば、食堂で偉そうに演説している様子も、皆に自分の技術を伝授し、少しでも怪我が無いように伝えているようにも思える。実際、ジャンの取り巻き達は事故が少ない。
 本当に自分の事だけしか考えていないのであれば、自分の技術は自分だけのものとして、誰かに教えたりもしないのではないだろうか。思春期特有の格好つけもあるだろうが、こうして視点を変えれば、それが全てではないようにも思えた。

 浴室から出て、特に言葉を交わすでもなく食堂へ向かう。
 疲れているのか、眠そうに目を何度もぱちぱち動かしている様子が、可愛く見えた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「これやる」
 そう言ってジャンが渡してきたのは、巨人学と、兵法講義をまとめたノートを書き写した紙の切れ端。
 俺とジャンの部屋は違う。昨夜、宿舎に戻ってから、疲れている中わざわざノートと、インク、時間を消費して書き写してくれた事になる。
「いいのか……?」
「講義は聞いてるだけじゃ覚えられないだろ?」
 三日も経てば、少しずつではあるが痛みも大分軽減して青かった痣も黄色く変わっている部分が多くなった。訓練もぎこちなくはあるが参加し、遅れを取り戻すべく俺は躍起になっている所にこの優しさ。こいつは女神か。
「悪いな。今度、なんか町行って土産買ってくる」
「はは、律義だな。期待しないで待ってるよ」
 ジャンは本当に期待していないのか苦笑気味に笑い、俺の胸にむず痒いものを残して去って行った。なんだこれは。

 全ての訓練や当番が終わり、俺はいそいそと浴室へと向かって行った。
 まだ完全には腕が動かないため、当番で遅くはなったが、あまり人の居ない風呂は案外快適だと知ったから、それに関しては問題はなかった。
「あれ、ジャン。お前、いつもこんなに遅いのか?」
「ん、まぁそうだな」
 服を脱ぎ、シャワー室へと飛び込めばジャンが居て俺は声を上げる。
 何でも小器用に効率よくこなすジャンが、毎回、当番で遅くなっているとは考え辛い。終わった後、勉強や自主訓練でもやっているんだろう。
 本人は何も言わないし、やっている姿を見せようとしないが、ここ数日の間に俺が見たジャンの手には、幾つも肉刺が潰れた痕があり、小さい傷も沢山ついていた。俺も相応にありはするが、比べてしまうと努力の痕跡は桁違いだった。
 遠目から見る分には、細くて綺麗な長い指でしかない。それで無能は上位陣の成績を才能がどうのと羨むが、やはり、上位に食い込むには、やれるだけの事をやった人間にしか無理なんだろう。
 そもそもが、将来に迷ったから兵団に入り、最初から諦め、適当に駐屯兵団を目指す連中とは意識のありようが違う。ジャンは、最初から『内地へ行くため』と、はっきりあの怖い教官に向かって言ってのけた。それに関してはとても尊敬してる。他の皆はサシャの奇行の方が記憶に残っているようだが。まぁ、あれは強烈だったしな、未だに揶揄われてるし。
「昨日も思ったけど、洗い方雑だなぁ」
「右腕上げるとまだ痛いからな、訓練以外はあんま使わねぇようにしてんだ」
 左手だけを使って髪や顔、上半身を洗っていれば、ジャンが信じられないような面持ちで言うが、俺は直ぐに反論する。とはいっても、普段から丁寧とは言い難いが。
「仕方ねぇな、しゃがめよ」
 ジャンが俺の背後に立ち、背を低めるように指示を出す。
 意図は察せたため、素直に床に膝をつき、細い指が髪や頭皮を綺麗に洗浄してくれる心地好さにうっとりと身を任せていれば、背中まで流してくれて最高の気分だった。
「滅茶苦茶気持ちいい、お前いい奴だな」
 片手では、洗ってもなんとなくすっきりしなかった頭や背中を綺麗に洗って貰えたとあって、俺の機嫌は鼻歌を歌いたいほど良くなった。
「別に……、まだ痛いか?」
 そう。と、ジャンが痣の残る腕に触れてくる。そこにじんわりとした痛みがあったが、心配している者を糾弾するほど痛くはない。
「言っただろ、平気。ほっときゃ勝手に治る」
 眉を下げながら俺を見詰めるジャンが、何故か良く解らんが可愛い。
 こいつが女なら、速攻でうっかり惚れていた可能性すらある。周りは、と言うか俺自身も教官へ点数稼ぎだと考えていたが、こうやって誰かが見ておらずとも行動を起こす所を見ると、根底は甘っちょろい奴なんだろう。
 ならば、何故、こんなに甘い奴が周囲から誹られるほど利己的に動くのか。答えは単純。憲兵へ行くための門は狭い。他者と競合など一々している余裕がないのだとすれば、ジャンの焦りも理解出来る気がした。
 どこまで行っても俺の勝手な想像だが。

「ならいいけどさ……」
「本人がいいって言ってんだから気にし過ぎ」
 怪我をした理由を正直に言えば、確実に呆れられてしまうだろうから、黙っておいた方がいい。ジャンをあしらいつつ、立ち上がろうとすれば、泡で足元が滑り、痛みで咄嗟に腕が動かずそのまま床に激突しそうになった。そして、ジャンが息を呑み、慌てて俺を掴んだが重さに引きずられて一緒に転んだ。なんて間抜けだろう。
「ご、ごめん……、だい……」
 俺は壁に頭をぶつけ、ジャンは背中から硬い石畳の上に落ちたようで、足を開いた状態で痛そうに腰を擦っていた。
 俺の気遣う言葉は途中で止まり、ジャンの股の間をまじまじ眺めてしまう。
「あっ……!」
 ジャンは俺が見ている事に気付き、慌てて足を閉じて顔を真っ赤にさせている。俺のと違うな。と、思っただけで、他意はなかったんだが。
「悪い悪い」
 立ち上がった俺は左手をジャンへ差し出し、立ち上がるように促す。
 だが、ジャンは俺の手を借りる事無く、体についた泡を流し、逃げるように脱衣所へ行ってしまった。そんなに股間を見られた事が恥ずかしかったのか。いや、でも人と違うのが嫌だと言う気持ちは解る。俺も包茎気味なのが恥ずかしいと言えば恥ずかしく、ライナーみたいなずる剥けの巨人を見ると大変羨ましく思う。
 玉がなくて股の間が割れてるのは初めて見たけど、気にするな。そう言ってやれれば良かっただろうか。しかし、矜持の高いジャンは返って怒る可能性も高い。黙っておくのが一番か。

 俺も泡を流し、痛みを我慢しながら服を着て食堂に向かう。
 すると、いつもぺらぺら口を動かしているジャンが、むす。と、口を閉じていた事から見ても、相当、見られたくなかったんだろうと察せられた。
 やはり、黙っているのが一番か。

 今日は介護して貰わなくていいのか。だなんて揶揄って来る同期を適当に躱しながら離れた席で食事をとり、そ知らぬふりをしていた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

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