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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

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事故で死んだかと思ったら、嫁の腹にいた自分の子に転生してた=その十二=

・怪我して死にかけるフロック
・泣きジャン
・ヴィム君友情出演(家庭環境最悪
・おやぶんとこぶん
・今更ですが、ひどめのオメガ差別がある世界観





 一月にしては気候が穏やかで、爽やかな青空が広がる昼を過ぎた頃。
「なー、あっちの方が安全だと思うんだけどー?」
「いーやー」
 今日は平日とあってあまり人は居らず、公園に来てブランコを漕ぐ俺と、優しく背中を押してくれる揺らしてくれるジャンの二人。それなりに楽しんではいるが、ジャンは赤ん坊用のすっぽりと体が嵌るブランコに座って欲しいらしい。しかし、俺は断固拒否して通常の形である板ブランコに座って体を揺らす。
 あんなおむつもどきに座りたくない。万が一、体が嵌って出られなくなったら恥晒しもいい所だ。別に鎖も普通に握ってられるし、思い切り漕ぎでもしない限りは特に危険はない。

 大体だ。
 俺が公園に行きたがった訳ではなく、ジャンがしつこく誘うので偶には外に出る気晴らしも必要かと了承しただけ。俺っていい夫だな。
「こっちはまだ早いと思うんだけどなぁ」
 後ろでぶつくさ言いつつも、俺の体を支えながら揺らしてくれる。
 俺はきちんと座っているし、きちんと自分の身体能力も加味して激しく動いたりはしていない。俺は判断が出来る男だ。お前が心配性なだけだ。
「だいじょーぶ」
「口ばっか達者になりやがって」
 後ろに立つジャンを見上げて鼻を鳴らして舌足らずに宣言すれば、苦笑された。喋れるようになって来てからと言うもの、俺がぺらぺら小賢しく話すようになってきたからだろう。
 自分の言葉で自分の意思を伝えられる。これがこんなに大事で、喜ばしい事だなんて、以前は考えもしなかった。言葉を離せる事が当然で、言わずとも解ってくれる『だろう』。なんて甘えていた。寧ろ伝えない方が格好いいとすら思っていた。
「じゃん、きょーかれー」
「はいはい」
 カレーと言っても、食べ慣れたカレールーで作った物ではなく、野菜スープにカレー粉で味付けした物だが、まぁ赤子の未熟な舌にはそれでも十分に美味く感じるらしい。
 カレー粉で味付けすれば、俺が嫌いな野菜を食べてくれるとあってジャンも嫌がらずに作ってくれるので、最近は特に飯が美味い。もっと色々食べれるようになれば言う事はないが、こればかりは時間の経過、と、言うよりも体の成長を待つしかないのが現状か。
「あのうー……」
 俺とジャンの間に無粋な闖入者が現れ、声のする方向を見やれば見慣れない女が立っていた。乳がやたらでかいのが印象的だ。
「私ぃ、最近ここに越してきたんですけど、まだ友達が居なくってぇ……」
 やたら語尾を伸ばして甘ったれた声を出し、くねくねと体を揺する女。直感的に理解した。こいつ、ジャンを狙ってやがる。と。
 ジャンはオメガだが、見た目としては身長も高めで顔立ちも女性的な要素は微塵もなく、声もやや低めで男性より。簡単に言えば、きつめの美人でイケメンだ。だから、こんな女が寄ってくる時もある。
「あぁ、そうなんですね。これからよろしくお願いします」
「はぁーい、宜しくお願いしますね。うちも同じくらいの子供居ますし、この辺の事とか教えて下さると嬉しいなって……、ふふ」
 女の足元に居る、俺よりも年上だろう子供が居るが、全く表情がない。
「この辺は保育園も公園も近くて、人も寛容な方が多いですし、子育てにはいいと思いますよ」
 ジャンが朗らかに対応し、女の顔はよりだらしなく緩んでいく。
 なんだこの女。
「私ぃ、DVを受けて離婚してから男の人が怖くってぇ、でもこんなに優しそうな人が居て安心しました」
 何言ってんだこいつ。
 公園には、ジャン以外にも子供を連れた女親は居るのに、真っ先にこちらへ声をかけてきた辺り、とても男性恐怖症には見えない。暴力を受けていた事が真実なら同情してやるが、その性根は如何ともし難いように思えた。
「そうなんですか、大変でしたね」
 ジャンはまんまと女の口車に乗り、眉を下げて同情の言葉を口にした。あぁもう、こいつは。大体、マザーコンプレックスの気があるせいか、やたら女には甘いんだ。
「えぇ、そのせいか子供も無表情だし、困ってて……、色々相談に乗って貰えます?」
「俺で良ければ構いませんが……、親御さんは……」
「反対押し切って家飛び出したもんですから、連絡し辛くってぇ……」
 随分演技かかった様子で如何にも悲し気に涙を浮かべている。
 こいつ、慣れてんな。
「そうなんですか……」
 俺達と若干、似通った状況にジャンが本格的に同情を始めてしまった。不味い。こんな女が新しいママよ。なんてごめん被る。そんな事になったら一歳児にしてぐれてやるぞ。
「じゃ……」
 この会話は強引にでも打ち切るべきだと判断し、声をかけようとしたら俺の直ぐ傍にジャン以外の影が見え、突然、強く背中を押されて視界が反転する。幾ら鎖を握っていたとはいえ、急な衝撃には咄嗟に対応出来ず手を滑らせ、頭から地面に真っ逆さま。
 幾ら緩衝材代わりの人工芝が敷いてあるとはいえ、人間の体よりも硬い事には変わりなく、額に受けた衝撃に声にならない悲鳴を上げ、動けなくなった。
 遠くからジャンが俺を呼ぶ声がする。耳の奥に綿でも詰められたようになって上手く音が拾えず、急激に寒くなり、目は開いているのに視界が狭まっていくこの感覚。車に吹っ飛ばされて頭を打ち、ゆっくりと死んでいったあの時と酷似している。

 冗談だろ。
 また死ぬのか俺。
 またジャンに同じ苦痛を味合わせるのか。

 ぷつ。と、視界が真っ暗になり、光が途切れた。
 こんな。まさか。また死ぬのなら、何故、二度目の生などを与えたのか、神に直談判してやりたい。ふざけるな。死んで堪るか。

走馬燈とでも言えばいいのか、再びこの世に生まれてからの記憶が頭の中を駆け巡っていく。
 俺を可愛がってくれる義母や義父、素直になれない俺、偶にこっそり泣いても幸せそうに微笑んでくれるジャン、後は、まぁどうでもいい細々した記憶。繰り返し繰り返し、何度も映画を見るかのように流れては消えて行った。
「ぐぎ……」
 何度か記憶も見飽きた頃、目に映ったのは真っ白な天井。
「お、起きた。ふふ、頑張ったね……」
 声がした方に視線をやれば、看護師らしいやたらでかい女が指先で俺の頭頂部付近をくすぐるように撫でた。生きてる。生還したのか俺は。
「キルシュタインさん、お子さんが目を覚まされました。お部屋へどうぞ」
 看護師が扉の外へ向かって声をかければ、更に大きな影が飛び込んできて、俺の傍まで来た。
「ふろ、ふろっく……、ふろっく……」
 俺の手を握り、ジャンは眼も耳も鼻も真っ赤にしてぼろぼろ涙を零している。
「フロックちゃん……、良かった、本当に……」
 後ろでは、義母も入って来てハンカチで涙を拭っていた。
 『今度』は、ちゃんと生還出来たらしい。こんなので死んだら、この世を恨んで滅ぼす悪魔にでもなる所だった。
「ふろっく……」
 ジャンの手はがたがたと震え、声もか細い。
「お母様、宜しければこちらへ……」
 看護師が義母に声をかけ、部屋から出て行く。
 動揺し切っているジャンに話しかけるのは得策ではないとの判断だろう。
「いぁい……」
「そうだな、痛いな……。ごめんな、庇ってやれなくて……」
 生きていると自覚すると、じわじわ頭が痛み出し、俺までめそめそ泣き出したから収拾がつかない。いや、絶対お前のせいじゃなくて、多分あれだろ。あの女の足元に居た餓鬼。あいつが俺の背中を突飛ばしたんだ。何故かは解からないが。
「ジャン、入るわよ」
「あ、母さん……」
「お医者様がね、打った場所が場所だから目を覚ましても暫く様子見で入院してた方がいいだろうって、着替えとか持って来ないと」
 ジャンの顔色が、一気に青褪めて義母に向けていた目を、俺に向けた。恐怖で真っ黒に染まった目を。
「大丈夫、大丈夫よ。フロックちゃんは強い子だもの、あんたの子共じゃない……、あんたが信じてやんなきゃ……。ね?」
「うん……」
 ジャンが薄い唇をぎゅっと噛み締め、俯くと義母は着替えを持ってくるからあんたはフロックちゃんについててあげな。そう言って部屋から出て行った。

「じゃん……」
「うん……、うん……」
 俺が名前を呼んだだけで、涙を流し、鼻をすすり、手を握る力が強くなる。
「だいじょーぶ……」
 俺は死なんぞ。
 死んで堪るか。
 百まで生きるし、またお前の夫になるんだ。
 あの糞餓鬼、動けるようになったらぶん殴って躾してやる。
「そうか、そっか……、うん……」
 ジャンは俺の手を握ったままベッドに突っ伏し、嗚咽を上げて泣き始めた。初めて見たな。ずきずき頭は痛いが、まぁ、生きている代償と思えば、これも受け入れられる気がした。痛い物は痛いし、泣けてくるが。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 病院生活は実に退屈だった。
 ジャンが毎日来てくれたため、その間は良かったが、面会時間が終わって帰宅すると途端に暇になる。世話をしてくれる看護師も、一々俺に構ってるほど手は空いてないようだし。
「ひま……」
 ぼそ。と、呟きベビーベッド宜しく柵が張り巡らされた周囲を見渡した。
 体につけられた器具も鬱陶しいし、面倒臭い。

 柵は特別施錠されては居らず、高さはぶら下がれば何とか降りれそうなくらい。いける。そう判断したら後は行動だ。柵の簡易錠を開けて慎重に下に降りようとすると、コードの長さが足りなくなって器具が体から外れ、ぴーぴーけたたましい不快な警告音を出し始めた。
 これ怒られる奴か。逃げよう。ぺたぺた床の上を歩き、逃亡を図ろうとしたが高き壁に阻まれた。よく考えたら、扉を開けるには身長が足りない。廊下からばたばた走ってくる足音が聞こえ、慌ててベッドの下に潜り込んだが敢え無く見つかってしまった。
「脱走出来るくらい元気になったのはいいけど、びっくりさせないでよねー」
 丸眼鏡の髭医者が笑いながら俺に説教をかましてくるが、暇なんだよ。暇に加えて元々嫌いであるため髭を掴んで思いっ切り毟ってやったら悲鳴が心地好い。
「ひひっ……」
「幼児とは思えない、いやらしい笑い方しますね貴方……、悪魔の子……」
 まぁ、中身は赤ん坊じゃないしな。
 俺を抱っこする看護師に不当な評価を受け、翌日、精密検査をしてからもう大丈夫だろう。との診断を受けて帰される事になった。
「お前、なんかしたのか?」
 髭を毟られた顎に絆創膏を貼り、いつも俺を茶化していた医者が、どこか余所余所しい態度だったからか、帰り道で訊かれたが、
「しやなーい」
 などとすっ呆けておいた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 数日家で過ごし、久しぶりに公園へ行くと子供連れの親がジャンの側にわらわら集まってくる。
 なんだなんだ。
「お子さん大丈夫だったのね……、良かった……」
「見てたのにびっくりして固まっちゃって、なんにも出来なくてごめんね……」
「いえ、俺こそ……、慌てるばっかりで、救急車を呼んで下さってありがとうございました」
 どうやら、あの時、公園に居た保護者達らしい。
 助けて貰ったらしいから、礼くらいは言っとくか。
「ありがとごじゃした」
「あら、お礼言えるの?えらーい!」
 俺がジャンに抱っこされたまま頭を下げると、きゃっきゃと持て囃された。いい気分。聞くに、頭を打ち付けた場所に石が落ちており、額が割れて血が結構出ていたらしく、万が一には輸血の協力を申し出てくれた人も居たようだった。案外愛されてるな俺。
「可愛いお顔に傷が残っちゃったねー」
「そうですね……、将来の枷にならなきゃいいんですけど……」
 頭を撫でられ、額にある傷を心配され、ジャンは将来の不安を口にする。別にモデルでもなければ関係なさそうだが、あるんだろうか。
「あっ、あの子……」
 保護者の一人がぱっと自分の子供を抱き上げ、公園に入って来た子供を警戒する。例の女の子共。今日は親と一緒ではないらしい。
「ちょっと今日は帰ろっか……」
 話しかけられた子供も、あの女の子共をちらちら見ながら頷いている。
「何かあったんですか?」
「あの子、凄く乱暴なのよ……。他の子が使ってる遊具を横取りするのに、その子にしたみたいに突飛ばしたりしてね、うちの子も滑り台から落とされそうになって……」
 関わりたくない。ジャンも、他の保護者達も全身でそう告げている。
「放置子って奴なのかしら、公園に来るけど、あれから親御さんを見かけた事ないし……」
 ジャンが、ちら。と、一人ブランコで遊ぶ子供を見て眉を下げた。年齢は大体四歳前後の男の子。ブランコを使っていても、表情は動かずちっとも楽しそうではない。
「じゃん、おろしてー」
「え、いや、それはちょっと……」
「おーろーせー!」
 俺がじたばたし始めると、渋々ジャンは地面に下ろしてくれ、俺は直ぐに『奴』に向かって走り出した。
「おまえー!」
「ちょ、フロック!?」
 怪我の原因になった奴に俺が真っ直ぐ向かって行ったから、ジャンの慌てた声も、女の悲鳴じみた声も聞こえたが、やりかえしてやらなければ気が済まない。奴も突っ込んでくる俺を見て驚いたのか、ブランコから降りて逃げようとした。が、逃がさん。
「にゃー!」
 掛け声と共に飛びつき、馬乗りになってぽかぽかと殴る。
「いたったー!」
「うぎっ!」
 奴も負けじと応戦し、突き飛ばされて尻もちをついたが直ぐに立ち上がり、とびかかる。負けて堪るか。
お互いに髪を引っ張ったり抓ったり、ばたばたした喧嘩。ジャンはどう止めたらいいのかおろおろしながら立ち尽くしている。
 お互いに泥だらけになりながらの争いは、最初の先制攻撃が功を奏したのか、相手が泣き出したため俺が勝った。
「おまえ、きょーからおれのこぶん!」
「こぶん?」
 悔しそうに泣いていた奴がきょと。と、した目で俺を見て来る。こんな悪餓鬼、誰かが見張ってないと駄目だろう。
「おれのゆーこときくの!」
 抓られたり叩かれた痛みは直ぐに消え、俺は奴の手を握って砂場へと連れて行く。
「なに……」
「いっしょあそぶぞ」
 砂場に来ると、既に誰かが作っていたらしい山を更に高くしていく。
「こうやる」
 指示してやれば素直に従い、砂の山は大きくなっていく。
「なー、なまえは?」
「ヴィム……」
「おれ、ふろっく!おやぶんな!」
 鼻息荒く自己紹介をすれば、奴ことヴィムは小さく俺の名前を繰り返した。無口なのか、言葉を知らないだけなのか。さっき殴り合っている時に気付いたが、こいつがりがりだ。飯を食わせて貰ってないんじゃないか。だから体の小さい俺にも負けた。
「じゃん、ばけつー」
「あぁ、はいはい」
 手では砂運びが面倒な量になって来て、ジャンに小さいバケツを要求すればスコップも一緒に渡してくれた。俺の嫁は気が利く。ヴィムと一緒に山を作っていれば、他の子供達も参加しだして、身を切るような冷たい水を砂に混ぜて固めながら、山に穴を掘り、川を作り、麓には丸や四角の家が並ぶ小さな町が出来上がった。
「でんしゃつくろー」
「うん!」
 手で砂を捏ねながら、長方形の形を形成していけば、ヴィムも楽しくなってきたのか一緒にやってくれた。いい感じだ。ヴィムを見て帰ろうとした保護者達も、ジャンも暖かく見守ってくれている。
「あ、もう三時だぞ。フロック、帰ろっか」
 アラームを設定していたのか、砂遊びに満足して滑り台で遊んでいた俺達に向かってジャンが言う。きちんと順番でやる事も教えてやったし、いい戦果だろう。
「ヴィム君、だっけ?お家には誰か居るのかな?」
 ジャンが体を屈め、ヴィムに訊けば首を横に振った。仕事かなにかか。だが、それなら保育園なり幼稚園に預けるべきなのではないか。こんな餓鬼一人で家の中とは。
「うちでおやつ食べるか?」
 ジャンの問いかけに、ヴィムは目を輝かせて何度も首を縦に振った。俺の嫁はいいだろ。惚れるなよ。やや得意げになりながら帰宅したが、あまりに砂で汚れていたため、おやつの前に風呂になってしまった。
「服は洗濯しておくからね」
 ヴィムも相当、汚れており、服を脱げば案の定ながりがりの体が出てきて、ジャンは表情を曇らせる。
「髪の中まで砂が入ってるから、きちんと洗うんだよ」
 ジャンが俺ではなく、他の餓鬼を世話してるのが正直、腹が立たないと言えば嘘だが、あいつの誰にも世話されてないだろうガサガサの肌とか、骨ばってる体を見れば、ジャンは構わずにはいれないんだろうな。と、諦め、不貞腐れつつシャワーを一人で浴びて頭を洗っていた。
 お前がそんな風に出来るのは俺が幼児にしては一通り自分の世話が出来るからだぞ。感謝しろ。なんて考えだしたりもする。
「ぷいー……」
「おっさんみたいだな……」
 風呂から上がって肘掛に凭れつつ、ソファーの上で一仕事を終えた溜息を吐けばジャンが何とも言えない表情をする。ヴィムは真新しい俺の服を着て、ソファーの下で俯いて座っていた。家でどうしてるかが透けて見えるようだ。
「ヴィム君、髪乾かすからソファーに座りな」
 ジャンが優しく促せば、おどおどしながらゆっくりとした動作でソファーに上り、優しい手つきで髪を乾かされて緊張しているようだった。仕方ない。俺はファンヒーターで乾かすか。親分だからな。
「あ、ごめん……」
 俺が一人でファンヒーターを点けに行き、温風で髪を乾かしているとジャンが苦笑している。一人で出来過ぎて面白いのと、申し訳なさ半々か。
「おれ、おやぶーん」
「親分か?どこで覚えたんだよ……」
 ジャンがヴィムの髪を乾かし終え、胸を反り返らせる俺を抱きかかえて同じソファーに座らせ,おやつを冷蔵庫から持ってきてくれた。
「ぷりーん」
「こら、匙を振り回すんじゃない」
 小さな冷凍クリームがちょこんと乗せられ、皿に盛りつけられたプリンに俺のテンションは爆上がりする。こういう時は幼児で良かったと思う。大人でこれは流石に恥ずかしい。
「はい、どうぞ」
「食べていいの?」
「勿論、ゆっくりお食べ」
 ジャンがヴィムにも同じように盛り付けたプリンを差し出し、食べるように言えば恐る恐る口をつけて表情を綻ばせた。
「うまーい?」
「うん」
 ヴィムはあっと言う間にプリンを食べ終わり、俺も食べたら遊び疲れで眠くなってきた。
「お家まで送ろうか、場所判るかな?」
「だいじょうぶ、です……」
 やはり、大人にはどこかおどおどしているヴィムにジャンは悲し気に微笑み、俺を抱っこして、ヴィムとは手を繋いで外に出た。乾燥機でほかほかになったヴィムの服は丁寧に畳まれているが、薄っぺらいし端っこが切れてほつれている。
 あの糞女は、一体どんな生活をしてるんだ。
「あ……」
 ヴィムの家は古びたアパートメントで、ジャンが呼び鈴を押そうとすると、後方から例の女、母親が男と腕を組んでべったりとくっつきながら歩いてきていた。派手な化粧に服、ブランドバッグ。それを買う金があるなら、ヴィムの飯くらいどうとでもなるんじゃないのか。
「じゃん、あれー」
 俺が女を指差すと、あからさまに嫌そうに表情を歪め、ヴィムはぶるぶる震えながらしゃがみ込んでしまった。
「あ、あの、お子さんが一人で公園に居たので……」
「あぁ、それはどうも……、あんた、邪魔だからどっかで遊んでてよ」
「自分の子だろ?お前ひっでぇな」
「別に産みたくて産んだんじゃないしぃ」
 きゃはは。耳障りな笑い声を上げて女は男に絡みつき、男も満更でもない様子を見せる辺り、同類なんだろう。ヴィムは公園の方向へ向かって走り去り、ジャンは信じられないものを見るように女を呆然と見詰めていた。
「なによ、邪魔だからどっか行ってくんない?」
「なんで、自分の子供にあんな事が言えるんですか……?」
 犬を追い払うように邪険にする女に向かって、ジャンが問えば、女は鼻で嗤う。
「あんたさぁ、何?オメガの分際であたしに説教?冗談でしょ、性欲処理と産むしか能のない女の出来損ないが偉そうにしないでよ。気持ち悪い」
 誰かから聞き、ジャンがオメガだと知ったのか、女は侮蔑の表情を浮かべて醜い顔と中身を露わにしていく。
「ちょっといい男かと思ったけど、オメガになんか用ないのよね。それとも、声かけられて勘違いしちゃった?どうせその餓鬼も、発情期で男にけつ振って出来たんでしょ?きもーい」
 醜悪に顔を歪ませ、ジャンを押し退けながら一室に入って行った女の暴言に唖然とする。何故、オメガなだけで、あんな事実無根の悪意を受けなければならないのか。意味が解らない。
「じゃん……」
「あ、大丈夫、慣れてるし……」
 慣れてるってお前。
 俺が思い返すに、同級生の仲間達は良くも悪くも平等だった。オメガ、アルファ、ベータ関係なく。個人的な好き嫌いはあっても、誰かを標的にして悪意をぶつける奴なんて居なかった。だから、ジャンも懐かしんでクリスマスに皆へ会いに行ったのだろう。
 とぼとぼ歩くジャンの腕の中で揺られながら、俺も信じられない心地だった。ニュースでは見ていたが、本当に自分の子供にあんな事をする奴が居るんだ。とか、オメガ差別を目の当たりにして心臓が落ち着かない。
「いむ……」
「い?あ、ヴィム君か……、公園かな……」 
 ジャンは俺を抱き締めて抱え直すと公園に足を延ばしたが、ヴィムの姿は見えなかった。公園に子供と居た保護者に訊いても見ていないと言う。
「どこかで事故にあってなきゃいいけど……」
 なら、煩いサイレンが辺りに響いているはずだ。との他の保護者の言葉に頷き、またジャンは力ない動作で自宅まで帰っていく。

「ジャン、顔色悪いわよ……」
 仕事から帰ってきた義母が、表情の暗いジャンを気遣うが多くは言わず、俺を頼む。と、だけ言って風呂に行ってしまった。
「どうしたのかしらねー……」
「ひどい、やつ……」
 俺の言葉の端々から、なんとなしに察したのか義母も額に手を当てながら深い溜息を吐いた。
「フロックちゃんは、誰かを苛めたり……、差別をするような子にはならないでね……」
 たったこれだけで察せられるほど、ジャンは他人の悪意に晒されてきたのだと理解すれば、胸糞が悪くなる。ただそう生まれついただけで、一体何の咎があるのか。ジャンがアルファの元へ嫁ぎたがらなかった理由も、より深く理解出来た。
「うー……」
 抑えきれない苛立ちにソファーの上で唸り、ヴィムの事も気がかりだった。流石に、怪我はさせられたが、もう報復はしたし、死んだりしたら寝覚めが悪い。

 ジャンは夕食も食べずに、ずっと部屋に籠っていたようだった。
 義母は何も言わずに触らぬようにして、義父も気にかけつつも『そうか』と、しか言わない。似たような悪意を受けてきて、慣れから流すようになっているものか。
 夜は義両親と共に休み、明け方頃に足音で目を覚ますと、ジャンが風呂に行ったようだった。耳を澄ますとバシャバシャ水音がする。俺に見えない所で発情の抑制薬も飲んでいるのだろうし、ジャンがオメガだと忘れたつもりはなかったが、だから何だとしか思わなかった。
 あんな、処理道具だの、女の出来損ないだなんて、考えた事すらない。
「じゃん……」
「うわっ、びっくりした……」
 踏み台を駆使して部屋から抜け出した俺は、廊下でジャンを待っていた。声出したら豪く驚かれたが、想定の範囲内だ。暗がりで自分の足元から呼ばれたら俺だってビビる。
「あ、おむつ?ミルク?両方か?」
 おむつは若干、気持ち悪いが、俺はお前の心配をしてだな。
 心の中の言い訳は通じず、さくっと自室に連れて行かれておむつ交換と、乳を貰った。くれると言うなら遠慮はせんが。

「ちょっと公園行ってみるか……」
「あい」
 ジャンもヴィムが気になるのか、俺を連れて公園に行って探すが、今日は姿がない。俺も子持ちとしては、あれはちょっとどうかと思うし、まぁ、世話されてる立場で色々言うのもなんだがな、虐待は良くないと思う。
 しかしながら、あの様子を見るに、虐待をしている自覚は微塵もなさそうだ。
 恐らく、子供が死なないと気づかないんだろうな。
「いなーい……」
「居ないな……」
 今日は、寒風吹きすさぶとあって、外に出ている者はほとんど居ない。せめて、家で温かくしてるといいんだが。

 また別の日に公園に行くと、一人ブランコを漕いでいるヴィムを見つけ、俺は駆け寄った。
「ふろっく……」
「あそぶ!」
 服装は、うちに来た時のそのままだ。
 どことなく薄汚れている辺り、着替えてはないんだろう。
 小煩く舌足らずな指導しながらヴィムと遊び、おやつを食べて帰って行った。餌付けとでもいうのか、あまり良くないかも知れないがヴィムはあまり図々しさがない。寧ろいつも怯えているようだ。
 だから、些細な事で癇癪を起し、暴力的になるのか。精神的にも不安定で、本当に、いつかあの馬鹿女か、彼氏に殺されるんじゃないか。そんな嫌な想像をしてしまう。

 数日経って、また公園に居たヴィムと砂遊びをしていると
「おやぶんのうちのこになりたい……」
 と、呟いた。
 初めて見せた涙と、家に居る時にどうしているのかをぽつりぽつりと語り出した。それは、実に聞くに堪えない内容だった。
「じゃん……」
「難しいな……」
 ジャンを見やれば苦しそうに眉根を寄せ、ヴィムの頭を撫でた。なんの慰めにもならないだろうが、多少苦痛は和らぐんじゃないだろうか。
 ヴィムと別れて自宅に帰った後は、ジャンが神妙な面持ちでスマートフォンを弄っており、よし。と、小さく呟くとどこかへ電話をかけていた。それからは妙に忙しそうにしており、俺の与り知らぬ所で何かが動いている。

 どれだけ日数が経ったか、ヴィムが知らない大人と一緒に挨拶に来た。施設とやらに行くらしい。
「おやぶん、またね」
「おう……」
 どうやら、あの女から無事、引き離され保護されたのだ。ジャンが忙しそうにしてたのは、通報に相談、虐待の事実を実証するために動き回っていたようだ。本当にお人好しの塊か。
「ジャン、大丈夫なの?親御さんが怒鳴り込んで来たり……」
「俺一人の通報じゃここまで動かねぇよ。きっと、他にもヴィムを気にしてくれる人が居たんだろ」
「そうね、そうよね……」
 義母が不安げにジャンへ話を振ったが、儚く微笑んで幾分の納得は得られたようだった。
「おれがまもる!」
 義母もジャンも俺が居る。と、高らかに宣言すれば、はいはい。なんて流され、今度は俺が癇癪を起して不貞腐れる羽目になった。
 糞が。一瞬で大人になれる青狸の道具か、薬をくれよ神様。

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