ベルトルトに家人不在の家に通され、寛ぐ事も出来ずにソファーの上で縮こまっていた。
「ライナーは少し遅くなるって」
「そう……」
願いなど届くはずもなく、学校が終わると同時にベルトルトに捕まり、ライナーの自宅まで連行された。何されるんだろう。昨日の写真を思い出しても吐き気がした。下劣な写真は自宅の台所のシンクで火を点けて原型が判らなくしたが、データはベルトルトかライナー、あるいは両方が保持していると考えていい。
「なぁ、出来る範囲なら言う事聞くから、撮ったデータ消してくれよ」
「なんの?」
ベルトルトはぬけぬけと惚けてみせる。
「チアのとか、昨日みたいな、変な写真の……」
「うーん、可愛く撮れてるから僕としては消したくないけど、別にリベンジポルノに使ったりはしないよ?」
とても信じられない。
俺が二人にとって不要になれば、もしくは気に食わない行動をとればいつでも破滅させられる。一度、電子の海に流れたデータは決して消せない。二人のいずれかが気紛れを起こせば、データを誤って流出させれば。ぶる。と、身震いをして自らの体を強く抱く。
「お願いは聞いて上げたいけどねぇ」
「無視したのは本当に悪かったよ。まじで勘弁してくれ……」
言う事は聞かせる。が、データは消さない。
曖昧に答えた科白に絶望感しかない。
「他人に見せるような勿体ない真似はするつもりないんだけど、信じては貰えないよね?」
「そりゃな……」
実際、碌でもない事件が『良くある』時点で、まして強引に人を犯すような人間をどうして信じられる。あぁ、やっぱり吐きそうだ。
「飲み物でも飲んで落ち着いたら?」
「要らない」
薬を盛られて酷い目に遭わされたのに、飲む気になどなるはずもない。
「ペットボトルのコーラだけど、それでも駄目?ほら、開いてないよ?」
「蓋が空いてなくても仕込む方法はあるだろ。また意識のない間に好き勝手されるのは嫌だ」
「本当にただのコーラなんだけどな。仕方ないね」
ぷしゅ。と、炭酸の音を鳴らして蓋を開け、ベルトルトがコーラに口をつけて毒見をして見せたが、それでも飲む気にはならなかった。これも反抗と見做されて機嫌を損ねたら。そう考えていたが、然程、気にした様子はなく安堵する。表面では。だが、腹の中は判らない。
それから一時間ほど空気の重い空間に耐えていれば、ライナーが帰宅し、俺を見て目を細めた。それが、獲物を見つけた肉食獣のように見え、怖気が走る。
「ライナーお帰り」
「あぁ、すまん、待たせたな」
帰って来なくて良かったのに。
縮めていた体に更に力を籠め、抱えた膝に顔を埋める。
「ジャンは具合でも悪いのか?」
「ここに来てからずっと、あんな感じ。後、何でも言う事聞くから画像データ消して欲しいって」
ちょっと待て。
『何でも』とは言ってない。
ほう。と、ライナーが呻りながら顔を上げた俺を見て、興味深げに顎を摩る。首を振っても俺への視線に変化はなかった。
「何でもなぁ……」
「出来る事とは言ったけど、何でもとは言ってない!」
「そうだっけ?」
惚けるベルトルトへ、ぎゅ。と、唇を引き結び、ぎこちなく頷く。
薄々感じてはいたが、どちらにも苛めている自覚はないのか。素でやっているのなら、とんだサディスト共だ。自分が求めれば喜ばれない訳がない。と、信じて疑わない傲慢さ。人気があり、人徳もあり、周囲が常に全てを肯定してくれる環境だとそうなるのか。
「折角撮ったもんだし、あまり消したくはないが、何でだ?」
「何でって、あんなの人に見られたら困るくらい解るだろ」
「スマホに入れてたもんは万が一を考えて消したし、データが入ってるフラッシュメモリはきちんと保管してるし、多分お前が考えてるようなうっかりはないと思うが、駄目か?」
そもそもお前等の手元にある事が嫌なんだよ。
どう言えば伝わるものか、いや待て。こんな風に嫌がって見せたら寧ろ興に乗って『やってやろう』と、ならないだろうか。迂闊だった。データの所在を訊いて密かに処分してしまえば良かった。何故、こいつら任せにしようとしたんだ俺は。馬鹿か。
「駄目って言ったら処分してくれるのか……?」
「無茶苦茶エロく撮れたし、正直したくない」
訊くんじゃなかった。
精神が大幅に削られただけだ。
俺の立場はカーストの底辺にも等しい。何をされても抗えず、反抗しようものなら潰されるだけ。とんでもない人間に目をつけられた。我が身の不幸、不運を恨み、嘆かずにはおれない。
「今日は何の用だよ」
沈み切った声色で問えば、二人は視線を合わせて考え込んでいる。人を巻き込まずに勝手にお前等だけで盛り上がってろよ。くそったれの畜生が。人を玩具にしやがって。
「毎日、暗い顔してるから、美味い飯でもどうかと思っただけだな」
「はぁ……」
誰のせいだよ。
あんな目に遭わされて、明るい顔をしていられるほど図太くはない。どんな鋼の精神であれば出来るのか逆に訊きたい。
「別にお腹空いてないからいい……」
食欲は本当になかった。
精神的な負荷は胃腸の具合にまで影響し、食べようと口に押し込んでも、直ぐに吐き気がしたりと良くない状態だった。遊んだだけで、強姦した。なんて意識はこいつ等には一切ないんだろうな。ある意味、いい勉強になったのか。こんな最低な人間も居るのだと言う。知りたくはなかったが。
「なんだ、具合悪いのか?」
「吐き気がずっとしてるんだ」
そう言うと、ライナーは哀れむような視線を寄越した。原因はお前等だぞ。哀れむな。どこまで人の気持ちが解らないんだこいつ等は。
「なら、胃に優しいものでも作ってやろうか?」
「家で寝てたい」
何も考えずに、泥のように眠りたい。
現実なんて糞だ。
「まぁまぁ、そう言わずに」
立ち上がろうとした俺の肩を押してソファーに戻し、ライナーはベルトルトを一瞥すると台所に入って行った。
「ライナーは料理上手だから、食べたらきっと元気出るよ」
「あぁ、そう……」
最早、抵抗する気力もない俺を膝の上に置き、ベルトルトが猫の仔でもあやすように頭を撫でる。胃がむかむかしてきた。どんな料理上手でも、この嫌悪感は消せないだろう。
無気力に弄り回されて居る間、台所から色んな音がして来る。匂いや音からして、料理をしているんだろうとは察せられるが、ただただ帰りたい。
三十分ほど経ち、ソファー前のローテーブルに肉料理や、お粥らしいものが並んでいく。確かに料理上手のようで、ソテーされた鶏肉は美味しそうな焼き色が付き、添えられた野菜も色合いが良く、牛乳の柔らかい匂いが香り立つパン粥は焦げ一つなく真っ白で、中央にかけられたシナモンがいいアクセントに見えた。
「将来は料理人でもなるのか?」
「いや、もうスカウトが来てるしな、今日はその話で遅くなったんだ。どこの団体に行くかは、まだ決めかねているが」
「へぇ、そうか、じゃあ俺に構ってる暇なんかねぇだろ」
何でも許容してくれるファンの中から相手の選出でもして俺を解放してくれ。
「なんだ、拗ねてるのか?心配しなくてもずっと可愛がってやるよ」
してない。
俺の髪を指で梳きながら、唇を押し付け照れ臭そうに笑っているライナー。良く見てくれ。これが寂しくて拗ねてる顔か。無だ無。それともライナーの目にはそのように見えているのか。眼科行け。
「ほら、蜂蜜で甘くしておいたから食べ易いぞ」
ベルトルトに抱えられたまま、シチュー皿に入れられたパン粥を渡され、胡乱な眼差しで見下ろす。母親が作ってくれたものなら喜んで食べただろうに、歓迎されない料理ほど悲しいものはないな。
「ほら、匙だ」
「あぁ……」
「食べさせて上げようか?」
「要らない」
このままでは、熱いものを口の中に強引に突っ込まれて火傷しそうな気がして、気が進まないながらも食べ進める。確かに蜂蜜の柔らかな甘さ、牛乳をたっぷりと含んだパンは口の中で蕩けるようで、仄かなシナモンの香りが食欲を刺激する一品だった。
何度も言うが、こんな状況でなければ喜んで食べただろう。
「美味いか?」
「うん……」
本当は殆ど味など感じないが
少しずつ匙ですくい、熱を冷ましながら胃の中に納めていく。
その日は食事をしただけで帰された。あいつ等も、体調の悪い人間を犯して遊ぶほどの外道ではなかったようだ。俺の見えない所で、存分にいちゃついてくれ。あわよくばそのまま盛り上がって俺に関わらないでくれ。
帰り道をとぼとぼ歩きながら、自宅に帰りつくと即、風呂に入りベッドに潜り込む。台所に『ご飯食べたから要らない』と、だけ書置きを残して、具合の悪い体を癒す事に集中した。
◆ ◇ ◆ ◇
学校に行きたくなくて、初めてさぼった。
入学してから今まで、格好はバッドボーイでも学校や授業をさぼった事はなかった。一度でも授業を受け損ねれば置いて行かれると考えていたからだ。あいつ等に絡まれてから予定が狂いまくりだ。
「大丈夫?熱はないみたいだけど」
「うん、ちょっと胃腸の具合が悪くて……」
「胃腸風邪かね……、今日も遅くなりそうなんだけど、一人で大丈夫かい?」
「餓鬼じゃないんだから大丈夫」
額や頬に手を当ててくる母親に言い訳をする。
ここ数日、食事量が減り、食べた後に口を押えてトイレに駆け込んだりしていたから、言い訳に信憑性はあったようで、強く言及はされなかった。母親は優しいけれど、甘い訳じゃなくて厳しい所は厳しい。嘘を吐いたら直ぐにばれて叱られていた幼少時代を思い返す。
「そうかい……、無理そうなら直ぐに我慢しないで連絡するんだよ。救急車呼んでもいいから、ね?」
「解った。ありがと……」
母親が出て行くまで見守り、扉が閉まると枕に顔を突っ伏した。部屋の外で話す声。恐らく学校に連絡をしてくれているんだろう。
胃がきりきりじくじく痛い。このまま本当に落ち零れたらどうしよう。学校には行かなくては。卒業したらいいとこ入って、苦労をかけた母親を楽させて上げる。それが俺の第一目標だ。あんな奴等に邪魔されたくない。寧ろ、利用してやるくらいの気概でいかなければ。
ベッドの中で枕を抱き締めながら、気力を奮い立たせる。
負けて堪るか。
翌日は母親に心配されながら学校へ。
朝は問題なく過ごし、昼休みに食堂へ行くと、でかぶつが二体近づいてきた。
「よう、具合はいいのか?」
「あぁ、可もなく不可もなくくらいにはなった」
言葉遣いに気遣う事もなく、平常通りにして笑いかけてやる。内心吐きそうだったが、それに機嫌を良くしたか、ライナーは肩を抱いて頭を撫でて来た。どうも髪の手触りがお気に入りらしい。
「体調、回復して良かったね」
「ま、お陰様で」
嫌味も含めてベルトルトに返してやる。やはり笑って。解る奴には作り笑いだと解るだろうが、糞野郎二名は上機嫌だ。
「今日もアルバイトか」
「まぁな、明後日は休み」
「そうか、じゃあうちに来ないか?また飯作ってやるよ」
丁度、カレーを口に含んだ所だったので、鷹揚に頷く。
ライナーは嬉しそうに俺の髪をぐしゃぐしゃにして、ベルトルトは黙っているがまんざらでもなさそうだった。
気は進まなかったが、このまま学校生活を壊されるよりも、飽きるまで従順に振る舞い、都合良く『使ってやろう』と、決めた。ジョックとそのメッセンジャーだ。仲良くしていれば発言権も、周りに対する牽制も、教師に対する好感度も稼げる。打算だらけだが、避けても迎合しても同じく付き纏われるなら、『上手くやる』方を俺は選ぶ。
別に俺は勇敢ではなく、どちらかと言えば臆病な人間だ。しかし、やられっぱなしも、怯えて逃げ回るのも性に合わない。潰されるなど以ての外。将来の目標、生活を壊されるくらいなら矜持を捨てでもやってやる。
決意をしてからは、妙にライナーもベルトルトも優しくなった。
反抗されればされるほど、サディズムに火が点く性質の人間だったんだろうか。従順になった俺に飽きてくれないかな。なんて期待は空しく、昼休みとアルバイトのない放課後は常に三人で居るようになった。偶にライナーが部活の問題や、話し合いで抜ける程度だ。
良かった事は、格好や目つきが生意気だからと絡まれなくなった事、悪い事はジョックの愛玩動物と揶揄られ、ファンの連中からはやっかみなのか少々、姑息な嫌がらせを受けるようになった事だ。それもそれで心労になったが、多少、威嚇すれば追い散らせるような、へたれだったのは幸いだった。
「ジャン、美味いか」
「うん」
ライナーは肉が好物のようで、行けば大概、肉料理を振る舞ってくれた。
最初のパン粥は拒否感が強過ぎて食べた気がしなかったが、受け入れれば確かにライナーは料理上手で、出された物は全て美味かった。
一度、面倒じゃないのか?と、訊いてみたが、趣味だから楽しいらしい。加えて、俺は美味しそうに食べるから作り甲斐があると。負担になって不機嫌にならないなら別に構わないだろうと考えて放っておく事にした。
食事をした後は、そのまま帰る事もあるし、出かける事もある。一番多いのは、性欲旺盛な青少年らしく、寝室に手を引かれ、食事の替わりとばかりに俺が戴かれる。
意識がある状態では恐怖の方が勝ったが、案外、容易く受け入れられて自分の体、と言うか人体の神秘に驚きを隠せなかった。
中を擦らると意味が解らないほど腹の仲かが疼き、気味の悪い甲高い声が口から勝手に漏れて口を塞ごうとすると止められた。初めての時も、宜しくない薬のせいか、俺は馬鹿みたいに喘いでいたらしい。
動画見るか?なんて訊かれたけど、見たい訳あるか。
「ん、んぅ、んむ……」
後ろでライナーのものを受け入れながら、口でベルトルトに奉仕する。
でか過ぎだろ。ふざけんな。と、毎回言いたくなるくらい、二人とも大きくて、口でやれば顎が疲れるし、尻はがばがばになって開きっぱなしにしまうんじゃないかってくらい。幸い、大丈夫だったけど。人間って凄い。
喉奥までベルトルトのものを咥え、じゅ。と、音を立てて啜る。あまりの長さと太さに嘔吐いたのが懐かしい。
「ジャン、上手になったね」
頭を褒めるようにベルトルトが撫で、背後から聞こえる押さえた声はライナーの笑い声だ。
「こっちも、もうとろとろだしな」
性器を押し込んだまま、ライナーが孔に指を入れてくにくに広げて遊ぶ。下品な野郎だ。二人して、ローションで濡れた孔を舌なめずりしながら喜んで突っ込むんだから、変態にもほどがある。ゲイは何が良くて尻をほじって遊ぶのか今だに良く解らん。気持ち良ければいいんだろうか。
「んっ、ぅ、ぁ……」
唾液を垂らしながら喉からベルトルトの性器を出し、苦しくなった呼吸を整える。
「お前、いつも突っ込み過ぎなんだよ、窒息させる気か……」
何度か咳き込んで苦情を入れれば、蕩けそうな笑顔でごめんね。と、きたもんだ。絶対に悪いとは思っていない。
「あっ、ちょ、らいなっ」
先程まで大人しかったのに、突然、ライナーに激しく揺さぶられて目の前のベルトルトに縋りつく。
「仲が宜しいようで、妬けるな」
これがまためんどくさい。
一々お互いに嫉妬して、俺を苛めだす。そんなにいちゃつきたいなら俺を挟まず二人でやれよ。
「ひ、ん、あっ、あ、んっ、んんっ」
涙で顔がぐずぐずになり、硬くてぶっといので中を突かれると、どろ。と、俺の性器から白いものが垂れる。達してないのに、達したような感覚が何度も来て、腰ががくがくになった。気持ちいいけど、怖いくらいで、俺はやられている最中、必ず二人のどちらかに抱き着く羽目になる。
腰を掴むライナーの手に力が籠り、腹の中が熱くなった。また中出しかよ。もういいけど。
ライナーが、出してからも中の感触を堪能するかのように性器を抜かずにぐりぐり遊んで、尻や脚を撫でる。ベルトルトは背中や腰、うなじを撫でて、可愛い。なんて言っていた。二人揃って眼科行けよ。本当に。
「ライナー、変わってよ」
「んー、もうちょっと」
やんわりとした拒否をして、ライナーがしつこく腰を振っている。そんなに具合がいいのか俺は。わざわざ聞いた事はないが。
「仕方ないな、ジャンもう一回舐めて」
ベルトルトが俺の唇をふにふに弄りながら頼んでくる。拒否権はない。知ってる。
乞われるままに舌を這わせ、先程よりは浅く口に含んで刺激する。あまり尻を使われ過ぎるのも辛いから、自分のためだ。ただでさえ体力が化け物の二人を相手にしてるんだから、少しでも負担は軽減したいってのが心理だろう。
顔にぶっかけられて、青臭い匂いに呻き、ライナーがまた中出しして、どろっどろ。
「あとちょっと頑張ろうね」
「俺はコーヒーでも淹れて来るか」
満足したらしいライナーがシャワーに行き、ベルトルトと二人になった。
どろどろになった孔を指で弄り回し、広げて出してベッドを汚していく。ある程度、指で掻き出したら、俺の体を弄り回してる内に復活したらしい性器が、奥まで入って来て、目の前がちかちかした。腹の奥の奥、ライナーが届かない部分まで犯されて、息も絶え絶えになりながら一発、中出しされた。マーキング合戦でもしてんのかこいつ等は。
足腰が立たなくなり、ベルトルトに抱えられてシャワーを浴びて着替え、コーヒーはカフェオレにして、ダイニングのソファーにぐったりと凭れながら飲む。毎回、ほとんど青色吐息だ。化け物共め。
酷く『遊んだ後』は、背負われて自宅まで郵送される。
母親には遊び疲れて。などと言い訳しているが、曖昧な微笑みはどこまでばれているのか。あんたがいいなら。ってどういう意味だと思えばいいんだろう。
状況的には『貴方の息子は学校の平穏のために、学園の王様と側近に体を売ってます。ごめんなさい』と言う訳で、とてもじゃないが、喜ばしくもなく、ありがたくもない話。赤裸々に話してしまえば、倒れてしまいそうだ。
◆ ◇ ◆ ◇
季節が流れ、やっと王様が代替わりして、学歴を取るか、直ぐに選手として活躍するかの選択を迫られライナーは大変そうだった。
「なぁ、お前、ジョックの肉便器なんだろ?じゃあ俺にも使う権利あるよな」
俺を壁に押し付け、ライナーから王冠を受け取った馬鹿が迫って来た。
成程、周りからしたら、そんな認識になってた訳だ。改めて本気であの二人をぶん殴りたい気分だ。
俺の尻を撫でながら、下衆な笑いを浮かべる辺りはジョック様。と言う感じだ。
股を開いて、媚びを売り、取り入るのは簡単だけど、はっきりいって鳥肌が立つ。ライナーとベルトルトにも完全に慣れるのは時間がかかった。殴っていいだろうか。だが、この下衆も相応の人気があって王様になったはずで、今更、大半を敵に回すのは割に合わない。
「そうだな……」
「今日から可愛がってやってもいいぜ?」
横柄で傲慢、ライナーは良くこんな奴を後釜に選んだものだ。アメリカンフットボールの実力が基準なのかな。
「お、もっとごつごつしてるかと思ったけど、案外、いいな」
ライナー提供の食事で肉付きが良くなった俺の尻や、胸を触りながら、にたにた笑って気持ちが悪い。どうしようか。殴れば間違いなく敵対して面倒な事になる。しかし、されるがままも癪に障る。
俺が悩んでいる間に股間を揉まれたりと鳥肌が立ちっ放しだったが、気が付けば大きな影が王様の背後に立っており、軽蔑の眼差しで見下ろして居た。お前はそんな眼が出来るような立場じゃないぞ。
「この子はジョックの所有物じゃなくて、『僕』と『ライナー』のだから、余計な手だしをしないで貰えるかな?」
頭を鷲掴みにされた下衆野郎は、短い悲鳴を上げて硬直していた。
薄々感じていたが、もしや、こいつはライナーが居なくても、十分一人でやっていけるんじゃないか。普段は物静かでライナーに譲り勝ちだが、ここぞの時の肝は座っており、スポーツ万能で能力も申し分ない。こいつ、ベルトルトがジョックになれば良かったのに。
いや、補佐タイプで率先して行動する気質でもないか。
「いや、その……」
「さっさと行けよ」
俺に対する口調は女性的とも思えるほど常に柔らかいのに、他人に対するものはきつく、威圧的ですらある。それなりに付き合いがあっても、知らない側面があるものだ。
一連のやり取りを壁に寄りかかりながら眺めていれば、眉根を寄せたベルトルトが頭を撫でてくる。
「嫌だっただろ。どうして抵抗しなかったの?」
「いやあ、ライナーがあいつに『溜まったら俺を使え』とか言ったのかなー。って考えてた」
ちら。と、頭に浮かんだ推測を口にすれば、ベルトルトは首を振る。
「そんな訳ないだろ。僕達なりに君を大事にしてきたつもりだよ?全然伝わってない?」
あんまり伝わってないかも。
正直にはっきり言いたくはあったが、拗れると面倒なためベルトルトの胸の中に飛び込んで頭を擦り付けてやった。俺も大人に成ったもんだ。ベルトルトは嬉しそうに小さく笑い声を漏らし、俺を抱き締めて頭を撫でてくる。
あと約二年、俺の平和のためにベルトルトには頑張って貰わないといけない。媚を売っておいて損はないだろう。
ライナーは進学か、夢か、散々迷ったようだったが、大きな団体からの熱いラブコールもあり、好成績を上げ続けた期待の新人としてアメリカンフットボールの選手になる道を選んだ。そして、誰もが知るようなスポーツメーカーのスポンサーもつき、誰もが羨むような花道を歩み出した。
めでたい事だ。これで俺に興味もなくなるだろう。なんて、安心して家でごろごろしていれば母親に呼ばれ、大きな花束を持ったライナーが玄関に立っていて首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「プロポーズしに来た」
俺の隣で母親は口元に手を当てて驚きつつも納得した素振りを見せた。納得しないで反対してくれ。頼む。
「少々忙しくなると思うが、寂しい思いはさせない。これからも宜しく頼む」
「え、なんで?」
「なんで?」
ぽろ。と、漏れた科白にライナーが戸惑いの視線を俺に寄越す。
「いや、その、お前、試合にも出して貰えて、相当勝利に貢献もして、もう人気の花形スターだろ?ニュースで見たけど……、CMとかの依頼もばんばん来てるらしいじゃねぇか、俺なんかに構ってる暇ねぇんじゃないかなって……、ほら、ゴシップ?とかも厳禁だろ?」
「馬鹿言え、もう既に付き合っている男の恋人が居る事は話してある。何も問題はない。もう収入もあるし、苦労はさせない、何が問題だ?」
「まさかとは思うけど、プロポーズするために選手になる事を選んだ訳じゃねぇよな?」
「そうだが?進学も考えたが、早くお前と一緒になりたかったしな。所属団体はそれを理解してくれる所を選んだ」
眩暈がした。
ライナーが卒業すれば解放されるだろうと、考えていた俺が甘かったのか。大体、恋人だったのか俺、ただのベルトルトといちゃつくためのマンネリ解消用や、処理道具だと思ってた。
「えーっと、ベルトルトは?」
「あいつも了承済みだ」
話が良く解らん。
これからはライナーと付き合うようになるんだろうか。
「大事な話なのに、立ってするのも何だから、座って話しましょう。お茶淹れたからいらっしゃい」
「ありがとうございます!お義母さん」
俺が話に集中している間に母親がさりげなく移動し、お茶を用意してくれていたようだ。満面の笑みをライナーは母親に向け、好感度を稼いでいた。
早速、お義母さん呼びすんな。
どうなるんだこれ。
三十分間の話し合いは要約すると、
『ジャンと結婚したいので許可を下さい』
俺の意思は。
訊く必要ないのね。あぁ、そう。結婚と言っても、法的には許されてないから形式的なものにしかならないのに意味はあるのか。
『収入も安定してますし、調子に乗ったりして傷つけたり、不幸にするような真似はしません』
調子に乗って俺にしたあれやこれやは。
俺にしでかした所業は、すっかり綺麗に忘れ去っているようだ。都合のいい脳味噌だな。ライナーは俺を如何に愛しているかを語り、大事にすると誓いを俺の母親に立てる。誓うのは俺にじゃないのかお前。
母親の隣に座り、無になってライナーの言い分を聞いていた。
「ベルトルトはどうすんだよお前、あいつがメインで、お前の一番大事な相棒だろ?捨てんの?最低だなお前」
「は……?」
俺がベルトルトの名前を出すと、ライナーがきょとんとして俺を見詰める。
「ベルトルトが何でてくるんだ?まぁ、安心しろ、あいつも一緒だ」
当然。とばかりにライナーがいい、頭が混乱してくる。
母親にどう言う事か尋ねられ、生々しい部分は省いて、三人で付き合ってる話をすると、怒りはしなかったが、隠せない困惑も露わに動揺していた。解る。俺も最初はそうだった。
「要は、俺はこいつ等が盛り上がるための当て馬っつーか」
「何を言ってるんだお前は」
母親に説明をしていれば、ライナーが口を挟んでくる。何ら間違った説明はしていなかったと思うけど、何だよ。
「言わなかったか?あいつとはお前を取り合って険悪になってた事もあるんだが」
「ごめん、ちょっと母ちゃん、混乱し過ぎてついていけないから、ゆっくり整理させて……」
そう言って母親は額に手を当てて覚束ない足取りで部屋に入って行った。息子が知らない間にゲイになっていて、相手が二人も居て、今はその一方にプロポーズを受けている。確かに意味解んないな。
「今度引っ越すから、三人で一緒に住もう」
「あのさ、だから、ゴシップは厳禁だろ?セフレにプロポーズしてまでカモフラしなくて良くねぇ?あ、それとも、ベルトルトをパパラッチから誤魔化すために俺を使おうって腹か?」
「俺が愛してるのはお前だ」
「いや、誤魔化さなくていいって」
頑なにライナーの言葉を信用しない俺と、俺に愛を伝えようとするライナーで話は平行線を辿り、一向に決着がつかない。時間ばかりが無駄に過ぎていく。
「信じてくれ、ベルトルトとは何でもない。ただの友達以上の感情はないんだ。あれはお前を取り合って決着がつかなかった結果であって、お前を使おうなんて一度も考えた事はない」
俺は眉間に皺を寄せ、訝し気な眼差しをライナーに向ける。
大して知り合わない内に、女装をさせた上に酷い目に遭わせ、次は薬を盛って強姦。好きな奴にやる事かそれは。母親に聞こえないように声を潜めて怒りと不満をぶちまければ、ライナーは水に濡れた犬のようにしょぼくれた顔になった。
結局、開き直って二人を利用する方向にして受け入れたが、最初の悪行を赦したつもりはなかった。
「お前等は最初から俺の信用を失ってんだよ。分かれ」
ライナーは呻り、特徴的な眉を下げた。
俺は腕を組んで踏ん反りながらライナーを睥睨する。一番いい選択は、今後一切ちょっかいをかけない事だ。と、言って。
「それは嫌だ」
「愛してるならこっちの言い分も受け入れろ」
酷い言い分だとは思うが、最悪の記憶から始まった関係を耐え抜いた俺の気持ちも察して欲しいものだ。
「ジャン、俺は……、本気で好きなんだ。頼む」
「頼むって何を頼まれてんだよ俺は」
舌を打ち、面倒臭げに頬杖をついてライナーを睨み付ける。
「最初の事は謝る。どうしても別れたくない……!」
焦ると場当たり的な面が特に顕著になる性格が出ているのか俺の手を握り、謝罪と懇願を繰り返す。
「そう言うとこ、直さないと、ここ一番でとちるぞ」
「ジャン、俺は……」
ライナーの弱点を指摘し、手を振り払う。
さて、ここでライナーを振ったら学校でどうなるだろう。この様子なら、ベルトルトから制裁などは受けないだろうが、庇護も受けられなくなりそうだ。悩んでいると、ぴぴ。と、電子音が鳴り、ライナーが慌てた様子でポケットからスマートフォンを取り出して眺めていた。
「用事があるならさっさと帰れば?」
「いや、ベルトルトから……、ジャンに怒られてない?だと」
「透視能力でもあるのかあいつは」
ライナーに見せられた液晶画面には、言った通りの文言が記されている。脅したのもベルトルトなら、現状を一番理解しているのもベルトルトか。
「ちょっと貸せ」
「あぁ……」
ライナーからスマートフォンを奪い取り、ぽちぽちと文字を打っていく。
『今、正に怒ってる所だ。良く解ったな。ジャン』。送信して一分も経たない内に『だろうと思った』と、返ってくる。
『どうしても君を手元に置いて置きたかった気持ちは解って欲しいけど、駄目?』
『解らん』
『愛してるよ』
『知るか』
『そう言わずに解ってよ』
押しはベルトルトの方が強いな。
しみじみと感じて、ちら。と、ライナーを上目遣いに見る。
一瞬だけ表情が華やぎ、睨むとしょぼくれた。やはり犬っぽい。
『一応訊いとくけど、反省とかしてんのか?』
『あんまり。あれくらいしなかったら君は僕等から逃げてただろう?因みに、写真見せたのは僕の独断だから、それに関してはライナーを怒らないで上げてね。知らないから』
『マジかよお前、最悪』
『うん、やり方は最低だったと思うけど、愛してるよ』
『そんなもんで誤魔化されるか阿保』
『時間かけて解らせるから一緒に育んで行こう?』
『お前、ライナーとは完璧に意思疎通取れてんだから、俺は捨ててライナーとくっつけよ。それが一番幸せな道じゃねぇの?』
『止めてくれ。鳥肌が立った』
ベルトルトもライナーと同じく友情以上の感情はないらしい。
面倒臭い奴等だ。
「あの、ベルトルトはなんて?」
おずおずとライナーが尋ねて来たから、スマートフォンを返してやれば、一連の流れを見て首を傾げているようだった。
「写真?」
「……それに関しては気にするな。後でベルトルトをぶん殴っておく」
本当にあの下劣な封筒の中身はライナーの関知する所ではなかったようだ。
ベルトルトが道を均し、ライナーが決定打を打つ。本当に良く出来た連携だ。ベルトルトもアメリカンフットボールをやっていれば、ライナーと天下が取れたのではないだろうか。
「あーもう、なんか疲れた。花は貰ってやるから、今日は帰れ」
「もう俺達と一緒に居てはくれないのか?」
「考えとくから、兎に角帰れ」
ライナーの背中を押し、玄関の外まで追いやっていく。
この時、考えておく。などと言わずに、関係の断絶を言い渡せば良かったんだろうが、気付いた頃には完全に手遅れだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「おはよう」
「はよ、一発殴らせろ」
「嫌だよ」
振り被った手を軽々と掴まれ、にっこりとベルトルトは微笑む。
学校の玄関先で、唐突に不穏な空気を醸し出す俺達に、周りはざわつき教員室の方向に走って行った生徒も居た。
「ちょっと穏便にゆっくり話そうか?」
俺の手を握ったまま、ベルトルトが先導して人気のない倉庫の近くまで行く。
「何話すんだよ」
「僕等の将来の事」
「お前等との将来なんてねぇよ」
おもむろに、ベルトルトが俺を抱き締め、耳元に唇を寄せる。
「僕等と居ると、とってもいい特典が沢山あるよ?」
「お前はなんのセールスマンだ」
抵抗しても膂力では敵わないと思い知らされているため、特に抗わずに俺は悪態を吐くばかり。全く以って情けない。
「セックスは気持ち良かっただろ?」
甘いテノールを響かせながらベルトルトが耳元で囁く。
瞬時に全身が熱くなり、手に汗が浮いてきた。犬に譬えるなら、ライナーは命令に従順な軍用犬で、ベルトルトは獲物を狩り捕らえる狩猟犬だろうか。どっちがいいも悪いもないが、どちらも面倒臭い。
「ここ学校だぞっ……!」
長い武骨な指が、背骨を伝って行き、尾骶骨部分に辿り着くと指に力を入れ、俺が体を跳ねさせると、くすくす笑う。性質の悪い奴。
「あのな、今は高校生だから体毛も薄いけど、歳食ったら絶対、むさくなるし、きたねぇおっさんになるだろうから、今の内に美しい思い出にしとけ」
「僕等も一緒に歳取るんだから、気にしなくて良くない?」
人の趣味はそれぞれだろうが、いわゆる大人でもなく子供でもない時期の年齢を好む人間は多いらしい。多感な時期に同性が気になるのは、男女問わずに間々ある事で、大半は思春期特有の衝動で終わる。だそうだ。何調べてんだ。って感じだけど、こいつ等も、そう大きく外れてはいなさそうに感じた。
暫く離れていれば落ち着くだろう。それを伝えると、ベルトルトは拘束を解いて考え込む。
「セックスまでしといて?」
「一々、せっ……、と、か、言うな!恥知らずが!」
俺が顔を真っ赤にしてベルトルトを罵っても、さらりといなされ微笑まれる。一筋縄ではいかない奴だ。
「じゃあ、一緒に住んでみて、その説が本当か確かめればいいじゃないか」
これは墓穴を掘ったんだろうか。
あぁ言えばこう言う。を地で行くベルトルトに、口が達者なはずの俺が押されて言い包められようとしている。
「離れてなかったら証明出来ないだろ」
「そうかな?要するに、成長に伴う変化で相手に対する興味を失っていくって事だろ?なら一緒に居ても証明出来るじゃないか」
これは、どれだけ言葉で説得しても躱される奴だ。
黙って逃げるが最善だろうが、同じ学校ではそれも難しい。転校するような金もなし、するにしても母親を説得する材料はされた事を全ての告白。それは嫌だ。
「ジャンは僕等に可愛がられて悠々自適の生活、何か問題がある?」
「俺の青春や時間の浪費」
「後悔させないようにするよ。そうだな、アメフトの花形選手と、高給取りのサラリーマンが恋人っていい肩書じゃない?」
「高給取りになるの確定かよ」
良く考えたら、二人の家族情報は良く知らない。ただ、考えてみれば、何をするにしても特に不自由をしている様子はない。この学校は金持ちと貧乏人が混在しているため、余計カーストが発生し易い背景がある。
この余裕ぶりを考えれば、二人共に金持ちの部類なんだろう。
「一応ね?どんな君でも気持ちは変わらないし、ライナーも言ったと思うけど不自由はさせないよ?」
思い切り太ってやれば目が覚めるだろうか。
それはそれで俺の着る服がなくなったり、成人病の可能性を増やすだけの悪手ではあるが、貧乏人に恵んでやるとでも言いたげな態度が気に食わない。
「へっ、金持ち様は自分を他人のアクセサリーにするのに抵抗がないと見える。俺はそう言うのは嫌いだけどな」
強がりと言われれば強がりだが、こう言ったものが嫌いなのは事実だ。
男も女も変わらない。美人や愛らしい彼女を自慢する男は彼女の見た目や体さえあれば後は不要とまで言い切りそうな態度で、自慢しながら他人をあげつらう。女も同じく顔が良く背の高い彼氏を自慢し、そこに何らかの付加価値があれば、そんな男に愛される自分まで偉くなったような気になって他者を見下す。どいつもこいつも恥を知らない。
「金が要らねぇとは言わないけどよ、俺は自分で成した訳でもない功績を自慢するような人間にはなりたくねぇな。そいつが頑張った結果だろ、自分のもんじゃねぇ」
ベルトルトが目を見開いたかと思えば機嫌が悪くなった俺を急に強く抱き締めた。肺が潰され、空気が漏れて変な声が出た。
「そう言うとこだよ。ジャン、やっぱり君は最高だ」
「ぐ、う、ぅ……」
ぎりぎりと締め付けられ、息が出来ない。
この馬鹿力。
「やっぱり君を好きになって良かった」
ベルトルトの腰元を叩き、苦しいと伝えるが一人で盛り上がっている様子で全く聞こえていない。こいつ等、本当に犬だな。
酸欠に眩暈を起こして俺が目を回すまでベルトルトは俺を抱き締め続け、ぐったりした所でようやっと気づき、保健室まで運んでくれた。骨は無事だったが体が痛くなった。
◆ ◇ ◆ ◇
後日、ライナーの家に呼ばれ、ベルトルトも加えて詰め寄られ、俺は辟易していた。
「なぁ、考えると言ったじゃないか、いい返事をしてくれるんだろう?」
「僕等をきちんと見てくれるのは君だけだよ。ねぇ、ジャン」
「大丈夫だよ。きっとお前等自身をとことん愛してくれる奴は、俺じゃなくてもどっかに居るよ。多分」
いつかのようにソファーの上で縮こまり、面倒臭い。を全身に表しているが、二人はめげない。しつこさは今まで以上だ。何の希望を持ったんだ。俺のせいか。お前、君だけだ。二人は口を揃えて攻めてくる。
昨日、アルバイトから帰ると、母親が良くは解らないけど、俺が幸せならいいから。とだけ言ってくれたが、俺は何が幸せなのか、正解が判らなくなってきた。
「絶対に大事にするから、信用を挽回させる機会をくれ」
「死ぬまで変わらず愛し続けると誓うよ。だから一緒になろう」
誰か助けてくんねぇかな。
「あー、お前等の親は?ほら、孫とか楽しみにしてんじゃねぇの?俺、幾らやっても産めねぇから」
苦肉の策で親を利用してみれば、とっくに説得済みらしい。行動が早い事で。二人共、他に従妹なり兄弟が居るから問題はないそうだ。そんな問題だろうか。そりゃ幸せの基準は人それぞれだから俺が考える事ではないにしろ、本当に納得したのか。
ジャン。と、二匹の大型犬が名前を呼びながら俺を見詰めてくる。
求められるうちが華。強く求めて愛してくれる人に出会える確率は云々。真実の愛とは。自分の頭だけでは上手く説得材料を作れず、答えを求めて調べ捲った要らないお勉強の成果が頭をぐるぐる回り、考える事に疲れて来た。
俺は、いつまで折れずにいられるだろう。