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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

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見知らぬ番号

・年齢操作
・現パロ
・モブが出張る
・フロックの親が毒親
・マルコが亡くなってる世界線






 高校生になったお祝い。
 そう言われて、母親から渡された小さな長方形の紙袋。
 有名な携帯電話会社のロゴマークが入った真っ赤な物だ。

 中学生の時は『贅沢品だ』と、買って貰えなかった。
 親が推奨する公立校への入学を条件に、頼み込んでどうにか与えて貰えたスマートフォン。最近の物は、耐衝撃、防水機能はあるが、それでも気をつけろ。壊したら次は自分で買え。と、厳重な注意をされながら渡された。
 本当に、我が親ながら面倒臭い。こんな時くらい、笑顔で『おめでとう』の一つも言えないのか。

 スマートフォンを持っていなかった俺は、当然のように持っている同級生からは小馬鹿にされ、連絡が取れないから。そう言われて遊びでも外される事が多かった。
 母親に訴えても、『電話一つ持ってない程度で一緒に遊ばなくなるなら友達じゃない』『うちに余分な金はない』『他所は他所』などと屁理屈をこねられ、無下にあしらわれた。自分は家にいる間、しょっちゅう弄り回している上に、定期的に最新機種を買って、自分を着飾って美味い物を食う金はある癖に、だ。説得力がないにもほどがある。
 だが、言い過ぎれば『養って貰ってる分際で』『なら働いて自分の金で買え』などなど、小さい頃から聞き飽きた説教が飛んでくるので口を閉じるようになった。理屈は解るが、気紛れに貰える小遣いを机の中に入れて貯めていれば使われ、親戚が俺に。と、くれた小遣いも無理矢理、預かって結局、自分で使う。
 何故この女は俺を産んだのか。離婚の際に親権をとったのか。金と立場を持っている父親から養育費を取るための道具かと思う事の方が多かった。

 血は水よりも濃いとは言うが、その血が腐っているなら意味は無い。
 ご飯もスーパーの半額シールがついた弁当やパンばかりで母親の手料理なんてものを食べた記憶はなく、給食が無くなる高校生活が不安で仕方がない。アルバイトでもするか。
「ありがとうございます……」
「大事に使うのよ」
「うん」
 礼を言って別室に行き、中身を取り出す。
 機種の希望は聞いて貰えなかった。安物の最低限プランなんだろうとは察せられたが、これである程度周囲の話にはついて行けるかも知れない。との安堵感の方が強く、説明書を見ながらSIMカードを入れ、初期設定を進めて行った。
 夢中でやっていると、玄関が開く音がして扉越しに母親の甘ったれた声が聞こえてくる。知らない低い声、新しい男らしい。顔だけはいいからな、あの女。
 ホテル代の節約のためか、隣室から気色悪い声が聞こえてくる事も間々あり、俺の住んでいる狭苦しいマンションの一室は、部屋の構造的にリビングを通らなければトイレや風呂に行けないため、万が一のためにゴミ箱から拾ったペットボトルは確保してある。糞みたいな日常。早く大人になって逃げだしたい気持ちが年々強くなってくる。

 今日は外に出て行った。胸を撫で下ろしながら設定を終え、トイレと風呂を早めに済ませて部屋に戻ってくれば、緑色の通知ランプが光っており首を傾げる。

 頭にタオルを被ったまま確認してみれば、見知らぬ電話番号からかかって来ていた。
 もしや、母親だろうか。忘れ物でもして『持ってこい』と、言いたいのか、あるいは何かをしておけとの命令か。
 リダイヤルをしてコール音を聞く。
 無機質な電子音が数回鳴り、音が途切れた。
「はい……」
 出たのは低い男の声。
 新しい男の電話からかけてんじゃねぇよ。
「なんか用?」
 呆れた心地になりながら用件を尋ねれば、相手は無言。
 苛々しながら毛布を被り、言葉を待った。ここであれこれ言えば、ヒステリーを起こして帰宅後に詰られ倒すのが目に見えているからだ。
「用は……、ないんだけど、その番号、大事に使って欲しい」
「は?」
 意味不明な事を告げられ、俺の頭には疑問符が浮きまくる。
「それじゃあ……」
 一方的に通話が切られ、再度、は?と、電話に向かって言った。
 間違い電話か。それにしては謝罪も何もなく、不可解過ぎる言葉。『番号を大事にしろ』だと?ただの数字の羅列をどう大事にしろと言うのか。

 そんな些細な出来事も忘れた入学式。
 母親は一応来てくれたが、派手に着飾って浮いていて恥ずかしかった。
 他の学生の親らしい人達が潜めてはいるが、俺の親を指して『きゃばじょう』だの、『ふうぞくじょう』だの言っている声が聞こえ、意味解らないが解らないなりに悪い言葉な事だけは理解できて高校生活の終わりを予感し、虚無の心地になっていた。実際、顔のいい同級生の父親や男性教師に色目を使っていたため女性からの印象は最悪だろう。
「うちの子、宜しくお願いしますねぇ」

 俺のクラスの担当になった若そうな男性教師に目をつけ、腕を絡ませながら胸を押し付けつつ、男に媚を売る甘ったれた声色を出している。
「ねぇ、あれ誰のお母さん?」
 近くの席に座っている女生徒の声が居た堪れない。
 俺の立場だとか、母親としての自覚だとかは一切ないんだろうな。
 酔って帰ってくると、お前が出来たせいで全然遊べなかった。だなんて恨み言をつらつら聞かせてくるくらいだ。俺の年齢から逆算したら妊娠したのは大体十六、十七くらいの頃。どうせ年上の男に金で股を開いていたら、うっかり俺が出来た辺りだろう。どうやって結婚まで漕ぎつけたのかは知らないが、品性も知性も感じられない母親が俺は兎に角、恥ずかしく、腕で顔を隠しながら机に突っ伏していた。
「あの、お母さん困ります……」
「いいじゃないですか、なんで教師になったんですか?子供はお好き?」
「とりあえず、腕を離して戴けないでしょうか……」
 あの人は、自己紹介によると名前はジャン・キルシュタイン。年齢は二十歳。今年から入ってきた新任で、一緒に勉強出来たらなと思います。そんな甘っちょろそうな科白を吐いていた先生だ。
 比較的、若いとは言え自分より年上かつ生徒の母親に絡まれるなんて可哀想に。あーあ、頼りにならなさそうな先生だなんてひそひそやられてる。なんか悪いな。
 しかし、なんだろう、声に何となく聞き覚えがある気がするんだが思い出せない。
「なー、フロックだっけ?お前どこの中学だったんだ?」
「俺は……」
 前に座っていた男子生徒が恥ずかしさに突っ伏していた俺に向かって振り返り、話しかけてくれた。友達を作る好機。先程まで悩んでいた事も忘れて話していれば、獲物を逃がした母親が不貞腐れた表情で戻ってきて俺に声をかけた。最悪だ。
「あたし仕事あるから、もう行くわよ。じゃあね」
「あぁ、うん……」
 顔を背けたまま気のない返事をすれば面白くなかったのか、俺の頭を小突いてから教室を出て行った。通りざまに爺教師にまで媚を売ってて、あいつの男好きは筋金入りなのだと改めて感じた。
「お前の母ちゃんスゲーな、美人でエロい」
「普通が一番だよ……、俺は恥ずかしい」
「そうか?煩いだけのばばあより良くねぇ?」
 俺の苦労を知らない同級生は好き勝手言ってくる。が、
「隣の芝生は青いんだよ」
「なんだそれ」
 深く意味を考える気質ではないのか、けらけら笑って適当に流してくれる。こいつは付き合い易そうだ。
 先生は役立たずそうだし、前途多難な始まりだったが、独り立ちするまでどうにか熟していかなければならない。
「ま、宜しく」
「おう、連絡先交換しとこうぜ」
 俺は頷いて鞄の中からスマートフォンを出し、教えて貰った相手の番号を登録していく。
「なんだこれ?」
「知らない奴」
 まだ操作に慣れてないとあって、きちんと登録出来たか確認して貰うために電話帳を見せれば、一番最初に登録してあった名前を目敏く指摘された。
「多分、間違い電話だと思うけど、気になったから登録しておいたんだ」
 事の経緯を説明すれば、やはり意味が解らないそうだったが面白がられた。言葉のまま『知らない奴』そんな名前で登録された男はどういう意味であんな事を言ったのか、いつか分ったりするのか、そのまま忘れるのか、今の俺には判らなかった。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 俺の高校生活は特に災禍無く半年を過ぎ、順調に過ごせている。

 相変わらず母親は働きながら男を家に連れ込み、いつも通りリビングで致してたりはしているが、もう、あんな女に認められようとか、見て欲しいなんて思う欲求は消えた。
 なんで今までは、勉強や運動を頑張れば、あの女が褒めてくれるとか、認めてくれれば優しくしてくれるようになる。なんて思ってたんだろう。

「ジャーン、勉強教えて」
「先生をつけろフォルスター……」
 入学式の時、俺の母親に絡まれて毅然とした態度を取れなかった印象から、すっかりキルシュタイン先生は生徒にも保護者にも舐められてしまい、名前で呼ばれてしまっている始末。別に可哀想なんて思わない。
「で、どこ……」
「ここの公式」
 数学の授業担当のキルシュタイン先生は、舐められてはいても生徒人気は高い。
 一九〇センチのスタイルの良さに、目つきは悪いが涼しげな顔立ちで、格好いい見目の良さもあるが、何より実際頭がいいのか説明が上手い。うちのクラスでテストの点数が著しく悪かった馬鹿が、先生から補習を受けるようになって飛躍的に成績が向上した。
 そんな実績もあって、昼休みや放課後にはキルシュタイン先生の指導を求めて生徒が職員室に集まったりする。
「人気者は飯食う暇も無いな」
 何かと小忙しそうなキルシュタイン先生を茶化す。
「お前が言うか」
 昼休みに邪魔をしに来た俺はさらっとやり返され、けけ。と、笑った。
 俺が来た時、丁度キルシュタイン先生は弁当を広げた所だった。

 きちんとした弁当箱に入ったおかずとご飯。
 美味しそう。俺がアルバイトしてるスーパーで買った半額パンとは大違いだ。
 キルシュタイン先生は食べつつではあるが、俺が教えて欲しかった所を解説する。行儀は悪いが、このくらい雑な方が接しやすいもんだ。

 不意に、ぐぅ。と、俺の腹が鳴る。
「なぁ、お前の方こそ食ったか?」
「一応」
 満たされては居ないが、まぁ、慣れた食生活だ。
 機嫌が良ければ買った弁当だとか貰えたけど、マーガリンすらない食パンを囓ったり、料理なんて解らないからなんでか冷蔵庫に入ってたキャベツの葉っぱを囓って腹に入れたりするより、惣菜パンで味があるだけマシだ。アルバイトで少しでも自由になる金が出来るようになって本当に良かったと思う。まじであの女、食費なんか渡しもしないからな。
 小中は給食だけが生きる糧だった。
「ほら」
 キルシュタイン先生がピックが刺さった唐揚げを俺に向かった差し出す。
「なに?」
「え、いや食っていいぞ?」
 俺が意図を理解できず、差し出された肉を見詰めていると驚く事を言われた。
「え、いいの?」
「いいからやってる」
 恐る恐る唐揚げを摘まみ、口に入れれば凄く美味しかった。
「これ美味い」
「冷凍食品のだから、そんな感動して貰うほどのもんでもねぇぞ?」
 ジャンが苦笑しながら言うが、冷凍食品?と、俺が返すと驚いたようだった。
「お前のお母さんって何でも手作りとか、そんな感じか?」
「いや?料理してるのなんて見た事ない」
 お湯沸かしたりパン焼いたりする以外で台所に立っていた記憶がとんとない。一応置いてあるまな板は黒カビだらけで包丁も錆びている。それを伝えるとキルシュタイン先生の表情が曇る。
「なに?」
「い、いや……、普段、ご飯はどうしてるんだ?」
「今はアルバイトしてるから、半額になった弁当とか買って食ってる。あ、あとなんかおばちゃん達が色々食いもんくれる」
 アルバイト先のスーパーは色んな年齢層の人が居て、なんでか特におばちゃん達が良く俺にお菓子だの、家で作った物だのをくれるからありがたいと思っている。
「お母さんは、そんなに仕事忙しいのか?」
「さぁ、昨日は家に男連れ込んでやってたけど……」
 あの女の仕事がなんなのか俺は良く知らない。
 見た目が派手で、夜に仕事行って、酒臭い時もあるから、こう、学校で習ったような普通の親じゃないんだろうな。くらいしか解らない。
「やってた……?」
「セックス。リビングでやられるとトイレ行けなくなるから嫌なんだよな」
 俺にとっては、煩いのとトイレ問題が出るから、どうせなら余所でやって欲しい程度だが、キルシュタイン先生にとってはそうではなかったようで、表情が強張って何か考え込みだした。
「それは、頻繁に?」
「うん、ジャンだって入学式の時に絡まれてただろ?男大好きなんだよあいつ」
 男が好きというか、男についてる突起物と金が好きなのかも知れないが。
「あ、家庭訪問とかすんなよ。小学校とか中学校の時、そう言うのしてくれる先生居たけど結局あの女にいいようにされたりしてたしさ。女相手なら玄関すら開けないし、男だったら自分から跨がった癖に、気に食わなかったらレイプされたー。とか騒いで辞める羽目になった先生もいて可哀想だった」
 俺がそこまで言うと、あからさまにひそひそ聞こえだした。
 好きに言えばいい。
 キルシュタイン先生の目をじ。と、見ながら俺は続ける。
「あのさ、世間の常識とかさ、法律?とかは先生達の方が詳しいんだろうけど、家の中の事は俺の方が良く知ってる訳よ。だから、引っかき回さないで欲しいのが本音。どう言った所で金もちんぽも出さねぇ奴の戯れ言をあの女が聞くなんてありえないし、先生達が帰った後で八つ当たりされるのは俺なんだ。先生達は助けてやろうとか、良い事してやったつもりなんだろうけどさ、偉そうに綺麗事説教されてぶち切れてる奴に殴られたり蹴られたりする餓鬼の気持ちも考えて欲しい」
 しん。と、職員室が静かになる。
 あの女が最近、手を出してこないのは腕力が逆転しだしたからだろう。
 それでも、長年植え付けられた恐怖や不信感は消えないから、早々に逆らえはしない。
「高校卒業したら直ぐにでも働くつもりだしさ、別に悪さなんてしないし、学校では大人しくしてるからほっといて。じゃ……」
 とりあえず訊きたい所は訊けたし、今後、お節介が出そうな相手に釘も刺せたしいいとしよう。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 昼休み、俺が一人で人気の無い階段の踊り場に座って惣菜パンを食ってるとキルシュタイン先生がやってきて、隣に座った。
「なんか用?」
「友達と一緒に食べないのか?」
「なんか俺と一緒に遊ぶなって言われてんだって。慣れてるから気にしなくていいよ」
 子供の頃から母親のせいで散々言われてきた事だ。
 確かにまともな躾はされてないと思う。と言うか、まともに世話はされてたんだろうか。虐待死や遺棄された子供の話なんかを聞くと、あの女にも一欠片の母性はあったのか。それとも、父親が頑張ってくれていたのか、多少なりとは気になったが、そんな会話が出来るような関係でもない。
 父親は、もう顔すらほとんど思い出せないが、悪人ではなかったと思う。だからあんな女郎蜘蛛みたいな女に引っかかったんだろうけれど。

 餓鬼は餓鬼なりに周囲から学び、自分で悪いと思える部分は改善したつもりだけど、常識ある大人に成れるかと言われたら自信は無い。
「まー、適当にしぶとく生きて適当に死ぬから。先生には迷惑かけねぇよ」
「……飯、そんなのばっかりなのか?」
 俺が食べ終えた惣菜パンの袋を見詰め、キルシュタイン先生は水の中で息を止めてるみたいな苦しそうな表情になる。
「別にジャンが気にするこっちゃねぇだろ。たった三年でさよならするような関係だぞ?」
「それでも、受け持った生徒には幸せになって貰いたいって思うだろ」
「じゃあ、ジャンが俺のパパになってくれるのか?」
「えっ?」
「出来ねぇなら止めとけ」
 人の人生に踏み込みすぎたら碌な事が無い。
 一時の同情を頼りにしても、どうせ続きはしないんだから。
「パパになるのは無理だけど、俺はお前の先生なんだから、頼って欲しいな……」
「やばい時はそうする」
 家に帰れなくなった時とか。
 俺がおどければ笑い飛ばす訳にも行かず、かと言って叱りも出来ずにジャンは苦笑した。
「じゃあ、連絡先教えて貰ってもいい?」
「本当は駄目なんだけど、頼れって言った手前仕方ないな」
 ジャンは自分のスマートフォンを出し、俺の番号を聞きながら入力していく。
「これ、お前の番号……?」
「うん?そうだけどなんで?」
「いや……」
 ジャンが俺の携帯にコールする。
 すると、俺の画面に表示されたのは数字の羅列ではなく『知らない奴』の文字。
「え?」
 俺と、キルシュタイン先生の口から驚きの声が漏れる。
「あん時、電話かけてきたのジャン?何で俺の番号に?」
「あー……」
 キルシュタイン先生は言い淀んだが、待っていれば訥々と白状しだした。
 この番号は、亡くなった親友が使っていた番号だったそうで、繋がらないのは解りきっていたが、時々かけてしまっていたらしい。そして、俺がスマートフォンを得た日、繋がってしまい慌てて切ったが、リダイヤルを拒否できずに言葉を交わした。
 なんとも、叙情的な感じだ。
「ふぅん、だから『番号を大事に使ってくれ』って訳ね」
「あぁ、なんか言った後、自分でも気持ち悪いなって思ったけどよ……」
 気恥ずかしそうにキルシュタイン先生が頭を掻き、俺も鼻で笑いはしたが、死んでもそこまで想ってくれる人間が居るのは幸せだろうと思った。
「とりあえず、宜しくセンセー」
「もうちょっと敬えよなぁ」
 キルシュタイン先生が肘で俺を小突き、目を細める。
 優しいお兄ちゃん。ってこんな感じなのかな。とか考えてみたが、正解を知らないから、やっぱり先生は先生だと思う事にした。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 キルシュタイン先生の連絡先は、アルバイト後早々に使う羽目になった。
 家に帰ると、玄関を開ける前からあの女の声がダダ漏れになってたからだ。
 聞き慣れてる俺だって、流石にここに入っていける勇気は無い。暫く待っていれば終わるだろうが、精液臭い部屋は正直気分が悪い。

「ジャン、仕事終わった?」
『あぁ、もう家に帰ってるけど?』
「早速、助けて欲しいんだけど。家入れねぇ」
 俺が家から離れ、近くのコンビニに移動してキルシュタイン先生に電話をかける。
 もう自宅に帰っていたようで、俺が救援を求めると場所を訊いて直ぐに駆けつけてくれた。
「フォルスター、大丈夫か?」
 駅から走ってきたらしいキルシュタイン先生は、髪も乱れて汗も掻いている。
 十月の夜。秋の涼しい風が吹き出した時期にも関わらず半袖の黒いTシャツで、それでも汗を掻いていた。
「代謝いいんだな。汗まみれ」
「お前が助けてって言うから急いできたんだろうが……」
 少しばかり息を弾ませ、茶化す俺を叱る。
「コンビニでなんか奢ってやるから入るぞ」
「ラッキー」
 俺は喜び勇んでコンビニに入り、少し高めの弁当と揚げたての鶏を奢らせた。
「そんなのでいいのか?」
「バイトの金も限度あるしな」
 唐揚げを口いっぱいに頬張りながら氷系アイスを買って食べるキルシュタイン先生と並ぶ。
「あの、突っ込んだ事訊くが、食費とかは……?」
「ケチなあの女が渡す訳ねぇだろ?全部バイトの金で買ってるよ」
 駅に着き、次の電車は五分後だそうで、ベンチに座る。
 誰かとこうして座るのは初めてで、どうにも尻の据わりが悪くて居心地が悪い。
「ジャンはなんで先生になろうって思ったんだ?」
「んー、まぁ安定してる公務員を色々受けてたら受かったんだよ」
「子供好きとか、教えてやる優越感に浸りたいとかじゃなくて?」
「子供好きはともかく、優越感ってなんだよ……」
 俺が意地の悪い教師から受けてきた蔑んだ瞳や言葉を思い浮かべながら考えてはみたが、この先生は違うらしい。
「まぁ、自分が気に入らないからって子供の苛めに加担する先生とかも居るだろ?」
「お前……」
 沈痛な面持ちでキルシュタイン先生が俺を見詰めてくる瞳は若干潤んでいるようだった。
 俺の悲惨な過去に心底同情してくれているらしい。
「あ、来たぞ」
 面倒な同情の言葉とかは要らなかったから、折良く来た電車に乗り込み、キルシュタイン先生の言葉を遮る。
 電車に揺られている間はお互いに無言。駅を出ても特別話すような話題はなく、家に誘われて入れば、中は雑然として、如何にも男の一人暮らしだった。
「なぁ、電話の相手さ、親友つってたけど恋人じゃなかったのか?」
「違うよ。小さい頃から幼馴染みの男」
「今時は同性でも珍しくねぇだろ?」
 床に置いてあった顎乗せに丁度いい大きさのクッションを抱き締め、ジャンの様子を伺う。大事な人の電話番号。あわよくば、自分だけの思い出に出来たら。そんな風に思っていたのに、何の奇縁か教え子の番号になった。どんな気持ちなんだろう。
「本当に友達。まぁかなり好きだったけど、恋愛な意味じゃないな」
 キルシュタイン先生が電気ケトルでお湯を沸かし、俺にお茶を出してくれた。
「ジャンってお茶好き?」
「いや、なんでも飲めるけど、紅茶嫌いだったか?」
「飲んだ事ないし」
 何というか、味のついた飲み物が馴染み無くてマグカップを無駄に凝視する。
「とりあえず飲んでみろ、嫌なら別の出すしさ」
「うん」
 口をすぼめて湯気を飛ばし、少しだけ口をつけるといい匂いがするお湯って感じで美味しかった。味はなんと表現して言い変わらないけど美味しい。
 外に居て、少し冷えた体に沁みる暖かさだ。
「お前のお母さん、いつもそうなのか?」
「前から遠慮は無かったけど、俺がバイト行くようになってからは余計解り易く男連れ込むようにはなったかな。俺としては、バイトの金が盗られないだけいいけど」
 そこまでされると、恐らく俺は飢えて死ぬ。
 要は、あの女、自分の懐から自分の稼いだ金が出て行くのが嫌なようだ。
 高校受験のための金も、今通ってる所以外は絶対に出さない宣言に、学校できちんと勉強してれば塾なんか必要ない。無駄金。と、言い切っていた。高校自体も学費の無償化申請が通らなかったら絶対通わせなかっただろう。
 自分の親だが、信頼がなさ過ぎて給料振り込み用に作った通帳も、いつ盗られるやら判らないから、教科書に挟んで学校の机の中に隠している始末だ。
「お父さんは頼れないのか?」
「んー、新しい家族作ってる所に、糞女との子供がのこのこ行ったって嫌がられるだけじゃねぇの?」
 一度、酔って寝ているあの女のスマートフォンを使い、電話をかけてみた事がある。
 使い方は不安だったが、電話をかけている姿は良く見ていたし、いつも父親を名前で呼んでいたから履歴から探す事もどうにか出来た。

 電話をかけ、開口一番の言葉は『金なら振り込んでるだろ。電話をしてくるな』だった。
 俺が、声を潜めて『お父さん』と、言うと、あからさまに息を呑んだ音が聞こえ、小さく『困ったな』なんて言いやがったから驚きだ。きっとお父さんなら助けてくれる。なんて幼い希望は打ち砕かれた訳だ。困るんだ。って。

 それからは『元気にしてるか?』『ご飯は食べてるか?』『お母さんの言う事をちゃんと聞いていい子にするんだぞ』。
 如何にも父親然とした薄っぺらい言葉を言い連ね、俺の言葉なんか聞かずに電話を切った。 心底関わりたくなかったんだろう。『困ったな』の正直な言葉は少し遠かったから、電話から顔を離して呟いたかなにかで聞こえていないと思ってたんだろう。

 暫くして、あの女が『○○さん、再婚おめでとう。新しい女の具合はどう?あたしよりいい?ご祝儀に割り増しで養育費貰って上げてもいいわよ』とか言ってたから、俺は完全に見捨てられたんだと理解した。
 父親は悪人じゃない。ただ、良くも悪くも普通の人間で、関わる必要の無い面倒事を苦労してまで改善しようとはしないだけだ。そんな人間、良く居る。キルシュタイン先生みたいな自分から面倒に首つっこんで、迎えにまで来てくれるようなお人好しの方が珍しいんだ。
「なぁ、せんせー。先生は俺にずっと優しくしてくれるか?」
「そりゃお前の先生だしな?」
「先生じゃなくなったら優しくなくなんの?」
 揚げ足とるな。言いながら先生が頭を撫でてくれた。
 家庭環境が最悪な割に、拗ねて不良になるでもなく努力をしている俺をしっかり見てくれる貴重な人間だ。茶化しはしてしまうが、大事にしようと思う。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 相も変わらず俺の母親は最悪で、今日も家の中で男と大盛り上がり。
 クリスマスイブだから余計盛り上がってるんだろう。

 白い息を吐きながらうんざりしていると、隣の家の扉が開いて、中の住人と鉢合わせた。
「ご迷惑おかけしてます……」
「お、おぉ……」
 鉢合わせた事自体にも驚いていたが、謝罪に更に驚いたようで、目が丸くなっていた。
 隣人のおっさんは小太りで、無精髭を生やしている雰囲気から小綺麗な格好をして働く職業ではないとだけ当たりはついたが、どんな人間かは知らない。
「あの、入れないよね……。大丈夫?」
 何が大丈夫かは判らないが、比較的善良な人間なんだろう。
「あー、一応行く当てはあるので……。無かったらファミレスとかでぼーっとしてます」
「そ、そう?」
 会釈だけして背を向け、スマートフォンを出してキルシュタイン先生に電話をかける。
「ジャン、恋人できた?」
『出来てないから来ていいぞ』
 あっさりと了承を貰い、電車に乗ってキルシュタイン先生の自宅へと行く。すると、明らかにコンビニで買ってきたような苺のショートケーキとクリスマスカラーの袋に入った何かが小さな座卓に置かれていた。
「わざわざ買ってきたのか?」
「何もねぇのもな……」
 同じくコンビの揚げ鶏が皿に置かれ、座るように促された。
「ワイングラスなんかはねぇけど」
 キルシュタイン先生が煌びやかな袋を開ければ中から瓶が出てきた。
「初めてか?」
「当たり前だろ」
 普通の家庭なら当たり前じゃないんだろうけど、残念ながらうちは普通ではないと子供ながらに理解している。
「うし……、シャンメリーって言うんだぞ」
 苦心しながらキルシュタイン先生がコルクを抜き、マグカップにシャンメリーを注げば、ぱちぱちと気泡を発して弾けていた。
 コーラみたいな炭酸なのか。
「じゃ、メリークリスマス」
「メリクリー」
「雑だな」
 キルシュタイン先生が困ったように笑い、同時にマグカップに口をつけた。
 飲むと甘くて口の中で弾けた。
「うま……」
 あっという間に飲み干して机の置けば、次を注いでくれ、次も直ぐに飲み干す。
「そんなに慌てなくても盗らねぇからゆっくり飲め。ほら、ケーキやチキンもあるんだぞ?」
 キルシュタイン先生が俺の手にフォークを握らせてケーキや揚げ鶏を勧めてきた。
 ケーキも甘くて美味しい。揚げ鶏は塩っぱくて美味い。
「美味い」
「飯は食ったのか?」
「まだ。買ってはいるけど」
 スーパーの半額品の弁当が折良く買えたため、今日は豪勢だとうきうきで帰ったら、あの盛り上がりようだったから食べてるはずもなく、今も鞄の中に仕舞われていた。
「なら、それは明日に持ち越しな。簡単に作ってやっから」
「マジで?」
「つっても冷凍ピラフと簡単なサラダだけどな」
 狭い台所に立ち、キルシュタイン先生が冷蔵庫からパックや野菜を出して慣れた様子で洗い、皿に盛ったり、パックの中身をフライパンに投入して炒めていた。
「ほら、たんと食え、育ち盛り」
「何これ?」
「レタスとトマトのシーザーサラダ半熟目玉焼き乗せ」
 黄身を潰してドレッシングと混ぜて食え。との事らしい。
 葉っぱがしゃくしゃくして、トマトは甘くて美味しい。
 卵の黄身とドレッシングが混ざった液がついた所はもっと美味くて直ぐに食べきって、ピラフに手を伸ばす。これも味が濃くて美味い。
 揚げ鶏を挟みつつピラフも直ぐに食べ切ってシャンメリーで口の中を潤す。
「美味かった!」
「お粗末様。デザートも食いな」
 俺が食べ終わった皿を引き、キルシュタイン先生が新しいフォークをくれた。
 残ったケーキも平らげ、美味い物で腹が満たされて体がほかほかする。
「何なら風呂も入っちまいな」
「え?ジャン俺とやりてぇの?」
「はっ!?」
 風呂を勧められた俺が真っ先に思い浮かべたのは、男といちゃつきながら風呂に入りに行くあの女の姿で、絶句された意味が解らなかった。
「ばっ、な……、あれだろ、イブだしお母さんの彼氏来てるなら遅くなるかも知れないし、寝る前に風呂入ってすっきりしとけってだけだ。変な事ばっか覚えてんな、お前は……」
「んー、いいよ。風呂入れないのも慣れてるっちゃ慣れてるし」
 家に来た男が中々帰らなかった時は当然、風呂には入れない。
 だから風呂なしは仕方ないと開き直る癖がついた。
「服は俺の貸してやるし、使ってない下着とか歯ブラシもあるから……。風呂入ってからの方が寝つきいいしさ」
 キルシュタイン先生は俺の頭を撫で、クローゼットから服と袋に入ったままの下着にタオルをを渡してきた。至れり尽くせり。本当に、なんでここまでしてくれるんだろう。
 俺があの電話番号の持ち主だからか?もしも、そうじゃなかったらここまで優しくしてくれたんだろうか。

 風呂から出たらドライヤーで丁寧に髪を乾かしてくれたし、貸して貰った服はでかいし、無性に泣けてこの人に出会ってから初めて泣いた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「ジャンー、あけおめー」
「おう、あけましておめでとう」
「お年玉くれ」
「先生はそんな風習知りません」
 解り易く拒否され、暖かいガスファンヒーターの前に陣取りながら、ちえー。と、拗ねた振りをする。
「ほら、ココアならやるぞ」
「さんきゅ」
 これから彼氏が来るから。と、追い出された寒空の下、アルバイトをしているスーパーも流石に元日は休みだから行く当てはキルシュタイン先生の家しかない。
「ジャンってさ、恋人とか作らないのか?」
「んー、まぁ今は新任で仕事が忙しいしなぁ」
「俺がなってやろうか?」
「餓鬼が何言ってんだ」
「あと二年で成人ですけどー?」
「生意気」
 キルシュタイン先生も同じココアを飲みながら、俺の隣に座り、テレビを点けて正月の特番を眺めていた。面白いのかどうかは良く解らない。

 ココアを飲み終えてキルシュタイン先生の膝に頭を乗せる。
 試しにやってみたら拒否されなかったから、したくなったら座って居る時を狙ってやるようになった。気まぐれに頭を撫でてくれるのも嬉しい。

 電話番号の件。
 ずっとこれがあったら、なかったら。なんて考えていたが、偶然、電話番号を得て、偶然、通話をして、偶然、同じ学校で出会う。これは奇跡や運命なんじゃないか。と、考えるようになってきた。
 俺とキルシュタイン先生、いや、ジャンはきっと運命なんだ。
「あのさ、俺、高校卒業したら先生になろうかなって思ってんだけど。調べたら高卒でも成れるらしいし」
「へぇ、憧れの先生が居て、それで教師を目指しました。とかスピーチしてくれんのか?」
 まだ二年近く先の話をすれば、ジャンが茶化してくる。
「して欲しいならしてやってもいいけどな」
 俺が鼻息も荒く言えば、
「先生って大変だぞ?子供に教えるだけじゃなくて保護者の対応とかもしないといけないし、話が通じる相手ばっかりじゃないし」
「それは嫌って程良く判ってるよ」
 俺の母親が話が通じない一等だ。
 自分が自分がばかりで、人に不利益を与えるのは良くて、自身が不利益を被ると自業自得でも被害者ぶる。俺の事だって、『妊娠させられた』『嫌々産ませられた』認識だと最近発覚した。産まれる前から嫌われてるんだから優しくないのも納得だ。
 本当に、ただ養育費を取るための金蔓でしかない存在。
 もう、今までの努力も投げ出してグレてやろうかとも思ったが、止めた。

 俺にはジャンが側に居てくれる。
 俺の存在をきちんと認めてくれる人間が居る。

 この幸運を、運命を、俺は絶対に放しはしない。

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