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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

寒い日の闖入者=その二=

・働くにゃんこ
・やっと名前が出てくる
・ツンデレフロック君






 早くに起きてしまったお陰で怠くて堪らない大学に行き、アルバイトから帰ってくると猫は居くなっていた。

 良かった良かった。これでベッドを無駄に占領されなくて済むし、猫の毛に悩まされずに済むんだ。機嫌良く鼻歌を歌いながら風呂に入り、ベッドに潜り込むが、不思議な事に寝付けない。何度も寝返りを打っては悶え、眠いはずなのに眠れない不快感に呻く。

 そうして十分は経っただろうか。
 かりかり何かを引っ掻く音に目を開き、所在を探す。
 音はどうやら玄関の外から聞こえるらしく、多少の予感と共に、気になって開ければ大男姿の猫が所在なさげに立っていた。
「寒い……」
 だろうな。雪が降るほどではないが、外は静かな寒さに支配されている。俺が与えたスウェット程度では防げない寒さだ。よく今まで外に居たもんだ。
「これ……」
 言いながら、猫は俺の手に白い縦長の封筒を握らせてきた。首を傾げて逆さに振れば金が入っており、俺は目を見開いて猫を見る。
「どっから盗んできた?」
「盗んでない。ちゃんとお仕事してきた」
 本当に仕事を見つけて来たのか。住所不定、戸籍すらなく、字も碌に書けない人間を即雇うなんてどこのブラックかお人好しだろう。
「まぁいいや、入れば?」
 猫は俺が許可するや否や、勝手に履いて行っていたらしいサンダルを脱ぎ捨てて部屋の中に飛び込み、先程まで俺が居た布団の中へいそいそ潜り込んで幸せそうに表情を綻ばせる。

 一先ず猫は放っておいて握り潰された封筒を開くと、表に働いた時間と日給であろう金額が書いてあり、裏には店の名前と電話番号が押印されていた。名前は『進撃の毛玉』スマートフォンで検索してみれば評判のいい猫カフェらしい。荒っぽい猫が多そうな名前だ。
 確かに猫だから猫カフェ。などと安易に勧めはしたが、本当に働ける場所を探して金を持ってくるとは。中々優秀な奴だ。

 金を自分の財布に仕舞い、ベッドに戻ると猫は毛玉姿になって寝息を立てていた。仕方ない。本当に自分の飯代は自分で稼いできたんだから置いてやろうじゃないか。
 腹の辺りに温もりを抱えて眼を閉じる。さっきはあんなに眠れなかったのに不思議なもので、暖かさを感じていると直ぐに眠気がやってきて、問題なく眠る事が出来た。

   ◆ ◇ ◆ ◇

「ぎゃ!」
 短い悲鳴で俺は跳び起き、寝惚けたまま部屋を見渡せばベッドから直ぐ見える位置にある台所に猫がしゃがみ込んでいた。焜炉の火を点けたいようだったが、ちちち。と、言う点火音の後に点いた火に怯えて叫んだらしい。
「危なっかしいな」
 妙な怪我をされても病院代が怖いため、隣に立って殻が入り捲った目玉焼きらしいものを見た。所詮猫か。ご飯を作ろうとした努力は認めるが、あと一歩足りないようだ。
「殻、入るとがりがりして不味いから」
 火を止めて箸で大きい殻をとっていき、粗方とり終えて再点火すれば猫は部屋の端まで逃げていた。動物は火が苦手。水は川や雨で慣れる事もあるだろうが、火は自分から点けないといけないから慣れる機会がなかったんだろう。食事は期待しない方が良さそうだ。
 結局自分で目玉焼きを作り、食パンを焼いて猫には猫缶をやる。缶詰のままスプーンで食べているが、人間の作法には慣れていないのかぼろぼろ落とし、口の周りにもつけ捲って食べ方が下手だ。
「もっと丁寧に食え、外で食う時困るだろ」
 ティッシュで口周りを拭き、スプーンの握り方から食べ方指導。
 なんでこんな事やってんだ俺は。
「分かった!」
 今度はそれほど零さなくなったが、動作がゆっくり過ぎて時間がかかる。まぁ、どうせ大した用事もないんだから大丈夫だろう。
「じゃ、俺学校行ってくるから、大人しくしてろよ」
「わかった、行ってらっしゃい」
 まだ猫缶を食べている猫を置いて家を出て、大学に行けばヒッチが猫を見せろと煩い。今度撮っておくと伝えはしたが、家に帰ればすっかり忘れてベッドに入るのは毎度の事。

 二週間ほど人間の生活をさせていれば、徐々に慣れだしたのか、猫は家の事もするようになってきた。帰ったら家が綺麗で片付いてるのは気持ちがいい。どうも、アルバイト先の猫カフェでも掃除の仕方や料理を色々教えて貰っているようだ。
 なんと、今日は紅茶なんか淹れやがった。
「あれ凄いな!火点いてないのにお湯沸く」
「ケトルな。でも、底に熱くなる部分あるから触るなよ」
「分かった」
 帰ったら部屋に道具が増えていた。アルバイト先の猫カフェで感動して買って来たらしい。これなら怖くないと。
 今まで、飲んでも水程度。お湯を沸かすのはインスタントラーメンを作る時くらいだから、必要性を感じていなかった。別に俺の懐は痛んでないから構わないが、ケトル以外にも猫が自分で買ってきた餌やミルク類が少々邪魔ではある。
 ただでさえ狭いワンルームに一八〇センチ以上の野郎二人。猫になって貰えばいいが、最近は人間で居るのが楽しいらしくて言う事を聞かないし、帰ってきたら今日あった事を楽しそうに報告してくる。悪い気分じゃないが、少しばかり煩い。

 店長がいい人なのか、問題なく働けているようだった。ただ、猫として働いているのか、人間として働いているのか気になる。茶の淹れ方を教わったりと、話を聞く感じ、両方だろうか。
「話はまた明日な」
 欠伸をしながら学校や、アルバイト疲れも手伝ってベッドに入れば直ぐに意識は遠のいていく。腹に暖かさと重さを感じながらの入眠は、案外気持ちいい。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 猫がどう働いているのか気になり、アルバイトがない日にいつも貰う封筒に書いてある名前から住所を調べて店の前まで来ていた。
 小ぢんまりとした店舗ではあるが、繁華街の表通りにあるとあって客の入りは悪くないらしく、中は女性客で賑わっている。

 中で働いている店員を確認すれば、三毛猫模様のエプロンをつけた猫が女性客に愛想を振りまきながら飲物を提供していた。意外ときちんと出来ているようだ。覗いていれば中に居る猫と目が合い、俺が逃げる前にこっちに飛んできた。
「フロック、店入るか?」
「え、いい。どうしてんのか見に来ただけだし」
 即座に断ったのだが、猫が俺の手を掴んで強引に中に連れ込まれてしまった。
「靴脱いで上がれよ」
「はいはい……」
 入ったからには直ぐ出るのも気不味くて、猫如きに言われるがまま靴を脱いでカーペットが敷かれた店内に入り、カウンターへと案内された。他の客の視線が背中に突き刺さる。
「何飲む?お勧めは紅茶」
「あー、じゃあ、オレンジジュース」
 家でも淹れる練習をしているが、本猫は飲まないため、俺の胃袋は毎晩大量の紅茶でたぷたぷになっている。もう紅茶はうんざりだ。お勧めを断られた猫はつまらなさそうに唇を尖らし、カウンターの中に入ると氷とオレンジジュースを細長いコップに入れ、俺の前に差し出してきた。
「頑張ってんだな。感心した」
「まぁな」
 猫が得意げに胸を反らせば、エプロンに名札がついている事に気が付く。名札には『ジャン』と、書いてあった。俺は一時保護のつもりだったから名前は付けていない。ここで訊くのもどうか。
 働けてるとこは確認したし、もういいだろう。
「じゃ、帰る」
 半端に残っていたオレンジジュースを一気に飲み干し、椅子から降りると帰宅宣言をすると、ジャンは困ったように周りを見渡す。
「もう帰んのか?店長に紹介したかったのに」
「そもそも入る気なかったし、お前が引っ張り込んだんだろうが」
 猫はやはりつまらなさそうにしてレジの前に立つが、俺は財布を出さずに見ているだけだ。
「一時間千円で、飲物五百円で合計千五百円になります」
「やだよ、十分も居なかったのに。お前出しとけ」
「えー……」
「どうせ財布一緒なんだからいいだろ」
 猫はぶつぶつ言いつつも裏に回り、古めかしい革の財布を持ってくると代金をレジに入れ出した。どうせこいつが貰った給金はほぼ俺が預かってるんだから、どっちの財布から出そうが正直大した違いはないし、アルバイトに行く時の鞄や、今使っている財布も俺のお古。中には端の小遣いが入っている程度のものなのも知っている。
「なんか欲しいもんあるか?」
「ちゅーる買っといてくれ」
「じゃ、家でな」
「ありがとございましたー」
 店から出ると大欠伸と共に体を伸ばしながら歩き、体を解す。
 男性客は珍しいのか、何人か居た女性客がちらちらこちらを見てくるため、若干居心地が悪かった。

 頼まれたちゅーるをドラッグストアで買って家に帰ると、暖房費の節約のために直ぐ様、風呂に入り、髪を乾かしてから布団に潜り込んでスマートフォンを弄りながら、ぬくぬくした布団の中で俺は転寝を始め、玄関が開く音で目が覚めて体を起こす。
「ただいまぁ……」
 猫が帰ってくる声がして、鍵を閉めると共にばさばさ服が落ちる音がした。疲れていると人間に化けているのがしんどいらしい。猫の体に戻る際の玄関に鞄や鍵、服が散らかっていく音は今や定番になり、全く気にする事もない。
「おう……」
 寝起き宜しく目をしばたたかせながら封筒を口に咥えて持ってきた猫の頭を撫でる。
「今日は、チップ?っての貰ったから多め」
「へぇ?やるじゃねぇか」
 どことなく、女衒やヒモの真似事をしているような気になるのは何故だろう。働かせて貢がせている状態だからか?いや、俺だってアルバイトしてるし、学校行ってるんだからそんな事はないはずだ。ここへ帰ってくるのはこいつ自身の意思で、俺は金持って帰って来いなんて強要してないし。
「なんかさー、お客さんにお前と兄弟かって訊かれたんだけど、どう答えたら良かった?」
「なんつったんだ?」
「考えてたら店長に呼ばれて有耶無耶になった」
「ふーん?まぁ、同居してる従兄くらいでいいだろ」
「分かった。今度訊かれたらそう言っとく」
 こいつは猫の姿のままでも饒舌で、言葉もかなり知識が豊富だ。
 なんでも、つい最近亡くなった元飼い主の婆が猫を相手に本の読み聞かせをしていたとかで、小学生レベルなら文字も読めるらしい。察するに、前の飼い主が死んで家もなくし、文字通り路頭に迷い、凍えながら俺の所へ辿り着いた。奇妙な縁と言えば縁と言える。
 こうして猫の姿で撫でられながら喉を鳴らしていれば極普通の猫でしかない。猫の姿でも喋り、人間にも成る化け猫だなんて誰が思うだろう。こいつが正体を現したのは、やっと手に入れた塒を失いたくなかったからなのか。
 俺が『化け物』と、こいつを迫害するとは思わなかったのか。共に暮らすようになってからも、未だ名前すら付けない俺のどこにそこまで信頼する要素があったのやら。
「そうそう、お前の名前ってジャンでいいのか?」
「あぁ、ばあちゃんがつけてくれたんだ」
 ふと、猫カフェで見た名札の存在を思い出し、訊ねてみれば名前はジャンでいいらしい。長年連れ添った飼い主がつけてくれたものなら愛着も一入に違いなく、俺がつける必要性は皆無。寧ろ、つけなくて良かった。
「ジャンか。いい名前だな」
 俺が呟くように言えば、猫ことジャンは眠そうに欠伸をしてから俺を見ると、ふすん。と、得意げに鼻を鳴らした。自慢らしい。余程いい飼い主だったと見える。
「一杯色んな事教えてくれたし、優しかったし……、おれ……」
 声は徐々に小さくなっていき、瞼が落ちて体が完全に脱力する。
 件のばあちゃんの夢でも見れればいいが。

 これからは、『おい』や『お前』と、呼ばずに少しは名前を読んでやろうかな。

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