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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

一年目の過ち……でもない

【一年目の過ち……でもない】
・ちょい食品(マーガリン)使ったおせっせ
・わがままフロック
・ネガティブ卑下傾向なフロック
・19歳?
・R18
・嘔吐描写あり
・ジャンがムードの欠片もない
・当然のように捏造設定が紛れ込みます
・色々汚い気もします





   【一年目の過ち……でもない】

 ジャンとゲーム実況を始めて一年経った。
 お互いのやり方が合わずに腹が立つ事があったり、受験で忙しかったりして時間がなく、更新が滞ったりもしたが、喧嘩もしつつ良くやっていると思う。一緒にやるゲームが楽しいからとの理由もあるが、ひとえに俺がジャンに対して一定以上の好意を持っていたからでもあった。一緒に居られる口実付けが出来るのなら何でも良かった訳だ。

 二人実況を始めて一周年。お互い無事に目指す大学も受かった祝いをしようとなった。
 折良く。と、言ってはいけないが、ジャンの遠縁の親戚が不幸にあったため、両親が法事で不在なのをいい事に、お祝いと言ったら酒盛りか?そんな安直な考えと共に、お互いにまだ未成年の癖にスーパーで購入したビールや、親が持っている酒類を持ち寄っての小宴会。
 部屋はお菓子の屑で散らかり、適当に食べ散らかした昼食の食器や調味料などもそのままになっている。受験から解放された達成感も手伝って酒が進む。どうやらジャンは中々の酒豪であるようで、ビール一缶と赤ワインを一人で半分以上は空けてしまった。
「あはは、振られちまったなー」
 酔ったジャンがへにゃへにゃと笑い、ワインの入ったマグカップを片手にはしゃいでいた。俺はその隣でゲームをしている。ジャンルは恋愛シミュレーションゲーム。たった今、ステータスが足りず、決意の告白はお断りをされた所だった。
「はっきり言ってさー、金持ちで秀才とか?格好いいスポーツマンに、えーっと、学園のアイドル?んな奴に求愛されててさー、そこで敢えて平凡な男を選ぶ女って居るのかね?」
 現実主義であるジャンらしいと言えばらしい科白がちくりと心を刺した。何故か。それは、俺が平凡に属する人間で、ジャンの周りに居る人間は、それぞれ癖はあるが優秀かつ、魅力的な人間ばかりだからだ。

 例えば、エレンは天才とは言えないかも知れないが、一途に努力を怠らず、定めた目的に一心不乱に突き進める芯の強さがあり、実行力と機転に於いては類を見ない。情緒には欠けるため、ジャンとはいつも喧嘩しているようでありながら、どこかお互い認め合っている。殴り合いの大喧嘩をしても翌日には普通に会話をするような関係は羨ましい気もする。
 ジャンの初恋だとか言うミカサ、彼女はまごう事なき天才だ。何をやらせても一番で、欠点と言えば無口で言葉があまり上手くない点だろうか。しかし、それを補って余りあるほどの能力を有している。今でもジャンは、ぼーっと彼女に見惚れている事がある。
 言葉と言えばアルミンだろうか。ずば抜けて賢い彼は気弱そうでありながらも弁が立ち、知恵が回り、蓄えた知識を有効活用する術を良く知っており、自分より強い相手でも屈しない度胸や根性もある。ジャンが聞き役に回りつつも合間合間にアルミンを呻らせる発言をしたりと楽しそうに話している姿を見る。会話内容は俺にはさっぱり理解出来ないものばかり。
 特筆すべきはマルコか。一つとは言え年上の親友とあってジャンはマルコに全幅の信頼を寄せている。温和で公平、典型的な正に誰からでも好かれる人間で、成績も良く、生徒会長などをしていたため教師の覚えも良いようだ。ジャンを見ていれば何かと視界に入り、他の人間の前では見せないような甘えた表情をしたりするのだから堪らない。ジャンの保護者なんて言われたりもしていた。
 世話係と言えばライナーだな。『気が優しく力持ち』を体現したような男だ。力強く逞しく、その割に、頭も悪くないようで、お堅いかと思えば冗談も好んで言える気さくな人間だった。二つ年上で、一足先に大学生になって離れてしまったが、それでも誰からともなく声をかけられ、集まりに加わるほどに周囲に好まれていおり、ジャンとエレンの喧嘩を諫める姿は良く見ていた気がする。エレンと同じく、少々、言動に情緒が欠けるものの、ジャンが向ける表情は生意気だったり笑顔が多い。
 ライナーと言えばベルトルト。マルコとジャンのように、大体セットで数えられるのはこいつらも一緒だ。グループで行動するとなると、良くライナーの補佐的な役割をしているように思える。口数が少なく控えめで大人しくはあるが、言う時は言うし、殊、背が高く、身体能力はずば抜けて優秀で、どんなものもそつなく熟せてしまうため、奴が出れば試合に大概は勝ててしまうと助っ人に引っ張りだこな男だ。本人が消極的な性格のせいか、ジャンが気にかけているのを見かけていた。
 そう言えば、アニも無口だな。親から幼い頃より武道を習わされているとかで豪く強いと聞いた事がある。派手ではないが、小さな体でありながらライナーを吹っ飛ばしたとか、驚く噂に事欠かない女だ。気難しく一匹狼的な印象が強いが、根は優しいのか、絡まれている所を助けて貰ったとかで、ジャンが感謝していた。お前の方がヒロインなの?と、突っ込んだら殴られたが。
 ヒロイン。そうそう、ヒストリアは正にヒロイン役に相応しい女神だな。誰にでも愛情を平等に注げるような。天使なんて言う奴も居たな。かと言って気弱かと言えばそうでもなく、しっかり自分の意見も言えるし、地に足のついた行動力もあるしっかりした女だ。昔、色々あったと噂は聞いたが、俺は詳しくは知らない。確か、中には崇拝してるような奴も居るんだったか。
 あぁ、崇拝と言えばユミル。口が悪い目つきも悪い。能力はある癖にヒストリアにくっついて回るために、わざと出来ない振りをしたり、言及されそうになればのらりくらりと躱している野良猫のような女だ。ジャンを良くからかっている姿はまるで姉弟のようで、近しそうに見える距離感がなんとなく羨ましくもあったりする。
 兄弟っぽいのはコニーもそうだ。勉強が不得手なせいか、テスト前には良くジャンに泣きついていた。運動能力は高いようだが如何せん、そちらばかりが秀でて成績は落ち込みがち。だが、努力家に加え、本人の性格が快活で、場を明るくさせるような雰囲気を持ち合わせているが故に、疎まれる事は少なく、なんだかんだでジャンも面倒を見てしまっている。テスト前にジャンと一緒に勉強しようとすると、大概コニーも居たな。
 コニーと言えばサシャだな。馬鹿コンビの片割れなどと言われ、やはりこちらも勉強よりは運動能力の方が光るものがある。食事となるとやや卑しくはあるが、気立てが良く、物腰は丁寧で、勉強は不得手でも料理や、生活に関する知恵は豊富で、いい母親になりそうだな。なんてジャンが珍しく褒めていた。待てよ、まさか嫁に欲しいって意味の求婚じゃないよな?いやまさかな。
 加えて言うなら、どいつもこいつも種類は違えど、美男美女ばかり。人より秀でたものを持っている上に、スタイルも見た目もいいだなんて、神様はなんて不公平なんだ。それはジャンにも言えるが。あのグループの中に居ると、白鳥の中に紛れ込んだアヒルみたいな気分になってしまう。

「どうした?吐きそうとか?」
「あ、いや……」
「ならいいけど、急に真顔になって動きが止まったから驚いた」
 連想ゲーム宜しく物思いに耽っている間、ジャンが心配をしてくれていたらしい。それだけで気持ちが持ち直すのだから俺も現金なものだ。
「その、あれだ、どっからやり直すかなー。って悩んでた。お前ならどうする?」
「最初からでいいんじゃねぇか?もう一回ヒロインの好みとか、色々サーチしながらやった方がいいだろ。回収してないフラグもあったかも知れないし」
 フラグか。現実でも目に見えればいいのにな。
「じゃあ、最初からするかぁ……」
 リセットボタンを押し、ゲームを再起動させる。
 古いゲームだから単純だと思い込んでいたが、中々どうして難しい。
「お前だったらさ、こう、平凡な奴からどんなアプローチされたら印象に残るとかあるか?」
 再起動待ちの間に、ジャンにさりげなく訊いてみる。そもそも同性な時点で望み薄ではあるのだが、ジャンは一度、懐に入れた相手には甘く、現実主義を気取っている割にロマンチストで、雰囲気に流され易い傾向があるため、細々と機会は狙っている。
「単純に仲良くしてりゃ印象に残るし、情も湧くとは思うけどな」
「その前段階すら達成してないんだけど」
 ジャンにした質問を、そのままゲームの話に移行させる。
 仲良く。は、している。一緒にゲームの実況をしているくらいだ。こうして二人きりで秘密の飲み会だって。
「んー、やっぱ相手が興味のある話題で話しかけるのが一番じゃねぇ?こいつ、お嬢様だからピアノとかバイオリンやってるらしい」
「なるほど、教養を中心に上げてみるか」
「はっは、今度は上手くいくといいな」
 コップの中のワインを飲み干してジャンが笑う。
 白い肌がほんのり赤く染まって、アルコールが回り始めている様子がありありと伝わってくる。
 ドラマや漫画では、良く酔った勢いとか、一夜の過ちの話があるが、現実ではどうなんだろうか。『俺といいことする?』そんな馬鹿げた妄想を思い浮かべては自分で失笑した。

「今度は順調だな?」
「あぁ、いい感じに好感度上がってるな」
 プレイし直すと、一度目の経験のお陰か上がり辛かった好感度はめきめき上がっていく。現実もこんなに簡単ならな。儚んでみても実際にはジャンに解り易い好感度メーターなどは存在しない。
「なんとなくだけど……、遠くの薔薇より近くのたんぽぽって言うよな」
「あぁ?」
 ワインに飽きたのか、口直しが欲しくなったのか、また缶ビールのプルタブを開け、ジャンが首を傾げながら零した。良く飲むな。俺はまだ一缶目が終わりかけた程度だ。
「薔薇は無理だからたんぽぽで妥協してやるって?失礼な話だな」
「あっ……とー、そうじゃなくて、こう……、遠くに居る人よりさ、いつも一緒に居てくれる人がいいなー。みたいなニュアンス?ほら、女ってそう言うのも好きとか聞いた事あるような?惹かれる部分があるとしたらそこじゃねぇ?って……、ちょっと思った。他のライバルにない魅力……、は、真摯さじゃないか?」
 酔っているからなのか、いつもより話し方がぐだぐだ。しかし、得心もいった。ジャンもそうだったらいいな。俺も真面目は真面目だぞ。
「なるほど、兎に角、真面目さで押していけって事か」
「あと、あれだあれ、清潔感。派手じゃなくても身嗜みはきちんとしてる感じ」
 今はデートを取り付け、初めてのお出かけのための服装を選んでいる所だ。最初は悪ふざけが過ぎて、中高生にありがちな『痛い』服装をさせてしまったため、好感度が下がってしまった。ジャンの助言を基に、簡素でありつつも、みっともなくないであろう服装を決めていく。

 デートも無事に終え、一区切りに夕食をとる事になった。流石に部屋を片付け、食器類も台所できちんと洗う。
「泊まってくんだよな?」
「そのつもりだったけどどうした?おばさん達帰ってくんのか?」
 電話などがかかってきた様子はなかったが、とりあえず訊いてみる。
「いや、寝る所どうしようと思って。お前が来るって言ってないから布団とか出してないし」
「適当に床で寝るから気にすんなよ」
「馬鹿言え、風邪引くだろ。俺のベッドでいいなら一緒に寝るか?」
 これは行幸。最初から適当に布団を借りて床で寝る気だったが、あわよくば、との思いはあった。まさかジャンから誘ってくれるとは。俺はちゃんと寝れるだろうか。焼いた食パンと、おばさんの作り置きのシチュー、ジャンが追加で作ってくれた、ひき肉と刻んだ野菜がとじてあるオムレツを頬張りながら、そわそわと落ち着かなくなる。

 ジャンが先に風呂に入り、ほかほかに温まった姿を存分に拝んでから、俺も風呂を借りた。
「もうおまー……、のまないのか?」
 風呂に入っていた時間は十五分から二十分程度、その間にジャンは残っていたワインを飲み干した上に、二本目も残り三分の一程度にするほど飲んで、へべれけ状態でレースゲームをしていた。当然ながら、まともにプレイが出来ている訳がなく、カーブでは壁にぶつかり、コースアウトに、逆走し放題。マイクの電源も入っており、モニターを見るに生放送をしていたようだ。
「おい、未成年飲酒って言ってないだろうな」
「らいじょーう」
 ジャンに耳打ちで問い質せば、呂律は回っていないが、はっきりとした返事をしたため、信用する事にした。不安は残るが、画面に流れてくるコメントも概ねジャンのへべれけプレイを楽しんでいる内容だ。実況中や更新報告のためのツイッターなどでも年齢を出した事はないし大丈夫か。ただでさえ変な輩に絡まれる事もあるのだから、人の上げ足を取って遊ぶ奴に、ここぞとばかりに攻撃の隙を与えて炎上騒ぎになるのは御免だ。
「ふろー、おまえやれ、くりあできねぇ」
「いいけど、俺、これ苦手だぞ」
 脳味噌がアルコール漬けになっているジャンよりはましとは言え、元々レースゲームは苦手だった。
 開始時には一番前に居たはずなのに、次から次へと他の車に抜かれていき、あっと言う間に最後尾。アクセルを吹かして最後の直線で二台ほど抜いて最下位は免れたが、プレイ中もコメントで散々茶化され、終わった後も下手糞と笑いながら野次るものだらけになった。
「へたくそー、ふっへっへ」
 隣で見ていたジャンも、人を指差して笑っており、コメントが流れる欄を見れば、野次るものよりも、酔ったジェイ可愛い。などと言う発言が目について思わず苛立つ。
「だから苦手だっつってんだろ⁉あー、もう終わり終わり」
 やや喧嘩腰になりながら、人を指差す酔っぱらったジャンの手を叩き落とし、電源を切ろうとしたら俺とは逆に、機嫌のいいジャンに止められた。
「まだわくのこってるし、べつのしよー」
「はぁ?そんなんで出来るのかよ」
「だいじょぶだいじょぶ」
 しかし、ジャンが持っているものは実況映えしそうなアクション、探索系の物が多い。酔って覚束ない手つきでやってもクリアすら出来るかどうか。それはそれで面白いのだろうが、これ以上は、音声でも他の奴に今のジャンを見せたくない気持ちが勝り、あぁでもないこうでもないの言い合いに発展する。
「じゃあ、どうすんだよー」
「大人しく寝ろ酔っ払い」
「だーいじょぶ、あしたやすみだしー。あ、あれのつづきやろう」
 見た目は長髪のチャラ男の癖に、舌足らずに喋り、へにゃへにゃ笑う表情が可愛いとか、俺の目も大分腐り始めている。痘痕もえくぼとはこの事か。
 ジャンが夕食前にやっていた恋愛シミュレーションゲームをセットし、デート後のデータを呼び出した。
「これ動画にすんじゃねぇの?」
「あー、んー、ほら、あどばいすもらいながらー、とか?せーぶはべつのところにすればいいし」
 コメント欄には古いだけあって懐かしいとの声もあり、プレイ経験者も居そうではあった。
「じゃあ、ちょっとだけな。終わったらさっさと寝るぞ」
 おふろお母さんみたい。とのコメントは無視してジャンの隣に座り、プレイの経緯をざっと説明してからゲームを再開する。
 デートの後は学校での再会。頬を赤らめながら『昨日は楽しかったね』と、ヒロインが微笑みかけてくる。中々良い雰囲気だ。その昼休み、都合の良く人気のない屋上で弁当を食べ、語り合う。何だか面映ゆくなってくる。
「お、せんたくし、えらべえらべ」
 不意に肩が触れ合い、見詰め合うキャラクターの周りにピンクの水玉模様が浮かび、二人を包み込むような演出が出てからの選択肢。

『手を繋ぐ』
『キスをする』
『そっと離れる』

 の三項目。
「ここはちゅーだろちゅー」
 俺の肩を抱き、頬を寄せながら隣でジャンが茶化してくる。お前にするぞこの野郎。
「いや、それはがっつき過ぎだろ、手を握るとか、離れるとかの方が無難だと思うけどな」
「いくじなしだなー。ここはおとこぎみせてさぁー、がっといけ、がっとー」
 男気とは易々と言ってくれる。
「お前はこう言う雰囲気になった時にされたら嬉しい訳?」
 キャラクターの性格や、思考ではなく、ジャンがどう思うかを俺は問う。
「んあ?される……?おれぇ?んん、すきだったらいいんじゃねぇ?」
 見た目は兎も角、生来の真面目さが顔を出し、疑問符をつけながらではあるが答えてくれる。
「ふーん、あっそ……」
「なんだよー、きいといてしつれいなやつだなぁ」
 酒の匂いが混じった吐息を肌に受けながらも、素っ気なくしていれば更にジャンは絡んでくる。選択肢は『キスをする』を選んだ。主人公は頬を叩かれてヒロインは逃げていく。
「との結果ですけど……、どうすんの?」
「せんたくしでてう」
 振り返って画面を見ていない俺にジャンが指差して指示を出す。

 選択肢は、
『追いかける』
『そのまま立ち竦む』
 この二択。

「おいかけたら?」
 コメントも、追いかけろ一択だ。
 俺ってこの主人公張りに健気だよな。やりたい事も抑えて、努力して、独り妄想でせんずりこいて解消して。抱き着かれても、ジャンの距離感が可笑しいだけで俺だけが特別じゃない。側に居れるだけで運がいいんだと自分に言い聞かせながら己を律して我慢する。紳士だよな。むかつくくらい。
「はやくきめろって、もうわくおわっちまう」
 乾かしたばかりで膨らんでいる俺の頭をぼすぼすジャンが叩いて促してくる。そろそろ生放送の枠は終了の時間だ。コメントからも急かされる。なのに俺はコントローラーを床に投げ出し、ジャンの頭を鷲掴みにして押し倒しながら口付けた。
 体の下で暴れても、アルコールが回り切った状態の腕力など高が知れている。案の定、ジャンはもがき、呻き声を上げ、俺の背中を叩くが痛くも何ともない。

 やってしまった。もう後戻りは出来ない。
 失敗しても、現実にやり直しのリセットボタンはない。唇を押し付けるだけでなく、舌を出してジャンの唇を舐め、薄く開いた咥内にねじ込み、舌も舐めてやる。
 初めてはレモンの味。なんて、誰が広めたんだろうか。普通に酒臭いし、さっきまで飲んでいた赤ワインの渋い味がほんのりする。
「ふ、ふろ、ん、んっ、むー!」
 息継ぎに口を離せば怒られそうな声がしたのでまた塞ぐ。髪を掴んで引っ張られて痛いが、どちらかと言えば多毛な方だ。雨が降ると爆発して面倒な頭だが、多少抜けても、まぁいいか。で済ませられるのは悪くないと初めて思った。
 口付けながら寝巻の中に手を突っ込んで股間にぶら下がっているものを掴んで弄る。ジャンの体がびくりと跳ねて、抵抗は弱まっていった。急所を掴まれればそうなるだろう。好都合だ。
 性器を手で弄ってやれば、ジャンの足がもじもじ動いて、耐えるような表情に変わっていく。唇を開放し、首筋に舌を這わせ、空いた手で上着を脱がせ、引き締まった体を蛍光灯の明かりの下に晒していく。
「おまえ……」
「お前が悪い」
 何をか言おうとしたジャンの言葉を断定的に遮って、ズボンを下着ごと脱がし、シャツ一枚の姿にする。男の体だ。つくものはついている。筋肉がごつごつしていて、骨ばって、柔らかさなんて微塵もない。なのに。

 こんなのに欲情するとかどうかしてる。

 自分でも何故。とは思うがするもんはするんだから仕方がないと開き直る。
「ふ……、あの……、まじ?」
「まじ」
 腕や足を使い、俺の下からずるずる後退して逃げようとする腰を掴んで捕まえた。ここまでして逃がす訳がないだろう。だが、何となく買っておいたコンドームは部屋の隅に投げ出してある鞄の中、濡らすものもなく男との行為は不可能な訳で、まんじりともせずジャンを見下ろしていた。
「こういうのって、よくないとおもう……ぞ」
 見た目はドーベルマン、中身はチワワ。とでも表現すればいいのか、困り顔でジャンは俺を説得にかかる。こんな事をされても困るだけなんだな。本当にこいつは甘い、良く今まで付け込まれずに済んでたな。
「お前に欲情する男相手に、べたべたして誘う奴が悪い」
 ジャンに下らない責任転嫁をして口付ける。
 警戒心の強い野良猫のように最初は毛を逆立てて歯向かう、あるいは逃げても、気を許すと腹を見せ、頭を擦り付けてくるようになるのと同じで、ジャンも懐くと距離が近いだけで妙な意味で誘う意識などは皆無だっただろう。そう言う奴だ。
 にしても、俺の勝手な言い分に、押し黙って口付けを受け入れてるこいつは真正の阿呆だろうか。混乱しているだけだろうか。酔った頭で必死に反論や対策を考えてでもいるのか。

 性器を握り、強めに擦るとびくびく腰が痙攣するように揺れた。
「本気で抵抗しないなら、同意と見做して最後までやるぞ」
 ぬる。と頬を舐め、敏感な性器の先端を指の腹で弄る。是とも否とも言葉は返って来ない。
 何で抵抗しないんだよ、まじでやるぞ。後から怒っても聞かないからな。頭の中で言い訳を羅列しながらジャンの様子を見れば、瞳が潤んで、快楽を享受し始めているようにも見え、興奮は天井知らずに昂っていく。
「俺さ、ずっとお前とこう言う事したいって思ってたんだよな。友達じゃ嫌で……、ずっと一緒に居れる関係になりたいって……、嫌なら、はっきり言えよ、じゃないとほんとに、知らない」
 他人事のように言い、慎ましい胸の突起を口に含んで舌で舐りながら、背筋をなぞれば小さく声を漏らし、胸を突き出すように背を逸らすジャンの呼吸が早まってくる。

 酒のせいで肌は元々赤くはあったものの、舐めればしょっぱさを舌に感じ、汗ばむほどに体が熱くなってる事実を知る。ジャンが興奮している。感じてくれている。何も言わずに受け入れてくれている?
 調子づき、ジャンの股間に顔を寄せると性器を口に含んでやった。強く体が痙攣し、頭を押されたが、先端を吸ってやると足が縮こまる。玉の部分から、先まで茎を舐め上げてやれば、ぴくぴく震えるのが面白い。
 舐めるついでに孔を突いてみるが、やはり何もなしでは指すら入りそうにない。性器を愛撫しながら、見える範囲で部屋に視線を巡らせても丁度良さそうなものはない。これは困った。
 性器を口から出し、唾液が垂れて多少濡れるが、とても足りない。何か。と、体を起こすと目の端に止まったのは夕食の食パンに使ったマーガリン。片づけ忘れてそのままにしていたようだ。

 油系なら何でもいいんだよな。

 良からぬ思考が湧き、マーガリンの箱に手を伸ばすとバターナイフで塊を幾つか切り取って手の上に置く。塊は体温で直ぐに溶け出し、手を汚していった。食品を使うのは抵抗がないでもないが、わざわざ別の部屋まで探して取りに行く余裕は正直ない。
「せめて優しくしてやるからな」
「う……ぁ、うん?」
 そうは言っても童貞だが。
 床に転がっているジャンの体は、性器がありありと興奮を表しているのに、目は眠そうに落ちかけている。最早、まともな思考回路は期待出来なさそうで、恐らく、『これ』を使っても怒られないだろう。
 独り合点で頷き、マーガリンの塊を後孔に押し付こむ。一つ目は溶けてしまってほとんど入らなかったが、二つ目、三つ目、四つ目、それらは順調に中に入っていく。溶けた油の匂いが鼻について眉を顰めるが、時間をかければ挿入に関しては問題ないようだった。指を動かして性器を挿れられるよう尽力する。
「ふろ……く……、ん……」
 興奮冷めやらぬ俺とは違い、ジャンはすっかり萎えて、辛そうだった。目が潤み過ぎて泣いているようにも見える。実際問題、最低な事をしている自覚はある。偶にネットニュースで流れてくるヤリサーの暴挙のように、泥酔させて抵抗力を失わせた状態での暴行って奴。飲んだのはジャン自身の意思ではあるが、便乗したのは俺だ。酒のせいにしようにも、ビール一本分のアルコールなどとっくに醒めている。
「ジャン、俺はやり捨てとかしねぇから安心しろ。やるからには絶対大事にする」
 辛そうなジャンに湧いた罪悪感に対し、ほぼ自己弁護に近いが、本心でもある言葉を告げた。指を抜き、長めの髪を指で梳いてやれば、気の抜けたような表情でじっと見詰めてくるジャンは、今何を思っているのやら。

 何度か啄むように口付け、マーガリン塗れになった狭い体内に性器を挿入すれば、ジャンが身じろいで顔を顰め、目からは溜まっていた涙が溢れた。唇は言葉を紡がず、戦慄かせながら苦しそうに眉根を寄せて、か細く息を吐いていた。
 俺の方は、気持ちいい。締め付けはきついがいい感触だった。表面の体温は柔らかく伝わってくるが、体の中は熱く、蠢く感触で一気に吐精感が増す。ただ、我慢の末とは言え、挿れた瞬間に暴発はしたくない。

 ジャンの中に性器を収めたまま、深く息を吸い、吐き出す。
 今は行為だけに集中し、吐精感をどうにかやり過ごして中を擦り上げた。締め付け感と体温、動かすごとに吸い付いてくるような包み込む感触。マーガリンの塊を幾つも入れたお陰か、滑り具合も悪くない。夢中で腰を振る。が、
「ふろ、く、はげし……のいた……い」
「あぁ……、ん……分かった」
 呻き声を上げながら、ジャンが俺の腕を引っ掻いて辛さを伝えてくる。
 ならば激しくなければいいのか。気持ち良過ぎて突き捲りたい気持ちはあるのだが、掴んでくる手や表情が切実過ぎたのと、優しくする宣言をしたのだから。と、理性を総動員させる。
「どーだ?」
 腰を持ち上げ、律動を出来得る限り緩やかにしてやれば、苦痛の表情が和らぎ、息はまだ荒いが小さく頷いた。どうせならお互いに気持ちいい方がいいに決まっている。
「気持ちいいか?」
「たぶん……」
 抱き合いながらするのも心地好く。強く抱き締めて、込み上げてくるものから気を逸らし、肌から香ってくる体臭と、ボディソープの匂いを肺いっぱいに取り込んだ。行動が変態臭いとは思えど、尻に突っ込みたいと思う時点で十二分に変態だと思うので今更だ。
 ふわふわした心地になりながら続行していれば、ジャンが目を閉じて動かなくなった。気付いて直ぐは焦ったが、呼吸は穏やかで眠っているだけのようだった。

 性交渉の最中に酔ってるからって寝るか。神経が図太いのか緩いのか、わかりやしない。軽く頬を張ってみても、揺すっても起きる気配が微塵もなく、狸寝入りも疑ったが、ジャンにそんな器用さはないとの結論が出た。
 少しばかり頑張っては見たが、眠って反応がない相手に腰を振っても空しくなるだけで、滾るような興奮は急速に冷め、やる気は萎えていった。

 起きたら覚えてろよ。忘れてやがったら思い出させてやる。

 そんな決意をしながら汚れたものを片付け、全裸のままジャンをベッドに放り込む。
 先程まで、幸福の絶頂に居たのに、いきなり奈落の底に蹴り落とされた気分で泣きそうだった。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 朝目が覚めて直ぐ、回る視界と強烈な吐き気に襲われた。
 慌ててベッド脇に置いてある小さなごみ入れを掴んで胃の中のものを吐き出したが、吐いても吐いても中々治まらず、顔は涙と鼻水、吐瀉物で酷い有様だ。

 やっと吐き終え、枕元のティッシュ箱から十枚ほど一気に取り出し顔を拭く。すっきりはしたが気持ち悪い。頭が痛い。体中のあちこちが痛い。
「おう、ジャン、やっと起きたか」
 吐いたせいで喉が灼け、涙目になりながら咳をする俺に構わず、買い物袋を提げたフロックに声をかけられた。
「ん、頭ぐらぐらすっけど……」
 完全に調子に乗って飲み過ぎた。
 これが二日酔いと言うものか。まともに動きも出来ない。
「あぁ、ちゃんとごみ入れに吐いたのな。ほら、二日酔いの薬」
 良く見れば枕元に袋が置いてある。吐くであろうと予見して用意してくれていたらしい。気の利く奴だ。
 ごみ箱の汚物からの臭気に眉も顰めず、フロックが二日酔いに効くと謳うドリンク剤の瓶と、二つほど粉薬の入った袋を渡してくれた。二日酔い用と胃薬と書いてある。

 時計を見れば十時半ほど。
 昨日から用意していたとは考え辛く、店が開いて直ぐに買ってきてくれたのだろう。
「すまねぇ……、今度は気を付ける……」
 力の入らない震える手でドリンク剤の蓋を開け、中のあまり美味しくはない液体を飲み干し、袋を開封している間に水の入ったペットボトルを蓋を開けた状態で手渡してくれた。
「それ飲んだら、けつ向けて四つん這いになれよ」
 耳を疑う科白が聞こえてきたが、気のせいだろう。灼けた喉を治めるために一気に水を半分飲み干し、布団の中に潜り込む。ごみ箱は臭いが、聞いてはいけない言葉を聞くよりはましだ。暫く背を向けて無視していると、窓を開け、部屋から出ていく音がした。

 急に何を言ってるんだろうかあいつは。

 痛む頭を自らの手で撫で、息を吐く。
 遊びに来ているフロックには申し訳ないと思うが、薬を買ってきてくれたと言う事は了承済みと考えていいだろう。戻ってくる前に、先ずは、服を着ていない謎を解明したい。風呂上りでは着ていたはずだ。
 酔って脱ぐような悪癖があったのだろうか。飲酒は初めてだから、酔うとどうなるのかは俺自身も知らない。フロックに大分迷惑をかけたのではなかろうか。
 それであの態度なら、かなり優しい気がする。

 四つん這いになって尻を向けろ。
 とは、迷惑をかけられた腹癒せに百叩きでもするつもりだったんだろうか。高校も卒業する歳にもなって尻叩きは情けなさ過ぎるので、どうか別の方法で許して貰いたい。
 想像に想像を重ね、勝手に慄いて、怠く痛む体と、頭痛が薬のお陰で多少なりとは回復した頃に、フロックが部屋に戻ってきた。
「落ち着いたか?薬塗ってやるからけつ出せ」
 布団を勢い良く捲り、裸の俺をじっと見据える目は座っていて怖い。確実に何かをやらかしている。
「大人しく言う事聞けって、ほったらかして痛いのはお前なんだから」
 手にはチューブ状の軟膏らしいものを持って、俺に指示を出すフロックは横暴ながらも言い聞かせるような口調だ。怒っているのか、そうでないのか判断が難しい。
「それ、なんだ……?」
 手で股間を隠し、掠れた声で訊いてみる。
「昨日、結構、無茶したから念のためにけつの孔に塗る薬も買ってきた」
「無茶?」
「あ?やっぱ、覚えてねぇのかよ」
 余計にフロックの表情が険しくなる。地雷を踏んだのか鋭い舌打ちと共に俺に圧し掛かり、尻を鷲掴んで孔に何かを塗り込まれ、背筋にぞわりと寒気が走り、体に力が籠る。
「なら思い出させてやるよ、じっくり」
「ふろっ、フロック⁉」
 自分の悲鳴が頭に響いて辛い。
 うつ伏せに転がされ、もがいても足に体重をかけて抑え込まれた上に、首を掴まれて振り向けもしない。指が中に入り込み、薬を塗り込むように動けば、下腹が重くなるようなぞくぞく感が強まった。
「一回は挿いったんだから、たっぷり塗ってりゃ大丈夫だとは思うけど、痛かったら言えよ」
 ファスナーを下す音がして、尻の孔に指よりも硬い何かが触れ、肉を割り開きながら押し入ってくる。途端に胃液が込み上げ、何度も飲み込んでも溢れてくるものが止められず、ベッドの上に苦い水と胃液の混じった液体をぶちまけた。
「あーあ、片付け大変だな」
 フロックが他人事のように呟いて、腰を動かす。
「なぁ、痛くねぇ?気持ちいいか?」
 痛くはないが、嘔吐感が苦しくて、衝撃の連続過ぎて声も出せない。気持ちいいか。それも良く解らない。そもそも何故、こんな目に。
「さっさと思い出せよ。昨日もやっただろ、途中で寝やがって」
 昨日。風呂から上がってゲームをしていた所までは薄っすら思い出せても、その後がどうにもあやふやで、フロックがいつ風呂から上がってきたかも定かでなく、途中で。とは、まさか、酔った勢いでしでかして、それに怒っているのか。
「あっ……!ぅ……、ん……」
 ぐり。と、フロックの性器が中を強く抉った瞬間、変な声が出た。
 ひっくり返ったような高い声。俺の声にはとても聞こえない。
「今の所が気持ちいいのか?」
 俺の顔を覗き込むようにフロックが話しかけてくる。
「わかんねぇって、まじ、抜いて……」
 話には聞いていても、酔った勢いで体の関係を持つなど、自分がやらかすとは思いもよらない衝撃で、二日酔いで目は回る、頭は痛い、具合も最高に悪い、吐いたものは臭い汚い。流石に泣き言を零しても許される状況だと思う。ぐずり出した俺に呆れたか、同情でもしてくれたのかフロックが動きを止め、願い通りに抜いて体を退かしてくれた。

 尻に違和感と、むず痒い感覚を残したまま、汚れていない部分に這って移動し、体を転がしてフロックを見上げれば、ベッドの上に正座で項垂れ、雨に濡れてしょぼくれた犬のようになっていた。下半身が丸出しな辺りが最高の笑いどころだろうか。笑っている場合じゃないが。
「何だよ。嫌なら嫌って言えよ。そんなんだから俺も踏ん切りつかねぇんだろ……」
 俺のせいにされても困るんだが。
「あの、お前は、俺をどうしたいんだ?」
 何度か咳をして、やっと思いついた疑問を投げかける。
 飽くまで聞いた話、大人向けの漫画で読んだ知識ではあるが、一夜の過ちの場合、もっとぎこちなくなったり、余所余所しくなるものではないだろうか。薬を用意してくれて優しいかと思えば、昨夜の出来事を覚えていない事で、怒り任せに無理矢理犯すような真似をしたり、行動に一貫性があるようなないような。何はともあれフロックの意思を確認したい。
「気軽にセックスする仲になりたい」
 直球だな。
 そして意味を測り兼ねる。
「セフレになれって?」
「違う……、その、あれって言うか……」
 頬を赤らめ、恋人とか。と、小さく聞こえた。
 その前に、もっと恥ずかしがるものが大いにあると思うのは絶対に気のせいじゃない。
「それでこれ?」
 本当に二重の意味で頭が痛い。昨日の俺は何をした。
「すまねぇ……、まじで順を追って説明して欲しいんだけどよ……」
「説明したら恋人になってくれるか?」
「えっと……」
 言葉に詰まると拗ねた表情になる。埒が明かない。
「昨日、お前がべたべた絡んでくるから俺が我慢出来なくなって、キスしても嫌がらないし、突っ込んでも嫌だって言わねぇから調子乗ったら、途中でお前が寝た」

 うん、簡潔。これだけを聞けば俺がしでかしたと言うよりも、フロックがしでかした話に聞こえる。でも、原因は俺なのか?いやでも?

 考えれば考えるほど混乱してくる。
 単純に考えればフロックに押し倒されたんだろうが、昨夜の俺は何を思って抵抗しなかったのだろうか。黙って尻を差し出すような大人しい性格ではないつもりで、無体を強いられれば酔っていようと殴る蹴るくらいの抵抗は思い切りしそうだ。あるいは、出来ないほど酔っていたのか。
「ジャン、俺の事が嫌いなら嫌いって言えよ。そしたら諦めるし……」
「別に嫌いじゃねぇよ」
 咄嗟に出た科白にフロックが虚を突かれたように固まる。
 尻に色んなもの突っ込まれて驚きはしたが、不思議と怒りや拒絶する意識は湧かなかった。それは間違いない。しょぼくれているフロックを見ていると、上手く表現出来ないが、心がくすぐったい感じにもなってくる。
「嫌いじゃないのか?」
「まぁ、うん……」
「やらせてくれるのか?」
 出来る限り視界に入れないようにしていたが、フロックの下半身は未だに元気だ。元気な息子さんですね。とでも場違いな冗談を飛ばしたくなるほど。

 目を輝かせながら迫ってくるフロックに向けて手をかざして見るが、抑止力はないようで、飛びつかれ、太腿に、息子さんが擦り寄ってくる。
「ジャン、俺、まじで嬉しい」
 俺に覆い被さり、頬を赤らめながらうっとりと見詰めてくるフロックの表情は、言葉に違わず嬉しそうだ。一度、体の関係を持っただけで男に目覚めてしまったのか、目覚めさせた責任を負わねばならないのか。
「なぁ、いいか?」
「ん、あぁ……、まぁ……」
 悩みつつも肯定的な返事を返しただけで笑顔が眩しくて、少し可愛いかも知れない。なんて、とち狂った事を考えてしまった。
「うわっ、待て、俺さっき吐いたぞ」
 行為の肯定はしたが、吐いた後に口付けは勘弁して欲しい。
「何だよ。さっきもお前のゲロくらい片づけたんだから大丈夫だって」
 言われてみれば盛大に吐いたごみ箱がない。案外、健気だなお前。
 後、油断の隙もない。目だけでごみ箱を探して気を逸らした瞬間に、顔を掴まれて口付けられ、口の中を舐められた。絶対、汚い、臭い。お前良く平気だな。ちょっと変な性的嗜好でも持ち合わせてんのか。最悪だ。
 鼻息荒くして人の足を開いて突っ込んでくるし、『待て』をさせたせいか激しい。
「ジャン……、大事にするからな」
「分かった……よ、しょうがねぇから付き合ってやる……」
 実際には無いとは断言出来るが、受け入れてやらないと、ずっときゅんきゅん鳴いていそうな気もして、突き放せない。肌を真っ赤にしながら首元に顔を埋め、懐いてくる頭を撫でて、溜息を吐きながらも抱き締め返してやった。

 もしかして、昨日の俺も同じように考えたのか。
 同じ人間だしそうなんだろうな。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 ぐったりしたジャンを背負って二階の部屋から慎重に一階の風呂場に連れて行き、一緒に体を流す。
 浴槽に真っ青になって凭れているジャンが本気で具合が悪そうで、やり過ぎたと反省している。吐いてしまったベッドもおばさん達が帰ってくる前に片づけなければ。
「おいジャン、自分で体拭けるか?」
 風呂から上がり、脱衣所で訊いてみるが緩慢に首を振った。
 喋る元気もないようだ。

 仕方なしにバスタオルで体を包み、同じように抱えて部屋に連れ戻す。簡単に体を拭いて、タオルを被せて暖房でも点けていれば寒くはないだろう。

 ジャンをそっと床に寝かせてベッドのシーツ、敷パッド、布団カバーを剥いで洗濯機へ。幸い、吐瀉物はベッドマットまでは染み込んでいないようだった。朝から酒瓶や缶の片づけ、買い物、そしてまた片付け。ジャンが動けなくなっているため他人の家で俺は大忙しだ。
 事を終えた後の気怠さもあるが、ジャンに受け入れて貰えた喜びで、目が冴え、かなり気分が盛り上がっているお陰で苦ではない。

 片付けも一段落した所でスマートフォンを見る。
 ジャンの家を訪ねた昨日の昼頃から充電もしていないが、全く使っていなかったのだから大丈夫だろう。と、手に取ると電源が落ちていた。何故。
「ジャン、充電器借りるからなー」
 顔を隠すようにうつ伏せで寝ているジャンへ、聞こえているか定かではない断りを入れてから充電し、電源を入れるとプッシュ通知が一気に飛び込んできた。音はサイレントにしてあるため出ていないが、通知の数が尋常じゃない。全て更新報告用にアカウントを作っていたツイッターアプリからのリプ通知ようだ。これが電池を食っていたらしい。
 動作の重くなったアプリを起動して、ざっと目を通すと、昨夜の生放送を見ていた視聴者からの『あれは何なんですか?』との質問が主だ。中にはあれを録画していた者も居たようで、問題の部分が投稿され、かなりの拡散もされている。
 動画を確認して、性能の良過ぎるマイクも考え物だな。と、とりあえずは思った。

 背中を向けていた状態で、距離があるため、ぼそぼそして聞き取り辛くはあるものの、良く聞けば『お前に欲情する男相手に、べたべたして誘う奴が悪い』までしっかり入っていた。この動画を投稿した奴、仕事が早過ぎやしないか。
 生放送の枠がそこで終わっているため、それ以上の音声はなかったが、動画を見たであろう人間のコメントも中々凄まじい。ただ『キモイ』の一言であったり、『ホモ野郎。幻滅したわ』など、俺を非難、罵倒する言葉、比例してジャンを心配する声も結構なものだ。警察に通報するアドレスまで載せているものもあった。
 先人の炎上騒ぎから教訓を得て、気を付けてはいたつもりだったが迂闊だったとしか言えない。これはジャンの方のアカウントも酷い事になってそうだ。折角楽しんでやっていたのに、悪い事をしたな。
 これは何らかの反応をするべきなのだろうか。下手に動けば火に油を注ぎそうだが。

 どうするべきか。

 寝ているジャンの傍らに寝転がり、濡れた髪を触れば冷たくなっている。
 部屋自体は暖かいが、このままでは風邪を引きそうで、スマートフォンを剥き出しになったベッドへ放り投げ、脱衣所に置いてある洗面台から延長コードとドライヤーを持ってきてジャンの髪を乾かす。俺の髪と違って柔らかい真っ直ぐな毛質だ。これはこれで本人は困っているそうだが、指通りの良い髪の感触は嫌いじゃない。
「お前、意外と尽くすタイプなのか?」
「さぁ?彼女とか居た事ねぇし?」
 いつの間にか目を覚ましていたジャンが俺に声をかける。
「まぁ、この一年ちょいでかなり拗らせてる気はする」
「一年ちょい……、あー、なるほどな……」
 全てを言わずとも、コンビを組む前からの想いであったと理解してくれたようだ。我慢を重ね、必死で気を逸らして、他の連中に取られないかと焦り、安定した側に居られる場所を手に入れ、やっと成就した。大切にする気も起きて当然だ。
「今更取り消しは聞かないからな」
「分かってるよ」
 懸命に釘を刺し、今更、撤回はしてくれるなと懇願すれば、ジャンはあっさり受け入れてくれる。気持ちがふわふわと弾んで抱き着きたくなったが、まだ顔色が優れないため無理はしない方が良いだろう。紳士に、いきなりぶち壊してどうする。耐えろ俺。などととことん自分に言い聞かせる。
「あ、お前のスマホも酷い事になってっかも」
 話題を変えるために、先ほどの出来事を報告する。

「ふーん?俺のアカウントにも色々来てそうだな」 
「間違いなくな」
「俺のスマホ、鞄の中にあるはずだから持ってきてくれ」
 言われるままに、延長コードに繋いだ充電器も添えてジャンにスマートフォンを渡す。
 案の定、ジャンのものも電源が落ちており、充電の間と、再起動の時間がどことなくもどかしい。
「おっ⁉おぉ……」
 ジャンも通知の数に絶句している。
 俺と同じように、音が邪魔にならないように消してあるため、静かではあるが行動が先ほどの俺と同じなため解り易い。
「はー、俺のけつを心配してくれてらぁ」
 無事に戴きました。なんて言ったら油どころかガソリン撒いてるのと一緒だろうな。余計な口は塞ぐが吉だ。何だっけ、お口をミッフィー。
「えっと、とりあえず……」
 ジャンが何某かを打ち込み始め、悩みつつも文章を書き終えて投稿したようだった。俺の方にも、ジャンの方にも即、リプがつけられた通知が飛んでくる。反応早過ぎないか。監視でもされてるのか。
「何て書いた?」
「ん」
 ジャンは短く返事をして画面を見せてくる。
『俺は大丈夫です。特に問題はありませんので、おふろに絡んでいる方は止めて下さい。拡散している動画も削除して戴けるようお願い致します』
「問題ないか?」
「ねぇだろ。俺オッケーしたんだし、他人にどうこう言われる筋合いはねぇよ」
 これは俺をときめかせようとでもしているのか。その手には乗らないぞ。
「何だよ、にやにやして気持ち悪い」
「うっせぇな……」
 悔しい事に頬が緩む。
「あのさ、大学通うようになったら近いとこに独り暮らしすんだろ?なら同棲とか、しねぇ?」
「あ?……ルームシェアしたいって事?」
 俺の提案にジャンが目を瞬かせ、暫し考えてから口を開く。
「同棲だ」
「こだわるな……」
 ふん。と、俺は鼻を鳴らして口を尖らせる。
 子供っぽいとは思うが癖だ。浮ついた気持ちのまま話を進めていく。努力の甲斐あって、同じ大学に受かったのだから、その時間も無駄にしたくない。
「いいだろ、そっちの方が家賃安くなるし、二人で払った方が鉄筋のちょっといいとこ住めるぞ」
 所詮はしがない学生。頑張ってもちょっと。ではある。が、重要だと思う。狭いばかりで落ち着かない音が筒抜けの部屋は嫌だ。同棲する利点を思いつく限り上げていけば、ジャンもまんざらではなさそうだった。
「同棲か同居か、言い方はどうでもいいとして、利点に関しては一理あるな。俺は台所がしっかりしてる所がいい。最低二口のコンロ置ける台所」
「当番とか良く聞くけど、どうしても出来ない時とかあるだろ?色々は細かく決めずにお互いに気を付ける方向でやった方が上手くいきそうだよな?」
「俺も掃除とかまめじゃないからな、それでいいわ。ただし、生ごみは個別に袋に入れて捨てる。ゴミ出しは毎週きちんと。だな。虫が湧くし」
 まだ部屋も決まっていないにもかかわらず、条件や決まりを作っていく。
 そして最重要項目。
「エッチはやりたくなったらでいいか?」
「気になってたんだけどよ、俺が毎回突っ込まれんのか?俺も男なんですけどね」
 バスタオルの上で寝返りを打ち、横向きになって俺を睨みながらジャンが不満げに言う。
「俺は突っ込む方を譲る気はないぞ?」
「それは可笑しいだろ?」
 ジャンに足を蹴られ、俺が首を振ったり主張のために手をばたつかせたり、仕様もない言い合いに発展していく。
「可笑しくない。お前エロイし」
「理由になってない。じゃあ俺が、フロックお前可愛いな、だからやらせろ。って言ったらやらせんのかよ」
「俺は可愛くないし、お前を抱きたいから譲らない」
「頑なだな……、どうしても?」
 深く頷いて見せればジャンは大きく溜息を吐き、仕方ねぇな。と、ぼそりと呟いた。
 再びタオルの上に転がったジャンが猫のように体を伸ばし、寛ぎ始めた。どうやら疲れたようだ。
「吐き気治まったなら、もう一回薬飲んどくか?まだあるけど。お粥とか食べてからがいいか?レトルトの買ってきてあるぞ」
「そうだな。ちょっと腹減ったかも」
 我ながら随分甲斐甲斐しい。
 今日はそんな気分だから。としか言えないが。

 台所を借り、パウチ入りのお粥を温めている間に洗濯の終わったシーツ類を干してから部屋に戻ると、いい加減、裸で転がっているのが嫌だったのか、ジャンは服を着てベッドの上に転がっていた。裸でごろごろしているのも退廃的な雰囲気で楽しかったから残念な気分になったが、いつ両親が帰ってくるか判らない状態で宜しくはない。
「自分で食べれるけど……」
「偶にはいいだろ」
「看病したがりの小学生かよ」
 お粥を入れた椀も匙も渡さず、手ずから食べさせ、残念な気持ちを回復させる。文句は言いつつも大人しく付き合ってくれるジャンは、やはり甘い。そして、こいつを好きになって間違いなかったな。そう、考える。
「薬で口ん中苦くなる前にキスしていいか?」
「積極的だな……、でも今は嫌だ」
「何で」
「キスの延長で盛られたら俺が困る。恋人なんだろ?配慮宜しくな?」
 悪い笑みを浮かべながら、頬から顎へ手を滑らせるように撫でてくる動作が一々厭らしい。
「じゃあ、ちゅって、軽く、そんだけ」
「やだよ、何に興奮したんだよお前」
 ぐいぐい迫れば、足と腕で防御された。
 何に。って、そう言う所だよお前。ジャンにとっては格好つけ、茶化しているだけや、単純な悪戯でも、俺には結構良く効くんだよ。

 これからは、その辺りも理解して貰おうと決意した。
 同棲するようになったら心臓が持たない可能性が出てきてしまったから。

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