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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

忙しないとある夜

・ジャン君がフロの浮気(かも知れない)ものにもだもだして振り回される短いお話です。
・せっせはしてないので全年齢向けです。
・2020/08/20





 なんだこりゃ。

 自ら手にした洗濯物を眺めながら思わずジャンは心の内で独り言ちた。
 手を当てれば肌が透けるほど薄い生地で作られたそれは、裸身を飾るために女性が身に着ける下着。こんなものが何故うちの洗濯籠の中に。と、ジャンは首を傾げ、知らず眉根が寄った。
「なんだっけ、ベビードール……」
 裏に表にと何度かひっくり返してみて記憶の隅にあった名前を思い出し、細い肩紐を摘んで両手で持てば、夕日にも似た赤が映える薄絹はジャンの目の前で儚げに揺れた。
「まじかよ……」
 唇から零れ落ちたような言葉を呟いてから胸がきり。と、痛んだ。
 ジャンは焦点の合わぬ視線を数十秒ほど彷徨わせ、生唾を飲み込み、見なかった振りも出来ずにベビードールを他の洗濯物と一緒に洗濯機へと放り込んでいつも使っているお洒落着用の洗剤を投入し、開始スイッチを押す。ほとんど常の習慣をなぞっただけであり、意識しての行動ではない。

 無意識に浅くなった呼吸に息苦しさを感じ、落ち着くために洗濯機の隣にある洗面台で手を洗っていれば、自らの手が微かに震えている事実に気付く。顔を上げて鏡を見れば硬直していた顔の筋肉が引き攣った。

 やっとあいつも目が覚めたのか。
 そうだよな、こんな髭のごつい男よりも……。

 重く痛みを与える動悸を押さえつけるように濡れた手を胸に当て、ジャンは脱衣所からリビングへと移動し、先程まで寛いでいた二人掛け用のソファーに腰を下ろす。
 何十秒、何分、何時間か時間も忘れ、背中を丸めたまま両手を組み、頭が真っ白になった状態で忙しなく動く自らの指を眺めていれば、腿の下に感じた振動と、通知音に意識が浮上し慌てて立ち上がる。
 続いて鳴った通知音。ソファーの上に置きっぱなしになっていたスマートフォンには同居人からアルバイト先でトラブルがあり、帰宅が遅くなる旨の連絡が来ていた。

 同居人の名前はフロック。
 現在、ジャンの恋人でもある男だ。
 不整脈でも起こしたような可笑しな鼓動を打つ胸に右手を当て、ジャンはふらつきながらソファーへと身を横たえた。一九〇センチの体には小さ過ぎる寝床で体を丸め、必要事項だけを告げるメッセージを凝視した。
「他に言う事ねぇのか……」
 思い返せば、ただの友人同士だった高校時代に押しに押されて断り切れずに清い交際に発展し、大学への進学を機に同居、フロックから言わせれば同棲になるが、一緒に住み始めてからはフロックの攻勢が激しくなり唇を奪われ、なし崩し的に肉体関係も持ってしまった。
 ただ、なし崩しとは言え、ジャンとて男である。中学高校では運動部に所属し、力負けするような華奢さは皆無。それでも受け入れたのは、好意を隠さず懐いてくるフロックが可愛く思え、憎からず想っていたからに他ならない。

 よもや、こんな形で裏切りを知るとは。
 故意に装飾品や、化粧品、身に着けていた物を室内のいずこかへと忍ばせ浮気相手の恋人を牽制する、いわゆる匂わせ女の仕業だろうか。
 予想だにしていない大型地雷を踏み抜いた衝撃から重力に逆らう気力もなくなり、スマートフォンも床に投げ出して頭を抱え、薄く浮いた涙も零さぬように堪えながらジャンはただ丸まって苦痛に耐えていた。

 『見知らぬ女が住居に出入りし、その残り香を感じても俺が見て見ぬふりをしていれば、恐らく波風は立たない』

 自分でも馬鹿々々しい考えが浮かぶ。
 下着一つ見ただけで、こんなにも心が千々に乱れているにも関わらず、頭は小賢しく悟ったような理屈を提案して来るのだから始末に負えない。
 考えていた以上に、フロックの好意に居心地の良さを感じ、また自らも情を寄せていたのだと思い知った今、そんな器用な真似が出来るはずもない。出来る事と言えば、傷が浅い内に別れて自らの安寧を優先するくらい程度である。

 ぐるぐると考えている間に思考に倦み疲れ、意識がじんわりと落ちて窮屈な体制のままジャンは眠ってしまう。
 ふ。と、目を開ければ見慣れた赤毛が視界に入り、ジャンは何度か目を瞬かせ、その後頭部を見詰めた。
 ソファー前にあるローテーブルには香ばしい香りを漂わせる珈琲が二つ、一つは並々に注がれたまま、一つは既に空になっているようだった。
「フロック……」
「ん、起きたか、変なとこで寝てんなお前」
 無理な体制で眠っていたせいで強張った筋肉を解すように身じろげば、ジャンの体から薄手のブランケットが床に落ち、何とも言えない心地になった。寝ている恋人へ飲物を用意したり、体を冷やさないよう配慮してくれる優しさを持っていても平気で浮気はするのか。そんな淀んだ感情がふつふつ湧いて心の空虚に落ちて行った。
「あ、洗濯物も干しとたからな」
「え……?」
 ジャンはフロックの発言に衝撃を受ける。
 干したのならば洗濯機に入っていた例の下着も確認しているはず。なのにこの飄々とした落ち着きはなんなのか。疑心は疑心を呼び、まだ発覚を免れていると思っているのか、或いは開き直っているのか、コーヒーやブランケットは罪悪感を誤魔化すための行動か。
 ぼう。と、フロックの顔を凝視していれば再び薄く眼に涙の膜が張る。
「変な夢でも見たのか?」
 フロックが訝し気にジャンの目を覗き込み、頬に手を当てようとしてきたが、思わず身を引いて避け、視線を遠くにやった。避けられた相手がどんな表情をしているのかも見えはしない。
「なんだよ……」
 困惑した声色がジャンの鼓膜を打ち、ちくちく胸を痛ませた。
 こういう所が自分の甘さだと自覚はあるが、あまりにも普段と変わらないフロックに幾許かの苛立ちも感じる。浮気をしておいて、こうも平静でいられるのは度量があるのか、ただの愚か者か。
「別に……」
 自らの思いを上手く言葉に出来る自信がなく、言葉を濁して何気なく正面にあるベランダに目をやれば、信じられない光景が視界に入り、ジャンは目を見張る。
「ん、あぁ……、いいだろあれ」
「は?」
 アルバイト帰りに洗濯を済ませ、暗いベランダで洗濯物が揺れてるのはいつも見慣れた光景である。異様なのは一点のみ。カーテンレールに引っ掛けられたベビードール赤が嫌に目を引いた。
「ちゃんとサイズも合わせてあっからな」
 ジャンの視線を辿り、見ている物を察して笑顔で不可解な発言をするフロック。一体、どんな状況なのか。ジャンの頭の中には疑問符が飛び交っていた。
「あれなんだ?」
 糾弾する訳でもなく、月並みな問いをジャンはフロックへ向ける。
「通販見てたらエロそうないいの見つけたから買った」
「お前が?」
「そうだけど?最近は便利だよなー」
 言いながらフロックは立ち上がり、ベビードールを手に取ってジャンの側まで戻ってきた。
「薄っぺらいからもう乾いてるぞ」
 呆然とソファーに体を預けていたジャンの体にベビードールを当て、何度か頷いて何かしらを納得しているフロックが不気味で仕方がない。下着を発見してから心を占めていた動揺や不安は消え失せたものの、今は安堵と嫌な羞恥が綯交ぜになりジャンの心を満たしていた。
「はは、首まで真っ赤」
「マジで言ってんのか……」
「冗談で金出さないだろ」
「着ねぇぞ」
「洗濯してくれたって事はオッケーじゃねぇの?」
「んな訳あるか……!」
 先程とは違う意味の涙が浮くジャンに、ベビードールを押し付けて来るフロック。
 抵抗をしてもフロックにめげる様子はなく、あまつさえ強引にソファーの背凭れとジャンの体の間に自らの体をねじ込み、背後からジャンの腰に腕を回しながら後頭部や、うなじに唇を押し付け、清潔なシャンプーの香りがする髪を首筋に擦りつけて甘えてくる。
 行動自体は毎度ながらの愛情表現であり愛いもので、常であれば頭を撫でるくらいの許容はしていたが、今はとても精神に余裕はなかった。
「なー、頼むってー」
「んなもん着たくねぇよ」
 服の中へと侵入して来る不埒な手を軽く叩いて諫め、フロックを引き摺る勢いで立ち上がれば拘束する腕は離れ、ジャンは自由になった。
「風呂、なんか疲れたし……」
「んー……」
 不満げな返事と視線を背中に受けながら、ジャンは脱衣所へと赴き、脱いだ服を洗濯籠の中へ乱雑に放り、暖かな湯を浴びながらジャンは深く深く息を吐く。

 見抜けなかっただけの可能性も幾許か考慮しつつも、フロックが嘘を吐いているようには見えなかった。なれば完全に浮気はジャンの勘違いであり、無実の罪を疑ってしまった事になる。
 言葉にしなかったから喧嘩にならずに済んだが、もしも冤罪を暴言と共にフロックへ投げつけて居たらどんな結末を迎えていたのかジャンには想像もつかず、良くも悪くも、万が一、フロックの心が誰かに移った場合に己はこれほどまでに傷つくのだ。と、知れて良かったのかも知れない。そう考えた。フロックがとことん好いてくれているからこそ意識せずに安心していた。甘えさせているつもりが甘えていた。
 そこは自己反省のしどころであろう。

 体についた泡を流し終え、シャワーを止めて髪に含まれた水分を手櫛で落とし、湿気の充満した空気を胸いっぱいに吸い込み、大きく吐いて心を平静にして浴室から出れば、色鮮やかな物に目を奪われ、思わず一歩後退してしまった。
「着ろってか……」
 今しがた着て欲しいと懇願されたベビードールがきちんと畳まれてタオルラックの上に置かれていた。
 どこか無言の圧を感じ、リビングへと通じる扉を見るが返事はない。

 着る物がこれしかない訳でもない。
 気を取り直して体の水気を拭きとり、通常身に着けている下着が入っている小さな収納を開けば、そこは空。ご丁寧にフロックの分すら抜かれていた。
「馬鹿かあいつ」
 ジャンがシャワーを浴びている間、抜き足差し足、息を殺してベビードールを設置し、音を立てないよう全ての下着を持ち去る工作員フロックの姿を想像し、無性に笑いが込み上げてしまう。
 感情の振れ幅が大きすぎて、どうにも疲れる夜である。

 ◆  ◇

「おい、馬鹿、下着寄越せ」
 あからさまに、そわそわと揺れていた頭を指で弾き、ソファーに積まれた下着の山をジャンが指差せば、不満ありありにフロックから睨みつけられる。
「それ着れば?」
 手にベビードールを持ち、タオルを腰に巻いたまま全く身に着ける気がないジャンを非難するようにフロックは指差すが、やだね。と、一蹴し、交換とばかりにベビードールを渡して本来着るべき下着を奪取する。
「舌打ちすんな」
 それなりに頑張った作戦を無下にされた事が腹立たしいのか、フロックは不機嫌を隠しもせずに口角を下げ、拗ねていた。

「そんなに着せてぇなら、お前が寝室で頑張ってくれれば考えるよ」
 ソファーの背凭れに身を預け、ぐでぐで不貞腐れていたフロックの耳元に唇を寄せ、こそりと囁けば勢い良く立ち上がり、早速とばかりに半裸のジャンの手を引いて床に落とした濡れタオルを顧みる事もなく寝室へ直行する。

 ベッドに押し倒され、フロックからの口付けを受けながらジャンは思う。
 今日を機に自らの中々に重い情愛を自覚したのだから、求められるから受け入れる。ではなく、もう少し積極的になってみようかな。などと。

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