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馬房

小説は妄想と捏造甚だしい。 原作のネタばれ、都合の良い解釈。 R18、グロ(精神的にも)、暴力表現などが含まれます。 冒頭にざっと注意を書いてありますので、それを読んだ上での 閲覧を宜しくお願い致します。何かあればご連絡いただければ幸いです。 基本的に右ジャンしか書きません。 萌が斜め上です。無駄にシリアスバイオレンス脳です。 拙い文章ですが、少しでもお楽しみ戴ければ嬉しく思います。 右ジャン、ジャン総受けしか書きません。あしからず。

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傷を舐めて愛しんで

・童貞捨てたいフロック
・フロックの口調、正直掴めてません
・童貞非処女の男性経験があるジャン
・誰かは明言していないので、誰かは好きに想像して下さい。何となくは…ですが。
・エロは少ないです
・原作軸21巻くらいくらいの諸々があります
・2017/08/12くらいに書いた奴

   【傷を舐めて愛しんで】

 調査兵団兵舎の食堂で、フロックがスープを掻き混ぜながら女性が固まっている一角を見て、思わず出たと言った様子の重々しい溜息を吐いた。
「どうした?」
 隣でパンを千切りながら口に放り込んでいたジャンが、視線だけをやって問う。フロックは眉根を寄せつつも、体をジャンに寄せ、こそりと耳打ちする。
「実は俺さ、童貞なんだよ……」
「そうか」
 ジャンが素っ気なく答えると、フロックは唇を歪め、不機嫌を露わにした。恥を忍んで内情を吐露したと言うのに、そうか。だけで終わらせられるとは思わなかったようだ。
「それを俺に言ってどうしたかったんだよ。愚痴くらいなら聞けるけどよ」
「どうせ、お前だって童貞だろ。解るだろ、俺の気持ち……!」
 声を潜めながら、食堂の一角で交わされる会話。あまり公共の場で話すような事でもないのだが、フロックも若干むきになってジャンに噛み付いてくる。
「どうせって、失礼な奴だな……」
 ジャンの言葉に、フロックは瞠目し、口元に手を当てた。ミカサに惚れ込んでいるとの噂はあれど、浮いた話などが全くないジャンが、よもや自分のお仲間でない事が意外過ぎて、閉口してしまっている。
「何考えてんだよ。俺も女は経験ねぇよ」
「あ、そうだな。そうだよなー!」
 あからさまな安堵を見せ、動揺を誤魔化すようにフロックは強くジャンの背中を叩き、突然の大声に、周囲を含めて鬱陶しがられていた。
「静かにしろよ。こんな所で話すようなもんじゃねぇだろ」
 周囲の視線を受け、頬を掻きながら食事を再開したフロックが、やはりちらちらと女性陣に視線をくれ、ジャンに肘で小突かれて、一時は止めたとしても、そわそわと落ち着きがない。
「話したいなら、部屋でゆっくり聞いてやるから、落ち着けよ」
「何だよ、余裕ぶりやがって……」
 不満も露わに口を尖らせながら食事をするフロックに対し、憐憫にも似た視線をジャンは送り、一瞬だけ遠くに思い馳せるように揺らめかせてから食事を掻き込んでいった。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 フロックの自室で、ジャンは備え付けの椅子に、フロックはベッドに転がりながら、先程、食堂でした会話を繰り返す。同室の者は居ない。先のシガンシナ区奪還の大戦に於いて、戦死してしまったため、否応なしの一人部屋になっていた。管を巻いていたのは、その寂しさや、勝利とは言い難い結末からの未来が見越せない不安、死への恐怖に加え、落ち着かない日々。焦りもしようと言うものだ。
「気持ちは解るけどよ、だからってあからさまに女を見過ぎだ。死ぬ前にお願いしますとでも?よしんば、了解して貰ったとして、そんなお情けでやらせて貰って情けなくならねぇのかよ」
「だーかーらー、そのすかした態度が腹立つんだよお前。そらよ、訓練兵団卒業してから直ぐ調査兵団に入って苦労したんだろうさ、リヴァイ班の精鋭様だもんな?でもな、俺はまだそこまでいってねぇの、枯れてねぇの、あの石礫が飛んでくる中、ただ死にたくねぇって思ったよ。生きて帰れてからは、体が変で、抜いても中々治まんねぇし、落ち着いたら落ち着いたで、この先、女も知らねぇまま死ぬのかって虚しくなるし、もう俺だって堪んねぇんだよ……」
 自棄になったように、フロックはベッドに身体を投げ出し、両手で顔を覆った。確かに、ジャンにも理解出来ない訳ではない。死地を脱した後、異様に体が興奮して落ち着かない状況は確かにあった。生きようとする生存本能がそうさせるのだと習った事はあるが、実際、経験するとかなりの息苦しさを感じた。
 極限状態を共にした人間同士が、肉体関係を結び易いのは事実。極度の緊張や、心労を性衝動に摩り替え、発散させ、精神や肉体を守ろうとする防衛本能でもあるのだ。

 故に、フロックの感情は決して非難されるものではない。
「娼館とかに行ってみたらどうだ?お前みたいのは珍しくないって話だしな」
「えー、やっぱ、ほら、やるだけってのは、味気ねぇだろ?こう、な?初めてが娼婦は、何かさぁ……、解るだろ?」
 我儘な。呆れたようにジャンは呟いて、天上を仰いだ。
「どうしても女じゃなきゃ嫌ってんじゃなけりゃ当てはあるけどな」
「は?おい、お前、まさかそっち?うっそだろ、幾ら周りが男ばっかりだからって……、誰だよ。女みたいな面のアルミンか?エレンとか?ちっこいコニーとか、まさか兵長とか……」
 勢い良く体を起こした後、小動物のような動作で恐る恐ると質問をしてくるフロックに、一言、違う。との言葉だけでジャンは一蹴した。
「近い奴と関係結ぶと碌な事ねぇぞ。大体、そうなって目の前で死なれてみろよ……」
 途中で言葉を切って大きく息を吐きながら、ジャンは椅子に深く背中を預け、目を伏せた。長く伸びた髪を指先で弄り、何かを思い返しているようだったが、それが何なのかまではフロックには覗き見る術はない。
「甘ったるい雰囲気作って、恋人と夢見るみてぇなセックスがしたいって考えてんだろうけど、恋愛云々は好きな女でも居ない限り諦めろ。どうあれ、とりあえず脱童貞してぇんだろ」
「そりゃ、やれるに越したこたねぇけど……」
 物思いに耽っていたかと思えば、ずばりと切り裂り捨てるように断じて、ジャンはフロックに選択を迫った。

 何度も深呼吸を繰り返し、フロックは逡巡する。
 ジャンはそれを冷めた表情で見詰め、静かに答えを待っていた。

 既に夜も遅い。
 待ちくたびれたジャンが欠伸をし始めた頃、ようやくフロックは、組んでいた腕を解き、呻っているばかりの口から息を吸い込んだ。
「頼む……、童貞のまま死ぬのは嫌だ」
「何つー顔だよ」
 かなりの葛藤があったのか、フロックの肌には脂汗が浮いて、目には涙が浮いている。言葉も、腹の奥から絞り出したような、低く小さな声だった。
「うっせぇな、ホモ野郎には解んねぇよ!」
「はいはい、分かった分かった。お前は寝っ転がってるだけでいいから、明日、消灯後に待ってろ」
 話は終わりとばかりに手をひらつかせ、ジャンはフロックの部屋から出ていく。
「お、おい、どんな人かくらい……」
「知らない方がいい事って、この世にゃあり過ぎてうんざりするぜ」
 無情にも閉められた扉を、まんじりともせずフロックは見詰め、幾分かの後悔と、明日への期待に喉を鳴らし、高鳴る心臓の鼓動を抑えようと、胸に手を置いた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 待ちに待った消灯後、ジャンが来るや否や、耳栓を渡し、フロックは怪訝な表情を作った。
「男の喘ぐ声なんざ聞こえない方がいいだろ?」
「ご配慮痛み入るね……」
 はっ。と、笑い飛ばそうとして失敗したフロックは、咳払いで誤魔化し、素直に耳栓で穴を塞いだ。聞えるか?そうジャンの口が動くが、渡された耳栓は中々良い性能で、はっきりと聞き取れない声がぼそぼそ鼓膜に届く程度だ。
 フロックが聞えない意を示すために手を振ると、ジャンは満足げに頷いて、次いで取り出したのは包帯。視界を覆うように当て、そのまま頭に巻き始めたものだから慌てて制止し、耳栓を引き抜いてジャンの手首を掴んだ、
「そこまですんのか⁉」
「した方がいいと思うんだが?」
 当然だろうとばかりにジャンは首を傾げ、フロックが落とした耳栓を拾い上げて渡してくる。
「喘ぐ声は勿論、うっかり目を開けて、お前のちんこをけつに突っ込んで、おっ勃てながら腰振って喘ぐ男の姿とか見てぇのか?」
 ぼんやりと想像してみて、フロックは胃から込み上げてくる酸味のある液体を自覚し、無理矢理飲み込んで大人しく耳栓を付け直すと、視界を覆うための包帯も甘んじて受け入れる。目と耳、纏めて包帯を巻かれると、視界は暗くなり、音も一切が遮断された。

 時間にしてたった数分後、触れる誰かの手。フロックはベッドにそっと押し倒され、肩にある手を思わず掴んでしまった。細くはあるが、筋張った硬い感触。やはり女の手ではない。万が一を考えてはいたが、現実は甘くはないようだ。
 掴まれた手を、優しい動作でそっと外し、慈しむように頭を撫でた。単純と言われるかも知れないが、どこか心臓が締め付けられるような、高鳴る鼓動を感じ、俄かに緊張して体が強張った。
 ジャンからは、相手が全部してくれるから任せて寝っ転がっているだけで良い。と、言い含められているが、ただ横たわっているだけと言うのも落ち着かないものだ。
「あ、あの、本当にいいのか?あんたは、こんなの嫌じゃねぇの?」
 返事はなく、同じように頭を撫でる。答えたとしても、耳栓で聞えなかったであろうが、相手も一切喋る気はないようだった。

 寝巻のズボンをずらし、萎えた性器を口に含まれ、フロックは口の中に湧き出した生唾を飲み込んだ。暖かく、湿った咥内に咥え込まれ、腹の奥に感じる得も言われぬ感覚に声を漏らしそうになり、慌てて両手で口を塞ぐと、微かな振動。恐らく笑われている。
 悔しくて、奥歯を強く噛み締め、舐る舌の感触、性器を伝い、流れ落ちて肌を伝う唾液の生温かさを出来得る限り、無視しようと努め、必死で意識を逸らしていると、ふいに口が離れ、ベッドが沈み込んだ。

 性器を包み込む熱さを先ず自覚し、譬えようもない快楽に襲われた。
 触れ合う肌、軽く上体を起こし、手探りで臀部を鷲掴み、腰に触れた。太り過ぎでもなく、また痩せぎすでもない。細身ではあるが、鍛えられた筋肉が、心地良く指を押し返してくる。男である事は間違いないが、感触としては悪くはなかった。俄然、気分が盛り上がってくる。要は、突っ込む所が違うだけなのだ。
 夢中で尻を揉んでいると、ひたひたと軽く手を叩かれ、離すように促された。単純に邪魔だったのだろう。名残惜しさを感じながらもフロックが手を離すと、腰が動き出し、性器を包む肉壁が、柔らかく包み込みながらも、抜かれる際は強く締め付けて、直ぐにでも達しそうになってしまい、下腹に力を込めて、首を逸らしながら耐えた。気持ち良過ぎて眩暈がしそうなほどだった。
 上擦った声が出て、これではどちらが抱いているのか解らない。視界を、耳を塞いでいるせいか、やたらと頭の中で自分の声が反響して、羞恥と、昂奮が同時に襲い掛かってくる。

 初めての性交渉で、そう長く耐えられるはずもなく、達しそうになり、それを告げると相手は腰を引いて抜こうとした。が、フロックの両手は顔も知らぬ男の臀部と太腿を掴み、性器を押し込んで何度も突き上げ、中に欲の塊を吐き出し、息を吐く。
 最初、頭を撫でてくれた手は、太腿と尻を掴むフロックの手の甲を思い切り叩き、痺れさせた。怒らせてしまったようだ。相手に任せろと言われていたが、昂奮し過ぎて、未だ治まりそうにない。半分ほど萎えている性器をぐいぐいと押し込んでいれば、再び硬くなり、柔らかい肉壁を抉り込む。何度も頭を叩かれたが、止める気は一切なかった。
 フロックも、少し前までは調査兵団でなかったとは言え、訓練兵団を卒業した一兵士であり、駐屯兵として体は鍛えている。体術も学び、人一人、抑え込む術は持ち合わせていた。

 力任せに、体を引いて押し倒し、自らの精液で濡れた中を突き上げ、ベッドを激しく揺らした。今、フロックの脳裏には獣の巨人によって死んでいく仲間の声、飛び散る血液、吹き飛ぶ肉片。地面に落ちて気絶し、目を覚ました時に見た、まともな人の形を残した者など一人も居ない、地獄の光景が浮かんでいた。
 どこを見ても死体だらけ。唯一、生き残っていたエルヴィン団長へ湧いた、憎悪と、葛藤。思い出したくもないのに忘れられない。
「死、にたく、ない……!」
 嗚咽交じりの声が頭の中に響く。
 腰を振りながら、泣いている様など滑稽でしかない。
 だが、伸びてきた手は、優しかった。包帯が吸い込み切れず、流れ出した涙を拭い、抱き締めてくれた腕も、体も、生きた人間そのもので、柔らかさはなくても温かくて心地良かった。最初、嘔吐きそうになっていた自分の事などすっかり忘れ、縋りついて、吐精した後も、熱い体内から、性器を抜く気になれずに、我儘な子供のように腰にしがみ付いて放そうとしなかった。

 気がついた頃にはすっかり朝で、ベッドはもぬけの殻。
 耳栓と包帯が巻かれたままになっていた以外は、いつもと変わりない朝だった。包帯を外し、時刻を見れば完全な遅刻。乱雑に着込んだ乱れた服で、作戦会議室へと飛び込めば、上官から軽く叱責された程度で終わった。聞けば、ジャンが事前に体調不良と報告してくれていたのだとか。

 フロックの中で、ジャンの評価が案外良い奴。に上がった瞬間だった。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 あの日の夜から一週間ほど過ぎた後、人気のない廊下でフロックは書類の山を抱えたジャンを引き留め、手を合わせて頭を下げた。
「なぁ、ジャン。また、あの人頼めねぇ?」
「は?冗談だろ。お前、任せろつったのに大分好き勝手したらしいじゃねぇか。くそブチ切れてたぞ」
 ジャンの科白に、思い当たる節があり過ぎるフロックが、たじろぎ、厳しく睨んでくる眼をから逃げるように顔を俯かせた。
「脱童貞出来りゃ良かったんだろ?それとも味を占めたか?馬鹿。それこそ娼館行けよ」
「あの人がいいんだよ。頼むよ」
 拝み倒すようにひたすらフロックが頭を下げていると、頭上から聞こえる舌打ち。誰のとは考えるまでもなく、ジャンが見下すように鼻白み、無言で背中を向けて歩いていく。
 それに追い縋り、腕を掴んで、低姿勢に何度も何度も頼み込んだ。あの夜の人間との繋がりを持っているのはジャンだけなのだ。必死にもなる。
「あのさぁ、お前、勘違いしてんだよ。一発やって、ちょっと気分が盛り上がってるだけな訳。好きでも何でもねぇの。或いは受け入れてくれた相手に依存しようとしてる。いいか、傷を舐めて欲しいなら他を当たれ。あいつも暇じゃない」
 無下にあしらい、一歩後ろを着いてくるフロックをとことん無視しながらジャンは歩いていく。
「あ、あの、その書類、俺がやるから……」
「俺に媚び売ってどうすんだよ。人の仕事を手伝う前に、自分の仕事やれ。大体な、へたれてんじゃねぇよ、しゃんとしろ」
 ジャンの言葉は一々、正論で、フロックは黙り込むしかなく。肩を落として自分の持ち場へと戻って行き、ジャンはその背を、目を細めながら眺めていた。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 フロックに宛がわれた休日の前日、する事もしたい事もなく、明日の予定もなく怠惰にベッドに転がりながら時間を潰していると、扉がノックされ、だらけた返事を返すとジャンが入ってきた。
「んだよ、ジャンか……、何の用だよ?」
「腑抜けた面してんじゃねぇよ」
 聞こえよがしに舌を打ち、フロックが手渡されたものは耳栓。
 もう片方のジャンの手には包帯が納まっている。
「まじか!渡り付けてくれたのか⁉お前、いい奴だな……!」
「御託はいいからさっさと耳栓着けろ」
 言われるがままに、いそいそと耳栓をつけると、いつかと同じようにジャンの手が優しく包帯を巻いていく。その時、おや?と、思わないでもなかったが、直ぐに訪れるであろう行為と、また彼を抱けるのだと言う高揚感が気付かせてくれなかった。

 昨晩は、フロックにとっては最高だった。だが、ただ一つ、不満があった。
「手まで縛らなくてもいいだろ」
「うるせぇな、今度好き勝手したらお前を掘るつってたぞ」
 初めての日と同じように、フロックの視覚と聴覚は封じられ、その上、両の手首を包帯で手が鬱血してしまいそうなほどきつく縛られてしまい、触る事も出来ず、否、出来なくはなかったが、堪能は不可能だった不満を漏らす。
「掘られんのはやだよ。俺ホモじゃねぇし」
「じゃあ、娼館に行って来いよ。女相手なら、んな心配要らねぇし、俺に頼む必要もないから楽だろ」
 不平を漏らすフロックへ、突き放したような事を言いながら、ジャンは、直ぐに書類を読む作業に戻り、都合の良い言い分を聞き流している。
「それが……、その、実は、あの後、行ってみたけどさぁ、何か物足りないっつーか……、だから頼んだし、今も頼んでるんだろ」
 休みであるにも関わらず、フロックはジャンの横で書類の整理を手伝っている。フロックなりの感謝でもあり、次が欲しいがための媚び売りでもある事は見抜かれているため、ちらとでもジャンの心には響いていない様子だった。
「知るか、希望の通り、脱童貞はさせただろ、二回目も渋々聞いてやった。これ以上の煩わしい面倒はごめんだ。大体、何で俺が一々、女衒の真似事しないといけねぇんだよ」
 しつこいフロックに辟易し出したジャンが、とうとう苛立ちも露わに席を立ち、終わらせた書類の束を持って部屋を出ていく。そして、一人残されたフロックは部屋の中を家探しし始めた。件の男の情報を探すためだ。

 自分でも、意味が分からないほどの執着だった。隠されるから、暴きたくなる心理とでも言おうか。どうしようもなく、誰かが知りたい。
 ジャンが、頑なに正体を隠すからには、本当に近しい誰かなのだろう程度には目星はついていた。そうなると、相当範囲は狭まる。フロック自身と身長がさほど変わらず、細身でありながらもしなやか、調査兵団の宿舎への出入りが自由であり、男性としての筋肉が均等についているからには、兵士であろう事。

 そうなると,アルミン、コニー、リヴァイ兵士長は単純に身長で除外される。
 すると、エレンか。よもや人類の希望様が?と確信が持てないでいた。
 拘束を解かれ、自由に行動は出来るようになったとは言え、フロック達とは格が違う扱いだ。夜中に兵舎をうろついていれば、誰かが見咎めるだろう。或いは、可能性の一つとして、慰労の意味も込めて見逃されているのか。

 ジャンが口にした『後悔するような相手』というのも気にはなった。他人の過去を詮索する趣味などはなかったはずだが、ふと思い出した時に、真顔で考え込んでしまう程度には引っかかっている。

 散らかさないようにしながら、戻ってきても書類分けの体でいけるように片付けながらの家探し。我ながら健気なものだ。
 結果だけを言えば、収穫なし。見つからなさ過ぎて違和感を持ったほど。仲立ちする上で、手紙なり、書付なりがあるかと考えていたが、ジャンが周到過ぎるのか、全く見当たらない。
「くっそ、本当に仕事手伝うだけで終わるわこれ……」
 大事な休日を潰しただけで終わりそうな、無為な時間に疲労を感じ、粗方分けて広げてしまった紙の束を、交差させる形に積み重ねていく。
「お、分けといてくれたのか。ご苦労さん」
「リヴァイ班つってもさ、この書類の量何なんだよ」
 内容までは見たくもない。とばかりに最後の紙の束を放り投げるようにしてフロックは机に置いた。
「ハンジ団長の補佐にも入ってるから、色々やる事があるんだよ」
 ジャンは椅子に戻ると書類に目を通し、何かしらを書き加え、或いは文章を作成していく。伏せた目は思いの外、睫毛が長く、琥珀色の瞳に影を落とし、やや緑がかったようにも見える不思議な色彩を作り出し、長くなった髪が揺れる様はどこか儚げにも感じられて、フロックの心に奇妙な焦燥感を湧き起こさせた。
「やる事もないし、休日を謳歌してきたらどうだ?ここで過ごすのは勝手だけど、俺はもう請け合わねぇぞ」
 変わらない姿勢で、フロックを見もせずに口を動かす。
 ペンを走らせる音、紙を捲り、動かす音ばかりが響いていた。遠くには張り上げている人の声も聞こえたが、閉め切られた窓に弾かれ、何と言っているのかまでは判然としない。
「暑くねぇの?」
「別に」
 端的に返された返事は素っ気ない。気候が落ち着いている春先と言えど、室内は少々汗ばむ程度には蒸している。
 フロックは、簡素な襟付きのシャツに、袖を捲った状態で寛いでいるが、ジャンは同じような襟付きのシャツの釦を一つ外しているだけで、ジャケットもきっちりと着込んでいる。その姿は如何にも禁欲的で、男相手に体を開いていたとはとても想像が出来なかった。
「あれ?お前ってやる方?やられる方?」
「何の話だ」
 フロックの頭の中で、当然のようにジャンが抱かれる想像をしていたが、どちらかは明言されていない。
「突っ込まれてたのかって話」
 ジャンは一瞬だけ、フロックに向けた顔を小さな溜息と共に戻し、以降は話しかけても無視をする。
「相手誰だ?」
 ジャンは無言を貫く。
 隠さなければいけない相手か?フロックは思いを巡らせる。
 もう居ない人間。同じ班の仲間ではないとは言っていた。ならば、同じ訓練兵団の人間。親友をトロスト区の戦いで失った噂は聞いた。それが調査兵団に入るきっかけになったとも。ジャンに関する噂は様々だ。エレンとは喧嘩ばかりしていて仲が悪い。口が悪くて直ぐに人を傷つける。訓練兵の頃とは大分変わった。
 変わったと言われても、交流が浅く、以前を詳しくは知らないフロックからすれば、どう変わったのかは人の口に上がるジャンの話題のみが情報源だ。
 上司には基本的に従順、周囲を良く見ており、頭は回る方。そして、自ら前に出て無駄に誰かを死なせようとはしない。シガンシナ区への作戦実行の前日、新兵が前に出てどうする。などと言い放った科白。所詮、自分達は使い捨ての消耗品であると斜に構えながら、戦いの現実を知らず、舐めてかかっていた時は理解出来なかったが、今ならば、それがどれほど現実的で、強い意志に満ちた言葉だったのか気付かされた事もあった。
 時にフロックの過ぎた口を諫め、調和を図ろうとする行動が鼻につく時もあったが、多少なりとも打ち解ければジャンも中々に口が悪いと気づく。

 変わった。などと言っても、人間、いわゆる『気付き改める』『大人になる』事はあれど、性質そのものは早々変わりようがないものだ。今見えるジャンの姿は、元々あったジャンの性質が、成長した事で、表面に見えるようになった部分が多くを占めるのだろう。

「居るだけなら帰れよ。視線が煩い」
 じろじろと眺められていては居心地が悪かったのか、ジャンが苦言を呈する。
 トロスト区の惨劇から、シガンシナ区での元仲間との戦い。それを経て、大人になって行ったジャンは、今何を考えているのか。自らの憔悴ぶりに気づいているのか。
 辛く、苦しい事でも繰り返し与えられてゆけば、慣れと言う名の感覚の麻痺を起こし、諦めが入り、痛覚は鈍くなっていく。だが、辛い、苦しいは決して消えない。溜まっていく痛みを感じずとも、傷はついているのだ。そして、本人も気づかぬ内に、心や体を壊してしまう人間も多いと誰かから教えて貰った。元々、弱味を見せたがらないらしいジャンは、『大丈夫』なのか。
「俺と一回やって見ないか?」
「お前が掘られるんなら考えてやるよ」
 敢え無く躱され、同じように無視は続行された。
 抱く側だったのか。と、一瞬、考えたが、フロックが抱かれる側は嫌だと明言したため、そう返しただけのようにも思えた。単純に、嫌だと断られたのだ。憐憫や、同情でもない、欲を解消すれば、多少なりとも疲れの見える表情が和らぐかと考え、フロックは、ジャンならば抱ける気がした。それだけだ。
「つれねぇな」
 椅子から立ち上がり、ジャンの顔を覗き込んでみるが、一顧だにすらしない。情報も得られず、構っても貰えなくなり、フロックはつまらなさそうに部屋から出て行った。
 自身が出て行った後、ジャンが、しくったな。と、呟いて、苦々しい表情を浮かべながら、頭を抱えた事など露知らず。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 顔も、声すら知らぬ男と肌を合わせてから、一週間以上経った頃、有体に言えば、フロックは溜まっていた。自慰をしても虚しくなるだけで、やる気になれず、腐っているのが現状だ。
「ちょっと、フロック、機材を乱暴に扱うなら邪魔だから向こう行って!」
 普段優しいと評判の女性兵士にすら、鬱陶しがられ、
「んだよ、嫌な事でもあったのか。酒でも飲みに行くか?」
 親しい男性兵士からは気遣われた。
 調査兵団にとって命とも言える立体機動装置、並びに雷槍。苛立ちをそのまま表すように、乱暴に扱っていれば怒られるのは当然で、気遣いは有り難かったが、酒で解消されるとも思えず、足は自然とジャンの執務室へと向かっていた。

「なぁ、あれ誰なんだよ。頼むよ」
「知らない方がいい事もあるって言ったろ?体は気に入っても面が駄目だったらどうすんだ」
「お前から見てどんな感じだ?」
「さぁな」
 知っている癖にはぐらかすジャンにも、フロックは不満を募らせる。最早、焦がれている。と、言ってもいい水準で求めているのだ。
「なんっで教えてくんねーんだよ!」
 声を荒げ、ジャンの執務机を叩きつけても、少しばかり肩を揺らした程度で、顔を上げもしない。
「大体、男は無理つってただろうが。吐きそうになってた癖に、一発二発やったくらいで何を盛り上がってんだ。頭冷やして好きな女でも作れよ」
 言うほど、簡単に出来れば苦労はしない。フロックはそう主張するが、ジャンは相変わらず口を噤み、仲立ちも、情報の提供もしてくれない。誰かを教えてくれれば、自分で頼みに行くとも言っているのにだ。
 フロックが苛立ち、執務机の上にあった白紙の紙を握り潰した頃、ジャンはフロックの傲慢さと執着心に恐怖すら覚えていた。たった二度程度、慰めに体を提供した相手に執心し、相手の都合も考えず、直接会えば受け入れて貰って当然との態度。最初から、娼館にでも連れて行けば良かった。後悔が胸の内に過る。

 仲間内では、ジャンとフロックが最近喧嘩をしているようだと噂になっており、それも迷惑しているのだ。妙に気遣われ、伝達も滞ったりしている。元々、エレンなどと殴り合いの喧嘩をしていた弊害と言えばそうだろう。
 皆、疲れているのだ。荒事を極力避けようとして、荒っぽい性格と誤解されがちなジャンから、フロックを引き離そうとしている。付きまとわれて辟易しているのは事実だが。

 険悪な雰囲気と言っても差支えがない空間に、扉を叩く硬質な音が響くと同時に、リヴァイが扉を開き、真っ直ぐジャンへと向かっていく。
「ジャン、準備は済んでいるか?」
「はい、大丈夫です。時間が余っていたので、簡単な書類を片付けていただけですので」
 椅子に踏ん反り替えっているフロックを見咎めもせず、リヴァイは直ぐに退室し、忙しない足音をさせながら遠ざかって行った。
「兵長とお出かけか?」
「ハンジ団長と人類の希望様もな。ヒストリア主催で周辺貴族達への顔出しも兼ねて、夜会が開かれるんだとよ。俺は団長が暴走しないようにおまけのお付きだよ」
 机にある書類を片付け、机についている鍵を閉めてから礼装用のロングコートへと袖を通し、ジャンは身支度を整えていく。フロックには知らされても居ない業務だ。
「へー、美味いもん食って、飲んで、羨ましいねぇ」
「夜通しの団長の巨人談義や研究に付き合ってたら連れてって貰えるんじゃねぇか?今度、頑張ってみろよ」
 うへ。と、フロックは舌を出して見せ、両手を天井に向かって上げて見せる。降参の意である。出かける準備を手早く済ませ、短く挨拶をしてから出て行った。
「はー、やりてぇ……」
 息を吐き出すと共に、あまり宜しくない心情を吐露し、重力に負けるが如く椅子から床へとフロックの体はずり落ちていく。

   ◆ ◇ ◆ ◇

 悶々としたまま夜を迎え、本格的に酒でも飲まねば眠れない気がしてフロックは酒瓶を片手に相方を探す。時刻は既に消灯を過ぎ、出かける者は出かけ、残っているのは明日を考えて眠る真面目な兵士や、起きていなければならない歩哨の兵士くらいだ。
 既に数人に断られ、外の酒場にでも繰り出す算段を立て、門から出ようとすれば見張りの兵士が困り果てているようだった。
「どうした?」
「あ、キルシュタインさんが帰ってきたんだけど、自力じゃ立てないくらい酔ってるみたいで……」
 どうやら、酔い過ぎて一人先に馬車で帰されてしまったらしいが足腰が立たず、自力で自室まで歩いていけないようだった。
 暴走を止めるためのお付きが無様なものだ。
「あー、俺、どうせ暇だし預かるぜ」
「本当か?助かる。相棒が寝坊しちゃったみたいで、ここから離れられなかったんだよ……」
 安堵の表情を浮かべて、門番の兵士はジャンをフロックに渡してきた。泥酔して力なく凭れ掛かってくる体は、思いの外、ずっしりとして、いつか抱えた瀕死のエルヴィンの重さを思い起こさせた。

 馬鹿な。ジャンは死にかけでもないし、生きている。

 持っていた酒瓶は門番へと慰労を込めて提供し、フロックはジャンを引き摺って行く。同室であるアルミンが寝ているのかと思われたが、アルミンも夜会へと赴いているのか、室内は王家が独占していたとされる、光る石がぼんやりと人気のない室内を照らしていた。
 ベッドへと重い体を放り投げ、フロックが強張った肩を回して解していると、寝言なのかジャンが何事かを呟いた。人間、好奇心は尽きぬもの。耳を寄せて言葉を待てば、ぽそ。と、呼んだ名前に目を見張る。
「マジかお前……」
 よくよく観察すれば、睫毛は涙で濡れて、今にも零れ落ちそうで、名前を呼んだ人物の夢でも見ているのか口元は薄らと微笑んでいるようにも見えた。
「はー、言えねぇ訳だ……」
 相手は誰かと問われ、口を噤むのは。
 確かに、知らない方がいい事も、この世には沢山あるようだ。

 フロックはベッドに腰かけ、ジャンのロングコートを脱がせて隣のベッドに放ると、ネクタイを外し、襟付きのシャツの釦を外していく。下心があった訳ではない。息苦しそうだと思っただけだ。
 体に見える大小の傷。色白のせいか、余計に引き攣れた傷跡が痛々しい。脱がせてみれば、兵士に相応しく、鍛えられてはいるが、男にしては細い首や腰、手首も掴めば指同士がくっついた。

 生唾を飲み込み、頭を振った。流石に、飢えているからと寝込みを襲うのはどうか。
 思考を改め、光石に適当に布をかけ、明かりを更に暗くして去ろうとしたものの、服を引かれれば立ち止まらざるを得なかった
「どうしたよ。まさか人恋しいとか言うんじゃ……」
 薄らと目を開けてはいるが、どこも見ていない瞳。引き留めたのも無意識だろう。手は落ちて、眼を瞬かせれば、溜まっていた涙が零れ落ち、シーツに水染みを作った。
 愛した人間を永久に失う。有り勝ちな悲劇ではある。有り勝ちであるが故に、つけ込み易くもあった。
「慰めてやろうか?」
 応えるようにジャンは目を瞬かせたが、瞳は虚ろなままだ。問い掛けられた言葉の意味も理解しているのか怪しい。が、引き留めたのはお前だと言い訳をしながら圧し掛かる。

 男に抱かれ慣れているらしいジャンの体は、容易く反応を示し、フロックを受け入れ、相応にフロックも昂奮して、性交渉自体は問題なく出来た。薄い唇から漏れる秘めやかな嬌声も悪くはない。汗ばんで色づく肌。体に、腕に大きく残る引き攣れた傷跡だけがやたらと白く浮き上がり、それすらも煽情的で、フロックの興奮を煽った。全く他人の名前を呼ばれる以外は。
「俺に跨ってる時も、そいつの事思い出してたのかね」
 抱いてみれば、気づかざるを得なかった。さも仲立ちをしただけのように見せかけながら、自身を提供し、優しく慰めてくれた手と体。他人を慰めながら、自分を慰めでもしていたのか。他人に抱かれる事で忘れられるとでも考えたか。ジャンからの答えはないため、幾ら考えた所で、フロックの想像でしかない。

 朝になり、二日酔いに呻きながら起きたジャンは、直ぐに己の失態を知るだろう。

 かつての想い人の代わりに成れるはずもなく、なるつもりもない。
 記録にすら残らない一兵士だろうと、感情も矜持もある。
 欲しいものくらい、手に入れたいものだ。

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